はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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今年最後の投稿です。

朝でもなければ日曜日でもないですがどうぞお許しを。


嗚呼ねんまつ

 

 

 

 

 

 

 

「う〜…」

 

 ここは【愛に溢れる探偵事務所】。この時期、年末特有の風物詩が所内に木霊する。

 

「ゔ〜……」

「……」

 

 目前のキーボードを叩く音は二つ。片方は軽やかにタップダンスのようなリズム。もう片方は指を豪雨のように強かに叩きつけたと思えば、数秒から数分の間隙を空けてまたも嵐が吹き荒れる。

 

「…ぅうう〜…」

「……」

 

 唸り声の主に触れる事は死を意味する。

 

「太陽くんっ! お茶ぁ!!」

「あっハイ…」

 

 顎先で使われたとしても文句は言えない。

 この時期にある仕事のせいで、普段の余裕はとうに霧散している。

 

 そう、その仕事の名は年末調整。

 そして後々の事を考えた確定申告書類準備。

 

「五月の領収証はどこメリ!?」

「まとめノートならここにありま…字が消えてら…」

「お天道様の下にレシート用スクラップブックを日向ぼっこさせたバカはどこですか!? 変色しちゃってるじゃないですか!」

「それは代理で…代理居ないっすね…さては逃げたな…」

「ぅゔぅ〜!!」

 

 いつもは無表情で事務仕事をこなしつつ、暇な時は下ネタでちょっかいを掛けてくるフォンセルランドさんも、年末と年度末は余裕が無い。

 所長も自分の別室で手伝っているとはいえ、年末調整とか確定申告書類を相手取るのはそれ程面倒なんだろう。所長は所長で別に、御礼状の返信とか御歳暮に一筆したためる仕事が大変だそうだ。

 

 なので所長代理はドタバタを察してよく逃げ出す。おいおいおい、猫っぽいな。こんな所で猫アピールしなくていいんだよ。おとなしく糾弾されるべきじゃん。

 

「あ゛ー!! 何でっ、この、ひぃー!?」

「な、なんかありました?」

 

 珍しいことに百面相させているブチギレ事務員さん。声を荒らげるのも珍しいけどな、アホな下ネタ言わない限りは。いつもは冷静な良い人なんすよ、まさかこんな変な事をする人だとは思わなくって…。元からかなり変な人だったわ。

 

「ふ、ふ…」

「ふ?」

 

 ふ? お麩とか? 

 油麩とか生麸って意外と美味しいよな、油麩丼とかも結構好きだぜ。あのモチッとした食感と、油でコーティングされたまろやかな調味料が滲み出す感じが良い。紅生姜なんて添えておけば正しく丼一杯は食べられる。

 

 …炭水化物で炭水化物を食べてるんだよな…。

 大阪では珍しくないからいいんじゃないか、大手ハンバーガーチェーン店でもキャベツ以外はほぼ小麦のグラタン某バーガーもあるんだしさ。

 考えてたら腹が減るな、久々に行くか。マ○ク。

 

「フリクションボールペンで書いてあるぅー!!」

「あぁ…それは…」

 

 書いたものが消せる、それが売りのフリクションボールペン。ボールペンじゃなくてマーカーもある、普段使いには便利なアイテム。

 しかし! 使ってはいけない時が結構ある!! 

 

 それは何故かというと、フリクション式で書いた物が付属のゴムで消せる理屈は非常にシンプル。

 

 高熱で透明になる。

 

 たったこれだけ、しかしこれが非常に厄介。

 摩擦そのもので消してるのではなく、その熱で消えるということは、同じような温度になれば、摩擦がなくとも消えるのだ。

 

 つまり暖房の近くに放置すれば消えるし、真夏の炎天下に晒されても消える。だから公的な書類だと使えなかったりするんだよ。

 ちゃんと書いたはずの書類をポストに入れたら、郵便受けの中で蒸されて透き通るインク。マジックショーも真っ青だな。

 

「大丈夫っすよ、ちょっと冷蔵庫…冷凍庫まで持っていきますから貸してください」

「許せねぇ…許せねぇメリ…!」

 

 夏のアスファルト並みに熱くキレてる人はさておき。

 ここで一つライフハック。高熱で色が変わって透明になるなら、低温に曝せばどうなるか。

 そう、なんとあら不思議! 色が復活するのさ! 

