はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
見知らぬ人達の入り乱れる雑踏と化した校内を歩き回りながら甘い物をひょいぱくりと一口。
ちょうど時間もお昼頃、鈴カステラという甘露は空きっ腹によく効く。お昼はパン派の私には更に嬉しい。鈴カステラはパンじゃないって? これは小麦粉で作ったものだから八割くらいパンです、しかも小麦は実質野菜なのでヘルシー、完璧な理論ですね。
食べ歩きは少々はしたない? 玉に瑕って物ですね。
「んー…焼きが少し足りないのん」
「そう?」
隣を歩くのんちゃんには少し不評な様子。
私としてはこの薄いきつね色の生地は良いと思う。小麦の香りは無いけれど、薄っすらとハチミツの香りがするクマさんの顔、生地が半生で口に残ることもない。むしろこれ以上焼いてしまうと、折角の黄色っぽくてファンシーなクマさんが焦げ茶色のヒグマになってしまう、怖いよねヒグマ。青森で見掛けた時は死を覚悟したものだ。
「料理も手早く、完璧な方が好ましいのん…こほん」
のんちゃんの咳払いと深呼吸。
…あっ、マズい。鈴カステラは美味しいけど、そういう意味じゃなくて、非常にマズい。
「料理を楽しむのは大いに素晴らしいの、特に誰かとする料理っていうものはその後の食べるという行為に連続する一連の手順、つまりは必要なプロセスなのん。人は共食という行為に特別性を見出すの、日本では同じ釜の飯を食う、なんて言葉もあるくらいには食卓を囲むことによる連帯感が生まれる事がハッキリしてるの、その時間の前段階である料理もゆっくりとするべきなのん。でもそれはあくまで料理や調理を仕事としない場合の事で今回は別、これは誰かに売る商品なの。求められるのはそう、光速さなの。
商品の納品は光速ければ光速いほど良い、待つ時間を楽しめるのはあくまで来る事を確信しているからで、来るか来ないかの不安でやきもきする時間は全く無駄なの。不安はストレスの呼び水で、ストレスは寿命さえ縮めるの、この世で短くするべきなのは寿命じゃなくてタイムアタック競技の時間なの。だから手早く迅速に丁寧に一秒でも光速く届けられる方が時間を有効に使えるの、そして素早く届けられた商品によって結果的に時間に余裕が生まれて、その商品について語らう時間こそ友好や親愛を育むかけがえのない時間になり、ストレスフリーで明るい人生を少しでも長く楽しめるの。
だからこの鈴カステラも手早く完璧な調理をするために、最初からゆっくりじっくり焼くんじゃなくて前もってもう少しだけ火力を上げて周囲を焼き固める時間を短縮しておくべきなのん。これはあくまで鉄板の温度管理の問題で、休む間もなく材料を注ぎ込めば鉄板の表面温度が下がる事を念頭に入れ忘れていることのミスなのん。あとほんのちょっとだけ火を入れる時間、火力にこだわっていれば提供が一秒でも光速くなったかもしれない、それがお店としてのミスなのん。でも味は悪くないから大きな問題はないのん。焼きが甘い、たったそれだけの、一秒分の瑕疵だから今回は見逃してあげることにするのん。
わかった?」
「うん」
………。
えっと…。
商品提供の速さの為に、鉄板の温度管理をしっかりしておこうってことだよね? 合ってる?
「あっ…あれは…」
「うん…?」
言葉が紡がれるあまりの光速さに語彙を放棄して脳を停止させていると、のんちゃんが何かを見つけたようだ。話を真面目に聞いていなかった訳じゃないんです、ちょっと追いつけなかっただけで。
「もっ…もっ…」
腕に抱えきれない程の、ハッシュポテト、フランクフルト、焼きそば、カレーライス、からあげ、鈴カステラ、焼き鳥、綿あめ、アメリカンドッグ、見たことの無い緑色の何かの串焼き。一つずつではない。包み紙の類は無数にあって、既に中身が無くなって香りだけを残している物もある。
休憩スペースの机を一つ占拠しているそれらを、見たことのあるような誰かの笑顔に似た表情で口に入れる何者か。口に入れるなんて生温い、あれは最早吸い込んでいるに等しい。
「…凄いね、うわぁ…」
制服は着ていないから誰かの親御さんか、それとも、二十代…大学生くらいに見えるから姉や親戚、もしくは恋人とかだったりするのだろうか。
それにしてもとんでもないフードファイターだよ、ご家庭のエンゲル係数を憂うわ。
「颯くんのお姉さんなのん…」
「えっ?」
「もっ…? あっ、のんちゃん!」
道理で淋代くんとどことなく似ている顔立ちをしていらっしゃる。けど、彼よりもどこかふわふわしていて柔らかそうな雰囲気に、見ていてホッとするかわいい感じの人。まさか一家揃って顔が良いのかな、世界は不平等について一度考えるべきかもしれない。
違う、そうじゃない。
この人型ブラックホールみたいな食べ方をしてる人が淋代くんのお姉さん? 凄いね、正直ここまで来ると怖いね。既に空き袋になった残骸から推測する量だけで、とっくに私の三食分は食べていると思うんですけど。お腹に別の生き物とか飼育しているタイプの方だったりします?
