はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
都内、とある廃館。
うら寂れた気配の漂う色褪せた建築物の中、本来ならば人気の無いはずの場所にて、これもまた聞こえないはずの人間の囁きが木霊する。
───カツン、
硬質な床に木を叩きつける音。
先刻までの哄笑も響く群体が押し黙る。
「…──諸君、願いはあるか」
顔というアイコンをひた隠す何者か。蛇と鳥を象る杖を持つ、全身を余白の多いローブで見せまいとした人型が壇上に上がる。
その一声にて木々のざわめきが凪ぐ。
「金銭、よろしい。
それは社会において必要な、先立つものだ。
友誼、よろしい。
それは人生において必須な、豊かなものだ。
自由、よろしい。
それは日々において必至な、勝ち取るものだ」
静かに、ただ静かに。
親しい友人に語りかけるように、布塊が唸るように、一人ひとりを見つめるように。
心の隙間を埋めるが如く。まるで隣に親友が寄り添う声で、対象を定めぬが故に誰にも当て嵌まる優しさを持って肯定していく。
「諸君らの夢は何か。
他者を平伏させること?
ならば、その為の資本を与えよう。
他者を理解すること?
ならば、我らが友になろう。
他者を拒絶すること?
ならば、静寂をもたらそう」
低く揺さぶる音。壇上に立つ布纏う枯れ木が発する甘い肯定を、一言一句聞き漏らすまいと館に集う者たちは耳を傾ける。
「良い、例え理解されずとも、君が君であることは誇るべきだ。君の、君だけの孤独を我等が埋めよう。
善い、悩む事があれば、君は独りではない事を思い出してくれ。君が笑えるように力を尽くそう」
あるヨーロッパの諺を知っているだろうか。
「我々は見返りを求めない。しかし、もしも君の時間を与えてくれるならば。共に夢を見よう、君達の、諸君らの優しさを、もっと広げるように」
地獄への道は…。
「嗚呼、諸君。大願成就の時は近い。
我等は君の親愛なる友、道行く全ての人々も救わんとする者。さぁ、成すべきを成そう。我々は一度滅びようと、こうして蘇ったのだから」
善意で舗装されている、と。
───カツン。
杖の音が最後に響く。
撫でつけられた床は悲鳴を忘れ、集まっていた筈の衆目の影も無い。まるで、最初から何もなかったのだと空虚が嘲笑う。
廃館の一室は、誰にも気にされることなく。そこ行く通行人の話し声を染み込ませていた。
───☆
「颯さぁ、おくうんってわかる?」
「いや…」
「だよなぁ…やっぱあれって方言だと思うんだけどさ。あの人、これがスタンダードだって認めねぇんだよ」
おくうん、聞いたことあるか?
俺はあの悪魔教員に言われるまで知らなかったよ。
何この言葉って思うじゃん、ついさっきの科学の時間なんだけどさ。
「當真! オメェ、ばっかだなぁ〜。さっきの時間の気分が抜けてねぇからってよ、おくうんシューズまでそのまんまで来てんだ。身だしなみは気をつけるモンだぞ」
「あァ? …おくうん…シューズ…?」
「えーからさっさと用意してちょーよ、せっかくの雰囲気ってもんがワヤになるだろ」
「…? …??」
やめてほしいよな、方言の洪水を浴びせてくるの。
結局その「おくうん」ってのは何なのか聞いてみると「屋内運動場」つまり体育館、だから「おくうん」で、その館内履きだから「おくうんシューズ」らしい。
ちなみにアイちゃん先生にどこの方言か確認してみたら、愛知の一地方限定の物だと。
やっぱりあの悪魔教員、名古屋人なんじゃないか? でもワヤって北海道でも言うらしいね。何なんだよあの教員は。正体を見せろ! …自称悪魔か。
というわけで、体育と科学を含めて四時間分の授業を消化して今は昼休み。いつも通り自作した弁当を食べつつ、顔面高偏差野郎こと親友の颯と談笑している。
