はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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探偵事務所の所長の話です。


睦月のむくつけき男ども

 

 

 

 

 寒い日には何がしたくなるか。

 

 コタツに入ってのんべんだらりとダラダラし放題。

 ミカンがあればなお素晴らしい。あと半纏も欲しい、背中が寒くなるからな。

 だがこれは後々を考えると一時の極楽を味わっているだけに過ぎないと言えよう。トイレに用足しをしに行く時、床の冷たさがこれぞ好機と牙をむく。

 しかも油断をしてコタツに入ったまま寝ると頭痛もすれば風邪も引く。これは最悪のケースだろう、何せ仕事に響く。コタツに入って風邪を引いたので休みますとはとても言えたものではない。

 

 鍋を始めとする、温かい物が食べたくなる。

 これも真なり。寒い時に冷え切った身体を五臓六腑から暖めるのは良い、熱燗を嗜むのもいいだろう。未成年なら甘酒、この時期なら御汁粉もいい。

 ただ、これも欠点がある。

 自身が猫舌であることだ。

 温かいを通り越して、最早灼熱地獄の様相を呈する鍋焼きうどんやおでんのこんにゃくをそのまま口に放り込むように食べたならば、口内回復に丸一日は要する。しかも悪い事に、同居人も猫舌だ。本物の猫ならば仕方のない事だが。

 

 熱い風呂に入る。

 なるほど、これならば問題はない。風呂は心の洗濯であるとは知己の河童の談、自宅のシャワー、そして決して湯船も毎日入っている。

 だがどうだろうか、日夜連続した仕事の疲れ、その蓄積を落とし切れているのか。

 否、まったくもって出来ていない。

 心身にまとわり付く鉛の砂粒が目に見えないまま自己のパフォーマンスを下げている。

 湯船もシャワーも疲労を溶かし切るには狭すぎる。さながら飽和水溶液が如し、疲れが湯に混ざり切れていないのだ。

 

 では、どうするか。

 

「環、風呂に入ってくる」

「えっ…」

 

 同居人に告げるは遠出の合図。

 そう、今日は自身が定めた休日だ。

 新春とは言うものの、未だ体感が春の訪れには遠いと訴えてくる今日。こんな日には、家庭では味わえない広々とした風呂で癒やされるのもいいだろう。

 

「浮気…??」

「何の話だ…!?」

「風呂ってそういう話じゃにゃいの?」

「違う、銭湯に行ってくるだけだ」

 

 どこで覚えた、そんな話。

 …メリーか? 

 いや、批判や疑いから入るのは褒められた行為ではない。探偵稼業なんて因果なものに付き合わせている弊害でもおかしくはないのだ。

 

「でも男の人が『風呂に行く』って言うのは大体そういう事ってメリーが…」

 

 誤解である。更に下世話な話を吹き込んだ相手として、考慮から外そうとした対象で当たっていた。

 由々しき事態だ、このままでは白昼堂々風俗へ足繁く通うダメ人間としての烙印を押されてしまう。

 

「たまには大きい風呂で体を伸ばしたいだけだ」

「…本当…?」

「あぁ」

「じゃあアタシもついて行っていい?」

「……」

 

 無論、同行が駄目な訳ではない。

 普段の用向きならばそれこそ随伴であろうと構わないと思っていただろう。

 しかし今回は別だ。

 

 日常として同居人…環とは四六時中共に居ると言っても過言ではない。私生活の空間と仕事場を同じくしているのもあり、否が応でも大半の時間を共にしている。

 彼女は猫であるが一人を好まないからだ。

 

 で、あるが故に。

 たまには一人の時間を過ごしたい。日常的に気を遣い過ぎているのでなくとも、勝手気ままに何かをして、自由気ままに羽を伸ばしたい。これは必須の時ともいえよう。

 特に社会人ともなれば尚の事、週に一度は自身の欲求の赴くまま細かく積もる疲労やストレス、身体の凝りを解したいのである。

 

「ダメ…?」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからァ! 単純にきのことたけのこで比べちまうと戦争が起きるんだよォ! ここはロジカルにチョコの含有量で比較して……」