「久しぶりだねぇ、元気だった?」
「まぁ…それなりに…。とりあえず病院と警察のお世話には今のところなってないのん」
「のんちゃんも太陽くんと同じで無茶しちゃうから、頑張り過ぎちゃダメだからね? 学校のことだったら颯をもっと頼ってね」
「あのバカタレと一緒にしてほしくないのん…颯くんも、かなり頑張ってるし…」
「とにかく、怪我はダメだよ、いい?」
「はーい…」
のんちゃんの返答はどこか歯切れが悪い。まるで家族に怒られて、不貞腐れているみたい。いつも学校で見せる緩やかな表情とは、これもまた違う顔だ。
そういえば聞く機会が無かったけど、のんちゃんはたまに淋代くんのことを下の名前で呼んでいる。
この謎のフードファイター、淋代くんのお姉さんとも知り合いみたいだし、まさかアレですか、私とは無縁な複雑な幼馴染関係とかそういう…? くっ…青春とかラブコメの波動が私を痛めつける…!
「あっ、いけない! はじめまして、私、淋代 こころって言います。よろしくね?」
「えっ、あっ、はい…レ、レイリーって言います…その、転校生です。淋代くんにはお世話になってます」
今日だけで何回コミュ障感を醸し出すつもりだ私。恥ずかしくないんですか、恥ずかしいからこうなってるんですよ。わかってくださいよ。
「あなたがレイリーちゃん…颯が話してた通り、何だかあなたも無茶しそうだね…うん。改めてよろしくね」
「はい…ちなみに淋代くんはどんな事を?」
「うーん…それはねぇ…」
「姉さんッ…! やっと見つけた…!」
おやおや、噂をすれば何とやら。生徒会の見回りに駆り出されているはずの淋代くんじゃないですか。太陽くんもそうだけど、妙にタイミングがいい所のある二人だよね。
惜しいなぁ、折角の人物評を聞こうとしていたのに。
「あまり出店を荒らさないでくれ…食事を提供している所、特に弓道部と卓球部がドン引きしていたぞ…」
「ちゃんと加減してるよ?」
「出来てないんだ、一人で炊飯器の米を切らしたり焼き鳥を壊滅させるのは…流石に目に余る」
「で、でも皆大丈夫だって…」
「客にノーと突き付けられる店員なんてそうはいない。夏祭りの屋台の時もそうだがいくら現金を持っているからといっても…」
公然で滾々と説教を開始しようとする淋代くん、飲食系の出し物をやっている各所からクレームというか悲鳴が数多く届いたのだろう。さもありなんですね、この机を占拠する食べ物達を見れば、ねぇ。
あっ、助けを求めてそうなこころさんと目があった。
「あ、ああっ! ねえ颯! 彼女がレイリーちゃんだね! ほんとうに颯が言ってたみたいに可愛いね! でもお姉ちゃん心配だな、この子も太陽くんみたいに無茶しそうな…」
「話をすり替えないでくれ」
「は、はい…」
「だいたい普段から家で専用の炊飯器の米を一升近く食べているんだから、こういう時はあまり迷惑を掛けない量に配慮を…」
しかし まわりこまれてしまった!
