はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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文化祭・オン・ザ・スイング

 

 

 

 

 

 

 人の喧騒。

 

「…3回……校文化祭を、開催します!」

 

 掻き消される開催の音頭。

 

 オノマトペで言うワイワイガヤガヤ、ザワザワヒソヒソなんて生易しくない、人々の口から飛び出す雑音の軍勢。

 

 こういった場、盛り場とでも言えばいいのだろうか。目立たないという点では悪くないけれども、些かも耳が慣れることはない、それはテーマパークや遊園地でも同じだろう。

 

 自分が、誰でもない、群衆に、溶けて、混ざる。

 

「はぁ…」

 

 やらねばならない目的、というか任された仕事こそあれど、自分の出番がやってくるまでの時間はどうしたものか。

 

「……はぁ」

 

 二度目のため息、誰に聴かせるでもなし。ため息を吐くと幸福が逃げるなんて常套句はあるが、幸せの姿を見た人でもいるのか。ならばいっその事、何百回とため息をし続ければ不幸そのものは視認できるんじゃないだろうか。

 

 ため息がオートマチックに出るにも理由はある。

 

 文化祭、ひいてはお祭りの類は好みではないこと。個人的にはあまり楽しめないから騒音ばかりが気になってしまう。

 誰かの視線が自分に向けられつつ、ヒソヒソと口が動いている事に気付いてしまった時なんてもう最悪だ。被害妄想は雨水みたく耳朶に染み込んで、鼓膜を浸して脳を満たす。

 そうなれば楽しんでなんていられない。一刻も早く家に帰って寝所で枕を抱えて夜を待ち、毎日のように行われる夜中の一人反省会を開催するのみ。

 我ながら暗い、暗すぎる。誰かせめて風みたいに優しく語りかけてほしい。風が語りかけるのは、うまい、うますぎる。だけだと埼玉県民が言っていた。

 

 もう一つは一緒に楽しめる同行者の不在。

 

 自分の親類にも、数少ない知己を相手にすらも上手く自分から誘うことができない。というか出来なかった、だいたいここまで口下手なのは、そう居ない。誰も彼も他の知り合いとか、パートナーとかと一緒に回ったり、持ち場を離れないそうだ。

 つまりはボッチ、ソロ活動。

 こちとら一人で飲食店に入る事さえ躊躇う程度には人見知りである。そんな人間が無数の他人に囲まれればどうなるか。

 

「帰りたい…」

 

 帰巣本能が刺激されて、一分一秒でも早く家に帰ることを望んでしまう。帰巣本能ってそういうのじゃない? じゃあ帰宅本能としましょう。

 やるべきタスクがあるので勿論帰宅できません。これが八方塞がりか…ここから出して! おうちに帰して!

 

「……はぁ…」

 

 脳内寸劇を停止して、そろそろ回数を数えるのも馬鹿らしくなってきたため息をもう一度吐き出した。

 文化祭入場チケットと引き換えに配られた、手の中に収まっているパンフレットに視線を落とす。

 

 表紙を含めて大いにカラフル。噂に聞く美術部だけが描いたのかと思ったが、片隅の監修・協力と書いてある部分に生徒会会長と生徒会副会長の名前がひっそりと載っていた。どうにも雑用含めて何でもござれといった風体を醸し出している、学生の時分から身を粉にして精神を磨り減らし過ぎではなかろうか。

 

 さて、肝心の出店群はどうだろうか?

 

 無難な所では、やはり普通のクラスによるモノが多い。休憩所、飲料販売、喫茶店、おばけ屋敷に占いの館なんて物もある、無難とは言ったがそこそこ個性的な気もする。刃物研ぎとかもあるようだ…なんで…?

 

 部活動はどうか。

 弓道部はカレー販売、柔道部は空手部と合同で軽食販売、そうそうこんな感じ…と思いきや、剣道部は茶道部と一緒に野点体験、剣道と茶道にどんな接点が…? 道と付けば同じなのかな?

 

 料理部は食品販売かと思えば解体ショー、何をとは書かれていない。何を合法的にバラすかは当日のお楽しみに、と記載されている。…合法…? バラす…??

