はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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晴れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな日差し、時は夕暮れ。

 学校帰りの子供達の笑い声が茜空に混じり。小学生から高校生までの、男女問わず和気藹々と付いては離れる様は、空に浮かぶ柿色の雲に似ていた。

 

「今日こそやってやるぜ…ッ! ブランコで柵越、向こう側の限界に行くのをよ!」

「やめとけって…太陽、お前また先生に怒られんぞ」

「いちいちそんなもんにビビってる方がダサいぜ?」

 

 彼等が言う先生とは、一般的な学校に勤める教員ではない。自分たちの保護者代わりのこと。

 

「シュウはやんねーの? …逃げんのか?」

「なんだとぉ…やってやろうじゃねーかコノヤロウ!」

「またやってるよ。アホ二人」

「先生に見つかる前に向こうでバスケしようぜ」

 

 ここはとある児童養護施設の敷地内。

 都内であれど、その外れ。

 

 多様な遊具もあれば、子供達が駆け回っても狭さを感じない広さの敷地。図書室もあれば調理室に職員用を含めた宿舎もある。

 

 老若男女問わず…と言うには範囲は狭いが、未就学児から高校生までの身寄りの無い子供を引き受ける児童福祉施設。いわゆる孤児院であった。

 

「うおぉぉ! 見てろッ! 俺は鳥になる!!」

「負けねぇぞペンギン頭ァ! 5、4…」

「ね、ねぇ先生に怒られちゃうよぅ…」

「アンミィ! 今何キロォ!?」

「知らないよぅ…」

 

 ペンギン頭と形容されたのは當真 太陽、形容した方が高橋 秀一、二人の無謀を止めようと困った様子を見せているのは矢木 杏実。

 

 偶然にも同級生の三人で、同一の学校に通っているのもあり。気心の知れた三人組というより三つ子のような親密さがあった。

 

「しゃあっ!」

「ヒャア がまんできねぇ ゼロだ!」

「あぁ〜…」

 

 突拍子も無く思い付きで行動を起こす男子二人、それに巻き込まれる女子。

 しかし誰が誰を疎むでもない間柄、似たような事情が故に遠慮も介在しない関係。

 

 男子はいつまでも子供、その言葉の説得力たるや。太陽とシュウ…秀一の行動を見ては心配をする杏実の仕草はこの孤児院の穏やかさの象徴でもあった。

 

「俺の飛距離がシュウに負けた? 俺がスロウリィ!?」

「速さは関係ねーだろ…たぶん」

「あんたらァ! またバカやってッ!」

「げぇ! センセイ!」

「やべーぞ! 逃げろ!」

「せ、せんせい…これはその…」

 

 腕白も過ぎれば目に余り、怒られることも日常茶飯事。施設に勤める主な職員は幼気を振りかざす男子児童二名と、振り回される女子児童一名と根気強く付き合っていた。

 

「はー…まったくもー…」

「せんせいごめんなさい…」

「いやぁ、アンミちゃんが謝ることないのよ…あのちょっとトチ狂った二人が悪いんだから。取り返しのつかない怪我したり、勢いよくやり過ぎてブランコをぶち壊したらどうするってのよ。ねぇ?」

「ゆうきせんせい…」

「…まぁ、どうせ食事時は一緒なんだから? 逃げてもムダだってぇのよね…後でしばく…のはアレだから、お説教で勘弁してあげるけどね、あっはっは!」

 

 からからと笑う女性、歳は三十手前。先生と呼ばれる彼女の本名は結城 晴子という。

 

 気風の良さをそのままにした名前と性格。髪色の焦茶混じりの濃金色も相まって、いわゆる元ヤンキーとからかわれるが、当人は至って真面目である。

 

「体罰だのなんだのと周りが煩くなければ、ケツにでも一発や二発はくれてやる所だけどね!」

「せ、せんせい…?」

「冗談よ、冗談。それよりアンミちゃんは宿題終わった? ほっぽり出してそうな腕白キッズどもはさておき、英語とかわかんない所はなかった?」

「うん、大丈夫…あっ学校でね…」

「…うん、えぇマジィ? 今ってバケモノウォッチとか通じないの?? ジェネレーションギャップあるわぁ…ちょっとお姉さん辛くなってきた…」

 

