はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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曇り

 

 

 

 

 

 

 太陽が決意した日、それ以降から。

 

「へぇいペンギンヘッドォ…何か最近図書室に籠もりっぱなしだけど、どうしたよ。今更キャラ変か?」

「あァ…?」

 

 古い日焼けした本のにおいに囲まれた部屋内。活発を想起させる声で、半ばからかうように話しかけられる。

 

 誰かと思えば孤児院内でも太陽と仲のいい秀一。学校帰りで元気が有り余っているだろうに、外に出てやんちゃをするでもない友人を探しに来た様子。

 

「バカ言え、俺はいつだって真面目だぜ?」

「これから暖かくなるのに雪でも降らすつもりか」

「俺が本読んだり勉強しちゃダメなのかよ!?」

「ダメって言うんじゃないけどさぁ…」

 

 物珍しいを超えて珍奇・珍妙を目の当たりにしているとでも言いたげな態度。憎まれ口で返す太陽が静かに机に向かう姿は今まで滅多にない事であったからだ。

 

「宿題だってほぼ無いだろ」

「そりゃあな、後は卒業するだけだし」

「じゃあ何でまた?」

 

 冬休みの宿題を消化する為でもない。というか、長期休みの宿題ならば、太陽も秀一と揃って喚き散らしては杏実におんぶに抱っこの光景が広がる。

 

 それ程に自習とは縁遠い友人が、まるで真面目に勉強会するのは当然であると静かな背中で語っている。

 由々しき事態であり、疑問も抱こうというもの。

 

「ま、ちょーっとな」

「…ふーん」

 

 しかし勉学に打ち込まんとする理由は敢えて言うでもない。太陽はそう思って目線は本に釘付けにしたまま、手だけをひらひらと揺らした。

 

「………」

「いや、何だよ。何か用か?」

「別にぃ」

 

 ほんの数秒から数分の間、視線を投げかけられていたものの。ただただ本を読んでいる人を見つめる事に楽しみを見出せる訳もなく。つまらなさそうな声と一緒に秀一は出て行った。

 

 小学校から帰ってきても、休日も。卒業式を迎えたとしても、まるで本の虫。付き合いが悪くなったと言われても、何するものぞと必ずや机に向かう日々。

 

 勉学に勤しめる環境も手伝ってくれた。

 

「なぁ兄貴。この問題の、一辺が10センチの正三角形ABCの面積ってさ…」

「懐かしっ…正三角って事は三平方の定理じゃん。あれ、太陽。これって中三の範囲じゃなかったか?」

「予習は大事だろ? …あっ姉貴! 古典単語帳後でもう一回貸してくれよ! それと、教科書も落書きは控えた方がいいぜ!?」

「太陽…静かに…!」

「平気だって、蘇我入鹿に背ビレ生やしてテレパシーさせてたとか誰にも言わないからさ」

「今言ってるじゃん!」

 

 わからない点は歳上に聞き。

 

「杏実の絵はアレだな…五教科は得意なのに…」

「まず赤の絵の具を取り上げた方が早いんじゃね? 何で俺たちの輪郭まで赤いんだよ、怖すぎるだろ」

「そ、そんなに変かなぁ…」

「……まぁ…」

「…と、とりあえず鉛筆でデッサンってのを…」

 

 わかっている部分は教え合う。

 

 およそ、期間にして四半期にも満たない間ながら、勉学を習慣化させてコツを掴んだ。

 コツといっても単純で、太陽が行き着いた結論としてはまず勉強を嫌いにならないこと。これに尽きた。知る事は楽しく、駆使するのは面白いのだと。

 

 いつしか、学習の時間を取らない事が気持ち悪くなってきた頃。桜が蕾を緩めて散る後、葉桜の間際。

 

「…はい…はい、本当にありがとうございます。異動の件は…わかりました、はい」

「…ん?」

 

 職員の詰所、夕暮れ時にふらりと立ち寄ったのは虫の知らせだったのだろうか。

 中学一年生としての生活を、大それた期待もなく、悲観すべき事柄とも縁遠く過ごし始めていた時。

 