「それよりも當真、最近街で噂されている事は耳に入っているか?」
「それよりもって何だよ。教員とコミュニケーション不全にならない為に必要な情報共有だろ」
「方言ならば聞き返せば済むだろう…。本題だが毎夜行方不明者が出る、らしい。それも老若男女問わずではなく。年若い、それこそオレたちぐらいの年頃の年代の人間が性別問わず」
「…へぇ?」
行方不明者、それも中高生が。当事者に近い年齢の人間であるからこそ不穏も不穏な話が振られる。
火のないところに煙は立たない、というように。噂は元になる何かが必要だ。
例えば八尺様なら身長が並外れて高い女性が目撃された時。
例えば化猫なら長生きした猫。
例えば人面魚…魚面人なら魚っぽい顔をしている人。
それぞれまつわる噂の元があればある程、噂され易いからなりやすい。はずだ。ちょっと脱線するけど、いつかの魚面人って何でマグロみたいな顔だったんだよ、今更になって気になるわ。
ふとした疑問は置いといて。そう考えると、ただ漠然と行方不明者が出るってのも奇妙極まりない。
風邪を引いた人が増えたから、学級閉鎖になる。これの原因部分が足りていない。理由もなく人が何人も消えるというのはおかしな話。噂が現実になる事そのものが充分おかしいが。
「…家出少年・少女が同時多発、って事もねえよな」
「笛が聞こえたというのも無しだ」
「黒サンタは時期でもねえし…人が消える服屋とか?」
「それも無し、ある夜を境に。何か問題を抱えていたりもせず、特定の場所だとかの関連も無く、忽然と消えてしまう」
「誘拐なら身代金か脅迫があるのに、それも一切ねえから現状行方不明って事か…」
犯人が居たとしても正体不明、連続性はあるが関連は見当たらない。単純に人が夜に姿を消すのみ。
追いかけようともそれこそ雲を掴むような話。
「学校側としても注意喚起しか出来ない。それはオレたち生徒会でも同じだ。何せ遺体や怪我人として出て来てもいない、ただ、人が消えるだけなら…」
「それ以上言うなよ親友、消えた方がいいと思ってる人だっているかもしれないって事だろ。もし聞かれてたら評判が下がるぜ、イメージ商売なんだから大事にしとけよ?」
「…ふ、確かにな」
どこか冷笑的な物言いをした口で吐息を漏らしやがる颯、いいよねイケてるフェイスって。基本何をしようとサマになるもんね、クソがよ。
目立たぬように、は颯のモデル業とは対極的な言葉。なのでせめて悪評に繋がる発言は注意しておかないと後が怖いって事だ。
「ところで當真、その玉子焼きとこちらの煮物を一つ交換しないか」
「えええ、何だよ急に…っていうか待てよ、玉子焼きと煮物じゃあ等価じゃねえよ。シャークトレード持ちかけんのやめてくれない? 顔面禁止カードにしてやろうか」
「そうか…珍しい事に姉さんお手製な」
「いやぁちょうど煮もの食べたかったんだよねぇ! 憧れの家庭の味って言うのォ!? 玉子焼き一個でいいのか颯くぅん!」
「……」
どうしたイケメン、今日もお顔が眩しいね。
急に黙っちゃってどうしたんだろうか、見つめ合うと素直にお喋り出来ないタイプ?
それとも今日の玉子焼きが一味違う事を察したのか。
本日の玉子焼きは、中に自家製ツナマヨを巻き込んである。マヨネーズ控え目、固めの仕上がり。
つまりこれこそツナあじ、ツナみ。
「まぁ…いいか…」
「んまいなァー煮物ォ!!」
自作の玉子焼きは一切焦げてないハズなんだが、颯の表情はまるで口の中に苦虫を詰め込まれたみたいだ。
手塩にかけた結構な自信作なんだ、もっと笑顔で食べるべきじゃないか。俺の顔なんて鏡で見るまでもなくニッコニコだぜ!?
