はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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文化祭・オブ・ザ・イヤー

 

 

 

 

 

 

 

 暗幕、トルソーマネキン、手袋。

 運び込まれる物はそれだけでなく。

 

「や、久しぶりだね。みんな」

「佐藤さん! 元気にしてた? 相変わらず顔半分がちょっとグロ目だなぁ」

「皮膚無いからね。森山くんは元気だったかい?」

「今日はまだ怪我してないんだ」

「や、それは良かった」

 

 朗らかに話す人体模型。

 

「デッサンの授業以来だな子供達よ、息災か。ローマは一日してならず、その言葉に同じく、日々の健康はより良い学校生活を送るに…」

「相変わらずローマのおじさんは言う事が回りくどいの、もっとストレートに喋るのん」

「私の名はアグリッパだ、おじさんではない。良いかお嬢さん、会話の真髄は枝葉末節を愉しんでこそ。今は不要と思えることが、後になって大いなる実りを…」

 

 話の長い石膏胸像。

 

「さぁ皆さん、私が飾り付けられる舞台はどこかしら」

「モナさんはこっちね、ちょっと動いたり声を出しても大丈夫だから。ところでモナさん、今日こそ色々と聞きたいことがあるんだけどー?」

「好奇心は猫をも殺すという言葉は御存知かしら? 」

「そんなにヤバいの、ダヴィンチコード的な話は」

「それはもう、特殊な能力の一つや二つでは太刀打ちいかないのではと思いますわ」

「そっかぁ…」

 

 変な話をしている絵画。

 

 人体模型も石膏像も絵画もねぇ!

 普通は話さないんですよ!

 

 そう大声で叫びたくなるのをぐっとこらえる。

 君が変だと叫びたい、明日を変えなくていいです。

 

「おお! 吾らが如き美しさの者がいるなぁ! そこな幼子よ! その名は!?」

「……」

「レイリー、呼ばれてるぞ」

 

 見たことのない、声の大きな石膏像が何かに呼びかけている、怖い、近寄らないようにしよう。君子危うきに近寄らずって言いますよね。

 

「雪華が如き君よ!! 名は!!?」

「レイリーさん…早く返事をしないと悪化するぞ…」

「……人違いじゃない?」

「残念かもしれないが、うちのクラスで彼と会ったことがないのは君だけなんだ…」

 

 ノンデリマンこと太陽くんに続いて淋代くんが耳打ちしてくる。あえて全力で無視していたのだけれども、どうにも徒労だったみたい。叫び喚く石膏像にもデリカシーという機能は無いようだ。

 

 世の中には四種類いる。

 目立ちたくて目立つ人、目立ちたくて目立たない人。

 目立ちたくなくて、目立たない人。

 私は、目立ちたくないのに目立つ人。

 

 長くて真っ白い髪に青い瞳孔はどうしても目立つ、それは髪色がカラフルになった日本でも同じだ。

 金髪や水色の髪の人も居るのにね、やっぱり膨張色が駄目なのだろうか。染髪する気は一切無いけれど、もう少し穏やかな色の地毛を羨んでしまう。

 

「白雪の君ィィー!!」

「うるせーの」

「グワーッ!?」

 

 目にも留まらぬ速度で放たれた、野上さんのビンタがやかましい石膏像を襲う…!

 仲良くなってから知った事だけれど、普段はのんびりのんちゃんなのにこういう時は凄まじく光速いね。尊敬の念を抱かずにはいられないね。

 

「チッ…手が汚れたのん…」

「わ、吾が欠けたらどうするのだッ…!?」

「粉々にしてから面白オブジェにリサイクルしてやるの」

「猟奇的に過ぎるぞ! 第一能動的に学校の備品を壊そうとするなど、一介の学生にあるまじき行いだと思」

「うるせーの」

「ぉブッ! に、二度も殴った! 親父にも殴られたことが無いのだぞ!?」

「カエサルを裏切ったヤツに人道を説かれたくないの」

 

 近寄りたくないなぁ…。

 

 以前挨拶をした胸像のアグリッパさんと複製のモナ・リザさん。その時にブルータスという名前だけは聞いていた、この声が異様に大きい胸像。カエサルを裏切った、という野上さんの言葉を聞けば、間違いなく、そうなのだろう。

