はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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寝坊です。


あなた の

 

 

 

 

 

 

 

──さく、ぷつ。

 

 

 

清一郎さんの畑は結構広い。

 

本人が言うには定年後の手慰み、家庭菜園みたいなもの。とは言うけれど、ゆっくり歩いて端から端までぐるりと行くだけで数十秒はかかる程度には大きい。

 

昔ながらの単位で言うところの、一反近くはあるんじゃないだろうか。

 

俺は今、容赦無く照り付けてくる日の下で雄大な大地の生命力に対抗している。

手短に言うと草むしりだ。

 

 

 

───ぶち、ぱつ。

 

 

 

「ふぅ…」

 

晴天、ないし炎天の最中、首から下げた布で汗を拭いつつ息を入れる。切った青草の匂いが、熱気と相まって顔に絡みついてくる。

 

麦わら帽子とタオル、農作業用のツナギや軍手は貸してもらった。今振るっている大鎌もそうだ。

柄の長さはおよそ一メートルを超えていて、最初に見た時はこんな物があるのかと驚いた。

 

刈る時のコツも教わった。

いっぺんにまとめて、刃全体で縦に引き切ると力が必要なのでよろしくない。横から斜めに滑らせて、払うように振るうと疲れにくい…らしい。

包丁の使い方、押し当てるのではなく、刃で引いて切るというのに似ている感覚だそうだ。

 

切り取られた草の群れは地面に薄っすらと敷く。地面の温度が上がり過ぎないように、陽射しからのちょっとした緩衝材にするのだとか。

 

植えている作物はトマト、ナス、カボチャ。そういった夏野菜が多い。他の冬野菜もあるらしいが、素人目からは何なのかわからない。

 

夏野菜の煮浸し、揚げ浸しは絶品だった。カレーも美味しかったな。一口食べれば夏バテなんて言葉は霧散して、色鮮やかな野菜の元気が身体に染み込むようで。

 

 

 

───ざく、ぱつん。

 

 

 

気の早い話だが、冬野菜もきっと美味しいだろう。

 

ここに来てからというもの。ちょっとした楽しみ、大げさに言えば、少し先への希望が湧いてくる。

 

清一郎さんたちが優しいからだろうか。

それとも、気兼ねしなくて済む奇妙な友人の存在か。

 

どちらも、かもしれない。

 

 

 

 

じきに夏休みも終わってしまう。

 

自然の中で発見した爽やかさ、暖かな人たち。あぜ道の水路よりも輝く記憶。

学校は遠くなるけれど、クラスメイトも少なくなるけれど。それでも、きっと。楽しみは待っていてくれると思えるようになった。

 

 

「おぅい、ぼん!」

 

 

清一郎さんの声、何かあったのだろうか?

 

「そろそろ休まんと倒れっちまうぞ!」

 

無心で鎌を振るっていたから気付かなかったが、どうやら結構な時間が経っていたらしい。

自分のように満遍なく汗をかいた小さめのヤカンを持ってきてくれた清一郎さんを見て、やっと我に返る。

 

「ほれ、まずはむぎ茶」

「あ、す…ありがとうございます!」

 

冷たい琥珀を一気に流し込む。知らぬ間に渇きに渇いていたらしく、自分でも驚いてしまう勢いで飲み下した。

 

「いい飲みっぷりだ。ぼん、今日はここまでにしとこう。ちっとばかし間をおいたら、また草も生えてくる。それよりナスとトマトでも何個か持って帰って、晩飯の献立に入れっか」

「はい」

 

雑草は手強い、しかも下手に引き抜いてしまうと土が固くなるそうだ。毎日少しずつ、一歩ずつ、農作業には根気が必要だと実感した。

「また明日、か」

 

誰にも聞こえないように呟いた言葉。明日もきっと、明日はきっと。繰り返す日々に悪い感情は抱けない。

 

「おぉ、そうだ。ぼんに客が来とるぞ」

「え?」

 

…客?

 

 

 

 

 

 

俺がこっちに来てから、知り合った人間はそんなに多くない。だから。

 

「お前かぁ…」

「嫌がってんのかソレ?」

 

目立つ風貌、そしてどこでも制服。そんな年下の友人が居間で行儀よく座っていた。

 

「ぼんちゃんのお友達なんでしょう? いいのよ、遠慮せずゆっくりして。オシャレなお菓子は無いけど、干菓子とかお茶なら幾らでも出せるから遠慮しちゃ駄目よ」

「いや大丈夫っす…お構いなく」

 

違うな、行儀よく座っているのではなく、なるほど、トメさんの勢いに萎縮しているようだ。ふふ、愚かなり。トメさんのお節介は思春期や反抗期のことなんてまるで気にしないぞ。

 

「わざわざ何しに来たんだ? っていうか、俺の居場所がよくわかったな」

「前にチラッとな。坊ちゃんがこの家に入って行くのが見えて、それを覚えてたってだけ」

「怖…ストーカーかな…」

「違ぇよ! たまたま! 偶然だって!」

「あら、そうなの? おじいさん、ちょっと電話…」

「誤解ですって!!」

 

まぁ冗談だ。

 

家に来れたのも、本当に偶然見た事があったからだろう。どれだけ離れた所から見ていたのかはわからないが、目も良いとは知らなかった、本当に野生児ばりの身体能力をしている。

 

「で、結局。なんでここに?」

「あー…その…この前の山に入った時から、体調がおかしかったりとかしないか? 寒気がしたり、変な音が聞こえたりとか…」

「何だそりゃ」

 

あんまりにも不器用な人間が、どうにか絞り出すタイプの文言。言うなれば、久し振りの手紙に書いてあってもおかしくない感じのこと。

 