ちょっとしんみりするような事を言うと、俺は誰かの手料理というだけでテンション上がるんだよ。理由なんて言わなくてもわかるだろ?
「相変わらずうるせー奴なの…」
遠巻きから、一人で、こちらに話しかけてくる人影。
いざという時以外ダウナー気味なのんびりした声、それにしても最近は上機嫌だったと思うが、今日はどうにも不機嫌を隠さないご様子。
「テンション上がるしうるさくもなるぜ!?」
「…はぁ」
「野上さん、何かあったのか?」
スピードスター系女子高生、野上ちゃんのエントリーだ。スピードスター系とは言うが、普段はのんびりしているのでのんびりのんちゃん。
でも、何故かは知らんけど俺には辛辣な気がする。心当たりがないから怖い、泣きそう。
颯みたいな気配りのプロフェッショナルじゃないのがダメなんだろうか。だとすれば一般人には難しい注文だから許してほしい。
いつにも増してダウナーで、のそのそとこちらへ動いてくる様子はナマケモノを連想させる。
「そういや野上、レイリーはどうした?」
「…ん〜」
「一人で学食に行っている…のか?」
「………」
当たらずとも遠からずって感じか。俺でさえ昼間の学食って危ないから近寄りたくないんだが、レイリーが小さなボディに大きなチャレンジスピリットを秘めていたとは知らなかったな。
「アイツも学校に慣れてきたって事じゃねえの、巣立ちの時ってヤツなら喜ばしいじゃん」
「…チッ」
「えっ舌打ち??」
「何かあったのなら、話してくれ。出来ることがあるなら協力しよう、話してくれるだけでも構わない、一人で思い詰めるよりはよっぽど健全じゃないか」
「…はぁ」
不満や呆れを含んでいないため息。観念したってヤツかな。ところで、何で俺の時は舌打ちだったの? のんちゃんってば俺に対して当たり強いよね。なんだろう…格差を感じずにはいられないぜ…!
「最近レイリーちゃんに避けられてるのん…」
「あん?」
文化祭では二人で仲良く出店巡りをしてたような。そもそも二人が仲良くなった経緯なんざ知らないが、それでも友達と言って過言ではない間柄だと傍目から見れば思えたんだが。
可能性は低そうだが、あのどうみてもヤンキー集団こと陸上部の面々が何かやったとか? ダメで元々、話題に上げるか。
「陸上部の連中のせいでビビってるとか? でもアイツらが野上のダチに何かする訳でも無えよな…」
「当たり前なのん、そんな事してたらシメるの」
ですよね。
見た目と言動はのんびりしてるけど、野上といえば割とヴァイオレンスだもん。言い方を変えれば脳筋、おしとやかって言葉が泣いてるよ。
「そもそも思い当たる節が無いんじゃないか、野上さんの事だ。もしも何か一つでも思いつけばすぐに謝罪なり訂正なりはするだろう?」
「うん…」
颯の推測が耳に届けば消沈した相槌もやってくる。
ふーむ…。理由も不明で友達が避けてくるから、どうにかしたいって事ね。それにしても三人寄れば文殊の知恵、そんな言葉が正しいのは本の中だけだな。
個人でどうにもならないから話を持ちかけて来た訳だし。さて、どうするか。
「…まずは情報収集だな、頼りになる探偵事務所勤務の親友殿もいることだ。どうにかしてみよう」
「勤務って言ってもただの雑用っつーかバイトだけどな。まぁ、やるだけやってみるとしようぜ。野上も、だから寄ってきたんだろ?」
「…ごめん…」
「なんで謝んだよ、そういうのは…」
「解決した時に『ありがとう』でいい、だろう?」
「そうだけどォ!」
美味しいところ持っていかれたァー!