 とにかく挨拶をしよう…したくないなぁ…。

 

「…はじめまして、ブルータスさん。レイリーといいます、その、よろしく…」

 

 ブルータスというのは英語読みで、本来はブルトゥスと言うのだったか。近距離無線通信技術みたいですね、それはブルートゥースか。

 

 ブルータス、お前もか。

 

 この言葉だけは異様に有名な、言われるだけの行動を起こした彼。本人ではなく、あくまで模して作られた石膏像とはいえ自分から話し掛けるのには、なけなしの勇気を振り絞る必要はある。私はそこまで社交的ではない、自覚はあります。

 

「ふぅむ…レイリー、良い名だなお嬢さん、どうだろうか親睦を深める為に、ここは一つ吾を自宅に持って帰るといぅぶっ!」

「誰だろうと真っ先にナンパをしだす女誑しみたいな所は、カエサルの逸話によく似てるのん」

「ジョーク! 場を和ますジョーク! アメリカンジョーク!!」

「お前はローマ人なの、うるせーの」

「なればこれこそはローマジョー…ぬわーっ!」

 

 ブルータス、またなのか。

 

「レイリー嬢に届け、この白きシンパシィィー!」

「…レイリー、こっち手伝ってくれよ」

「あ、うん」

「無視は良くない! それは弁論や権利の放棄に他ならず、ひいては相手の言説を全て肯定するという危うさを孕んでいるウッ!!」

「バカの相手はしてられないってだけなの、というかそろそろ本当に黙るのん。ほら、ふざけ過ぎでアイちゃん先生がキレそうなの」

「殴打せず止めてくれても良いのではないかッ!?」

「音が出るオモチャだってもう少し静かなの、はや…淋代くん、コイツさっさと持って行って」

「あぁ、そうしよう」

 

 スーパーうるさいブルータス君、ボッシュートです。

 備品一つさえ、こうもアクが強いと残りの高校生活が不安で胸いっぱいです。少しは馴染んだと思ったのは気の所為でした。

 退屈とは無縁だとしても、平穏が一番だと思う。

 

「やっと静かになったな…」

「そうだね」

 

 とりあえずは一種のイニシエーションとして受け止めておこう。

 

 

 

 

 

 

 唐突に感じるかもしれないが、私は針仕事が好きだ。

 

 

 

 というより、静かで地味めな仕事全般が好き。

 

 

 

 特に耳目を集めるでもなく、やればやるだけ成果が目の前に積み上げられていく。そんな作業がいい。

 つまり今、私が珍しくも希望してやっていること。

 

「………」

 

 ただ黙々と針を刺し、返し、撚り合わせ、綴る。

 成果が判然と目に見える点として、家事全般も好きだったりする。掃除も料理もやればやるだけ返ってくるのは、人間関係と違う所だろう。

 今し方針仕事をしているのは、おばけ屋敷用に調達された暗幕を縫い付けて大きくする為。文化祭はお昼ごろから開催されるから光を遮るものが必要なのだ。

 怪我や事故を防ぐ為にぼんやりと明るくする方法は検討済みらしいので、私は何かを気にすることなく地道な作業をこなしていけばいい。

 どこでチクチク縫い物をするかは伝えてあるし、出来れば一人でやらせてほしいというのも言ってある。

 

「………」

「……」

 

 ただ黙々と、静かに、没頭する。

 頭の片隅ではつらつらと普段通り饒舌な思考をしつつ、身体そのものは単純作業を反復して。

 まるで自分がミシンにでもなったようだ。

 物言う石膏像に動く人体模型、そんな超常現象達と対峙して、疲労困憊の色を見せる私の繊細極まりない神経を落ち着かせるにはちょうどいい。

 

「……」

「…じー…」

 

 静謐とも言うべき静けさの中、針を上に、下に。編んで、紡いで、織るように。ちくり、ちくり。

 

 いつの間にやら、凄い大きい何かが覗き込んで来ているけれど、努めてシカトをする。

 そういえばシカトの語源は花札に描いてある鹿の絵札からだそうだ。そっぽを向いている鹿からシカトに、風流というかくだらないと言うべきか。何にせよ、昔から人の考えというのは決して特別高尚なモノとは言えなさそう。

