はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
実のところ、私ことレイリー・ケイスは大した人間ではない。
具体的にはまず一つ目、口下手であること。
饒舌なのは頭の中でだけ。
脳内で紡がれた言葉は、声として出力されるとその内容量を十分の一程度に減らす。電力を始めとするエネルギーのロスに近い。位置のズレから起きる重力による加速が行われるわけでもなし、そして舌鋒鋭く一言で的を射る程に先鋭的にもなりはしない、鈍化の一方が私の弁舌。
結果として相手に伝わる言葉は端的ではあるが口数そのものは少なく、無遠慮に聞こえてつっけんどんだと誤解をされる。巧言令色鮮し仁、というがその逆でも良い方向に事態は転がってくれたことはない。
二つ目、無愛想なこと。
情緒はある。楽しければ笑いもするし、神経を逆撫でされれば怒りもする。喜べば頬は緩む、悲しければ…泣いた事はあんまりないな。
何より、こちとら花の女子高生、箸が転げ落ちても笑うような年頃である。あっ、すみません、箸が転げ落ちて笑った事はないです…それは重要じゃない。そもそも箸が転がって何が面白いのか教えてほしい。
ともかく、だ。喜怒哀楽もあれば驚いたり羞恥もする、しかしどうにも相手に伝わらない。
無愛想で口下手、この二つを混ぜるとどうなるか。
そうだね、誤解されやすい人の出来上がりだね。
現代日本だと誤解されやすいのは危険である、内容の大小問わず基本的にはロクな事にならない。私の見た目もそこそこ目立つから噂されることには事欠かないのが更に悪い相乗効果を生んでいる。
その噂を正す為に行動を起こすのは疲れるので、どうにかならないかと思ってはいるが現実は厳しい。
「ここが学食なのん。食べ物の購買はここだけれど、雑貨の方の購買は別だから気をつけてほしいの」
そんな誤解されやすい割に大した人間ではない私に、校内を丁重に案内してくれるこの子、名前は野上さん。ラディカルでソー・グッドなスピードウーマンだ。
「日替わりもあるんだね」
「基本的になんでも美味しいのん。私は蕎麦をオススメするけど、レイリーちゃんの好物はありそう?」
「お昼はパン派なんだ、何で蕎麦がオススメなの?」
「提供も光速いし、特別急がなくても光速く食べられるから。あっ食事はゆっくり楽しむ方が良いとは思うのん。作ってくれた人、食材への感謝はするべきで、味わう事が大事なの、ここに光速さは必要なくて一口一口を噛み締めるべきなのん。複数人で食べる時ならそれは尚更で、一期一会の機会を例え音速くとも談笑しながらでも食べた方がお腹も膨れるし身体にもいいの、血糖値の上昇が緩やかになるのも栄養の吸収効率がよくなるのもあって一石二鳥、誰かと食べる事で増す美味しさと誰かとの絆が深まる瞬間は正に一石三鳥どころか一石四鳥、故に食事はゆっくりと味わって食べるべきなの。
わかった?」
そっかぁ…。
私の父親の職業は普通のサラリーマンだが、転勤が多いので転校自体は慣れたもの。群馬県と独立国家大阪への転校の為にパスポートを作った時は不便を感じたけれど、言葉の壁はないので良かったと思う。
人との心の壁は毎回感じますけどね。
「レイリーさん!」
授業の合間にも来たる今日何度目かの呼び掛け、新たなクラスメイトへの社交辞令というものだ。転校初日とくれば間断なく、昼休みにもお声掛けがある。
好物はなにか。
「おにぎりと焼きそば」
誕生日はいつ。
「十二月」
出身はどこ。
「普通に日本」
どこから来たの。
「この学校の前は群馬、その前は新潟」
彼氏とかいたの。
「いない」
好きなタイプは。
「…ノーコメント」
他にも列を成して飛び込んでくる質問の群れ、群れ、群れ。一つずつ相手にすることを億劫に感じたり、気疲れしてくるのは私がものぐさだからなのか。
「校舎の案内するから長くなりそうな質問は後にするのん、昼休みは意外と短いから一分一秒に一厘さえ無駄に出来ないのん」
明らかに答えにくそうな質問が来ると、こういった感じで野上さんがすかさずカットしてくれる。少しばかりムッとしたのを見逃さなかった…のかもしれない。そんなことよりも。
た、頼もしい〜!!
野上さんは実質ボディガード、滅茶苦茶頼りになる。私が男だったら求婚してるね、出会って一日で結婚、速いから気に入ってくれるんじゃないかな。
「おっと…私に惚れたら火傷するのん。さっさとキロカロリーメート買いに行くから、ついでにレイリーちゃんは何のパンがいい?」
「自分で行くからいいよ」
「怪我したくないならソロは慣れてからにするのん…う〜ん、百聞は一見にしかず。見に行こっか」
購買でパンを買うと怪我するの? なんで?