 

 でも冷やす手間はかかるから、大事な書類を書くときは最初からフリクション以外の筆記用具を使おうな。事務や経理の人との約束だ。

 

「なんで! 毎度毎度自分のおやつのレシートを紛れ込ませてるんですか!? ちゅうるとビールが経費になる訳ないでしょう!?」

 

 荒れてんなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 烈火の如き怒りもそう長続きしない、ずっと怒り続けられる人ってのはそう多くないってワケ。

 昼下がりの少し前の小休止、寒さも和らぐ暖かな日射しがフォンセルランドさんを癒やし…癒せてるよな? 

 

「はぁー…」

「お疲れ様っす…」

 

 クソでかい溜め息程度に収まってるから、ひとまず落ち着いたと見て良さそうだ。よかったよかった。

 

「…どこぞのおバカキャットのせいで、私は今、とっても気分転換したい気分です」

「代理については何も言いませんけど、働き詰めってのも能率下がりますし休むのは大事っすよ」

「うぅ…優しい…」

「いや普通っす」

 

 フォンセルランドさんだいぶ弱ってんなぁ。まぁ、無数の紙束と戦うのはそれほど大変なんだろう。

 明らかに一名のせいで仕事も増えてるしな、ウチの所長代理なんですけどね、その人。自覚が足りてるんだか足りてないんだか。

 

「…ご飯食べたいです」

「何すか急に」

「食事が! したいんです!」

 

 今日は本当に珍しい事ばっかりだな。フォンセルランドさんが進んでお茶を飲むのも滅多にないけど、ご飯が食べたいなんて言い出すのは輪を掛けてレアだ。

 

「出前でもとります? それとも何か買ってきます?」

「気分転換がしたいんです、わかりますか? 事務所からお外に出て、新鮮で冷たい空気を取り入れて、次第に冷たくなっていく手を誰かのポケットに突っ込んで暖めたいんですよ、わかりますね?」

「ちょっと難しいっすね…」

 

 どうしたんだろう、頭のネジでも落としたか? 

 元からかな?? 

 滅茶苦茶デリカシーが無いことを言うと、人形なんだから元から手は冷たいじゃん。コレ言ったら殴られるな。

 

「落ち葉を二人で踏み鳴らして、今日は寒いねと君が言ったから、年末年始はてぶくろ記念日。んんんんー! 許せんメリ! 呪ってやりましょうか有象無象のリア充ども、そして巻き添えを喰らいなさい代理猫。今日の私は一味も二味も違いますよ、二味と言ってもカタカナ的なフタ味、フタテイストという訳ではないのでフタナ…」

「落ち着いて! 落ち着いてください! まだ昼っすよ!」

「おちちつついて!?」

「言ってねぇよ!」

「おちつ!?!」

「やめろって!!」

 

 女子の下ネタって反応に困るよね。

 それどころの話じゃない? 確かに…。

 

「んで、どこに食べに行くんです?」

「ん」

「は?」

「ん!!」

 

 何だコイツ…。

 両手を広げてこちらに謎のアピール、何が言いたいかの予想はつくけど気付いてないフリをしろ俺。

 下手を打てば面倒が襲ってくるぞ。

 

「おんぶですよ! 察しが悪いですね、お姉ちゃんはあなたをそんな風に育てた覚えはありませんよ?」

「そりゃ育てられてないですし、普通に杖使って歩いてくださいよ」

「嫌ですぅー! 私達の間に隙間風が入り込んだらどうするんですか、冷え切った夫婦関係まっしぐらですか、それとも亭主関白プレイがお好きですか。その古めかしい価値観はどうなってるんですか?」

「話が北風で吹っ飛んでるよォ!」

 

 どこから夫婦関係云々が出てきたんだ。北風でどこかに行ったのは話だけじゃなくて頭のネジもか。さっきも頭のネジの話したな? 

