はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
「何か寒くね!?」
「冬ですからね」
都内、とある探偵事務所の一室。
とあるっていうか、うん…。名前はちょっとフルで言いたくない、そんな俺のバイト先。
師走の末日近く、そう、時はまさに年末。世紀末じゃないよ。探偵事務所は特に変わりもなく、今日も今日とて普通に雑用をこなしているってワケ。
そして今は休憩中、出前で頼んだ大根おろし入りのうどん、いわゆるみぞれうどんが外の掃き掃除を済ませた俺を温めてくれている。
寒い時はこういう物が良いよな、五臓六腑にしみわたる的な。汁を飲んでもうどんを啜っても口から胃、そこからじんわりと暖まる感覚。鼻水出そうだぜ。
ちなみに所長の奢りね、あったけぇ…あったけぇよ…!
「雪降るんすかねぇ…」
「降っても積もらないそうですが」
寒い時期にはよく暖房の前を陣取っている所長代理は珍しく出払っているので俺と勤勉な事務員嬢の二人きりの事務所内。
事務員兼受付のフォンセルランドさんはパソコンにデータを打ち込んだり、書面に書き足したり付箋を貼ったりの通常業務中。
胴体と頭は動かないのに、手と目は忙しなく動いてるのって冷静に見ると結構怖いね。存在がホラーだから仕方ないな!
「雪…つまり空から白い物が降って、髪や顔を汚すということですね!?」
「ねぇ俺食事中なんすよ」
「隙を見せた太陽くんが悪いんですよ」
「天気の話であって自分語りでもないじゃん?」
「はぁん。あくまで雪が出来るメカニズムとして、空気中のチリが水分を纏わせて凍った物が降るので、結果として。それを浴びると白いものだとしても顔とか髪が汚れるという話ですが」
「最後が余計なんだよ!人がみぞれうどん食ってんだから変なモン連想させんなや!」
「ふふ、ぶっかけ♡うどん」
「うるせーよ! みぞれうどんだって言ってんだろ!変な所で区切んな!!」
人形に人間のデリカシーを語るのは早かったようだな、コイツ食事中に排泄物の話をするのを苦とも思わないタイプだぜ。
俺も平気だよ、駄目ってのは一般論ね、一般論。
ごめん、やっぱもんじゃ焼きとしもつかれの時は辛ぇわ…。特にブルーベリーとか入れちゃうタイプのデザートもんじゃってヤツは…その…うん…。
月曜日の朝方、上野とか新橋とか渋谷とかで…うん…。やめよっか、この話。
うどんの汁を一口飲んで、ふとカレンダーを横目に見やればそういえばもうすぐクリスマスだなぁとか思う。時間が経つのは早いんだか遅いんだか、まぁどんなイベントでも通常営業だから関係ないけど。
「そういやそろそろクリスマスっすね」
「はぁ? なんですか、殺しますよ?」
「殺す!?」
カタ、とタイピング音が止まった瞬間に負のオーラ全開で殺害予告をされました。これがウチの事務員さんです、凄いだろ。
軽い話のジャブで何で殺されそうになってんだ俺。ヒットマンスタイルとかそういうヤツ? 多分違うよな。会話のキャッチボールを試みたのに会話からボクシングに移るわけないよな。
「太陽くんはデリカシーが無いですねぇ〜!! ブチ殺しますよ」
「いや違くて、そんな独身煽りとかじゃ…」
「じゃあ何のつもりですか? 殺すぞ」
「確実に法に触れる語尾はダメですって!」
「チッ…」
「態度悪ィ〜…」
フォンセルランドさん、見た目は良いのにね。性根のねじ曲がり方がダメなのかな。
冗談だよ? 喋ってないのに無言で睨まれてるんだけど、俺の心のプライバシーはどうなってんだ、最低限のファイアウォールはあると思うんだけどなぁ。
それはそれとして、何でもうすぐクリスマスだって事に触れたのかと言うと、だ。
俺は別にチキン屋の回し者でもケーキ屋のスパイでもない、この時期には必ず一件の仕事が舞い込んで来るというのがわかっているからだ。
ドアが擦れる音、珍しい足音、噂をすればってヤツだろうな。手に一通の手紙を持った我らが探偵事務所所長が珍しく姿を見せる。
「太陽、いつもの依ら……メリー?」
「ハッ! なぁんですか、持つ者が持たざる者の私に気安く話しかけるんじゃねぇメリ!」
なんだその語尾。
背もたれに全体重を投げ出すような姿勢のフォンセルランドさんが、かなり面倒臭いことになっていると察した所長はこの状況にはスルーが良いと決めたみたいだ。俺もそれが良いと思うぜ!
「…まぁいい、太陽、次の日曜日なんだが」
「いっすよ、いつものですよね」
「あぁ今年は俺も行く」
「…大丈夫なんです?」
「……おそらくは、な」
所長の手にある手紙、昨今珍しい封蝋付きの古風極まりない代物は、宛名を署名する時また独特なペン先を使用した事がわかる。おそらく滅多に見ることのない羽ペンで書いた証拠のインク溜まりと、か細い言葉の群れが丁寧にしたためられている。
これはつまり。
ある場所からの、例年通りの仕事依頼だ。
そして日曜日、学校は休み。
なるほどサンデーじゃねえの。
英語で書くとSunday、分解すると太陽と日。
今日の主役は俺って事だな!
「相変わらずやたら広いっすねぇ」
「畑に病院も併設しているからな」
現在地は都心から外れた場所。都内の外れっていうか、二十三区外のとある市内。やめろ! 二十三区外も東京なんですよ!?