今、何気なく一升とか言ってなかった? 気にしたら負けなのかな。毎食一升なのか、一日一升なのかでだいぶ恐ろしさが変わる話だね。たぶん毎食だよね、怖いね…。
それにしても淋代くんってば、家で私のことを可愛いなんて言ってんだね、いやぁ照れちゃうなぁ。のんちゃん談では女誑しらしいので、たぶん誰にでも言ってる気がするけど。それでも褒められれば嬉しい物は嬉しいんです、それは誰でもそうでしょう。
「颯くんはああなったら長いのん、ズラかるの」
「そうなの…?」
「逃げるが勝ちなの」
「…いや、待ってくれ。すまなかった…自宅でもできる説教なんて、祭りの場でするべきでも無かった。二人とも気を悪くしたなら謝るよ。姉さんもこれからは少し控えてくれ」
「はい…」
のんちゃんに手を引かれて退出しようとしていた所、説教を中断した淋代くんから待ったがかかる。それよりも大丈夫? お姉さん泣きそうじゃない? 半べそかいてるけど。
「どうかなレイリーさん、文化祭は楽しめているだろうか。と言っても野上さんが同行しているのだから、実はあまり心配はしていないが」
「大丈夫、楽しいよ」
「ふっ…バッチリなの。レイリーちゃんのエスコートは任せておくのん」
「野上さんは相変わらず頼もしいよ…それでも、もしも不審者や不審物を見つけたらオレでも當真でもいいから、遠慮なく大声で呼ぶなりしてくれ。必ず助けに行くと約束しよう、アイツもきっとそう言うから遠慮はしないでくれ」
「うん」
頼もしいね。のんちゃんは言わずもがな、淋代くんと太陽くんが私のナイトですか。これじゃあまるで騎士のよくばりセット…た、タダでいいんですか!? 無料で!?
「色々と面白い…と言い切るにも難しい事が多いかと思うが、折角転校してきたのも何かの縁だ、この学校の文化祭を楽しんでほしい」
「うん」
踊る阿呆に見る阿呆とも言うからね、どうせなら一歩引いて見るだけよりも楽しんだ方がプラスなのは間違いない。
「それじゃあ行くのん」
「あのぅ…のんちゃん…」
「ん〜?」
「太陽くんを見つけたら、探してたって伝えてくれる?」
「…仕方ないの、わかったのん」
「ありがとう!」
…えっ、ラブでコメな奴の話?
それはただの思い過ごしで、何か用事があるとか? うーん怪しいなぁ、私の第六感が反応してますよ。
何にせよあのヤンキー予備軍、いつの間に可愛いお姉さんをたらし込んでいたんだ。私はそういうの良くないと思いますね。何食わぬ顔でメリーさんをおんぶしていたのも込みでちょっと許せないな、足の小指を椅子とか箪笥に強打してほしいね。
「ばいば〜い」
「あぁ、また会おう」
「ねぇ颯…そろそろ食べてもいいかな…? お腹空いちゃって…」
「姉さん…」
「だ、だって…!」
「……」
胃袋宇宙姉弟に無言で別れを告げて、文化祭散策を再開。頭は下げましたよ、声は出してませんけど。
それからは。
「さぁ本日二匹…二匹? 目のチュパカブラの解体ショーだぁ! メインディッシュは一串五百円の串焼き! 色は緑だけど腐ってないよ! 何より見た目がグロい程ウマいってなもんさ! さぁさぁっ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!」
「あまりに人型過ぎるのん、頭おかしいの…」
「グロいね…」
倫理とか道徳とか放送コードギリギリ抵触してそうな料理部の解体ショーを見て。
さっきのこころさんの緑色の謎肉串焼きってアレかぁ…恐れを知らぬチャレンジャー…! と思ったり。
「レーちゃん! パパ居たよぉ!」
「あっ、うん…お父さん、ちゃんとお母さん見ててね」
「いやぁすまない…気をつけるよ、そちらのお嬢さんはお友達かい?」
遭難していた人が希望を見つけた時の声と同じテンションの母親と、普段通りの父親の二人と再会。
保護者とは一体…?
それはともかくとして、お父さんを見て佇まいを正したのんちゃんが一言。
「はい、野上と言いますの、レイリーちゃんにはいつもお世話になってますの」
「そうか…良かったよ、レイリーは少し抜けている所があるから、君みたいにしっかりした子が友達になってくれて安心した」
かわいい娘に対してちょっと一言余計じゃない?
社交辞令的なものだとしても言い方ってあるよね??