 

 馬鹿っ話は小脇に置いて。そんで所長に一言断りを入れて、表の看板を休憩中にして、と。背中には重み、軽いもんだな。下手に重いとか考えたら怪我するぜ。

 

 外の活気は年末でも変わることはない。

 それでも里帰りの影響か、幾分人影も少なく感じるのは気の所為ではないだろうと思う。

 突き刺さる視線も少ないからな。

 

「で、結局何が食べたいんです?」

「太陽くんが決めてください」

「えぇー…」

 

 背後に取り付いた後方彼女面人形からの返答はこれまた厄介なもの。こういう返答が一番困るよね、今日のご飯はどうする? っていうのに何でもいいって返されるヤツ。

 

 少ないながらも冷ややかな視線が向けられるのは、後ろのメリー・フォンセルランドさんが原因です。

 もしもし俺當真、今後ろにメリーさんがいるの。

 傍から見れば白昼堂々、冬にも関わらず頭常夏のバカップルがイチャついてるように見えるんじゃないか。

 

「ドーナツ屋でも行きます?」

「えー…」

「じゃあ中華とか?」

「油が跳ねたら嫌です」

「………」

 

 …早速面倒になってきたな? 

 

「じゃあ和食…」

「うーん…」

「洋食は?」

「気分じゃないですね」

 

 コイツそこら辺にぶん投げてやろうか。

 何なんですか!? 

 こっちに決めろって言う割にはアレは嫌だソレはちょっとだのってよォ! こちとらジャンルで言ってんだからどれかは掠れや! 

 

「じゃあもう近場で…」

「そういえば最近開店したバーがあるそうですよ、昼間は喫茶店だとか。試しに行ってみましょう」

「……うっす」

 

 …うん。何も言わないよ。初めから候補が決まってんなら先に言えよって思ってるけど、言わないよ。

 

 んなわけねーだろ! 

 何だったんだよ今さっきの茶番はよォ! 

 しかし事務所内ヒエラルキー下層の住人である俺には反論する術が無い、悲しいな。これパワハラとかに当たりませんか。

 

「んじゃあそのバーに行きますか…どこにあるんです?」

「前もって地図はちゃんと頭に入れてあります、ナビゲーションはいつも通りお任せください」

 

 やっぱり最初からそのつもりだったんじゃん。

 いや最早皆まで言うまい、大人しく背部の俺ナビゲーションシステムに従って行くとしよう。

 

 それから少し歩きつつ。

 

「あ~…年末ですねぇ」

「今年も終わるってのはあんまり実感が湧かないっすね」

 

 通り過ぎる人の装いは厚手のコートやマフラーをはためかせて、寒気に対しての抵抗を見せる。

 談笑する方々の吐息は白く凍りついて、否が応でも冬将軍の存在を意識せざるを得ない。

 

 どこか人の距離が近くなっているような、そんな気さえする。それもきっと見間違いじゃなくて、先日のクリスマスだとかで、身を寄せ合って暖め合うと決めた人が目に付くからそう錯覚させるのだろう。

 

「そういえば太陽くんは年末どうするんですか?」

 

 自分の温度を吸い上げていく人形からの残酷な問い掛け、もうね、真っ白だよ。アタマじゃなくて予定が。

 別に一人が嫌だとかそんなんじゃなくてさ。それは慣れてるから良いんだけど、如何せん暇なんだよな。

 

 帰る実家がある訳でもなし、天涯孤独なもんで久しく会う親戚が居るでもなし。家の近所に居る人も故郷に引っ込んでいる頃合いだろう。

 愉快な淋代家も年末は家族水入らず、他もおよそ同じ。アイちゃん先生は実家が嫌なんて言ってたけど、そうは言っても大体はふるさとって物に帰る訳で。

 

「いやぁ…いつも通り寝正月か勉強っすね、来年受験ですし。フォンセルランドさんはどうするんです?」

「なーんにも、一人寂しいのはお互い様ですね」

「反論できねぇ…!」

 

 とは言うものの、実際は探偵業務の書き入れ時なので結構忙しい。いくら俺の察しが悪くとも、この時期は繁忙期なのだ。

 

 何故わかるかというのも簡単。

 所長はいつも以上に資料を持ってくるしひっきりなしに電話応対をしている、その上毛艶がちょっと悪くなる。代理はパソコンを眺める時間と紙資料相手ににらめっこする時間が増えるし、そうでなければ慌ただしく外出している場合が多い。

 フォンセルランドさんも似たような物で。パソコンに資料を打ち込む手は止まらないし、それを一時中断して電話を所長に繋げたり受付に向かったりだ。

 俺は代理からの絶対に中を見るなと釘を刺されたフィルムの現像とか何に使うのかわからない備品の買い出し、それとインスタントカメラを買いに行ったりもしている。

 

