はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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砂糖とスパイス、それと素敵な何か

 

 

 

 

 

 義理ではないチョコ。

 これは友チョコでもなく、感謝の印でもない。

 

 …本当は感謝も少し入っているけれど、込めた想いの含有量を割合で表すなら八割以上の主成分は思慕とか恋慕の情というのが相応しい。

 添加物として…お節介も混入しているかも? 

 

 ずしりとした思いの籠もったチョコレートを贈るきっかけは勿論転校初日のこと。

 

 当初は淋代くんのエスコートにどことなく惹かれそうになった。しかし、二度も階段から滑り落ちた所を連続で抱き留められたとあっては、意識をするなという方が無理というものです。

 

 なるほどね、これが恋に落ちるって事ですか。ふふふ、フォーリンラブ。やかましい。

 

 日常において驚く程劇的な出来事、ちょっとした王子様みたいだった。それにしては大分柄が悪いけどね。

 

 距離感も好ましい。文化祭の準備期間中にあった一幕みたいに無理に詰めて来ないし、気遣いだってしてくれる。ふとした優しさがボディにじわじわくるように、気付けば完全にノックアウト。

 

 そうです、私は恋愛弱者どころか人付き合いそのものに対してとっても弱いんです。

 コミュ障の自覚はあります。

 

 そんな人間が最近も含めて何度もドラマティックに、命懸けで助けてもらった訳で、それはもうね、我ながらチョロいですよ。

 

 もしかして、あのメリーさんはこうなる事を察知していたから妙に意味深な事を耳打ちしてきたのかも。

 

 回想はさておき、言うだけ言ってチョコを押し付けた。

 

「それ、本命だから。返事はホワイトデーじゃなくてもいいし。返事がはいとイエスじゃなくても、必ず惚れさせるから気にしないよ」

「え」

 

 や…やったか!? 

 

「…え?」

「じゃあね」

 

 唐突に本命を叩きつけられて、恐らく混乱の渦中にあり、え、としか言わなくなった彼を放置しての一言。

 大丈夫、壊れたオーディオ機器みたいになったらずっと面倒見てあげるからね。

 

 それにしてもあまりに素っ気ない、もっとこう…あるでしょ! 私! 追撃に投げキッスくらいしておいた方がいいんじゃないの!? 

 

「…ふう」

 

 表情はクールに、頭の中はメルトダウン寸前。

 

 う、うわああぁぁ! 

 やったか!? じゃないよ、やっちゃったぁー!? 

 

 顔は赤くなっていないだろうか。

 ぶっきらぼう過ぎて変に思われていないだろうか。

 本命チョコだと噛まずに伝えられただろうか。というか投げキッスって何だ、脳が茹だったのかな。

 

 やるだけやった、後は野となれ山となれ、幸運を祈る。そんな風にキッパリ考えられる性質じゃない。

 

 昨日まで続いたテンパリングだの滑らかな口溶けだのとの激闘の記録を思い出す。お菓子作りというのはかくも調理とは勝手が違うものかとしみじみしちゃう。

 

 製菓の過程はしっかりやり遂げた。

 料理そのものが門外漢なのに興味津々、下手の横好きという言葉が似合うお母さんを黙殺し。喫茶店を構える程度に料理のイロハを知っているお父さんへの救援要請。

 

 お菓子作りと料理は勝手が異なるとお父さんからも言われたけど、そう言われてもわたしは止まりません。諦めません、勝つまでは。

 

 恋心を剥き出しにした場合の、このバレンタインという行事は正しく戦争。手札は言葉とチョコの出来栄えのみ、ならば戦術指揮官を雇って教練や師事を請うのは間違いないはず。

 

 

 

 

 

 夕暮れ時、薄暗闇を照らすように家の明かりが点いている。玄関の靴を見ると、どうやら珍しいことに両親揃って在宅中の様子。

 しかし居間に入るとそこには、項垂れたお父さんが! 