「これだからきのこ野郎は…」

「なんだとぉ…聞き捨てなんねぇな、そっちこそ同士だと思ってましたよ。いつもは手が汚れるだの何だのと気にしてるクセに、こういう時だけ言うに事欠いてたけのこだとォ…! 恥ずかしくねーのか!」

「手の汚れは手袋やお箸を使えば済む話でしょう。それより何ですかチョコ含有量だのと猪口才な、男も女も噂話も、黙ってたけのこ。たけのこを食べなさい。フォルムについては甲乙付け難いいやらしさですが、きのこは買ったあとにチョコと生地が分離する可能性がある軟弱者ではないですか」

「またくだらねーことをしてんにゃ…」

 

 俺は意志の弱い男だ。

 先刻は一人だけの時間が必要だと述懐しておきながら、こうして潤んだ瞳の圧力に負けて二人で風呂に向かうのだから。彼女を拾った時も同じようなものだったから今更の話かもしれない。

 

 そして彼女が言うくだらないことかどうかはさておき、本気で仲違いしかねない口喧嘩でもなければどちらのチョコ菓子が好きかなどは、一種のコミュニケーションであろう。

 

 彼等がそのようなやり取りを通して相互理解を出来るのならば、諸手を上げて歓迎すべき一幕だ。

 

「おうバカども、急ぎの仕事がにゃいからってアホみてーにゃ喧嘩してねーで。ちょっと留守よろしく」

「バカ!?」

「バカはバカじゃん、それともアホ? にゃんにせよ、アタシはちょっと主人とデートだから」

「あぁ、だからおやっさんもそんなグルグル巻きで…」

「何ですか唐突に、環、所長と二人でどこかへ行く前にきのこ派かたけのこ派かを主張して行きなさい。どちらも選ばない敗北主義者はこの場で穴という穴にたけのこを詰め込みます」

 

 恐ろしい事に目が笑っていない、空色の瞳は鋭いまま詰問の意思をこちらに向けている。まさかの飛び火が向けられると困惑が先立つものだ。

 

「えぇ…」

「嫌なら答えなさい。沈黙は金、雄弁は銀といえど、それは許される場合のみです。さぁ!」

「…き、きりかぶかにゃ…」

「は?」

「売ってる会社すら違うっすよ代理…」

「えっそうにゃの、マジで?」

 

 確か、きのことたけのこを模ったチョコ菓子を販売しているのは日本の元号と同じ名前の会社。きりかぶの方はバーボンの別読みをする会社だったか。

 味や食感についての優劣は個人の主観に依らしむるので三者三様であるが、きりかぶに関してはカルシウムを含有しているという特徴があった筈だ。

 野生の勘か、少なからず健康に良い物を本能的に選べている。偉いぞ環。

 

「まさかの第三勢力は無視して、所長は…」

「にゃんでよ、美味しいじゃんきりかぶ」

「悪いが俺もきりかぶ派だ」

「なっ…!?」

 

 かくいう自身もきりかぶ派である。

 菓子という体に悪気な物を摂取するならば、せめて一抹の健康成分を求めたい。これは世間で言う所の言い訳という。あるいは、些細な抵抗。

 そう、年齢を重ねれば重ねるほど、刻まれるのは年輪に似た皺に限らず健康診断への恐怖もあるのだ。千里の道も一歩から、健康も同じ、気にしないより気にしていかねばなるまい。

 

「ふざけた回答をしやがってくれますね」

「しかしそのふざけた第三勢力こそが事務所内最多だ。この事務所は民主主義に基づいて多数決を採用している。なのできりかぶが正義となる、留守は頼むぞ」

「こ、控訴! 上告を求めます!」

「棄却する」

「大人って汚い!」

「お前はこうなるなよ」

「な、何かカッコイイー!?」

 

 日和見主義、大いに結構。小さな諍いも時には有用であろうと、無いに越したことはない。

 大人らしい卑怯さも同じ、この場合は他の二人に目を瞑ってもらうとしよう。

 

 事務所の裏口から銭湯へ向かおうとするも、背後からは自らの探偵事務所の事務員兼受付とアルバイトの遠慮のない大声。

 賑やかで大変よろしい。

 

「あ、笑ってる」

「…ん」

 