おのれナチュラル差別主義め。札幌出身者は北海道出身じゃなくて札幌出身って強調するし、横浜出身者は神奈川出身じゃなくて横浜出身って自己紹介する、東京も同じだよ。戦争が無くならない理由に辿り着いちまったな…!
「行くぞ」
「うっす」
所長はこの世の恐るべき真理に気付いた俺の事をひとまず見なかった事にするようだ。
服装はいつものスーツ一式をビシッと決めて、顔面はマフラーとマスクにデカいサングラスと帽子で体が一片たりとも見えないようにしている、これは間違いなく不審者。
その手には香辛料の効いた芳しい香りの袋が握られている。有り体に言うとアレだ、イニシャルKのフライドチキン。
時間が経てば衣がヘナヘナになっていくコレは手土産、揚げたてを届けた方が喜ぶのがわかっているから少し急いでいるんだろう。
「うー寒ぃ…インターホンインターホン…」
「…下がれ、太陽!」
「んぇ?」
建物の入り口で訪問を報せようと呼び鈴の前に立った瞬間、場所に似つかわしくないドタドタバタバタと人が暴れるような音が迫ってくる。更に悲鳴と、刺すような叱責の声もセットで。
「…ター…ステイ! シスター!!」
声が近くなれば、なるほどね。
所長も早く退けと言うわけだ。
重厚な金属製の扉が遠慮のない加速度と質量を秘めた体当たりにより耐久性の限界を迎えたのか。生きてて早々聞かないタイプの開放音を叫んで壊れるドアと、同時に修道服に身を包んだ人影が飛び出してくる。
「けん、たっち…!」
「シスター…あぁもう…」
たどたどしい発音で話していて、女性物の修道服を着ている人。彼女はシスター、役職とかではなく、名前がシスターだというが本名かは非常に怪しい。
長い灰色の髪をたなびかせる、今日もわんぱくなシスターなのでした。そんな暢気なナレーションが聞こえてきそうな、野性味溢れる振る舞いばかりの不思議な修道女。
一方で、そのシスターの蛮行を止めようとしていたのか、冬場だというのに額に汗を滲ませる男性。
人当たりの良さを醸し出す優しげな顔つき、首元から下げている十字架を見れば彼が神父か牧師だと想起するのは容易だろうに間違いない。彼の名前は天野、探偵事務所の所長とは同級生だとか。
こんなドタバタを披露する二人にも慣れたもんだ、所長は特にそうだろう。まず突撃してきたシスターを避け、土産物を付け狙う追撃を回避しつつ挨拶を続行してるもんな。
「…久しぶりだな、天野」
「犬飼…久しぶり、相変わらずの言葉通り本当に変わらないって言いたいけど、その服装だと難しいか。當真くんも久しぶりですね。二人とも元気にしていたかい」
優しく言い聞かせるような声で天野さんが社交辞令を口にする。いやぁ物腰穏やか、大人かくあるべしって感じがするよ。
元気かどうかなんて言うまでもないぜ、ナントカは風邪を引かないって言うじゃんね。オイオイ誰が馬鹿だよ、失礼な!
「健康第一、元気が取り柄っすよ」
「あぁ、俺も問題ないお前こそどう…」
「けんたっち、はやく、あゆむ、はやく!」
「…とりあえず上がってくれないか?」
「そうだな」
「うっす」
軒先での挨拶はキャンセルみたいだ。確かにこのままじゃあチキンの誘惑に負けたシスターにグイグイ引っ張られている所長の服が破けるのが先か、それともシスターの服が口内の許容量を超えて漏れ出たヨダレでベッタベタになるかの二択!
前者はマズイよな、ちょっと昼間から余りにセクシー過ぎるもん。
後者? よくある光景だよ。
そうそう、つまり俺と所長の居る場所は教会ってこと。だからシスターがいるんだよ、そもそも名前がシスターって言うらしいんだけどな。どういう事だ…?
そうして案内された教会の応接間、天野さんが淹れてくれたお茶の湯気をかき消す勢いで、お土産のバーレルからフライドチキンがあれよあれよと消失していく。
「はぐ…はっ、はぐ、はぐ…」
「シスター、ゆっくり食べなさい…聞いてますか?」
「がふ、はぐ…」
「……」
フライドチキンを独り占めするのに夢中で聞いてなさそうっすね。
半ば諦めた遠い目の天野さんがシスターを見つめているよ、無情感溢れてんなぁ。
そういえば詳しくないから知らないんだけど、この教会はカトリック系らしいんだよ。だから天野さんは神父ってことになるんだけど、そもそもの話教会に所属しているシスターが誰に渡すでもなく鶏肉を貪り食うのってセーフなのか?
「シスター、骨はダメです」
「ガリガリガリガリ…」
「ダメですって、骨が喉に刺さったら病院行きですよ。ほら、ぺっしてください、ぺっ」
「グルルルル…」
「ほら離して…」
「ガウガウガガ!!」
「ちょっと!?」
…なんだろうな、この光景。教会の応接間で俺は何を見させられてるんだろうな。
やり取りを文字にすれば完全に犬と飼い主のそれ、なんだけれども、実際には骨を咥えた見目麗しい女性が、トチ狂った感じで骨を取り上げられまいと唸って噛みつこうとしていて、その鳥の骨を取り上げようとしている神父さんがひたすらに手を焼いている。
うん、俺の学校とか探偵事務所もそうだけど、マトモな割合が少ないんじゃないか。やめろ、俺は普通だ!
「……その、うん、気を取り直して…」
「大丈夫っすか…?」
「ありがとう、當真くんは真っ直ぐ育ちましたね」
「いや服が…」
「…いいんです」
シスターから骨を奪還した天野さん、数分前とは打って変わって服がボロボロですぜ。ひでぇ…まるで強盗に襲われたみたいだ、いったい誰がこんなことを…!