油断も隙もありゃしねえなこの野郎、トンビに油揚げをさらわれるってこの事か。さっきのお弁当トレードで上がった好感度が下がったぞ、ストップ安だよ。
曲がりなりにも学校に通っている生徒の一個人、その素行を知るにはどうすればいいか。
同世代間では知るに知れない色々を知っている誰か。そうだね、まずは教員から攻めようね。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、レイリーは本丸、教員の方々は馬ってワケ。
さーて、本日のアイちゃん先生は〜!?
「…ふー…ん、當真か」
時間はとうに放課後。この人は部活動に顔を出していなければ職員室か、ここ、屋外喫煙スペースにしかいない。結構ヘビースモーカーでいらっしゃるよ。
こちらに視線を寄越しつつ片手には紙巻タバコ、銘柄は知らんけど相変わらず臭いキッツいなぁ。正直あんまり似合ってないんでやめたらどうですかと思うが、多分無理だな!
「ちわっすゥー」
「今日はバイトじゃないのか?」
「急ぎの用事も無いんで、ちょっとゆっくりしてこうかなって思ってるんすよ」
「あ、そ。なら説教臭い教師の所に来るのはやめとけ」
「やだァ! 突き放さないでよアイちゃん先生! 俺と先生の仲じゃなァい!?」
「至って普通の教師と生」
「………」
「ん?」
「あ?」
ガランと。中身の充填され切った缶が、強かに地面へと放された音が虚しく響く。その方角を向けば。
「…そ、そんな…真中先生…」
あまりにも衝撃的な情事でも見てしまったと言いたげな表情で震える元女性・現男性教諭の姿が!
えっ、何これ。昼ドラ? 俺は間男扱い?
「わあぁー!」
「…行っちゃいましたよ」
「…ほっとけ」
「うす…」
放置でいいんだ…。
「それで、何の用だ? お前の事だから何かあるんだろ」
「さっすがアイちゃん先生、付き合い長いだけある。こういうのってツーカーの仲ってヤツ? それとも当意即妙とか?」
「バカ、普通だよ。付き合いが長いのは合ってるけどな」
「教員が生徒にバカって言うのはダメじゃね??」
「うるせーバカ、さっさと言えよバカ。体に悪いぞ」
「二度も言った!」
親父にも言われたことないのに!
まぁ産みの親が居ないから当たり前だけどな。ははは、ブラックジョーク。
というか副流煙が体に悪いって知ってるのにタバコは消さないんですね先生、それでいいのか。
まぁいいか…。
「じゃあ本題なんだけど、ウチの転校生ちゃんの話ね」
「……レイリーか」
先生の顔を観察する。
含みを持った、ささやかな沈黙と返答。形のいい眉根もピクリと動いていた。何かを誤魔化すようにタバコの吸口を唇に近付けたのも、恐らく気の所為じゃない。
「職員間で変な話とか上がってない?」
「…はぁー…」
「ありそうっすね」
「……」
溜息と煙を吐き出した後の静けさ。
沈黙は肯定と見做しちゃうぜ?