 表情どころか獣らしい毛の一本も見えないようにしているはずだが、彼女には雰囲気だけでバレてしまうようだ。黒猫だった頃と同じ、緑の瞳が微かに揺れる。

 

「あいつが、と思うとつい…な」

「…そうだね」

 

 誰と言わずとも通じるのは間柄故か。

 

 思い出すのは最初の頃、一人の知己が子供を連れてきたのは驚いたものだ。

 それも血縁者でも何でもない、身寄りのない孤児を引き取ったというのだから。心境の変化などと生易しいものではない。

 

 探偵事務所も軌道に乗ってきた頃、仕事が多くなってきたという嬉しい悲鳴も落ち着いて。ただ仕事の忙しさに目を回しかけていた時期に雑用として中学生を雇う事になるとはよもや思いもしなかったものだ。何よりうちを託児所か何かかと勘違いしているのかと思ったが、それも杞憂だった。

 その時期の太陽は荒んでいたが、あいつの歩んできた十代も半ばの人生を考えれば仕方のない事だろう。そして本人の気質か、良く言えば滅私奉公、悪く言えば自暴自棄気味に働く事を除けば勤勉な態度が目立つ好青年でしかない。

 恐らくは生来塞ぎ込む性質ではないのだろうが、大人という存在への不信感だけを漲らせていた彼が喜怒哀楽を遠慮なく振りまけるようになったのは、元従業員の千々石を始めとしてメリーと環の協力があってこその成果なのは間違いない。

 子供が子供らしく振る舞えている、これに異を唱えるべきではないだろう。

 

「あいつが来た時の事を思い出すとな、色々あった」

「うん、最初はコップ一つ。備品の一個でも傷付けたり壊すだけでも顔が真っ青になってたよね」

「今でも自費で補填しようとする悪癖は変わらないが、多少の失敗を許容できるようになったのは成長だ。何より、普通に笑うようになった」

「しかめっ面で目付きの悪いガキだったのにねぇ」

 

 言葉選びは辛辣ながら、太陽を評する環の顔は柔らかく微笑んでいる。

 付き合いも随分長くなった。歳の離れた弟か、自分の子供の成長を喜ぶ親の気持ちとはこういう物なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 歩いて数十分、東京の都心にその銭湯はある。

 実のところ東京は有数の温泉地であるのは意外と知られていない。で、あれば、何故無名であるのかというと至極簡単な話。市街が発展し、権利も複雑になった今更になって地面深くまで掘り返す事を誰もしないというだけ。

 

 そして借家には風呂もシャワーも付いている昨今、減少の一途を辿る銭湯。更に珍しい要素として、ここは天然温泉を引いている。

 

「また後でねー」

「あぁ」

 

 待受の番頭に金銭を支払い使い切り式のアメニティを購入し、男女に分かたれる暖簾の前で別れる。

 此処から先は只管に自由と暖かな湯、そして癒やしが待っている空間だ。

 

 その自由を、湯を、癒やしを堪能する前に一苦労。だがこの後の楽しみを思えば一摘みの香辛料に過ぎない。会えない時間が愛を育むのは歌の中、しかし温泉を前にして準備する時間は期待を膨らませる。

 他者を驚かせない為に巻きつけている顔面の包帯を一巻き解く度、解放感だけではない充足。胸の高鳴りを抑えていざ入場。

 

 

 ───コォーン…

 

 

 自由への扉を開けば備え付けの桶か椅子が鳴り響き出迎えの音を奏でている。外気と比べ物にならない湿度と温度。温泉の香りも鼻腔をくすぐる。

 ほう、と息が漏れるのも仕方のない事だ。

 入湯の前には礼節として身体を洗う。

 

「……」

 

 が、その前に鏡面が映す自身の姿形が目に入る。

 巷に溢れる『噂』に蹂躪された結果の異形。

 

 これも付き合いが長くなった。

 髭ほど硬質ではない柔らかな獣毛が覆う顔面、視線を落とせば街の人々と変わらない人間の体。ちぐはぐそのもの、人面犬ならぬ犬面人。

 誰とも知らぬ他人全てを恨む程ではないが、うんざりするのは否めない。

 