「あゆむ、ひさしぶり、げんき?」
「あぁ元気だ、離れてくれ…」
「やだ」
犯人の様子を見れば、ウチの所長にベタベタと身体を擦り付けている。マーキングかな?
「泥棒猫の臭い…」
「シスター…?」
「なんでも、ない」
よし、見なかったことにしよう。
何か怖いし。
「そんで仕事ってのは」
「手紙でも伝えましたが例年通り、當真くんは教会の飾り付けと、適宜子供たちの相手をお願いします。犬飼も来てくれましたから、私も手伝えますよ」
「了解っす」
これが毎年恒例、この時期になると必ず依頼される仕事。教会に電飾やらを巻き付けて派手に眩くさせること、それと教会に預けられている子供の相手だ。
元はと言えば所長と天野さんが同級生だから、その縁で毎年こうして仕事を頼まれているんだとか。
「天野、俺は」
「犬飼はシスターの相手をしていてくれないか?」
「いやしかし…」
「いいから」
「あ、あぁ、わかった」
「やった、あゆむ、あそぼ、こっち」
実はこれも恒例だ。
代理がその場に居れば、周囲の目を無視して泣き出す場面。つまり年一の浮気現場ってヤツだな。
冗談でーす。本当の所は、所長と天野さん。普段忙しくて中々会えない旧友がこうして一年に一度連絡を取り合ったり、もしくは会おうとしているだけって事だ。それで、かなりの割合で代理が所長を引き止めるので俺だけ来たりするんだよ。
二人が会おうとなるともう大変。本来なら事務所総出でさっさと仕事を片付けてゆっくりすれば良いんじゃないかというのもごもっとも。
しかし、この教会のシスターはどうやら我らが探偵事務所のメンバーだと、所長の事は大好き、代理の事は嫌い、俺の事は嫌いじゃなくてちょっと苦手、事務員さんの事はお気に入りとハッキリ区別を付けている。
それぞれ何が起きるのかというと。所長が来れば今みたいに遊ぼうとせがむので仕事にならない。故に旧友との時間もほぼ取れない。
代理が来てしまったら流血沙汰まで行って子供は泣くわ建物が壊れるわと驚天動地の大事件。
俺だけの時は部屋で大人しくしているか、遊んでいる最中にフラッとどこかへ行って、迷いシスター探しの仕事が増える。
フォンセルランドさんの時は部屋にお持ち帰りされて布団の海に沈められるか、お気に入りの宝物として地面に埋められそうになる。おかげでフォンセルランドさんは教会に寄り付こうとしない。
結果、近況報告を兼ねて俺だけが来る年も多い訳だ。天野さんが元孤児の俺を気にかけているのもあるみたいだがな。
そうそう、この教会は畑に病院も併設しているが更になんと孤児院…今風に言うと児童養護施設もある。俺だけ来る時があるのも、だから、っていうことだろう。まったく、関係のないガキに対しても面倒見のいいことで。
それにしても、一シスターなんてどうにかして大人しくさせておけば良いって思うだろ?
さっきの事を思い出してほしい、あの人は金属製の扉をぶっ飛ばせる程の馬鹿力を持っていて、そのうえ他人の話をまるで聞かないんだよ。どこがシスターだよ、これじゃあバスターじゃねぇか。シスターならゴーストをバスター出来そうだから意外と似合ってるかもわからんね。
「…じゃあ早速、いきましょうか。私は機材を表に運んでくるので、子どもたちと遊んであげていてください。用意が済んだら呼びますから」
安心して遊んでください、とのこと。
ついさっき旧友がシスターに拉致されたのは触れない方針なようだ。あえて俺も触れないけどね。
それよりも身体は大丈夫なんだろうか、イルミネーションで使う電飾や敷地内の樹木を飾るオーナメント類は、一つ一つは軽いけれどもまとめて運ぶとなると腰にダメージを与える程度に重い。
だが、何事にも例外は存在する。
「いいんすか? 結構重いっすよね」
「えぇ大丈夫、鍛えてますから」
「流石っす…」
鍛えている、その言葉に偽りは無いと服越しに力こぶをアピールする天野さん。
本来はゆったりとしていて、身体のシルエットが出ないはずの修道服。しかし彼がムンと力を込めると鮮明に上腕から山脈が隆起する。
それだけではない、肩に力を込めれば西瓜が如き大きさの球が浮かび、僅かに覗く首元の僧帽筋も、我こそはと瀑布を思わせる力強い筋が張り裂けんばかりに唸りを上げる。
つまりはそう。
彼は神父と呼ぶには屈強で。
彼は普通と呼ぶには頑健で。
彼はまさしく、筋肉だった。
それは何故か?
この教会の敷地内には畑がある、そう、農業とは力仕事であり体力勝負。
植えれば播種機、刈ればトラクター、運ぶ姿は運搬車、全てを機械よりも力強くこなすマッスル神父ここにあり。
顔とか表情は柔和・穏和・和やかの和三拍子なのに、その正体は修道服の下に筋肉の鎧を秘めたマッスルモンスター、正体見たりって感じだな。失礼ですがご職業はエクソシストか何かで?
嫌だなぁ「この不心得者が!!」ってぶん殴られたら死にそうじゃん。ここって教会は教会でも暴力教会とか言ったりしない? しないか。
危険な教会かと脳内で口走ったのは冗談だぜ。
晴天の下で俺は今、孤児院の子供達の和の中に溶け込んで一緒に遊んでいる。普段から他の職員さん方ともアクティブに遊んでいて、喜怒哀楽を素直に出すことに慣れている感じがする。健全だな。
その証拠として子供等を見てくれよ、みんな俺と鬼ごっこで遊んでキャッキャと笑ってるだろ。
ヤバい教会だというのならこうはいかない、事実およそ全員楽しければ笑って、捕まえられれば悔しくて喚く。良いもんじゃんね?