 

 テニス部は空欄、陸上部は鈴カステラ、卓球部ははしまき…箸巻き…? どんな食べ物だろうか、たぶん食べ物だよね。他にもぽっぽ焼きだの唐揚げだの、一見して何かわからない物とわかる物が混在している。綿あめアンドカルメ焼き作りなんてよく目にする物もある。イカ焼きと書いてあるのも見えるが、これは関西で言うイカ焼きなのか、それとも関東のイカ焼きなのか。判断の難しいところだ。

 

 野球部は難易度の選べるストラックアウト、サッカー部は空欄…結構空欄が目立ちますね。文芸部は小冊子の頒布と即売、ほうほう。

 

 他にも多彩な出店や軽音楽部と音楽部の演奏会もあったり、最終日には学生だけ参加のレクリエーションもあるそうで。うーん…賑やかぁ…。

 

 うん、事ここに来たら覚悟を決めよう。

 せっかくなんだから、一人でも文化祭を謳歌しよう。

 そうと決まればまずは腹ごなし、腹を決めたら腹が減る。腹が減っては戦はできぬ、これは独りぼっちの文化祭戦争です。

 

 そう思い立って、決意を漲らせつつ人の波をかき分け…られてはいないので、人の間を縫うように歩く。

 第一目的地はカレーを出店している弓道部の所。まずはご飯物、主食をしっかりお腹に納めたい。

 パンフ片手になんの気無し、自由気ままに腹を満たす。これが孤独(ボッチ)のグルメですか。

 

「いらっしゃいませー!」

「あははは」

「次あそこ行きたーい」

 

 四方八方から聞こえる威勢のいい呼び込みと、家族連れやらのキャッキャとした、私達文化祭を楽しんでますのウフフフフ、と言外に聞こえる声。カレーを買って余裕が出来たら掛けてあげたくなりますね。声じゃなくてカレーを、頭に。

 

 人混みの中に居てよく考えるのは、今この場で竜○旋風脚とか百烈張○手をしてみたい。ターゲットの多いボーナスゲーム、見ろ、人がゴミのような多さだ!

 

 そんな犯罪スレスレの考えも、カレーが漂わせる香辛料の芳香によって薄らいでいく。思ってるだけなら犯罪じゃないですぅ、あっいい匂い…毒ガスを撒いたらどうなるかとか考えてません〜…炊きたてのお米の匂いもする!

 

「一つください」

「はーい!」

 

 元から表情が顔に出る方ではないので、平然とカレーライスを購入した。変なこと考えてた? いえ全然、至極真面目なことばかりです。

 食べ物を買うのは良いけれど、はたしてどこで食べればいいのか。そんな薄ぼんやりした不安は杞憂だったようだ。出店場所にそのまま机と椅子が備え付けてある、イートインスペースというものですね。

 

「いただきます」

 

 お手々を合わせていただきます、たとえソロ活動でも礼儀は忘れないようにしたい。礼節が、人を、作る。とある映画の受け売りだが、頭に強く残っている言葉だ。

 

 さてさてさて、まずはこの白米の砂浜と黄色いスパイスの海を観察をしよう。

 

 お米に関しては取り立てて言うべきことは無いだろう、文化祭開催直後というのもあって炊きたてだ。炊きたての銀シャリはこれだけで美味しい、日本の心を感じますね。そう見えなくても日本人ですよ、私。

 

 カレーは…匂いは普通の、市販のルーを使ったソレに近い。全く同じではない、何かが違う。そして色味がすごく黄色い、タンポポの花に土を微量混ぜたような、あるいは古い球場カレーをそのまま想像したものが目の前にある。

 添えてあるのは真っ赤な福神漬け。おそらく福神漬け派とらっきょう派の果てしない死闘が行われたに違いない。そこまでこだわりは無い? 日和見主義か敗北主義者め…よろしい、福神漬けの汁を血と入れ替えて白いらっきょうを目玉と交換して差し上げるから反省して心も体も入れ替えるように。

 

「…うん」

 

 運動会の徒競走で皆が手を繋いでゴールする、なんていうのは個人的には好きじゃない。

 けれども、どうだろう。このカレーライスは見事にその様を再現している。

 カレー部分が舌に先着するとまずは甘み、果実、おそらくリンゴの酸味も含んでいるけれど、不思議とまろやかだ。入っているのが当然と思う玉ねぎが具材として見当たらない事から、飴色になるまで炒めて、溶けるまで煮込んだのだろうと推測する。

