はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
今回から朝八時を目安に投稿します。
何時だって緊張する瞬間。
「入ってこーい」
声に従って教室に入る。
「おー…白髪?」
「百点ッッ!!」
「この時期に転校生というのも珍しいな」
「まぁ色々あんだろ」
「……が薄いな…」
「馬鹿野郎、それがいいんじゃないか。見ろ、全体のバランスを! 白磁の如き透明感のある手足に、絹糸をそのまま飾ったような毛髪。儚く折れそうな身体とうちの学校の制服がよく調和している! 何より青い瞳と花咲くが如き不可思議な虹彩が異国情緒を漂わせていて、最早芸術作品の様相を呈し…グワーッ!?」
「あいつ」
「訴えられてもおかしくないよな」
「ちょっと静かにしろー…じゃあ、自己紹介してくれ」
転校初日、途中聞こえた私の容姿への評論は努めて無視しておこう。それよりもまず、するべき事をこなさなくては。
…カッ、カツ…。
チョークを持つ手が震えかける。
奇異の目が背中に刺さる。
太陽がもたらす残暑より熱い。
背中にのしかかる熱で汗が出そうだ。
─カツン。
出来た。
よし。
「レイリー・ケイス、です。生まれも育ちも日本なので、日本語しか喋れません。よろしく」
中々に色とりどりな頭髪の海に向かって告げた。
少し詰まった感はあるが、我ながら当たり障りなく普通に言えたと思う。自己採点は甘めにしておこう。
───────。
……。
教室が静まり返っている。
心の中で一句。
どうしよう? なんでさ? なにが? しくじった?
更にもう一つ。
わからない、どうしたものか、わからない。
季語は無いのでこれは俳句や短歌ではなく川柳だ。自身の容姿と実情はさておき、どう見ても外国人っぽいのに日本文化への調和が見事だと言わざるを得ない。
いや、そうではなくて。己の口下手加減が恨めしい、フロア熱狂とまでは言わないし今日室を爆笑の渦に何て高望みはしないけれど、こうまで静まり返られると少し泣きそうだ。
「よろしくゥ!?」
「當真、声がデカい」
「夜露死苦なのん」
「可憐でござるなぁ」
「風間はクールな感じなら誰でもいいのか?」
「うーん、謎めく転校生。やっぱり学校生活っていいよね、ワクワクしない?」
「別に」
「伊奈帆冷たい…!」
「雑談は後でな。席は……野上の前だな、早めに切り上げてやるから各自の自己紹介は好きにしてくれ。先に号令ー!」
「きりーつ」
…良かった。
助かった、と言うにはまだ早いかもしれない。それでもどうにか切り抜けられたのは事実、声の大きなファーストペンギンに感謝を。髪が金色っぽいからイワトビペンギン…いつか助けてくれたキンピラくんだ、キンピラから出世したね。
ただの食べ物から人間社会の食い物に、ロックを感じる、イワトビペンギンだけに。
「あ、そうだ。校内の案内はクラス委員の野上と淋代の二人でやってくれ、頼んだぞー」
「わかりました」
「は〜い」
案内を生徒に丸投げするとは、中々に強かな先生のようだ。生徒の自主性に任せるという発想なのかもしれない。
まぁ何とかなるか。
それよりも、これからの学校生活を共にする私の席は…。
「ここなのん」
ひらひらと緩やかに手を振られている。どことなく間延びした感じの穏やかな声、黒髪を緩やかに纏めているぽやぽやとした雰囲気の女の子が私を呼ぶ。
「よろしく」
「夜露死苦ぅ」
何か…発音が妙な気もするけれど、語尾の部分が伸びただけだろう。ゆったりとした手の振り方といい、どうやら私の後ろの席の子は何とも個性的らしい。
害意や奇異の視線に晒されないだけマシと思わねば。何をおいてもまずは、だ。ほんの少しの頬の赤みごと落とすように着席した。
「やぁ転校生ちゃん、名前はなんて呼んだら良い? レイリーだからレイ? それともケイちゃん? 得意科目とか好きな食べ物とかも聞きたいけど。それより出身は日本なんだね、ご両親の出身は何方か聞いてもいいかな? あっ、私は立神 葵って言うんだ、よろしくね」
「………」
今日の天気は初秋の晴れ、ところがどうにも質問の雨も降るようだ。雲ひとつない天気雨、天変地異の前兆か。
…いや何て??