 

「………」

「じー…」

 

 そろそろじっとこちらを覗き込んでくる何かを、空気のように扱うのは無理な気がする。

 じーって口に出して凝視してくるとか何なんですか。しかも大きいし、真っ黒だし。サイズ的には私と一メートルくらい差がありませんか。本音を吐露するとめちゃくちゃ怖いんですけど。だ、誰か助けてぇ…。

 

「ようレイリー、進み具合はどう…」

 

 溺れる者は藁をも掴む、君の髪色は小麦みたいだね。安心してほしい髪の毛を掴む気は無いよ。

 困惑と戦慄の最中やってきたのは私の数少ない…友人? の一人、太陽くん。ノンデリマンとか内心呼んでごめんね、今の君は、日に透かした時の君の髪の毛みたいに輝いてるよ。キラキラだね。

 

「あーっ! 太陽くんだー!」

「釈先輩じゃないっすか、何か用事です?」

 

 へぇ、知り合いなんだ。というかこの人…ヒト? 先輩なんだ。私を強張らせていた赤い視線は、対象を移し換えてその巨躯ごと少しだけ遠ざかっていく。

 金網や防護壁の無い場所で、ぽつんと一人、猛獣の隣に置き去りにされた気分でしたよ。

 

 こ…怖かった…!

 

 恐怖から解き放たれて考えが加速する。何あれ。アレって言うのも失礼なんだろうけど、最早関係ないよ。異様に長い真っ黒な髪に真っ赤な目、それらが制服から浮かび上がっているようでひたすら不気味。しかも小さく屈んでこちらを覗き込んでいても、体そのものが規格外に大きいから威圧感が少しも無くならない。

 正体不明さんが寄り添っているのに、動揺して手が震えなかった自分を褒めたい。よく頑張りました。誰か花丸付けて。

 

「クラスの準備が終わったから、太陽くんはどうしてるのかなって見に来たの! それでねそれでね、見たことのない子がいたからお話しようと思って、ずっと待ってたんだけど、お裁縫に夢中みたいで…」

「針仕事してる時に邪魔しちゃダメっすよ、指刺しちまったらコトですし。また今度、一段落したかな〜とか暇そうだな〜と思ったら話し掛けてやってください」

「わかったー!」

 

 先輩と呼ばれていたはずなのに、言動だけなら年下というか、幼女みたいな人だ。情緒が幼い感じがするといった方が正しいかな?

 身体は…本当に、ずいぶんと御立派でいらっしゃる。ヌッとしっかり立ち上がった様子を横目に盗み見ると、恐らく身長二メートルはゆうに超えている。ここまでくると威圧感だけは相変わらずあれども悔しさは感じない。もうね、別物ですよ別物。少なくとも私とこの大きな先輩を見比べて同じ生き物と思う人はそう居ないんじゃないだろうか。

 

「集中してるみたいだし、ほら、あっち行きましょ」

「うん!」

 

 高い位置から聞こえる声が弾んでいるような気がするのは、高所から低所への落差のせいではなさそうだ。

 どういうことかは具体的には言わないけれど。太陽くん、君ってばたぶん本当に女誑しなんだね。

 

「あっ、そうだ。釈先輩はちょっと先に外行っててください」

「わかったよー」

 

 現在地は体育館二階の隅っこ、誰の目にも映りにくくてひっそりこっそり縫い物をするのにうってつけの場所。これがすみっこぐらしですね。

 突然の超大型来訪者に焦りはしたものの、さて、それを追い払ってくれた彼は何故かこちらに近寄ったまま動かない。

 

 …まさか何か酷いことをするつもりなんだろうか。

 今まで私に優しくしていたのは、ここでカツアゲとかする為だったの!?

 階段で二度も助けてくれたのは、善行を施しておけばかなり無茶な要求も通ると思っての計算尽く!?