 追ってくるちょっとした辛さもあるけれど、味わう内に米の甘みと見事なまでのバランスが取れていると感嘆しきりだ。

 福神漬けは…市販の物ですね、普通、しかしそれがなんとも落ち着く。ひたすらにカレーが運び込まれる口内に爽やかな赤の救世主が! こうしてカレーライスと福神漬けの無限ループが続く訳です。

 甘いものと塩っぱいものを交互に続けるが如し。やり過ぎると太ってしまう、これはデブ生成無限円環連鎖機構。その亜種を器が空になるまで繰り広げられる。

 

「コーヒー牛乳買ってきたぞー」

「追加の鍋に入れといて」

「うぃー」

 

 …聞き耳を立てれば納得の追加情報が舞い込んできた。カレーの甘さはコーヒー牛乳が由来、コクもあるから隠し味にちょうどいいのかな。

 

「ごちそうさまでした」

 

 量はお値段相応、満腹となるには程遠い。それでもやっと人心地ついた。ご飯って偉大ですね。

 人参やじゃが芋といった具材の数々も端々が鈍角になっていて舌で押しつぶせてしまい、結局スルスルと飲むように食べ終わってしまった。カレーは飲み物、なるほど納得。

 そのまま空容器を指定のゴミ袋に放り込んで外へ出た。食べ終わった後に一人でずっと座って居られる人じゃないんです。

 

「……の、おばけ屋敷、是非見に行ってほしい。きっと退屈はさせないさ、約束しよう」

「い、行きます! 絶対!」

「ありがとう」

「はいっ」

 

 結構な距離があるのに聞こえる黄色い声、音に色があれば本当にさっきのカレーみたく黄色いのだろうか。

 流石、顔の良い生徒会副会長様は一味違う。恐らくは周囲の警邏をしているのだと思うけれど、ついでに宣伝も忘れていない。

 

 …こわ…近寄らんとこ…。

 群がられている副会長さんから、出来るだけ目を合わせないように逃げ出した。

 その矢先。

 

「あっ」

「ん…? 無事か、お嬢さん」

 

 人にぶつかってしまった。

 …ひ、人ですよね…?

 顔は明らかに人間じゃないんですけど。

 

 うっかりぶつかって慌てる私をよそに、落ち着いた様子でこちらの無事を確認してくるスーツを着つつも動物の被り物をした人。

 文化祭という祭りの時に狼か犬の被り物をしているにも関わらず、ぶつかって来た私の様子を気にする所作からは中の人がパリピ的な感じではないのだろうと思う。ひょっとすると、めちゃくちゃな恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。

 

「主人〜、唐揚げ買って来たから一緒に食べよ、あ~んとかしちゃお、あ~……?」

 

 黒っぽいパンツスーツと肩口までの黒髪を、緩やかに振り揺らしながら上機嫌な様子から怪訝な顔に移行するグラデーションを隠しもせず女性が近付いてくる。

 

 主人、ということは奥さんなのだろうか。二人共スーツスタイルというのは同じだから、仕事着を普段着にするタイプなのか。それにしては片方被り物を被る程度には、はっちゃけているけれど。

 

「浮気…?」

 

 恐らく唐揚げを入れてある袋が、クシャっという音と一緒に形を変形させた。お姉さんの顔は見る間に白くなっている、美白ですね。

 

「いや、ぶつかってしまっただけだ」

 

 被り物氏からは何とも冷静なツッコミ、というより単純な事実が発せられる。軽い事故です、本当に。

 

「恋のはじまり…!?」

「落ち着け、本当にただぶつかっただけだ」

「ラブ・ストーリーは突然に!?」

「この見た目では無理だろう…」

 

 外せば良いんじゃないですか、その被り物。

 こちらとしましても恋に発展する事はないと思いますけどね、本当に。

 

「ダーリンが浮気したぁ゛ぁ゛〜!」

「待て、環! 環っ!?」

 

 わぁ…スーツ姿の女性が半泣きで走って行っちゃったよ、被り物さんも追いかけて駆け出して行ったし。

 

 これが噂に聞く昼ドラ展開ですか。

 もしかして私はイチャイチャ空間の出汁に使われただけなのでは?