言うが早いか、するりと立ち上がって足早に食べ物の匂いに近寄っていく野上さん。たぶん学食とか購買を目指しているんだろう。
それで、置いて行かれないように小走りで彼女を追い掛けていたのがほんのついさっきの事。
「ここに居るのはいたいけな学生なんてチャチなもんじゃないのん。音速くとも奴らは飢えた狼、魔法や筆記用具が飛んでくる戦場なのん」
「大袈裟じゃ…」
それはあまりにも誇張がすぎる表現ではないかと思っていたら、空間が人のざわめきと喧騒、蕎麦の出汁とか、ご飯の匂いに次々と満たされていって、そして何かを嘆くような悲鳴が周囲に轟く。
「森山ァー!?」
「く、くるみあんパン…食べたかっ…」
「クソ…ッ!凍った椅子が飛んでくるとは、やってくれるな…!」
東京の学校ってめっちゃ怖いね。クラスメイトの一人が学食で保健室に搬送される羽目になってるもん。まさか筆記用具じゃなくて椅子が飛ぶとはね。
どうなってんのこれ。
「焼きそばパンとメロンパンがあったらお願い」
「わかったのん」
命は惜しい、ご飯はおいしい。
こういう時に頼るのは恥じゃないよね、野上さんも慣れてるというか、自信があっての発言だろうし。
───ボッ!
「お待たせ〜」
「…!?」
何が起き…えっ?
空気を圧縮したような音がしたと思ったら、ほんの数秒でパンと携帯食料を手に持った野上さんがすぐ側に来ていた。瞬間移動とか催眠術とかそういうアレ?
「私の方が光速い、それだけなのん。はいこれ」
「…ありがとう?」
差し出されたパンは少し凹んでたけれど、味には変わりないからいいよね。
理解が追いつかないことは後回しにしておこう。冷静な感じがするかもしれないが、処理しなくてはならない情報が脳のキャパシティを超えているから、絶賛フリーズしているだけだ。
本物の戦場と化した食堂に直面したんだから仕方がない、PTSDにならないだけ立派なものだと自分を褒めよう。
「じゃあ教室名に戻りがてら体育館と更衣室の場所を教えるのん」
「うん」
いやぁ、都会って怖い所ですね。
もうお家に帰りたくなってきました。
さて、戻ってきました教室に。
うーん…実家のような安心感。私もこのクラスや学校に馴染んできたのかな、転校初日ですけれどね。
いや違う、命の危機から遠ざかった安心感だよ。何で購買でパンを買うだけなのに命について考えているのだろうか。
「いただきま〜す」
野上さんは何事もなかったかのようにキロカロリーメイトを口に運んでいる。もしかして本当に日常茶飯事なのか、あの黙示録めいた風景が。
「いただきます」
気にしていても仕方なさそうだ。パンの包みを開けて早速一口。少し潰れたメロンパンだけれども味はいたって変わらないだろう。
包装しているビニールは全くの無地で、どこかのメーカーの物ではないと光を受けて誇らしげだ。ならばその味は如何な物か。
「…!」
うん、かなり美味しい。
別段パンフリークという訳ではないが、これはかなり美味しい。周りのクッキー生地からはバターの風味が確かに感じられて、中のパン部分との食感の違いが明確になる程サクサクしている。
パンは柔らかくてもっちりしていて、小麦の風味が鼻に抜ける。焼き立てではないだろうに、これ程の香りと柔らかさを保つとは、作った人の試行錯誤が感じられる。
「なんとなく、わかってきたのん」
「ん?」
いけない、パンに夢中だった。もしかして何か粗相をしていたのだろうか、どこか上機嫌な野上さんの視線がこちらに注がれていた。
「レイリーちゃんは表情があんまり変わらないし口下手さんだけれど、悪い子じゃないのん」
…機微に敏い、という言葉がある。字にすれば確かに俊敏の敏と同じ漢字が入っていて、彼女に似合う言葉なのかもしれない。
「そうかな」
しかし、そう断言されるような事をした覚えはない。短い言葉を努めて普通に二三返すだけの私のどこに、何を感じ取ったのだろうか。
野上さんがふっと微笑む。
「うちの学校は変なやつが多いの、それでも怯えないで普通に受け答えしているだけで、きっとレイリーちゃんはいい子なのん。それだけで、わかるの」
凄い恥ずかしい!
決してべた褒めされている訳ではなくとも、見透かされた感じも直球な褒め言葉も面と向かって差し向けられるとめちゃくちゃ恥ずかしい!
おのれ野上さん、お、おもしれー女…!