 つまるところ、何故忙しくなるのか。

 探偵業務ってのは大半が素行調査、人の疚しい所を探り当てる商売だ。

 釘刺しがあれど、ちらりと目に入ってしまった事のある写真。そこに写っていたのは人の裸だったり、仲睦まじそうに手を繋いでいる誰かと誰か。時に両方、あるいは片方の手にのみ光る金属の輪。

 

 至極単純な話、浮気現場の証拠写真だろう。

 だから人々がイベント事で浮かれて脇の甘くなる年末年始は大忙し、ってワケ。アホくさ。探偵業務がって話じゃないよ、何を考えてんだか知らないけど、そういう事をやらかす方々の話ね。

 

 未成年相手に人の汚い側面を見せたくないから、という気遣いを察せられない程、子供ってのは馬鹿じゃない。親しい人達のものなら尚更だ。

 それでも大人たちが善意のみで隠しているものを暴き立てて怒るほどには、俺も子供じゃない。

 

「…うくん、聞いてますか?」

「あ、何です?」

 

 ちょっとシリアス入っちゃったかな。いつも通り心配そうで優しげな声が遅れて脳に飛び込んで、街路樹の目立つ裏通りに引き戻される。

 

「そこです…けど…」

「目立つ看板とか無いっすね、臨時休業とか?」

 

 一般的にはレトロ調、使い込まれてるとかの形容が成される感じの店構え。どうにも昼間だからか、それとも中の照明が外の明るさに負けているのか、営業中かどうかわからないほど薄暗い。

 

「……」

「…行ってみますかァ!」

「チャレンジャーですね、いいと思いますよ」

 

 案ずるより産むが易し! 

 思い立ったが吉日! 

 えーっと…まぁそんな感じだ! 

 意気込みヨシ! 突っ込むぜ! 

 

「こ、こんちわー…やってます…?」

「竜頭蛇尾…」

 

 し、仕方ないじゃん!? 

 

 すんなりと店舗の扉は開いて、恐る恐る入店を告げる。そうすると外から見るよりも店内は明るく、紅茶とコーヒーの匂いが歓迎してくる。

 BGMは囁くようで、音の籠もり方からしてレコードだろうか。特別詳しくは無いが、ジャンルはジャズかな。軽快で、それでいて落ち着く。

 机と椅子はよく手入れが成されているのか埃の気配はなくて、穏やかな暗い色合いが暖色灯を吸い込んでいる。足を踏み入れた時の感触もそうだが、ベトつく感じもない。丁寧に清潔さを保っているようだ。

 ついでに気付いた事として、店の奥から物音がしてるんだけど、泥棒じゃないよな。店員さんだよな…? 

 

「これは…フランク・シナトラですか」

「わかるんすか?」

「えぇ」

 

 ひ、ひぃぃ! フォンセルランドさんがオシャレな一面を見せてくるよォ〜!? 

 もしかして有名な曲なのか、背中から降りた彼女が呟くのはたぶん歌手の名前。俺がオシャンティな教養まるで無しみたいじゃん、やめてよね。本当のこと言うの、悲しいじゃん? 

 

「…失礼、いらっしゃいませ。二名様ですか? 御煙草は吸われますか?」

「あら」

「良かった…そーですそーです、煙草は吸わないっす」

「ではお好きな席へどうぞ」

 

 物音の主がやっと顔を出してきてくれた。

 物腰穏やかそうな、紺色のチョッキ…ベスト? と白のカッターシャツに黒のスラックス、首元に飾られる濃い緑のネクタイと全てが調和して似合っている紳士然とした男性。

 他に店員の影も形も見当たらないし店長さんかな。微笑みを湛えている表情、店内の雰囲気と揃って落ち着いた印象そのもの。渋カッコイイな…俺の知ってる限り所長と並び立つダンディって感じ。顔付きを見ると彫りの深さ的に外国の血とか入ってる感じがする。

 

「メニューとお冷です、決まりましたらお呼びください」

 

 こちらが席に座ると滑るようにメニューと水が差し出される、木製の床は無言のまま、靴もだんまりを決め込むことにしている様子。怖いくらい物音がしない人だな。

 

「ふむ…」

「おー…何か色々ありますね」

 

 軽食はサンドイッチ類からケーキ、パンプディングもある。腹に溜まりそうな品目はカレー、ナポリタン、ドリア…目立つ物だけでも結構あるな。おっ、ランチセットまである、ギリギリ時間も間に合うから俺はこれにしよう。

 飲み物はブレンドコーヒーでいいか、せっかくの喫茶店だもんな。コーラとかは野暮ったい、堪能しなくちゃ損な気がするぜ。

 

「俺は決まりましたよ、フォンセルランドさんは?」

「うーん…頼んでいいものか…とりあえずお訊ねしてからにします」

「うっす、すんませーん!」

 

 この人、何を頼むつもりだ…? 