 外出の際は手間であれど巻かざるを得ない包帯、マズルの長さを悟られぬ為のマフラーやストール、目と耳を隠すサングラスに帽子。夏場にいたっては熱中症で倒れかねないので外に出る事もできない。

 仕事で依頼人と直接話す機会も月に一度、流石に不審者と勘違いされる装備で対面するのは無理がある。そして噂に弄ばれた人間は多数ではない。それ故オオカミの顔をした男が出歩けば、さらなる悪い噂に巻かれるか怯えられるのが関の山。

 …好転する事のない事実ばかり考えていても仕方がないか。さっさと身体を洗ってしまおう。

 

「……よし」

 

 そうして入念に体を磨き準備は万端、濡れた犬が如き容姿と笑わば笑え。全てはこの瞬間の為の前奏に過ぎない。

 湯船に足を滑り込ませて感じる熱、そう、これだ。

 次第に下肢全体、下腹部から首元。湯が登ると同時に包む温み。染み込むとはこれこの事。

 

「ふぅ…」

 

 絞り出される呼気には幸福の色が交じる。

 脚を投げ出して尚余りある天然温泉に満たされた空間、四肢から滲む日々蓄積していた冷えや労苦。

 身体が熱交換器になったようだ。

 血管が徐々に開き、末梢まで血潮が行き渡る感覚。

 やはりいいものだ。

 

 泉質は単純温泉だったか、硫黄の鼻に付く臭いやアルカリ泉で僅かに溶けてぬめる感覚は皆無。ただ暖かい湯が体に熱をもたらす。

 しばらくすると掛け流しである証左の御湯が入れ替わる音、そして着水する水滴の小声のみが耳朶に染み入る。外を見やっても開放的ではないが、それも良い。

 

 湯に浸かること数分、滴る水滴を払い除けて。いざ本丸へ。

 

 むっとするとは正しく生温い。熱せられた木の香り、直に触れれば火傷する気温。中には先客が二人、壁掛けのレトロな時計、そして備え付けのラジオが天気予報を歌い上げている。

 つまりはそう、サウナだ。

 

「む…」

「ん、おう」

「喜八と…宇宙人か」

 

 暖色の光が照らすのは緑色に光る肌の怪異。商店会の顔役であり江戸に住む河童、喜八。

 そして悪を自称する宇宙人。詳しくないが、名はタイターと言ったか。

 

 二人していつから居たのか、玉のような汗が乾くことなく肌に浮かんでいた。その間に挟まれぬように静かに座す。

 そもそも河童が頭の皿を乾かしていいのか、と些細な疑問が浮かぶが。そこは慣れたものかサウナキャップを用意している。

 宇宙人の方は黙して語らず、目を開いたのはこちらを視認した一度のみ。異様なまでの筋骨隆々を鎧として熱気にあたっている。宇宙人といえど呼吸は確かにしているのだろう、肩の上下に合わせて逆立った髪とアンテナのような髭が静かに揺れていた。

 

 実はこの銭湯を知ったのは隣で蒸されている河童、喜八の紹介を受けた為だ。

 いわゆる人外じみた容姿の自身を含めて、噂に巻き込まれた連中が気兼ねなく入浴できる場所、それがこの銭湯。

 物静かな雰囲気と天然温泉、飲料販売もあればマッサージチェアもある。壁に囲まれているが外気浴スペースもありと、至れり尽くせりと言えよう。

 しかし、ある事を失念していた。

 

「……」

「……」

「………」

 

 沈黙。

 わかるだろうか。サウナからいつ出れば良いのか、この逡巡の瞬間。

 自分が入ってから時間はゆうに十数分は経過している。先に入っていた二人は数十分はくだらないやもしれない。

 

 無言で出ればいい、それは確かにそうだ。

 意地を張るべきではない、それも正しい。

 

 だが、この空間。

 ラジオの音声のみが場を支配するこの状況。

 誰とも知れず退出すること叶わぬ空気。

 

「………」

 

 自身の汗が止めどなく体表を流れていくのを感じる。

 首から上にある毛皮のコートは濡れそぼっていた事を忘れて、たっぷりと熱気を含むように乾燥した。

 そう、毛皮、毛皮だ。

 これはある種のハンディキャップ、濃密な体毛が内に秘める肉体の熱を逃がすことがない。気分は電子レンジに加熱される食品。そして毛はビニールラップだ。一切の隙間なく蒸し上げられている。