適度に捕まえて適度に負けるこれかコツだ。ここはね、子供より大人に近い俺が、全力でエンタメって物を教えてやるのさッ!!
「にーちゃんよえー!」
「高校生も大したことねーな!」
「ざこ高校生♡ 威勢だけは立派♡ しかし不休で動くその体力誉れ高い、不撓不屈」
……………。
ははは、そんな、子どもに煽られた程度じゃ何とも思わねぇよ? いやマジでマジで、こんくらいでキレる訳ねぇじゃん。
年相応に生意気な子供と、ちょっと変な語彙の女子児童がいるかなーってくらいでさ、こっちはあと数年もしたら法的にオトナだぜ? 俺をキレさせたら大したもんだよ。
まったく…。
「ガキどもォ! これが本気の鬼ごっこじゃい!!」
「おとなげねー!!」
「金ピカマンが本気だしたー!」
「きゃー♡」
まだ大人じゃねぇからキレてもセーフに決まってるよなァ!!
高校生ナメんなガキども、捕まえたヤツからふんわり着地して怪我をしないように、砂場まで軽くブン投げてやるぜッ!!
その前に金ピカマンってなんだよ、俺の髪色の事か? ちょっと昨今のコンプライアンスを学んだ方がいいな。どこかしらに訴えられたら負けるかもしれねぇだろ、俺が。
「あー…休憩、休憩しようぜ。お前らも水飲めよ」
「もうバテてんのかよー」
「シスターより弱いな!」
「お身体バテバテでクッソ無様で御座いますね♡ されど冬場の水分補給の肝要さを理解している。うおっ凄え健康意識…保健委員かな?」
保健委員じゃねぇよ、帰宅部だよ。
流石にちょっと疲れたぜ…。お子様って体力回復するまでめちゃくちゃ早いよね。そしてこれは敗走じゃない、戦略的撤退ってヤツだ。
シスターと比べている子供もいるが、あの人は俺程度じゃ比較対象にならない。
もしもこの教会に身体能力ランキングがあった場合、あのマッスル…モストマスキュラー天野神父を軽く抑えて堂々一位なのはシスターだ。
しかも体力まで無尽蔵なんだから手に負えない。
現在所長と一緒にボールを遠くまで投げて拾ってくる遊びか、彼女秘蔵のとてもいい感じの木の棒を同じく投げてもらっては回収する遊びをしていると思うんだけれど。先に所長のスタミナが尽きるか、肩か腕が音を上げて白旗を降っているんじゃなかろうか。
「はぁー…」
外の水場で一服、生き返る心地ってのはこれだぜ…。
水が凍るほどの真冬でも運動すれば汗は出るし喉も乾く、空気も乾いてるからちゃんと水は飲まなきゃな。
「……んぐ、ぺっちゃ、んぐ…」
「おわっシスター」
音も気配も無くいつの間にやら隣の蛇口で水を飲むシスターが居た、心臓に悪いからもう少し配慮してほしいぜ。
それにしても水飲むの下手くそだなぁ、水が跳ねに跳ねて顔と服がビチャビチャに濡れてるよ。水も滴るいいシスターとかジョークを飛ばしてる場合じゃなくて、風邪引くんじゃないかと心配が勝る。
「あーあー…シスターほら、顔拭いて…」
「いい」
「良かねぇって、んもー…」
「んぶぶぶぶ…」
紳士の嗜みこと手持ちのハンカチで、シスターの濡れまくりの顔を拭いて差し上げる。俺はジェントルメンを目指しています。
「あのこ、きた、ばかり」
「ん? あぁ…」
顔を磨き上げられたシスターがフンフンと鼻を鳴らしながら顔を向ける。その先に居るのは、俺と遊んでいた子供たちの輪の中に入ろうともせず。一人、時に俯き、時に空を眺める子供。
背格好からして小学校の低学年だろうか。澄んだ青空を視る時に垣間見える瞳から伺える生気は異様に薄い。
あぁ、と口から感想が漏れたのは既視感があっての事。俺が居た孤児院でも時折似たような奴が居た。
簡単な話、親が突然目の前から居なくなった、その事実を受け止めきれていないんだろう。
孤児院・児童養護施設というものは当然身寄りのない子供の漂流先だ。どうしてそうなったのか、その事情は各々違えども結局は身を寄せる親戚がいない、引き取ってくれる誰かもいない。そういった俺らの為にある最後のセーフティネットだ。
生憎だが俺は最初から実の両親についての記憶がほとんどない、気付けば孤児院に引き取られていて。それが普通だと思って過ごしていた。
…俺についてはどうでもいいか。
とにかく、あの暗い顔をしているヤツにも何らかの事情があってここに居るって話だ。
ま、一時預かりって場合もあるから一概にどうこうって決めつけるのは言えないけどな。
「わたし、だめ、たいよ、はなす」
「天野さんとかでもダメだったん?」
「うん、だから、おねがい」
「あー….」
深々と頭を下げるシスター。その被り物ズレねぇのかな、留め具でもあんのか?
既に皆が会話をしようと試してはいたんだろう。だがそれも返事は梨の礫だったからわざわざ少し苦手な俺の所に来て、こうしてお願いなんて言いに来た、か。
「わかったよ、頭上げてくれ。シスターに頼まれたのを断ったらバチが当たるわな」
「…ありがと」
よーし、お兄ちゃん張り切っちゃうぞぉ!