 

「お伺いします」

「俺はランチセットのナポリタンとコーヒーで」

「…一つお訊ねしたいのですが、お子様ランチは頼んでもよろしいでしょうか」

「えっ」

「はい、もちろんです」

「ではお子様ランチと紅茶を、本日のオススメで」

「かしこまりました」

 

 お子様ランチを!? 

 大人が!? 

 

「正気っすか」

「本気ですが? いいですか太陽くん、お子様ランチというものは非常に手間と原価が掛かるんです。一つ一つが丹精込めて作られ織り成されるそれは正に小さなフルコース、ここは恥を忍んでも頼むのがベストです」

「熱弁するじゃん…」

 

 フォンセルランドさんが語る理屈は聞いたことがある。実のところ、お子様ランチ・お子様プレートと称されるそれは、可愛らしい名前に反してとにかく面倒で手間隙かけた逸品なのだと。

 まぁね、よくある品目で考えるとコロッケとかエビフライを揚げるわハンバーグを焼くわ、付け合せのナポリタンとかも作るわデザートも付けるわ…うん、これを面倒と言わず何を面倒と言うのかって感じ。あぁ、チキンライスとかチャーハンの米モノもあるのか。わかりやすく原価も掛かっているだろうし、自分では絶対作りたくねぇな。

 でも、フォンセルランドさんとしては…。

 

「あの旗とかが欲しいし、小さいから好きなんでしょ?」

「そうですが何か? ダメなんですか? 私の心はいつだって少女なので適正年齢ですよ、大人だって子供に戻りたい時があるんです。それでも頼めなかったら貴方の年齢をダシにして無理矢理頼むつもりでしたが。

 例えばそう…ああっウチの太陽ちゃんがすみません、でもこの子ったらどうしても今お子様ランチが食べたいって言うんです…」

「情熱の矛先がその小芝居って間違ってません? ていうか人のプライドとか尊厳を無視するのやめない? 俺、二度とこの店に来れないじゃん」

 

 もしも注文できないって言われていたら今の素っ頓狂極まった寸劇を披露するつもりだったのかよ。そもそも心は少女とか自分で言うなよ。

 リピートするかは決めてないけど、マジでこの場でギャン泣きして死なば諸共初回出禁にしてやろうか。

 

「こちら、ブレンドコーヒーと紅茶です」

「うぇ? いや食後に貰おうと…」

「当店のサービスです、お気になさらず」

「マジすか…!?」

「マジです、ごゆっくりお待ち下さい」

 

 む、無料で!? 

 飲み物を!? 

 無料で!? 

 

 ハッ…いかんいかん…。この世知辛い世の中と世間の寒さで凍えそうな季節に心まで暖まるサービスが届くとは思わなかったぜ。

 タダより怖いものは無しって言うけど、この事だな。早計ってのはわかってるが、あっという間に心を掴まれた気分だ。

 キッチンに引っ込んで行く店主の後ろ姿が眩しいぜ…去り際に後光さえ見えつつも渋い感じがする、俺ってチョロいな? 

 

「あったけぇ…!」

「ブレンドコーヒーですからね」

 

 情緒がねぇなあ! 

 

 

 

 

 

 

 色々と落ち着いてひとまず息をつく。

 カップに注がれている焦がした琥珀色の、まずは湯気と薫りを飲む。

 

「んー…」

 

 良い匂いだ、コーヒーの香りには鎮静作用があると思わずにはいられない。仄かな酸味を予感させる果実臭と、陽によく当たった黒土のにおい。

 丁寧に煎られているのか、ひたすら香ばしいのみで鼻に付く焦げた物の臭気はない。さっき店主が奥に居たのはこれが理由だったんだろうか。酸化した気配もまた毛の先程すらない。

 

 何も入れず一口飲む、うん、思った通り。いやそれ以上に美味い。

 苦味は柔らかく、酸味は奥に。口の中にコーヒーの花でも咲いたような、一面の花畑。絹の舌触りというのはコレかと思う。

 生来の貧乏性で一息には飲めないが、飲もうと思えばこれは水みたいにゴクゴク飲めるだろう。水の中でも硬水より余程簡単に喉を通る。

 

「落ち着くなぁ…」

「紅茶も素晴らしいですよ、これは恐らくマリアージュフレールのマルコ・ポーロですね」

「…?」

「メーカーと銘柄です」

 

 えっ何、東方見聞録?? 