「葵、初対面の相手にはもう少し
「えーっ…でものんちゃんは気にならない? 滅多にないイベントだよ、転校生が来るなんて、ね?」
突然の乱入者、名前を聞き間違えていなければ、立神さんの口は回りに回る。良く言えば遠慮が無い、悪く言えば周りを無視した自己中心的な行動。
何故か嫌な違和感があるのは、彼女の目が笑っていないからだろうか。それとも半月に歪んだ瞳の奥に、値踏みされている気配が漂うからか。
「言い方を変えるのん、他の皆の楽しみを奪うのは良くない。質問は一人一つ位じゃないと、知る楽しみが無くなるのん」
「あは…」
最初はありがとう野上さんと言えた所だが、急に空気が冷たく張り詰めた気がする。続きは是非もなく他所でやってほしい、転校早々から口論沙汰を目の当たりにしたくない。
我先にとこちらへ向かっていた他のクラスメイト達は勢いを失って、遠巻きに困ったと言いたげな視線を彷徨わせている。およそ当事者とも言える私が一番困っているのだが。
時間にして数秒程度。秋めいて乾燥してきたからか、私の髪も含めて傍観している人たちの髪も、不思議とふわり、静電気の仕業で浮いていると現実逃避をしていたその時。
「立神さんには悪いかもしれないが、オレは野上さんの意見にも一理あると思う。滅多にない機会なら、独り占めするのははしたないだろう」
「む…」
実にありがたい助け舟が来た、誰かはまだ知らないが。第一印象としては、なるほど、顔が整っている。枯れ木の樹皮みたく落ち着いた色の髪が似合っていると思える男子、声も爽やかだ。
制服の袖から出ている指先は細く長く、鋭利な刃物の切っ先を想起させる。しかし手足も長いが細すぎるでもなく、健康的な肢体と言うんだろうか。
全体を通して黄金比を意識的した造形の彫刻と間違えそうになるスタイル。私は自分の背の小ささを気にしていないが、身長を少しばかり分けて欲しくなる。私は気にしていないが。
「横槍を入れた無礼は許してほしいが、急いては事を仕損じるとも言う。何より朝の自由時間は短い、昼休みや放課後に人となりを知るのもいいんじゃないか」
「しょーがないなぁ…名前は言えたからいいけど、何か埋め合わせでも考えておいてね?」
「それはもちろん。まぁ、お手柔らかに頼む」
出来るだけ穏便に、一方的な自己紹介をしてきた立神さんを追い返してしまった。自身の自己紹介の時も含めて、ようやく助かったと言えそうだ。
「二人とも助かった、ありがとう」
「助けたなんてとんでもない、皆がキミと話してみたいのは本当のことだ。オレは淋代 颯、レイリー・ケイスさん、よろしく頼む」
これが謙虚なイケメンか、少し戯けた態度も嫌味にならず様になっている。一方の野上さんは、何とも形容し難い目付きを貼り付けていた。恩人同士どうか仲良くしてほしい。
「レイリーでいいよ、淋代くん。よろしく」
「颯くんは良い所持って行き過ぎなのん」
「ん、そうかな? 折角のチャンスを見逃さなかっただけで、野上さんも同じことをしただろう」
「むむむ…あぁ言えばこう言う…」
「そう怒らないでくれ。じゃあレイリーさん、詳しいことは校舎案内の時に改めて」
助けるだけ助けて颯爽と去っていくとは…時代劇か何かの登場人物みたいだ。あっしには関わりのねぇこって、みたいな。淋代くん、おもしれーオトコ…!
「よっ、転校生…レイリーでいいのか? 早朝ぶりだな」
「…あぁ」
日にかざすと金色に見える頭髪。この男子を誰だっけ、と言うほど薄情ではない。そう、彼は。
「キンピラ…」
「えっ何? チンピラって言ったか?? 顔合わせ早々に喧嘩売るのはチャレンジ精神溢れすぎてない?」
「ペンギン…?」
「お前の中で俺はどうなってんだよ転校生」
俺がそんなにキュートに見えるのかよ。と照れ半分困惑半分している彼は、つい先程私を助けた人。そういえば名前も聞いていなかった。
唐突にキンピラペンギンと言われて何故か照れる程度にはお人好しなのだろう。
「転校生じゃなくて、レイリー。よろしく」
「俺はキンピラでもチンピラでもペンギンでもなく、當真 太陽。あんまり変な呼び方はしないでくれよな!」
「うん、わかった…ちくペン」
「訴えられてもしらねーぞ!?」
やはりノリが良い、一晩寝かせた煮物並みの味わいを感じさせるキンピラくんだ。これじゃあ海苔の佃煮だね。
ちなみにちくペンというのは某球団マスコットのあだ名ではなく、彼の髪がちくわの焼色に似ているからです。つまりちくわとペンギンでちくペン、変な意図は一切ない。
「まぁいいか、困った事があれば誰かに相談しろよな」
「うん」
階段から落ちる私を助けた時もそうだが、どうにも彼は善性のヒトなようだ。見ず知らずの人間が命の危機に瀕していれば、素早く飛び込んで助けられる。言うは易し行うは難しだ。
第一印象こそ金髪っぽいチンピラ風少年とはいえ、認識を改めた方がいいのかも?