 

「ただいま」

「…おかえり、レイリー…上手くいったかな…?」

 

 そんなに恐る恐る聞くことでも無いと思う。

 事件性は無さそうで一安心。

 

「うん」

「そうか…そうかぁ…!」

 

 お父さん、ごめんね。今まで友だちさえ少なかった愛娘がチョコの作り方を教えてほしい何て言い出したのだから、その心労やショックは如何ばかりか。

 これには干し終わった洗濯物を取り込んできたお母さんまで困惑。

 

「レ、レーちゃん…パパ泣いてるけど…」

「…そうだね。でも必要な事だから」

「どういうこと!?」

 

 必要な犠牲だったんです。戦争と科学の発展に犠牲は付き物というから大丈夫だよね。

 何よりね、普通にお母さんが慰めておいてくれればいいんだよ。表情が変わらなくても内心手一杯でそこまで余裕が無いんだから。

 

 あっ、でも目の前でイチャイチャするのはやめてほしいよね。年頃の娘的には親が仲睦まじいのは良いとしても、年甲斐も無くベタベタしている現場は見たくないから。

 

 万が一歳の離れた弟妹でも出来たらグレるよ私は。

 家庭に居場所の無くなった私は、仲のいい男子生徒の家に転がり込んで甘酸っぱい感じのラブでコメな毎日を繰り広げて……うん…アリじゃない? 

 

 来年の誕生日とクリスマスプレゼントに頼んでみようか、弟か妹を。別に気まずい空気を楽しみたいんじゃないからいいよね。

 

 さて。

 

 さっさと着替えて晩御飯をお父さんと作ろ…。

 

「………くぅ…!」

 

 静かに涙を流す父親を見ると、中々心苦しいものがありますね。なるほど、これが漢泣き。なんと哀れな…私が悪いんだけれど。

 でもここで悪びれてはいけない気がする。いつか来る娘離れの日が今日だったんだよ、それだけの話です。

 

「今日は私が作るから、お父さんは向こうで休んでて」

「いや…しかし…!」

「いいから」

 

 戦力外通告。

 今日のお味噌汁が涙でしょっぱくなっちゃうよ。

 

 後は私がさっさと用意した普通の食事を家族みんなで食べて。腹ごなしに食後の運動、お母さんに掃除の方法と護身術を習ってから、お風呂に入って寝る。

 

 つもりだったんだけど…。

 

「……」

 

 就寝前、鏡の前で一つポーズをとる。

 

 腰にクネリとしなを作って両手軽く握って輪郭に。

 どうでしょうか、悩殺ポーズ。

 

 我ながら悪くない出来だと思う。これで太陽くんもメロメロではないだろうか、そう思いませんか。この愛らしさはテディベアにだって負けてない、はず。

 よーし、レイリーちゃん。もっとイイ感じのカワイイポーズを模索しちゃうぞー。

 

 ──ガチャ…。

 

「レーちゃん、明日の朝ごはんなんだけど……」

「!?」

 

 ドアノブが回る。

 空気が凍る。

 同時に無音の侵入者、その正体は母親…! 

 

 ちょっと待ってほしい、年頃の娘ですよこっちは。家族の仲で遠慮は不要、さらに決して両親と不仲ではないと言えど親しき仲にも礼儀あり。せめてノックの一つや二つは必要だと思わないかな。

 

 凍っているのは空気だけでなく、時間がコンマ以下で静止しているはず。その中で思考だけがフルスピードで回っている。何これメチャクチャ恥ずかしい。具体的に言うと幼少の頃に見た変身ヒロイン番組の決めポーズをとった姿を、大人の時分でキメた状態を親に見られてしまった感じ。

 感じじゃないよ、これはそっくりそのまま現行犯だよ。違うのは変身ヒロインか恋する乙女のポーズかどうかだけ。自分で恋する乙女とか恥ずかしくないの? 今この瞬間が一番恥ずかしいよ。何がカワイイポーズですか、もうねアホかと。うわぁどうしよう、見られて赤っ恥どころの騒ぎじゃない、何か、何か、この場を切り抜ける為の一言を捻り出せ、私。

 回りに回って空回り気味の頭で何か考え…。

 

「レーちゃん…」

「これは、その、違くて」

「…ボクシングスタイル?」

 

 いっそ殺せ!! 