 

「バニラを初めとする白い花と、蜂蜜、キャラメルの香りが主でベリー系の赤い花、南国の果実香もあります。味は爽やかですが淡白とは程遠い、日本人に馴染みやすい紅茶ですよ」

「…うん?」

 

 ソムリエか何かでいらっしゃる? 

 紅茶の銘柄でマルコポーロって名前が出るのも驚きだが、それよりアンタ利き紅茶に銘柄当てとか出来んの? お洒落過ぎない? 

 

「ご明察です、こちらお先にサラダを…」

「アッハイ」

 

 しかも当たってんのォ…? 

 

「……」

 

 目を閉じてティーカップを傾けるフォンセルランドさんの姿は恐ろしく様になっている。

 普段のアレ具合は雲散霧消して、外の陽射しを取り込んだ蜂蜜色の髪が自ずと輝いているようだ。

 楚々とした所作、白い手、黙っていれば物憂げな空と同色の瞳が、そういえばこの人かなりの美人だったなと思い出させてくる。

 

「いいお店、ですね?」

「…そっすね」

 

 落ち着け俺、対面のセクハラ人形の所業を思い出せ。

 こちらに微笑みかける仕草も相俟って、一枚の絵画か映画のワンシーンかと錯覚するが。待て、そうじゃない。惑わされるな! いい年こいてお子様ランチ頼むような人だぞ!? 

 いや店側もダメとは言ってねえけど! 

 

「確かに、いい店っすね」

「とても」

 

 変な緊張感を振り払って、とにかく落ち着け俺。

 うん…メニューでももう一回見直すか。

 

「太陽くん」

「…なんすか?」

 

 見透かしたように話しかけられた。怖いんだけど、ちょっとは無言を楽しもうぜ。BGMもやっとこさ聞き取れるようになってきたのにさぁ。

 

「今年はいい年でしたか?」

「…んー…」

 

 いい年だったか、ね。

 

 今年を振り返ってみても、まぁ平年並みって感じ。変な『噂』どもを相手取るのはいつもの事、とんでもなくドラマチックな出来事は特に思いつかない。

 うんざりするようなダブル妨害アリのこころさんとのデートとか、その為の迷宮探索とか。あぁ、その前に後輩の妹さんを助ける羽目になって入ったな。

 宇宙人のUFOに乗ったとか…? 生傷が増えたりするのはよくある事だから、あんまり特別な出来事ってのも浮かばないもんだ。

 

 強いて言うなら、変な時期に転校してきたレイリーに関してはちょっとスペシャルかもしれんね。

 見た目が少し目立つ女子、性格は内向的で外面は無表情。口数少ないのに話せば割と毒舌気味。正確には、多少打ち解けると遠慮が無くなるって感じか? 

 まぁ悪いヤツじゃない、同年の女子間では野上が特に気に掛けてるし本人も懐いてる。

 特段浮く事もなくクラスに馴染めていますねー。これには親御さんも一安心でニッコリ、母親の顔と性格しか知らんけど。

 

「そこそこじゃないっすかね、うん、そこそこ」

「…そうですか、ふふ…」

 

 フォンセルランドさんは何が嬉しいんだか、クスクス笑ってくる。保護者気取りかよ、とは言わない。探偵事務所の人たちは俺の実質的な保護者だ。貞雄さんも忘れちゃいないがな。

 

「来年もいい年になるといいですね」

「まぁそうっすね…そういうフォンセルランドさんは」

「失礼します、ナポリタンとお子様ランチです」

「おっ」

 

 会話をバッサリ寸断して運ばれてきた少し遅目の昼飯。コトリコトリとやって来たオレンジ、なんてこった、めちゃくちゃ美味しそうだ。

 

「あざっす!」

「いいですね、とてもいいです」

「ごゆっくりどうぞ」

 

 鼻孔をくすぐる甘酸っぱさ、表面は見るからにパサついてないことからケチャップが適度に炒まった様子。橙色の麺の草むらにピーマンの緑と白っぽい玉ねぎが乗っかって、薄くスライスされたベーコンが狐色。

 ヒャア、我慢できねェ! 