キャラじゃねぇな、普通に行こう。
一歩一歩距離を詰める。しっかり足音を立てて驚かせないことが大事だ、どう見てもナイーブな時にビックリさせても良くない。
「暗い顔してんなぁ、もうすぐクリスマスだってのに景気が悪いのは良くねぇぞ」
「……誰」
「そういう時は先に名乗るのが礼儀らしいが、まぁいいや。俺は當真 太陽、高校二年、探偵事務所でバイトしてて、その仕事でここに来てんだ。よろしくゥ!」
「………」
返事は無いし何より視線が冷てェ〜…。これって冬のせい? 外気も冷えてるもんな、小学生に話し掛けて無視される高校生とか世間の風当たりも冷たいしな。誰か俺の心に携帯カイロとか付けてくれねぇかな…。
いやダメだろ、小学生の冷たい目線程度でめげたりしょげたりしてる場合じゃねぇぞ!
「先に言っておくけど、俺って両親居ねぇんだよ。ずっと孤児院で過ごしてたんだ、今は人に引き取られてるけど。あぁ世話になってたのはここの孤児院じゃねぇよ、もう無くなった孤児院な」
「…だから?」
「だから、バカにしたりからかってるワケでもねぇって事。そんで先に聞いておきたいんだけど、名前は?」
「赤坂…康…」
なるほどォ、あなたコウくんって言うのね!?
やーい、お前の探偵事務所、おっばけ屋敷ー!
その通りだよ。どうしてくれんだ?
違う違う、となりの云々かんぬんじゃなくて。こういった時にはとりあえずさり気なく自分の自己紹介を済ませて、変な奴や悪い奴じゃないってアピールしておくのがコツだ。同情や共感を得られればなお良し。
「じゃあコウ、言い難かったら頷くだけで黙っててもいいけど、一時預かりか?」
「…ん」
「そっかァ」
良かった。いや良くはないけど、まだどう転ぶかわからない状態ならまだいい。
先に天野さんかシスター、あるいは他の職員にでも聞いておけば良かったんだが。割りと考えなしに安請け合いして突っ込んだ手前、こうなると自前で色々と可能性を考えるべきだ。
まずどうしようもないのは両親のネグレクトや暴力による保護だった場合。
これは今挙げられる候補の中で可能性が低い。さっき俺が近付いた時に怯えた様子が無く、身を竦ませてもいなかった。だから自分より体の大きい相手に何かされていたってのは無さそうだ。
それとパッと見てわかる程度の痩せ方をしていないし、目の色と目ヤニの出方と手を見るに健康不良も無い、爪や髪も伸び過ぎずに整えられている。服装も体に合ったサイズで清潔、異臭もしない。
一朝一夕で整えられる物は考慮に入れないとしても、結局は誰かに面倒を観てもらう事自体に恐怖や不安を感じていないって証左だ。
なら考えられる可能性は、おそらく。
「親御さんはいつ戻ってくるって?」
「わかんない…お父さんも、お母さんも…病院で寝てる」
「……」
だよなぁ。
明らかなネグレクトやDVがあった場合を除けば。親が片方でも家に居れば、児童相談所とかは早々介入しない。法は家庭に入らず、警察も民事不介入の原則というのもある訳で。
そうなると、親が両方とも入院したと考えるのが妥当だろう。近くに親戚や身元のハッキリした頼れる知り合いでも居れば話は別だが、そうじゃなければ普通は児童相談所に預けられるとかだな。
そして児童相談所が子どもを預かっていられる期間は二ヶ月が最長だ。
うーん…色々と確認できた条件を加味してみると。コウの場合はたぶん親が教会で働いていた関係者か、併設施設に入院してるって所かな。そうでもなければ教会の施設に子供を預けない…よな、たぶん。
確か両親の疾病による長期入院でも入所できるから、考え得る限りこの二つの可能性が高い。何らかの事故での重体と意識不明状態もあり得るか? ただの怪我ならこころさんが治せちゃうもんな。
「お医者さんは何て言ってた?」
「病気だって…でも、時間はかかるけど、治るって…ぼくが、悪い子だから、お父さんも…お母さんも…」
時間はかかるけど治る、か。
病気には詳しくないんだよなぁ…。
実の子供が面会も出来ず、寝ているばかりで何処かに預けなきゃいけないって事は…感染症か? しかも無菌室とかICU・HCUじゃないとダメなタイプの。
わかんねぇ、けど。
「コウ、急に話を変えるけどサンタって見たことねぇか? 昔は居なかったのに、今は居るんだぜ」
「えっ…?」
「サンタだよ、サンタクロース。良い子の所にすげぇプレゼントくれるっていう、赤い服でヒゲ生やしたおっちゃん。どうよ?」
「無いよ…そんなの、だって『噂』でしょ…」
「そうそう『噂』ってヤツ、でもな。案外マジで居るんだぜ? 何を隠そう俺はサンタのおっさんと知り合いだからな。…おい何だよその目、俺が適当言ってるみたいじゃねぇか」
「嘘だよ、だって見たことないもん…」
「皆そう言うんだよなぁ、あのおっちゃん普段は北海道に住んでて、この時期だけそこら中飛び回るんだ。世界サンタ協会お墨付きの存在なんだぜ」
サンタクロース。
この話は日本であっても誰もが知っている、説明不要の存在。普段から良い子にしてればプレゼントをくれる、そんな優しい噂話。
ちなみに北海道にサンタ協会公認の人がいるのはマジだから各自調べてみてくれ。つまり本当にサンタはいるんだよ! 信じてくれよ!
「だからさ、クリスマスまでもうすぐだから普段より元気で、良い子にしてようぜ。それにいつまでもふさぎ込んでたら、父ちゃんと母ちゃんが戻って来た時に暗い顔でお出迎えする事になるぞ?」
「そんなこと、言っても…」
悩んでだって仕方ない。こういう時こそ即座に即断即決、速さこそが文化、最速こそ最善ってクラスの女子が言ってた!