 

 いつも通り、うん。この日常をいざ失いかけたと思うと、とても有り難みが湧く、何でもない日が素晴らしいってこういうことだね。

 そういう事になりませんか。ダメかな…? 

 

 

 

 

「おはよう」

「…お、おう、おはよう」

 

 はい、朝です。早朝です。

 昨日の夜は何もありませんでした、いいね? 

 

 今日も今日とて太陽くんの家の前で待っていました、気分は忠犬。へっへっへ…これは犬の真似。

 

「…あー、その…」

 

 照れてるのかな? 可愛いね。

 何か言い出そうとも歯切れの悪さが際立っている。らしくない、と未だ浅い付き合いでもわかるよ。少し目が充血してるから、あまり眠れていないのかな。私とお揃いだね、理由は絶対違うだろうけれど。へっへっへ…これは悪い笑い。

 

 と、いけないいけない。じっと見つめていても彼の挙動不審を助長するだけだ、遅刻の心配はないけれども手早く学校へ向かおう。

 

「行こ」

「…だな」

 

 うん、よし。

 

 歩いてからほんの数分、もう少しで淋代くんとのんちゃんの二人に合流してしまう。

 

 最近…というか、太陽くんが退院してからはずっとこうして四人で登校している。遅刻常習犯であるのんちゃんが遅刻しなくなって良かったと真中先生も大喜び。

 

 当然発案者は私です。自分でもまさか、仲のいい人達と並んで登校出来るとは思わなかった。何気ない幸せってものですね。

 

「……」

「……」

 

 無言の時間もいいよね、少なくとも私は好きですよ。気まずい沈黙でもなくて、二人の靴音だけが清涼な空に立ち上っていく。

 

 でも今日は違うみたい。なんとなくだけれど、隣の彼から何かを言い出そうとしている気配。座りの悪そうなもじもじした雰囲気も手伝って、独特な緊張感が醸し出されている。

 

「…なぁ、レイリー」

「なに?」

 

 おおっと切り出して来ましたね。

 鬼が出るか蛇が出るか、案外福音かもしれない。ポジティブ過ぎるって? 一人でウジウジ考えるのは良くないって教えてもらったからね。もちろん実践あるのみ、責任は取ってもらいます。

 

「放課後ちょっと時間いいか?」

「いいよ」

「…あんがと」

 

 わかりますか、この…普段は快活な男子が思い悩んでる所からしか摂取できない何かがあるのを。

 

 これって必須栄養素じゃない? 

 欠乏したら世界が色を失うんだよ? 

 ビタミンかな? 

 猫吸いみたく、直に吸引しようかな。

 

 思考があらぬ方向に行ってますね。最近はこれが平常運転だから、私がおかしいんじゃなくて、世界の方がおかしいんだよ。

 

 とにかく思考を軌道修正。うーん…放課後かぁ、つい先日のチョコについてかな。断られてもいいけどね、勝手に好きで居続けるから。

 

 それに、私も能動的に動こうと決めている。

 

 少しばかり覚悟してほしい。ちょっとメンタルがヘラってる女子を格好良く助けたらどうなるのかを、身を持って教えてあげよう。

 

 

 

 

 

「今からすんのは昔話、気分が悪くなるかもしれねぇけど…とりあえず聞いてくれ。もしも嫌だったら、聞かなかった事にしていいから普通に接するか、離れてくれ」

 

 

 

 

 

 





御意見・御感想・御評価、質問疑問、誤字脱字等々ありましたら賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!
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