 

 鼻先が湿度を失っていく。

 

 熱気ではなく殺気すら醸し出している剣呑としたサウナ。いつ出るのか、黙して語らぬ意地のやり取り。

 断言しよう。女性陣がこれを見れば、男は馬鹿だと述べると。その通りである。

 

 無意識に開かれようとする口を噛み締める。

 

 しかしよくわからぬ男の意地なるものは確かに存在する。それは対峙している河童と宇宙人にも秘められているのだ。

 まさか新参たる自身が先んじて出る訳にもいかない。

 

 目の乾燥を耐える為に瞼を下ろす。

 

 忍耐、決意、根性、魂すら賭けていると錯覚する。耳の奥から聞こえるごうごうとした音は血の巡りだろうか。思考すら茹だっているのか。

 

 さらに十数分は経っただろうか。

 

 時計は最早見ない。見れば見るほど時の流れが緩やかに感じられる。ラジオの音も遠い。

 

 大浴場の扉が開く音。幻聴か。

 

 否。

 

「会長、そろそろお時間です」

 

 冷気、いや違う。

 会長? 

 

「…おう…」

 

 そうか、喜八は商店会の会長。

 

 そんな事を考えている場合ではない! 

 この好機を逃す手はない。

 努めて、さりとて必死さを出さぬように。

 

「先に出る…!」

 

 脱出…! 

 

「む…我輩もそろそろ」

「会長…会長…?」

「………」

「…ん?」

 

 何らかの刻限を告げに来た人物は喜八の秘書だろうか。どうにも不安そうな声だ。

 そういえば喜八の声が聞こえない。返事を一度したきりで続く声がない。

 

「かっ、会長ッッ!!」

 

 そこには何と目新しい河童の干物があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、こうしてぐったりしてると」

 

 結論から言おう。

 喜八は無事だった。

 急いでサウナから出しては応急的処置を施し、見事に一命を取り留めたのだ。具体的に何をしたかというと水を掛けただけであるが。

 

「面目ない…」

 

 水を掛けたら乾物が戻るかのように復活を果たしたのだ。年寄りの冷や水とは言うが、これは意味が違うなと思う。そも、知己を老人扱いするのも無礼か。

 

 今は事の顛末を知った環から、冷ややかな目と口ぶりで話をされている。

 芯から底冷えする目線である、折角風呂とサウナで温まったというのに精神だけは冷めていくようだ。

 しかしながら反論もできない。落ち着いて考えると、サウナで馬鹿な意地の張り合いをしたかと思えば癒やされる筈の銭湯で醜態を晒し。その上で長い時間放って置かれたのだ、百年の恋すら冷めるのもやる方なし。

 

「……」

「……」

 

 サウナでの沈黙とは質の違う圧力。

 これには反省せざるを得ない。

 歳だけ取った子供と言うに相応しい馬鹿な醜態を晒したものだ。

 

「…すまん」

「……まぁいいよ。でも、その代わり」

「何だ?」

 

 連れ合いと来ているのに、時間を忘れていたツケだ。何であろうと甘んじて受け止めよう。

 人型を取りつつ猫耳を生やし、いわゆるイカ耳で不機嫌を隠さない彼女が紡ぐ贖罪の要件を待つ。

 

「家でもお風呂入ること、アタシと一緒に。あとマタタビ酒飲むから」

「いや…それは…!?」

「飲むから」

 

 流石に拙いだろう。およその言う事は聞くつもりだったが、これは話が違う。

 男女七つにして席を同じうせずと言う。彼女は飼い猫であったが、それは関係ない。今は女性だ。シャワーを一緒にするのは一般のそれではない。

 マタタビ酒も控えてもらいたい、正体を失って、確実に翌日に響くのだから。

 

「………」

「…む…う…」

 

 じっとりとした翠緑の瞳がこちらを射抜く。

 

「…わかった…」

「! やったー!」

 

 やはり俺は意志の弱い男なのだろう。

 

 明日の事はどうにかしてみせよう。

 彼女の眼の訴えに負けつつ、そう心に決めた。

 

 

 




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