「思い立ったら即行動! 行こうぜ、コウ!」
「えっ、わっ」
「おらガキどもォ!!
肩に迷える子羊を戴いて友情合体。
そうだね肩車だね。
間髪入れずに再戦の合図だ、とくと見てろよちびっ子ども。お前らなんざ頭上にパイロットがいる時のマジンと化した俺には勝てないって事を教えてやる。
マシンじゃなくてマジンね、パイル何とかをオンしてるってことね。
「なんだコイツー!?」
「バカが来たー!」
「恐れ知らず♡ バカ丸出し♡ 勇気と蛮勇を履き違えてるな…どんな教育を受けてきた? 上手に仲間入りさせようとして偉いね♡」
「まずはさっきの続きの鬼ごっこだコラァ!!」
舐めんじゃねーぞ!
勇気百倍に元気百倍を掛けて、お前らを超える百万パワーでサンダーさえブレークするってのを証明してやるわー!
「當真くん、そちらは終わりましたか?」
「はい! バッチリっすよ、どうにか暗くなる前に終わって良かったっすね」
「そうですね、毎年ありがとうございます」
「いいんすよこちとらバイトの雑用の一つなんですから、あんまり気にしないでください」
針葉樹の天辺に星型の飾りヨシ!
他の丸っこいオーナメントや雪をモチーフにしたキラキラな綿飾り、プラスチック製のリンゴや松ぼっくりもヨシ!
教会も電飾デコレーションヨシ!
はー終わった終わった、これで仕事は一件落着だな。
子供たちの相手?
途中でコウをリリースしてから、我慢できずに駆け付けたシスターが乱入してきたので離脱したよ、その後疲労でダウンした所長を回収して飾り付け開始しただけで何も無かったよ、うん。
「ざぁこ♡ クリスマスツリーより頭が派手♡ あっ、ちょっと追い打ちするっ♡ 歳下の児童に負けた気分はどうだ? 感想を述べよ!」
「ちょっと追い打ちしてんじゃねーよ! 俺が遠慮なく泣き喚く前にあっち行ってろ!」
ま、負けてねぇし…。ちょっと油断してたっつーか、手加減し過ぎただけで本気出してないだけだし…!
この女児…覚えてろッ!!
「夕食はどうするつもりですか?」
「ん、俺っすか?」
「もちろん」
こっそり近寄ってきて過激な追い打ちを決めてきた女児にはツッコまず、天野さんは晩御飯の予定を聞いてきた。
もしかしてこの女子児童は普段からこんな調子だったりするのか? とんでもないモラルハザードだな。
この前たまたま家に居た貞雄さんとは、彼の秘書さんと三人で俺お手製ローストチキンを食べ、クリスマス的な夕餉もこなしてから送り出した。
つまり貞雄さんはまた出張です、家に戻っても一人、独りぼっちのメリークリスマス…!
そうだよ、クリぼっちなんだよ。
個人的に誘いたい女性ナンバーワンのこころさんは救急病院に休みなしということで相変わらずの忙しさ。特に年末年始の時期は事故が増えるらしいので、師走もかくやって状態。
その弟の颯はモデルの仕事の後に家族で過ごすとさ。他の男連中も大概は予定があったりなかったりまちまちながら、既に予約が入ってる輩が大半だそうな。
クソが…雪が目に滲みて前が見えねぇよ…。現実は粉雪さえ降ってないけど、これは俺の心象風景の話。
心まで白く染まってんだよ。粉雪ねぇ、あーあ。
「暇なんでご相伴に預かっても?」
「大歓迎です、早速犬飼にも伝えましょう」
「そっか、所長も食べるんすね」
「えぇ調理も手伝ってくれていますよ…環さんやメリーさんも呼べれば良いんですが…」
無理だよ…血の雨が降るじゃん…。
シスターVS化猫 妖怪大決戦(首の)ポロリもあるぞ!
子供が泣くわ。サンタの服が赤い理由に余計な根拠を付けなくていいんだよ、血の雨じゃなくて降らせるなら雪だろ。
「無理でしょうね…」
「残念です…」
残念がる天野さんの筋肉も心なしか萎んでる。
可哀想に…筋肉も悲しむんだな…。
さて、場所を移して炊事場にやって来ましたァ!
本日作りますのはローストチキンにコーンスープ、チポラタソーセージとマッシュポテトにパンと人参サラダ。豪勢だな?
いざ炊事場なんて気合を入れて来たものの、およその要件は済んでいるようだ。流石所長だ仕事が早くていらっしゃる、出来る男…憧れの響きだぜ…!
「太陽か、お前も食べていくんだな?」
カッターシャツにエプロン姿の所長。顔は勿論いつもの狼フェイスだが、万が一にも食事に毛が入らないように顔面は完全に覆っている。
気遣いは素晴らしいと思うんだけれど、何かヤバい実験でもしているような様相だな。おそらく仕上げのソースを焦げないように混ぜているのもあって尚更だ。匂いからして…グレイビーソースかな?