恨みがましく父を睨む、ジト目ってヤツですね。
「…お父さん…」
「はは、ごめんごめん…」
「ダンディなのん…」
「えっ」
の、のんちゃん?
確かにお父さんはお腹が出てないし、顔もシュッとしてて背広と帽子似合う系の人ではあるけども。
まさか修羅場ですか、こんな身近な所に家庭崩壊の危機が転がっているとは思わなんだ。
…冗談だよね?
「わ、渡さないからね!?」
「お母さん…?」
「パパ! デート! デートの続きしよ!」
「あ、あぁ…また家で、気を付けて帰ってきなさい」
獲物を奪われないように必死に逃げる野生動物。そんな感じの母親です。なるほどね、その昔存在したという昼ドラって物かな。
この泥棒猫!って罵るのが定番だと聞いたことがあるけれども、何で犬とかカラスじゃなくて猫なんでしょうか。世の中は不思議がいっぱいのワンダーランドだね。
「…うーん、ダンディなのん…」
「……」
どういう意味で言っているのかは、ほんのり怖くて聞けなかったけど。家庭不和を招いたりする類じゃないと思っておこう。のんちゃんはそんな悪い子じゃないですぅ! た、たぶん…。
そんな話があったり。
「えっマジィ!? こころさんが探してたのォ!? こうしちゃいらんねぇ、行くぜッ!!」
「ちょっと太陽くん、もっとゆっくり歩いいっいいててててて…」
「多方面にデリカシーがないのん」
「………」
「…どうしたのん?」
「なんでもないよ?」
無闇矢鱈なハイテンションで駆け出して背後のメリーさんを振動させる友人を見送ったりしつつ。
「飛び入りで失礼。料理部の食べ物でダウンした軽音楽部のボーカルに代わって、生徒会が会長の私が代行させてもらいます。料理部には後で沙汰を言い渡しますので御安心を」
「会長ー! 代わりに料理作ってくれー!!」
「副会長も作ってくれー!」
「副会長って淋代だろ? お前…そういう趣味が…」
「イケメンの料理は誰だって食いたい、そして俺は自分に正直に生きたいんだ」
「お前…あぁ、そうだな…!」
音楽系部活動の合同ライブを鑑賞するわけです。
何か熱いものを感じる会話は聞き流しておこう。それよりも、代行だというのに堂々たる様で凛と立っているあの女性が生徒会長さんか。高校生なのにシゴトデキル感をありありと醸し出していますね。そして副会長の淋代くんと並ぶとこれまた様になりそうな人、この学校って顔面偏差値とかで色々選んでませんか?
「生徒会長って女の人だったんだね」
「基本的になんでも出来るスーパーウーマンなのん、でも…」
「一曲目っ!! 突撃……」
「うぉぉ会長ぉー!」
「俺を詰ってくれー!!」
「…なんて?」
「なんでもないのん」
文化祭の中のオンステージを告げる声と、誰とも知らない生徒の性についての癖が見える怒号じみた声で、のんちゃんの言葉はかき消えた。
わざわざ聞き返さなくても、私みたいな一般生徒と生徒会長さんは接点ができる事もないだろうから、気にしなくてもよさそう。
そうして時間は早く行き過ぎて、友人と楽しむ文化祭は思った以上に心を浮き立たせてくれたのだと実感する。相対性理論とはこういうものなのかも。
「凄い音量と歓声だったの、バイクのエグゾースト並」
「耳がわんわんしてる…」
一時的な難聴をもたらす熱狂の渦から抜け出て、ゆっくりと一息。もうじきに文化祭の一日目は終わると傾く夕陽が教えてくれる。
「レイリーちゃん、楽しかった?」
「おかげさまで」
よく冷えて、モソモソする食感のカルメ焼きを一口。疲れた身体に糖分補給、ありがとう悪魔先生。ところで自称悪魔に感謝するのはいいのだろうか、あくまで教員相手だからいいのかな。
当然のんちゃんへの感謝もしっかりと。友達と笑いながらお祭りを周るなんて、嬉し恥ずかしながら初体験ですので。
沸き立つ場の空気が、時間経過とともに冷めていくのを感じる。耳はまだ少し遠い。
されど。
──ひそひそ、くすくす…。
───ねぇ、あの白い子って…。
────転校生だからって…。
──ふふふ…。
自分の心を腐らせる音は、確かに聞こえた。
御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!