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

 備え付けのフォークを手早く装備していざ実食…。

 

 んー、美味い。

 まずケチャップそのままのツンとくる酸っぱさがない、酸味の周りにまろやかな脂肪分がある。ベーコンの脂とバターかな? いやたぶんそれだけじゃないな。

 一口嚥下すると不思議ともう一口進めたくなる味、ナポリタンには似つかわしくない辛味とコクがある。

 なんだこれ、ニンニク臭がないからアーリオオーリオとかではないけど…。

 んんん…わかんねえ、訊いたら教えてもらえるかな。

 あっそうだ。

 

「ナポリタン美味いっすよ、フォンセルランドさん一口どうぞ…はい、あーん」

「あら、ありがとうございます…ん、ん? 豆板醤?」

 

 なるほどなぁ…流石人型味覚スカウター、さっきの利き紅茶はフカシじゃないぜ。

 胸中の疑問が一つ解消されたところで、お子様ランチを観察しよう。

 

 何らかのスパゲティにミニマムハンバーグ、これまた小さなエビフライとカップグラタンに手のひらサイズのオムレツ、そして我こそ主役と旗が鎮座し主張する…チキンライスか? 

 どれもこれも出来合い物の気配がしない、というかほんの微かな冷凍臭すらしない。これ全部手作りかよ…。凄いな店主さん、尊敬しちゃうぜ。

 

「全部美味しいですよ」

「でしょうね、全部お手製っぽいですし…何より…」

「何より、なんですか?」

「笑顔っすよ、フォンセルランドさん」

「……あら」

 

 俺に言われてからふと片手を頬に添えた。気付いてなかったのか、とにかくそれ程美味しいんだろう。フォンセルランドさんってば、表情を変えるのは疲れるからって理由で顔色変えないからな。

 

 どれもこれも愛おしそうに、食べ終わるのが勿体ないと言いたげに食べ進めているので何ともわかりやすい人だ。目は口程に物を言うのは人間だけの専売特許じゃないらしい。

 

 しかもなんだそのチキンライスの食べ方、棒倒しでもしてんのかってくらい頑なに旗を立たせている。

 …たぶん、邪魔したらキレるな? 

 

 わざわざ邪魔しないけどね……ごめん、ちょっとしたい。俺の中の悪戯心がウキウキワクワクしてる。静まれっ、俺の右手! およしなさい! 食事の邪魔をするなんてマナー違反ですわよっ!! 

 

「ごちそうさまでっす」

「ごちそうさまです」

 

 アホな事考えてる間に食べ終わっちゃったよ。

 ピーマンも玉ねぎもいい食感だった、火が通り過ぎず、かといって生ではない絶妙な加減だったぜ。先出しのサラダも残しておいてよかった、口の中が一面のクソ緑って感じ…我ながらこの喩えはダメだな。

 

「食後のお飲み物とお子様ランチのデザートです」

「あざーす…プリン…!?」

「ありがとうございます」

 

 そうか、お子様ランチには甘い物も付くのか。至れり尽くせりだなマジで。それも手軽なゼリーとかじゃなくてプリンだよ。

 …俺も頼めば良かったかもしれねぇって思っちゃうな。

 グラスに入ったクリームイエローのプリン、頭はカラメル色の下地にホイップクリームの帽子とさくらんぼの飾りがどうにも誇らしげだ。

 

 なんつーか、こう…レトロチックというかね、アンティーク調、古き良き喫茶店プリンがここにあるな。

 羨ましいな…いっそのこと頼むか…? 

 

「太陽くん、あーん」

「えっ、いいんすか?」

「返礼です。共食いが嫌でなければですが…」

「俺の頭のこと言ってる?? これ生まれつきの地毛だよ? カラメル要素ゼロだよ?」

「知ってますよチェリー、あっすみません。これは決して太陽くんがどうという話ではなく、このプリンに載っているさくらんぼの事で…」

「コイツ…!」

 

 食後に宣戦布告とは中々やるじゃねえか…。

 俺よりよっぽどプリンみたいな髪色しやがってよ…。

 

「ほら、あーん」

「ヤッター! ありがてぇ…!」

 

 しかし目先のプリン相手には、とてもじゃないが背に腹は代えられない、不戦敗大いに結構。プライドだけじゃ食っていけない、つまりプリンにはありつけないのさッ!! 