「家に居ても一人だもんで…」
「アイツはまた出張か」
「みたいっすね」
「……」
グレイビーソースを煮詰めている所長が、何か言いたげな沈黙を放つ。何を言いたいかは、まぁよくわかっている。
「いいんすよ、俺は気にしてないですし。あそこから拾い上げられただけで一生分の恩はありますから」
「しかしな…」
「平気ですって! それよりほら、ソースも完成じゃないっすか。俺、配膳しますよ!」
引き取るだけ引き取って、コミュニケーションを取らないのはどうかと言いたいんだろう。
俺は気にしてないからいいのに、所長も心配性だ。
思考を切り替えて、食事が取り分けられた皿を丁寧に運ぶとしよう。
「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意された物を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください…私達の主──」
「………」
「………」
豪華な食事が並べられ、食堂に一同が介する。
ぐるりと見回せば、教会そのものが広いだけあって人数も大所帯だ。あんまり話したことの無い職員方もちらほら、敷地から出て遊びに行っていた子供たちもいる。
俺は所長と並んで、取りあえず目を閉じている。悪いけどキリスト教徒じゃないんでね。この手の食事前の長い挨拶もわからない物だから、ちょっとした出来心で薄目を開けてみると。
「………」
広いテーブルの向こう、椅子に座って持ち前の美貌による楚々とした面持ちで祈りを捧げているはずのシスター。
……なんか、修道服の頭部分に妙な突起が見えるな? 背もたれに接してるはずの部分も…モコモコしてない??
「それでは皆さん、いただきましょう」
「…!」
見なかったことにしよう。
あっ、美味いなぁローストチキン、マーマレードジャムが隠し味かな?
ははは、シスターが人外だなんて…まさかそんな…。
おっ美味しいなぁ! コーンスープも!
ははは…。
少しばかり堅苦しい食事を済ませたあと、何事もなく解散の流れになり。俺は事務所に寄らず直帰、所長はもう少し旧交を温めてから事務所兼自宅へ戻るようだ。
ふと、頬の辺りに冷たい何かが当たった気がした。
この分だと今年はホワイトクリスマスになりそうだな。個人的な用事の手間が増えるかもしれないと考えると、雪ってのもロマンチックとは言い難いぜ。
さぁてクリスマスの用事が増えない事を祈るが、俺はクリスチャンじゃないから祈りも気休め程度かね。
────☆
聖夜の前日、日の移り変わりを示す為に時計の針が天辺にて交わる時刻。
穏やかな寒気の中、満天の星と見紛う大粒の白雪が行き交う人々を冷やし、距離を縮めさせる。
「…はぁー…さっみぃ…」
溜め息に似た呼吸で手を擦り合わせる者、彼には本来必要の無い行為。強いて言うならばある種の名残りがそうさせているのか、独り言ちても群れる雪と冷気以外に聞くモノはいない。
場所はとある教会の屋上、おそらく何かが来ると踏んで只管に何かを待っている。
それはさながら聖夜の贈り物に期待を膨らませる子供のようであるが、彼が待つモノは心優しい聖人その人ではない。
「…ん、あー…やっぱ来たか…」
鳴り響く鈴の音、夏に聴けば涼やかな、しゃんしゃんと輪唱する声が深夜に落ちていく。
雪と鈴を連れてきた存在。噂が実在してしまうこの世に於いて、祝福の清し夜に訪れるのは贈り物とトナカイを引き連れた赤い聖人だけではないのだ。
淡雪のように音も無く訪れた黒衣に身を包む何か。
身一つで空を飛び回っていた、罪罰を連想させる不吉の色が地上に降り立つ。
『ブラックサンタクロース』
北欧、あるいはドイツに伝わる伝承の存在。
ドイツ圏ではクネヒト・ループレヒトと呼ばれる。
日本におけるなまはげのような存在で、悪い子にお仕置きをしに来る。
容姿としては黒色のサンタ服、もしくは長藁や毛皮を纏い髭を蓄えた者。または、悪魔のような相貌をもって悪い子の前に現れる。
お仕置きの内容は、一つ、石炭や木の棒、石灰に石ころなどを始めとする貰ってもまるで嬉しくない物を渡しに来る。
二つ、小枝を束ねた鞭にてお祈りのできない悪い子を叩く。重たい荷物を入れた袋で殴打するなど直接的な行動もある。
三つ、悪い子を袋の中に詰め込み誘拐する。
キリスト教圏において悪い子は教義を軽んじる子、日々の感謝を忘れてお祈りができない子。なにより、何かを懺悔をする子。
これは。悪い子への懲罰そのものが形を持った噂話。
「悪いがよォ…ここには敬虔で信仰篤いイイ子か、ご両親の無事を願う誠実な子しか居ねぇんだよ、てめぇみたいなのはお役御免だぜ」
「………」
「俺が悪い子だって言いたいなら正解だ、だからこの建物には俺とアンタは入れない。暇潰しにちょっと俺と踊ってもらうぜサンタさん…ッ!」
「!」
開戦の火蓋は切って落とされた。
少年は教会の屋根から敢然と飛び降りる。
裂帛の気合を込めて狙うは地上のブラックサンタクロースへの一撃必殺。
「破ッ!!」
しかし狙いは逸れ、拳は地面を穿つ。
回避行動を取る黒衣は素早い。自身が襲われると知って尚、悠然と待つだけの者などいない。何かを遂行しようとしているならば尚更、相対する障害物を排除に動くは自明である。
「悪い子への贈り物…」
「喋れんのかよ…!」
眼前の対象を悪い子と断定した怪異は袋へ手を伸ばす。悪しきを罰する贈呈品の種類は数個のみ。
即ち木石、これを不信心なる相手を粉砕せしめんと夜闇に投擲する。
流れるは暗黒色の流星群。
風を切り裂き、黒い大気を歪ませる。
「キャッチボールか? 呑気なもんだ…なッ!」
彼にとっては集中すれば見えない速度ではない、値にして百キロメートルは超える程度でしかないからだ。石炭が夜に紛れ込むのも教会のイルミネーションが阻害する。
木石は手で掴まれ、返礼される。
一つ投げられ、一つ返す。
二つ送られ、二つ砕く。
繰り返すこと数度、少年の狙いは弾切れではない。
「雪が邪魔だからさ…ゆっくりになっちまったけど、ここまで近付いたら次はどうする? そっちが投げるより速くぶん殴ってやれるぜ」
「反省しろ…!」
「俺は褒められて伸びるタイプなんだよッ!」
闇黒のサンタが手に取ったもの。木々の枯れ枝を束ねた兇器が言葉とは裏腹に、自省を促すとは程遠い暴力そのものとなって悪童の皮膚を破らんと振るわれた。
鞭が如く振るわれるそれの末端速度は音を置き去りにする。
しかし。
「当たって痛ぇから何だってんだ? いくぜサンタ」
命中直後は速さを失う。
そのまま受け止めた鞭を後部へ放り投げた。
相手の打擲手段を奪い去った拳が万力を込めて引き絞られる。再び狙う一撃必殺。
「ッ!!?」
ブラックサンタの相貌が驚きに染まったのも束の間。
次なる一手として背負った袋を被せようと手繰り寄せた、その瞬間。
回した腕が。
「ふん、ぬッ!」
──メギ、バギリ…。
猛禽を想起させる握力で砕き、拉げた腕ごとそのまま地上へ繋ぎ止められ捕縛された。
こうなれば怪異が生来持つ能力、夜空を駆け巡り、それを叶える為の飛翔手段は失われる。
最早全てが手遅れ。
少年の拳は音に迫る。
「俺からのプレゼントも貰ってくれよ?