 

 …私がぶつかったのは事実だし、誤解を解かずにいるのも座りが悪い。仕方ないので私も追いかけるとしよう、幸い、出番までの時間はまだある。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 文化祭開催直後のこと、俺こと當真 太陽は少しばかり青色吐息が漏れそうになる状態で学内を移動している。クラスの出し物は交代制なので、出番はまだまだ先というワケ。

 

 何故うんざりしているのか。

 それは身体が重いから、背中と肩に掛かる重みは少しの疲労感かと錯覚しかねない程度には軽いが、間違いようの無い物理的な重量。

 

 悪霊にでも憑かれるとこうなるのかね、生憎俺には無縁だけどな。霊感とかは…人並みにしかないからな。

 

「太陽くん、綿あめとカルメ焼き作りの後は鈴カステラ屋さんに行きましょう」

 

 霊的な何かには今語り掛けられてるんですけどね!

 

「聞いてます?」

「うっす…」

 

 そう、結局フォンセルランドさんを招待する羽目になったってワケ。しかもおんぶに抱っこ付きで。いや抱っこはしてないけどね? おんぶはしてるよ現在進行系で、だから重いんだ…痛てててて!?

 

「乙女心が傷つくような事を考えてますね」

「考えて無いっすよォ! 痛い痛い!! ちょっ…マジやめて! 足滑らせてやろうかこのヤロ…痛いっ!」

 

 何なんだよマジで! 人の心にもプライバシーってモンがあるんじゃないんですかァ!?

 

「まったく…デリカシーがありませんね」

「ありますよ、相手は選んでるだけ…痛ぇって!?」

 

 めっちゃ抓るじゃん、何なのもう。あんまり酷い扱いしてると泣いちゃうぜ?

 

「ほら早く行きましょう、時間は待ってくれませんよ」

「えぇ〜マジで科学部の所行くんですぅ?」

「綿あめですよ? カワイイじゃないですか」

 

 綿あめアンドカルメ焼き作りを出しているのはうちの科学部、どうやら校舎の二階でやっているらしく、移動が面倒だ。

 

 そうは言いつつも向かってるんだけどね、フォンセルランドさんを背負ってるのもそういう理由だ。

 しかし、何だかんだ来ちゃったんだもんな。おやっさん達も来てるし。せっかく事務所総出で来ているんだから楽しんでもらおう、本当は学生らしいレクリエーションを楽しみたかったけどな。具体的には来ているはずのこころさんを誘ってデートとかさ。

 

「綺麗なお姉さんとカワイイ物は嫌ですか?」

「それが嫌なヤツは居ねぇでしょ」

「じゃあ良いじゃないですか」

「その自信はどっから来るのォ…?」

「あなたの後ろからですが」

 

 仮にもメリーさんが、あなたの後ろですって言うんじゃないよ。俺を呪う気なのか?

 …まぁいいか。科学部の顧問はちょっとやかましいけど、行くとしようかね。

 

 それにしても周りを見れば所狭しと人の居ること居ること。学生から入場券を貰った人達、つまり関係者だったり親類だったりが楽しげに練り歩いてる。

 当たり前だが見覚えの無い顔が大半だ、でも祭りってそんなもんだよな。うん。

 

「ん?」

「どうかしましたか」

 

 周囲から浮く程白い髪が一瞬目の端に映る。レイリーかとも思ったけど、それにしてはタッパ…身長が高かった。ふむ、親御さんかな? そもそもレイリー本人は今…。

 

「知り合いっぽい人が居ただけっすよ」

 

 ま、いいか。わざわざ挨拶に行くこともない、お互いただの友達の一人ってだけだしな。

 逆に挨拶に行ったらそれはそれで面倒な事になる、レイリーさんってば友達少なそうだもんね。それなのに娘の男友達が挨拶なんてしたら大変な事になるよな、たぶん。

 

「ふーん…ふーーーん?」

「鼻に何か詰まりました?」

「…ッ!」

「痛い!」

 

 何この人ォ!

 暴力はダメだって教わった事が無いのか!?

 クソッ…オバケにゃ試験も学校も無いってか、義務教育を受けさせろ!

 

 軽々しくパシパシ叩いたり抓ったりしやがって…暴力反対! 俺は平和主義者だぜ『噂』の連中以外には早々手を上げたりしない。

 

 じゃあメリーさん相手なんだから一発くらいフォンセルランドさんを殴ってもいいんじゃないか?

 …いやダメだろっていうか絶対イヤだわ。

 

 つまりこうして俺の忍耐力は鍛え上げられてるってわけです、日々鍛錬って言うしな。我ながらちょっと…いやだいぶ納得いかねぇけど。

 

 

 

 




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や、優しくしてね…!
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