「まぁ、このクラスに限っても変なのとバカが多いのん」
「また八月朔日が眠って浮いておられるぞー!」
「今がチャンスだ! 覗け覗け!」
「眩しくて見えねぇ、クソがぁ!!」
「皆の者、落ち着くでござる。我に秘策あり、こうしてサングラスを着用すれば…グワーッ殺人光線!」
「風間! 傷は浅いぞ!」
「くっ…拙者はここまでにござる…姫様に…最期までお仕えできぬ無念と…ありがとう、を…ガクッ…」
「風間ァー!!」
「チクショウ、ちょっとスカートの中を見ようとしただけで血も涙もねぇ…俺達がそんなに悪い事したってのかよ! 神はどこにいるんだ!」
「目の前で浮いてるでしょ」
「た…確かに…!」
わぁ、本当に人が浮いてる。あいつクラスで何か浮いてるよなって話かな。呆れた顔をした野上さんがこちらへ向き直る。
「……ね、バカばっか」
「うん…うん?」
…クラスから浮くってそういう物理的な話じゃないよね?
発光しながら重力を無視してふわふわ浮かびつつ眠る女子生徒に対して、どうにかして下着を覗こうとする男子たち。
出来るだけ見ないようにしていた非現実がここにある。なにこれ。
面包を着けた風間と呼ばれる男子は口でガクッとか言っているし、何かレーザーらしきものが男子に向けてそこかしこへ飛び交っている。これはバカばっかで済む光景じゃないよ、控え目に言って奇想天外の人外魔境、おいおい洒落になってないよ。
「いや〜物騒な世の中でござるなぁ」
「うわ」
あまりにも無傷で、何事もなかったようにどこからともなく静かに私達の横に着地する風間くん。人々は重力を忘れたのか、今日は私も含めてずいぶんと人が降ったり浮いたりする日だ。
彼はレーザーに蜂の巣にされて、前衛的過ぎる現代アート作品にされていたと思いきや、服に焦げ跡一つ無い。奇術とか手品とかが使える人が多いのかもしれない、そういう事にしておこうか。
「バカニンジャが来たのん」
「むむっ馬鹿とは心外にござる、こういった時に羽目を外すのも友好を育むに必須でござろう。なにより、拙者の眼にかかれば下着の一つや二つなど、わざわざ覗かずとも何色か程度ならば赤子の手をひねるが如くの容易さでござるよ」
「え…」
話は聞いたことがあるけれど、奇術師ではなく恐らく本物の忍者を直接見たのはこれが初めてだ。悲しいことに初忍者はとんだむっつり野郎だったが。まさか透視出来たりするのかな、ドン引きですよ。
「風間、ちょっと死んでみてほしいのん」
「おっと…ちょっと飲み物買ってきてのノリで言う事ではござらぬと思いまするぞ、赤の野上殿と薄緑のレ…」
「今死ぬのん、すぐ死ぬの、骨まで砕けろッ!!」
野上さんが立ち上がるや否や、風が切り裂かれる悲鳴を上げて突風が吹き荒れる。そのまま彼女の片足が、視認できない速度で助平忍者の胴体に吸い込まれた。
「なんの身代わりのじゅ…グワーッ!」
かざまくん
ふっとばされた!
ガッツが足りなかったのかな、こんな阿呆な流れでど根性を見せられても困るけど。
「悪は滅びたの…戦いはいつだって虚しい…」
「……」
どこからともなく吹いている風が野上さんの髪を撫でては細かく散らす、様になっていると思う。
かっこいいね、うん。お互いの下着の色は聞かなかった事にしよう。
…実は二人が揃うと狐と狸のカップ麺みたいなコンビだったんだね、いつか私もあの忍者を殴ろう。記憶が無くなるまで。
「さて、と」
一拍おいて暴風の化身みたいな彼女が座席に座る、この学校凄いね。もしかしてこのクラスが不思議の塊なのかな。壁に突き刺さった、さっきまで風間くんだったオブジェに対して皆ノーリアクション。
日常の一ページってこういう物だっけ。
「マヌケニンジャの相手をしてたら時間が減っちゃったのん、残りの校舎と部活案内は颯く…淋代くんが放課後にしてくれると思う」
そんなに時間が経っていたのか、ひょっとして野上さんは時間を操作出来たりするのかもしれない。
それはさておき。真中先生が言っていたが、学校案内をやたらと手厚い二人体制でしてくれるのは何故なのだろう。なんかもう危険が危ないから? 学食に行くのも命懸けだから?
「野上さんは?」
心細い訳ではなく、単純な疑問。今もそうだが、何か用事が立て込んでいて、一秒のロスすら気にしそうな彼女の邪魔をしていたのなら、何となく申し訳ないと思ってつい尋ねてみる。
「部活なの、陸上部」
そっかぁ…。
とてもよく似合ってますね、はい。
御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!