破ァッ!!」
星の煌めきを纏った腕は箒星の軌道を描き。
「…これで一件落着…ってなりゃいいけどな」
無から生まれた罰は、虚空へと霧散した。
独り言は空へ吸い込まれ、とある使者の返事を送る。
「…おっ? サンタのおっちゃん!」
聖夜の贈り物を運ぶヒト、実在した聖人、実在する老人。赤衣を着込んで馴鹿にソリを牽かせて空を行く、きよしこの夜、子供を見守る伝説。
それを目に収めて、勝鬨代わりに声を張り上げる。
「俺はいいけど、子供を笑顔にしてくれよー! 」
願いはきっと、叶うのだ。
───☆
いやぁ…教会での一件は強敵でしたね…。
特に黒サンタをどうにかした後、大声で叫ぶ不法侵入者を捕まえに来たシスターの、トラックと見紛う威力のタックルがね…。
俺は異世界転生とかする気が無いから手加減して欲しいもんだ。だったら先に天野神父にでも訪問・警備の旨を伝えろって? 確かに…。
でもこれは俺が勝手にやったアフターサービス、何よりちょっとカッコつけたかっただけだから許してほしい。許せ俺、これが最後…にはならないと思う。
そういった所をぼかしつつ、事務所内で先日の教会訪問の報告書を作成していると。
「…はい、はい。わかりました、こちらこそ大変申し訳ありません。はい、かしこまりました。ではまた…。失礼いたします。
…太陽くん、クリスマス・イブの深夜からクリスマスの未明近くまでを何と言うか知ってますか? 知ってますね?」
「あーあー知ってますから、性の六時間ってヤツでしょ? 言うと思ったよも〜…」
電話相手に真っ当な仕事をしていたと思ったら、これは毎年恒例の話題。ウチの事務員さんの前でクリスマスとかそういう話ししないで貰えます? セクハラですよ? 俺がされるんですよ??
「つまりはそうっ! あなたの想い人だってあの日にはズッコンバッコン運動会、いいえ寧ろ後先考えずにやる事やって…これではただのズッコンバッ婚です」
「その話続けんのォ?」
「今年はひと味違いますよ。いいですか太陽くん、他の人達に聞いてみなさい…あなたの誕生日はいつですか、と…この情報とオギノ式で考えれば十月前後から十一月付近までの誕生日の方は」
「待って待って、やめろ! 考え得る限り最悪の話題だぞテメー!!」
「子供についての話でしょうがっ!!!」
ドン引きだよ、これ本当に訴えられない? 男女問わずお叱りを受けるタイプの話はダメだろ、マジで。
っていうか何で俺が逆ギレされてんの?
「ゴホン…メリメリ…それはともかくですね」
「ともかくなよ、何なんだよそのメリメリって…」
「ともかくぅー! 教会の件ですが。良いニュースと悪いニュースがあります、どちらから聞きたいですか?」
えっ俺聞いてないんだけど、当事者なのに事後報告なのかよ。軽んじられ過ぎてない?
と思ったけど、冷静に考えれば電話で連絡でも来たんだろう。フォンセルランドさんは電話番でもあるから、手紙や電報じゃなければ何らかの第一報はだいたいこの人の領分だ。
それにしても良いニュースと悪いニュースか…。
「…じゃあ悪いニュースから」
「追加の用事で訪問に行った所長がシスターさんに拉致されました。それを聞きつけた代理が奪還しようとして教会の敷地にクレーターが出来たので、補修の為に今日一日は報告書に印鑑が押せませんし大半の業務はストップです」
「あぁー…」
どうして所長が行っちゃったんだよ、見えてる地雷を踏みに行く趣味とかあったっけな。頼まれればそんな小間使いは俺がやるのに。
「じゃあ良いニュースは?」
「えぇ、お子さんの話です。教会に一時預かりとなっていた赤坂 康くん…そのご両親が退院、ならびに本人が引き取られていったそうです。よくは知りませんが…良かったですね?」
なるほど、それは確かに良いニュースだ。
「神は天にいまし、世はすべて事もなし…ってか」
「ブラウニングですか?」
「さぁ? 詳しくは知りませんがね」
俺は信じていない、けれども。
天網恢恢疎にして漏らさず。信じてる分には、そいつの中に神はいるのかも…なんてな。
御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!