「そういえば」
「んあ?」
そうだ。
彼に聞いておきたい事が一つだけあった。
「なんで服、ボロボロなの」
「…いやその…」
彼の視線が泳ぐ、回遊中のペンギンもかくやな泳ぎっぷりだ。やはりイワトビペンギンなのでは? 私は訝しんだ。
「どうせまた何か変な事に首突っ込んだのん。レイリーちゃんは気にしなくていいの」
「野上って結構俺に厳しいよね、俺なんかしたっけ?」
「回りくどくして
「やだ…スピード狂…!」
さっき立神さんとの一部始終もそうだが、どうやら野上さんは不思議と速さにこだわりがあるように見える。
喋り方とか挙動はのんびりしているのに、動きと見た目と嗜好のギャップが凄い。ジェットコースター並みの緩急にクラクラしそうだ、これがギャップ萌え?
「はぁー…當真はわかってないのん…」
「あれ、俺が悪い流れ?」
「二度も三度も言わないからよく聞くのん」
「あっはい」
何だろうか、野上さんが深呼吸している。周りのクラスメイト達は少しざわめいている。そして私は困惑している。今から一体何が始ま…。
「文明の発達は即ち速さ。人類の情報伝達手段は最初は少ない情報量の踊りや音楽で喜怒哀楽を表していたとされているの、それから道具を持つことによって絵による交流、次いで文字の発明。そして爆発的な速度で文化は伝播をしていったの。
いつしか筆記具さえ手にした人類は郵便や狼煙から早馬、伝声管に電話を経てインターネットによる世界の裏側とのコミュニケーションまで発展したの。つまりは目に見えないほどの速さと抱えきれないほどの情報密度は一つの文明として互いを高め合うように発展したのん。ここまではいい?」
「う、ウス…」
えっ。
「だからこそ人は速さに敬意を払うべきなの。一日で一文字だけ伝えて誰かと思い合う時間を作るのも良いかもしれないけれど、今伝えるべき事を明日に教えるような事をしては本末転倒。先人が磨いて来た速さという文明的な進歩の重みを忘れてはならないのん。
世界にある食材の旬の概念みたく、一瞬を逃してはならないの。遅ければ腐り、早ければ美味しくいただける。情報媒体である雑誌もそう、年刊より季刊、季刊より月刊、月刊より週間、週間より日刊、日刊より朝刊と夕刊。故に最速こそ文化、速度は文明なのん。天気予報だって明日が雨降りなことを当日雨に打たれながら知るよりも、前日、前々日、ひと月前にだって知っておきたい。じゃないと農業漁業はおろか物流だって困ってしまう。だから速さを追い求める私は、スピード狂じゃなくてあくまで文化的な生活を希求しているに過ぎないし、これは現代人として当然の帰結とも言えるのん。
わかった?」
「……おう!」
「ならいいのん」
えっ怖い。
立板に水とかマシンガントークなんて言葉はあるが、下手な機関銃どころではない言葉の剣林弾雨が出現した。移ろいやすい物は女心と秋の空、たった今繰り広げられたのはたぶん言葉のゲリラ豪雨。
冷静に感じ入ってる場合じゃない、落ち着け。いやいや落ち着いてるけど、想定外の何かが起きると頭が真っ白になるよね。私の髪の色ではなくて、違う違う。
…今のは一体…?
「ヒュー! 流石野上だ!」
「あぁ! 学校イチのスピードクイーンは伊達じゃねぇぜ!」
あっ、そういうノリなんだ。しかも平常運転っぽい。
平穏無事な毎日が遠ざかった気がして、私は今まさに不安で一杯だ。おもしれー男女が多そうな学校での生活はどうなるのか。出来れば緩やかに過ごしたい、野上さんの速さに着いていくのは無理です。
次からは音速と光速にルビ振りませんからねッ!
それはともかく。
御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!