 

 ごめんなさいお父さん、お母さん。一人娘のレイリーはここまでみたいです、ううっ可哀想な私…きっと身包み剥がされたりお財布取られたりお昼ごはんのパンを強奪されたりするんだ…。

 

「…ーい、聞いてんのか?」

「……」

 

 お財布の中身が寂しいとわかれば、ちょっとジャンプしてみろって命令されて、チャリチャリたゆんたゆんと色々上下に揺らされるんだ。ははは、私は小銭をちゃんとお財布に入れる人ですよ、つまり跳躍しても揺れる事はあっても音は鳴りません。

 揺れる物は無いだろって?

 

「ぶちのめす…」

「何を!? 第一声がそれってお前大丈夫か!?」

「あっ、太陽くん」

 

 これはいけません、乙女回路が暴走していたみたいですね。焼き付く前に気付いて良かった、でも少しのお焦げは美味しいからセーフだよね、まるでお米だね。噛めば噛むほど味わい深い気がするから似たような物だ。おこめとおとめ、うん、字も似てる。

 

「…お茶とコーヒーどっちがいい?」

「お茶」

「即答じゃん、コーヒー苦手か」

「飲めるけどお茶の方が好き」

「大人じゃーん」

 

 急に何を聞いてくるのかと思えば煽っているのか藁頭人間、英語にしてストローヘッドヒューマン。ハンマーヘッドシャークの親戚かな?

 人の容姿を子供みたいだって言いたいのか。これだから藁茎みたいに中身スカスカ野郎は困りますね、私達はまだ高校二年生、つまり伸び代がたっぷり。君もトッ○を見習って最後までチョコを詰めたほうがいいよ。

 

「ほれ、冗談だよ」

「わっ…」

「ナイスキャッチ」

 

 唐突に投げ渡されたのはほうじ茶、しかも人肌よりも温かい。もしかして保温機能付き人間だったりする?

 

 暖房付きのハイテク体育館とはいえ、その片隅ともなればあまり暖気は来ない。そんな所で一人細々、ひっそりこっそり裁縫をしていたのだから気付かぬ内に体は底冷えしていたようだ。

 

 火傷する程ではなく、けれども確かに安心する温度が口から五臓六腑に浸潤していく。ペットボトルのお茶でも、冷えた時には格別なのは間違いない。

 彼はどうやら缶コーヒーを飲んでいるようだ。どちらが良いか訊ねてきたのも、当然両方用意していたからという理由だろう。

 

「あったかい…」

「染みるよなァ…」

 

 飲み物に対しての感想が二人して老け込みすぎてる。

 若さが足りない、いや、高校生ですが?

 

「……」

「……」

 

 ただ飲み物を傾けて、それを緩やかに胃に収める音が聞こえるほど静か。遠くには別のクラスか、もしくは私達のクラスの人が響かせる喧騒。暖房の稼働音もか細いながら耳に届いていた。

 

 無言、静寂、しじま。

 いつしか互いの呼吸も聴こえそう。

 

 彼がどう思っているかはからない、でも私はこの無言の空間に身を置いていることに苦痛は感じない。

 知り合ってから一月も経っていないのに、こんな事を考えている自分に驚く。

 優しい沈黙に身を委ねるのも良いけれど、いっそ打破してみよう。変な質問でもないから平気だよね。

 

「あの人、知り合い?」

「…前にちょっとな、まぁ悪い人じゃないぜ」

「そうなんだ」

「そうなんだよ」

 

 歯切れが悪い返答、彼にとって愉快な話題ではなかったらしい。何かしらの地雷ならもっとわかり易くしてほしいな。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 なんとなく。

 ただなんとなく、知りたいと思った。

 

 漠然とした知識欲は満たされる術を知らない、こんな時にはどんな二の句が似合うんだろう。自分の口下手が恨めしい、思考だけが空回りしている。

 

「…やっぱりなんでもない」

「逆に気になるじゃねぇか…まぁいいけどさ」

 

 花咲く程にロマンチックか、雷よりもドラマチックな一言はフィクションの専売特許なんだろう。至って平凡な私は、結構意気地なしだ。

 

 ゆっくりと、緩やかで長閑な時間と、手のひらと同じ温度になったお茶を飲み干した。

 

 あと少しで文化祭。

 楽しいといいな。

 

 

 




御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。

や、優しくしてね…!
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