あいにくだが、健康優良児である。夏バテの気配もなく、夏風邪は近寄りさえしてこない。幻聴は…していないと思う、とにかく変な音が聞こえた事はない。

 

「見てわかるだろ、健康そのものだよ」

「そっか、ならいいけどな」

 

どうにも煮え切らない。

結局心配しに来ただけなのだろうか。

 

そこまで心配する程の何かが、あの山にはあったのか。いや違う、そうだ、あの時見つけた物。

 

「ひょっとして…あの供養仏に、何かいわくとかあるのか…?」

「あるにはある、らしいぜ。でも坊ちゃんが無事ならセーフだったって事だろうよ」

「…よくわかんねー…」

 

あるにはある、か。それにしては、体調やら色々と含めても普段と変わりない。

それこそ変な噂も無いんじゃないだろうか。もしかして俺が知らないだけで、トメさんや清一郎さんは何か知っていたりするのかもしれない。

 

ご近所付き合いもありはするが、そもそも隣人が数百メートル先だったり、最寄りのコンビニエンスストアが駅を挟んで数キロ程。よくある話、田舎あるあるって物。

 

不便さは感じないけれど、人との交流は間違いなく疎らだと言える。

 

「とにかく問題なしって事! んじゃ俺戻るわ」

「相変わらず変に忙しいな」

「ま、貧乏暇なしってヤツだ」

 

貧乏暇なしねぇ、中学生の身なれど働いているコイツが言うのは、何とも実感が籠もったものだ。

 

「あら! 帰っちゃうの? その前にトマトとナス、包んだからお土産に持って行ってちょうだい!」

「え、いや、悪いですよ」

「いいからいいから!」

「いや本当に…」

「遠慮するこたねぇ、ジジイの趣味の物だからな。売り物程立派でもねぇから…子供が遠慮する事でもねぇや」

 

グイグイ押されている。まぁ、二人とも結構押しが強いのだ。俺の時も同じだった訳だが、田舎の人っていうのはそういうものなのかもしれない。

 

 

 

──びゅう、びゅう。

 

 

 

「じゃあ、失礼します。お邪魔しました!」

「気をつけてなぁ」

「またいつでも来ていいからね!」

「またな」

「おう」

 

旬野菜を敷き詰めたビニール袋を持って、友人はそそくさと去っていった。気恥ずかしそうな顔で、こちらを振り向く事はなかった。

 

風が強く吹いている。

気流の中を泳ぐ友人の髪が輝いて見えた。

 

「ここらじゃ見ない顔だったが、あれがぼんの友達か」

「はい、いいヤツですよ」

「そうか…」

 

清一郎さんが静かに頷く。きっと良かったとか、安心したとかだろう。近所の人ではないが、普通に友達を作れていた事への安堵感が窺い知れる。

 

自分は元より塞ぎ込みがちなタイプでもない、周りに同世代の人がほとんど居ないだけなのだ。

 

「それにしてもぼん、山に行ってたのか」

「まぁ…散歩です。山とか川も珍しいので」

「んだなぁ、ここらはそれしか無ぇけど。他の所から来る人にはやっぱり珍しいもんだな」

 

剥き出しの土、透明な川、むせ返る緑。どれも珍しいのは確かで、もっと言えばほぼ初体験だった。

 

あの峠道の先には何があるのか、普通の街、都会にも繋がっているのか。いつか行ってみたいと思う。

 

「そういえば…」

「ん?」

 

そうだ、あの苔生した仏像たち。周りの荒れ様もそうだ、掃除の一つでもした方がいい気がする。

 

「タワシとか、掃除道具ってありますか? あの峠道沿いの仏像、苔が酷かったんで」

「ん…あぁ、なるほど。掃除ならバチは当たらんわな、明日にでも一緒に行こうか」

 

流石に清一郎さんくらいの人を、山歩きに同行させるのは忍びない。一人でいいのだけれど、そう言っても聞いてはくれなさそうだ。

 

「掃除はともかく。補修とかってどうすればいいんですかね、頭が取れてる物もあって…」

「ぼん、そりゃ本当か?」

「え?」

 

清一郎さんの雰囲気が変わった。

 

なんだろうか、仏像とはいえ経年劣化もするだろうに。何かとてつもなく重大な事を聞いてしまったような顔をしている。

 

 

 

──がたん、がた。

 

 

 

「仏像が、壊れてたんだな?」

「は、はい…」

 

風が吹いている。家の窓を叩くように。

 

「何か変なもんは見なかったか、変な音は聞かんかったか」

「変なものは…特に…? 夕日と、今みたいな強い風の音しかありませんでしたよ」

「風…?」

 

そう、風が吹いている。

 

今もその音がしている。

 

清一郎さんは険しい顔のまま首を傾げているが、耳があまりよくないのもあって聞こえていないのだろう。

 

「ばあさん! ばあさん!!」

「まぁなんですか、そんな大声じゃなくても、あなたと違ってしっかり聞こえてますよ」

「強い風が吹いとるか!?」

「はい?」

「ぼん! どんな音に聞こえてる!?」

 

 

 

───かた、がた。

 

 

 

「そ、そりゃあ…びゅうとか、ごうとか、低めで…ちょっと人の声みたいな、ぼって音が…」

「…そんなに強い風、吹いてないわよ?」

「えっ?」

「…拙いことになっちまってるかもしれん…」

「それは、どういう…」

 

 

 

───ぼ。

 

 

 

風は吹いているはずだ、そう、あの血みたいに真っ赤な夕焼けの時と同じ風が、今も。

 

 

 

 

──ぼ、ぼ。

 

 

 

もし、二人に聞こえていないとしたら。

 

 

 

─ぼ。

 

 

 

この音は、何だ?

 

 

 

 

 

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