「本題はそれと、もう一つあるんだけど。最近中高生が行方不明になるってのは聞いてる?」
「あぁ…」
「おっけおっけ、じゃあ包み隠さず色々教えてほしいんよね。クラスメイト兼…友人として」
───☆
友達になるのに、理由はいらない。
そんなありふれた言葉を知ったのは、どこでだっただろうか。
それでも私は思う。友達になるのに理由はいらなくても、友達であるのに理由は必要なんじゃないかって。
──くすくす。
誰とも知らない笑い声。
本人達に悪気は無いとしても、私からすればただの哄笑で。何度も頭に反響する。周りに人は居ないのに。
───ねぇ、あの子って…。
誰かの根も葉もない話。
目線は私に注がれていて、こちらからすればあからさまな嘲笑混じり。顔も知らない誰かが、勝手に私を作り上げていく。
転校しがちな事について、親を恨んだことはない。いや、最初の頃は恨んでいたかもしれない。忘れかける程遠い昔のこと。
小学生の頃、最初の転校があった。その時はどうして友達と離れなくてはいけないのかと、遣る瀬無い憤りを親にぶつけたのは覚えている。
当たり前の仕事の事情というもので。当時は納得出来ずにいたけれど、冷静に考えれば仕事があってこそ私を養えているのだから、子供としては文句の付けようがない。
そうして小学生から中学生と上がって、かなり頻繁に転校を重ねたと思う。少なくとも平均以上の回数だろう。そして、その度に私は深い友達を作らなくなっていった。正確に言うと、作り方がわからなくなっていったんだと思う。
どうせいつか別れるなら身を裂かれるような辛いさよならは、もう御免だと無意識にそうしていった結果でもある。
お互い踏み込まず、踏み入れず。大概転校生というのは最初の数日から数週間だけ注目されて、それ以降はクラスに馴染むか、それとも空気のようになるかだ。
私の場合は当然後者を選んだ。
何度も何度も友達を作れるほど、私はフレンドリーでもなければコミュニケーション力が高くはなかったからだ。
空気への扱いに関して人間というものは中々酷いもので、後ろ指を指されるのは日常のこと、悪化すれば直接的ないわゆるイジメという物にも繋がった。
持ち物の消失から始まり、正しく空気のように扱われるが故の無視。トイレに入れば物が降ってくるなんて異常気象も時にはあった。
その中でも最悪な物が『噂』だ。
いわく、あの子は前の学校で何か事件を起こした。
いわく、あの子は放課後に不良とつるんでいる。
いわく、あの子は犯罪者。
無実なのに殺人犯に仕立て上げられそうにもなった事もある。
そのうち、私の親の耳にも入り。誰からも逃げるように転校の回数を増やしていった。人の噂も七十五日、居なくなった空気は触れられることもなく雲散霧消を果たした。さもなくば噂の影響で今頃どうなっていたのか、知りたくもないが。さぞやおぞましい事になっていたのは想像に難くない。
だから今も、こうして逃げ続けている。誰にも迷惑を掛けないから、誰も私に迷惑を掛けないでほしい。
それでいいと思った。
だから私はこうしている。
また噂されて、その余波が友達に届いてしまう前に。こちらから離れてしまえばいいのだと。
なのに。
「よう、レイリー。女子高生が一人で夜に出歩くってのは危ないぜ?」
「……」
どうして。
「家に帰りたくねーってんなら、せめて誰かと時間潰さなきゃな。ここらは最近物騒なんだぜ?」
「…うるさい」
きみは。
「友達のよしみってヤツだよ。エスコートが必要か?」
「…っ」
近付いてくる。
もう作ることはないと思っていた友達の一人が。
もう巻き込まないと誓っていた人の一人が。
もう私には、そう呼んではいけない一人が。
だから。
「…放っておいてよ」
「嫌だね」
「…このっ…!」
「んな!?」
彼が私に向かって伸ばした手を捻り上げて、そのまま頭からコンクリートに打ち付けた。
これは母から教えてもらっていた護身術の一つ、当然手加減はしている。何故そんな芸当が出来るのかといえば単純な理由で、暴力を含んだイジメ対策というだけ。まさか善意を振り払う時にも使うとは思わなかった。あぁ、でも。
「テメ…ェ…ッ!?」
「……」
「カ…ひゅ…」
意外としぶといんだね。これは知らなかったな。
意識を保ちつつ倒れ込んだ彼の首に、ポケットから取り出したワイヤーを掛けて締める。殺意は無いから安心してほしいな。
「く…そ、レイ…!」
「おやすみ」
時間は夜、場所はちょっと寂しい路地裏。
意識を失った男性をちゃんと運ぶのは骨が折れるので、彼を表の路地の途中まで引き摺って。注目が集まるように大きめの物音を立てよう。そうすれば、誰かが救急車を呼ぶなりしてくれるだろう。
なによりこれで…彼もきっと私から離れてくれる。痛い目をみせられてもしつこく付きまとうほど馬鹿じゃないだろうから。
「………」
心の中で呟くさようならに対して、私は何の感慨も湧かなくなっていた。
御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!