 元ヤンキーかどうかについては、真偽はともかく言葉の端々が少し暴力的な面が手伝った風評なのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「最後には跡形も無くなるけど…まぁ、悪い所じゃなかったんだぜ。晴子センセイも本当に良い人でさ、俺とシュウ…秀一が馬鹿やっても説教はするけど頭ごなしに怒りはしなかったよ。真っ先に、アンタらが怪我したらどうすんのって心配する人。優しいじゃんね。

 秀一と杏実とは小学校どころかクラスも一緒で家っつーか孤児院も同じだったんで、メチャ仲が良かったしな。杏実に迷惑掛けっぱなしだったのは悪いと思ってるけどさ。

 血の繋がった家族ってのには縁が無いけど…他の兄貴分とか姉貴分とか、妹弟分含めて愉快な大家族って感じだったと思ってる。

 …懐かしいよ」

 

 

 

 

 

 

 朝は希望に起きて礼拝

 昼は愉快に働いて報恩

 夜は感謝に臥して安心

 

 そんな古い言葉の通り、日々を健やかに過ごしていた。

 

 ある夜のこと。

 

「んー…」

「…お?」

 

 深夜の施設内、ぼんやりと小用に起きた太陽少年。

 

 夜の帳の中に見た白色灯の光。

 聞き馴染んだはずの職員の、聞き慣れぬ唸り声。

 

「…センセイ?」

「…悩んでも仕方ない、か。支援も無限じゃないしィー、切り詰められる所は努力しなきゃね。…太陽たちも来年には中学生かぁ…歳食う訳だわ…独り言も多くなってきちまったし…うぅん…由々しき事態」

 

 子供は別に何も考えていない訳ではない。

 職員用の一室。その前から聞こえるか細い声を拾い上げれば、何に悩んでいるのか、判別は容易だ。

 

「………」

 

 静かに、黙って、聞かなかった事にして立ち去ろうとしていた。大人には大人の都合があることと、自分がその恩恵に預かっている事を理解していたから。

 

「…盗み聞きってのはマナーが悪いじゃんね?」

「げっ…」

 

 いつ気付いたのかは不明だが、部屋の戸が開けられると同時に咎められて止まる。格別にそのつもりは無かったとはいえ、決して褒められた物ではない行為をしたのも事実。

 すわ叱責が来るのかと身構えた。

 

「太陽、おいで」

「トイレ行きてぇんだけど…」

「じゃあ行ってからね」

「…ん」

 

 どうにも違う。

 マナー違反だと指摘したのも、本気の発言ではないとわかる柔和な表情。

 一先ずの安心に胸を撫で下ろし厠に行き、戻った。

 

「ほれ」

「…わざと聞こうとしたんじゃなくてさ」

「いいから座んなよ。あー…歯磨きした後だからココアはナシ、紅茶のデカフェなんざ洒落たモンは無いし、コーヒーは…寝る前には無いわな」

「いいよコーヒーで…っつーか無理して用意しなくて」

「子供が遠慮してんじゃねぇっての。ミルク要る?」

「いらねぇ」

「マジ? 大人じゃーん」

 

 何か話があるのだろうか? とにかく説教の類は無いだろう。何かやらかした時の大声とは違う普段通りの軽口と、穏やかな口ぶりがある。

 促されるままに職員用の椅子の一つに腰掛ければ、晴子も机を挟んだ場所に椅子とコーヒーを持ってきた。

 

「ほれ、コーヒー」

「…あんがと」

 

 渡されたコーヒーはほのかに温かい。

 梅の時期も終わりに近付いているとはいえ、夜となれば肌寒い。身体を芯から暖める熱いコーヒーではなく、ぬるめの温度なのは晴子が猫舌で、いつもそうしているからだ。

 インスタントの苦味を湛えたコップを互いに傾ける。

 

「…どこから聞いてた?」

「支援も無限じゃないって」

「ほぼ全部じゃん…」

 

 晴子の眉間に皺が寄った。

 聞かれたくなかったのであろう言葉が口から漏れた後悔から、へたるように背もたれに崩折れる。

 

「…やっぱ、キツいのか」

 

 いくら自治体からの資金提供があるとはいえ、一介の児童福祉施設は決して裕福ではない。

 ショックを受けているであろう晴子を見る太陽の頭を過ぎったのは、およそ年月にして三年後のこと。

 

 このまま平穏無事に中学生となって過ごしていけば、高校入学の年齢になる。

 もし高校生になりたいとなれば、先立つ物は必ず必要だ。そもそも公立私立問わず中学生になる時点で制服や教科書を含めて金銭は絡むのだ。

 