 うめー、プリンうめー。

 

 

 

 

 そんなこんなで、プリン一口を代償に手のひらの上でコロンコロン転がされて、手玉に取られつつ食事は終わった。

 

 コーヒーも美味いし料理も美味い。未成年だから夜のバーとしてお世話になる事は無いが、良い店が出来たもんだ。

 

 何度か通ってお得意さんになってから、ナポリタンのあと一つの隠し味を教えてもらったりしようかな。それと特別料金を支払ってこころさんを連れて来たい。デートですよデート。事前連絡もしなきゃダメだな! 店の冷蔵庫が空になるぜ!? 

 

 店側にとっては恐怖の未来予想図を描きつつ、食後のついでの小用を済ませて座席に戻ると。机の上にあったはずの紙が消失していた。

 

「…あれ、伝票は?」

「私の奢りです、文句は受け付けません。年下の学生さんは黙って受け取りなさい」

 

 か、カッコイイ…! 

 なんてデキるウーマンなんだフォンセルランドさん、店主との交渉の末勝ち取ったお子様ランチ付属の旗を持ってなければ完璧だった。

 ここは大人しく奢られよう、元より割り勘だの何だのと食い下がっても聞く人じゃないからな。

 

「…じゃあ、ありがたく…」

「不満そうですね。詳しい内訳は後で聞きますよ、まずは時間も気になりますから退出しましょうか」

 

 そりゃあね、男の子ってのはカッコつけですから。ただ奢られるのは釈然としないってワケ。我ながらガキっぽいか、でもまぁ仕方ない。男の子だけじゃなくて、そも男ってのはだいたいそんな生き物だ、笑わば笑え。

 

「ご馳走様でした、美味かったっす」

「えぇ、本当に。ご贔屓にさせて貰いますね」

「楽しんでいただけたようで何よりです、よろしければ夜の方もどうぞご来店を。当店不定休で恐縮ですが、何卒これから宜しくお願いします」

 

 良い店だったぜ、掛け値なしに。

 次に来た時は何にしようか。カレーも良さ気だったな、さっきのお子様ランチに付いてたグラタンも美味しそうだったからドリアも有りだ。

 

 店を出てから数分、杖を突いて並んで歩くフォンセルランドさんが何かを思い出したように口を開く。

 

「言い忘れてました、太陽くん。今日はこのまま帰ってもいいですよ」

「えぇー唐突ゥ…」

「事務所の方は諸事情で立て込むんです。年末年始の時期ですから、高校生は貴重な時間を謳歌するべきでしょう?」

「どうせ一人ですし、手伝いますよ?」

「初詣は付き合いますから、ここで解散ということで。所長には言っておきますからどうぞゆっくりしているように。いいですね?」

「ちぇー」

 

 ここでまさかの戦力外通告。

 なんだいなんだい、大人ってのはいつもそうだ。こちとらもう高校二年生だぜ? まったくいつまでガキ扱いするんだか。

 

 なんてな。

 別に気にしちゃいないよ。こっちも知っての通りで事務所じゃ嫌な仕事のオンパレードだって話だろう。

 ここは子供扱いされるのも甘んじて受け入れておくさ。大人の気遣いを無駄にするのは忍びないからな。

 

 さらに相手はかなり頑固なフォンセルランド女史。下手に説得しようとも、正しく人形のように、テコでも動かないだろう。

 

 …はぁ、じゃあするべき挨拶は一つだな。

 

「わかりましたよ、大人しーく子供はお家に帰りますって…それが良いんでしょう?」

「それはもう、素直さは子供の…あなたの美点ですよ」

「へっ…じゃあ気をつけて」

「はい、太陽くんも気をつけてお帰りを。また後日お会いしましょう」

 

 なんだよ、西洋風人形さんは知らないのか? 

 これから疲れる仕事の待っている、杖を友として歩く彼女を、ほんの数秒のために呼び止めよう。これくらいだったら許されるだろう。

 

「フォンセルランドさん!」

「はい?」

 

 振り向く人に、年の瀬を。

 

「良いお年を!」

「…えぇ、あなたも。良いお年を」

 

 

 







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や、優しくしてね…!
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