「どうせさぁ、中学に入ったらどうにか新聞配達でもして金稼いで。そんでシュウとアンミの高校代にしようとか考えてんでしょ、そんでそのまま就職とか?」

「…悪いかよ」

「はぁー…ったく」

 

 負い目。

 自分が拾われて、誰かの世話になり。そして生活には必ずや金銭的負担がかかると知っている。

 あの二人も同じように考えているかもしれないが、そこは説得すればいい。

 

 第一、自分は二の次や三の次で構わない。

 目の前で思い悩む様子を見せる保護者の肩の荷を、一つでも代わりに背負ってやりたいと思っていた。

 この事は口外する気もなく、ただ漠然と思考の片隅にずっと置いていたことだ。

 

「馬鹿だねぇ…いや、気持ちはありがたいけどさ」

「別にいいだろ」

「…ダメに決まってんじゃん?」

「あぁ? 何でだよ」

「しょーがねぇなあ太陽くんは…」

 

 やれやれとわざとらしく肩を竦める晴子。

 対する子供は一方的な感情で絆されてはくれないと知っている。ならば。

 

「とにかく駄目、ってのは嫌だろうから理屈を教えよう」

「……」

「まず中学生の働ける範囲で、高校生二人分は稼げないよ。よっぽど割が良かったり融通の効く条件で働かせてくれる所なら別かもしれないけど、アテもコネも無いでしょ。アタシにも無いよ、こうして自分の居た所で恩返しする為に働くので精一杯だしィ?」

「じゃあ働き口を探せば良いってのか」

「話は最後まで聞きなよ、せっかちなのはモテねーぞ…コホンコホン…」

 

 これもまたわざとらしい咳払い。

 指を二本立てて、向かいに座る太陽に対して真面目に話しを続ける。

 

「二つ目に、もっと現実的な話。

 何か起業でもするなら別だけど、どこかに就職するってなると。多少は学歴ってのが見られるの、そしてそれは早く用意出来たほうがいい。

 国の官僚サンのジョークがあってね。喫煙所でチラッと学校の話になったら、どこ学部かしか聞かないんだってさ。何でかわかる? ってかゴメン、学部の意味ってわかる?」

「…そのくらいわかる。学校が同じだから、とかか?」

「正解。冴えてんねぇ、だいたい東大出身だから学部だけ聞くってジョークよ。つまりこんなジョークがある程度には、官僚になりたければ東大を出るのが手っ取り早いってコト…特待生とかの制度もあるし、勉強ってのはしておいた方がオトクなのよ。

 バカはやるけどそこまで馬鹿じゃない太陽くんなら、何が言いたいかおわかりかしら?」

 

 極端な話であるが、いわゆる箔のこと。

 ついでのように言った特待生の事も理解出来た様子。

 

「勉強して良い所行った方が、何にでもなりやすいし稼ぎも良いって事だろ」

「そうそう、まぁ同級生の受け売りだけどね。水商売してる子だけど、今になっても勉強してんのよ。稼ぎが良くなるからって…尊敬しちゃうわ。アタシ勉強好きじゃないからね!」

「台無しだよ…」

 

 一つの指針を聞いて、頭の靄が取れた気がしたのはカフェインの作用だけではないだろう。

 ある決意を抱くには、コーヒー一杯分の時間は十分。

 

「長くなったけど、決めるのは太陽自身だし。どこかしらのスポンサーとか寄付金が舞い込むともかもしれないから、さ。

 あんまり自分だけ背負い込もうとは…」

「いーや、断るね」

「…アンタね…」

 

 内容物が飲み干されたカップを、少しだけ強く。反論を遮るように、もしくは宣誓するかのように置いた。

 

「決めたぜ晴子センセイ。まずは真面目に勉強して高校に特待生、大学も同じだ。そんで良さ気な資格でも取って金を稼いで恩返ししてやる。俺がな」

 

 強い意志を伴う決意表明。夜に不釣り合いな名前と、対面の女性と同じような髪色が、椅子から立ち上がった分だけ明かりに近付き煌めく。

 

「啖呵切るじゃない。不思議なモンよね、少なくともアタシが太陽と同じ小学生の頃は、もうちょっと何も考えてなかった気がするわ」

「それって俺よりアホってコト!?」

「小学生の頃って言ってんだろがい!!」

 

 一つの決意の夜。

 今はもう、星々だけが覚えていて…。

 

 

 

 

 





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や、優しくしてね…!
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