 そういえば、別の学区からの同級生で変な奴が居た。名字からして珍しいうえに、どうにもいけ好かない、スカした態度の男子生徒。

 女子からは矢鱈とキャアキャア騒がれる容姿をしているが、腹の中はどうだかわかったものではない。口蜜腹剣、人面獣心、色々と考慮してしまうが、人となりを理解せずに疑うのも良くないか。

 

「あと数日はいただけたら…はい…ありがとうございます…それでは、はい…」

 

 そういった取り留めもない事を考えつつ立ち寄った職員室。漏れ聞こえる晴子の声色はいつもより事務的で、社会人としての振る舞いもできる人だったと、ぼんやり思い出していた。

 

「ちわーっす」

「…わ、びっくりしたぁ…! 太陽かぁ…」

 

 受話器を置いた無機質な音と同時に扉を力強く開いた。出来るだけ無遠慮に、飛び込んだと言っても過言ではない。

 

「俺じゃあ不満か?」

 

 なるべく冗談めかす。理由は至極単純で、晴子の様子が悲喜交交でありつつ、しかしどうにも比重として悲しみが勝って見えたからだ。

 

「…どこから聞いてた?」

「異動の件から。前もこんな話したな?」

「ホントにね…まったく、アンタって子はタイミングがいいんだか悪いんだか…」

 

 呆れたような、諦めたようなため息が付いてくる。あまり聞かれたくなかった話の部分だったのだろう。晴子はこめかみ手で押さえて、目を軽く閉じていた。

 

 またぞろ悩み事だろうか。孤児院の職員の一人でしかないとはいえど、抱え込む事情は人それぞれ。幾度も世話になってきた人なのだ。

 相談に乗って解決策を授けることは難しいとしても、何か重荷を吐き出す一助になれればと思った。

 

「異動って事は、さ」

「…まぁ、そういう事よ。でも安心しときなよ、後任の人は感じの良さそうな人だし。寄付金も何かとんでもねー額が入ったから」

「そっか」

 

 心配はしなくていい、大丈夫。

 そう言いたいのは伝わった。

 だが本当に聞きたいことは、そういった言葉ではない。

 

「…アンタさ、何かちょっと大人になった?」

 

 少しだけ大人びた少年の顔を、晴子がじっくりと見たのは久しぶりのことだった。

 自分に似た髪色、名前まで晴れと太陽なんて揃えたみたいな名前。口調まで生意気にも似てしまった。

 

「まだガキだよ、俺も、シュウも、アンミも。俺よか歳下のガキどもは当たり前だし、兄貴と姉貴たちも。晴子センセイが思ってるより、ずっとガキだ。

 だから、聞きたい事があるんだ。

 もしかして、なんだけどさ。俺たちの事が嫌いになったりしたんじゃないのかって…」

 

 太陽が真っ直ぐに晴子の顔を見れなかったのは、部屋に射し込む夕陽の眩しいからだろうか。

 俯く彼の頭ごと、一回りは小さい体が包み込まれる。

 

「んなワケないじゃん。安心しなよ、こことは違う所で働くだけ。手紙だって出すし…休みの日にはアタシがここに顔を出したっていいよ。アンタたちのことは、大好きだから。

 ほら泣くなよ、折角男前になってきたのに。台無しじゃんね?」

「…な、泣いてねぇよ!」

「へぇー…本当かな〜?」

「は、離せェ…!」

「はっはっは、確かにまだまだ子供だわ。こんな華奢なお姉さんの腕も跳ね除けらんねぇんだもん」

 

 目一杯の力を込めても、抱擁が解かれる事はない。

 子供と大人の違いの証左か、はたまた本心では離れることを惜しむ気持ちの表れか。

 

 自身が異動したとしても、手紙を出す事や顔を出すというのも本心だろう。普段は蓮っ葉な口振りだが、約束を違えるような不義理をした事がない、それが結城 晴子という人物だった。

 

 最早確かめる術は無いが、暖かな時間として刻まれた思い出の一つ。

 

「聞かされたこっちも驚くくらい結構唐突なんだけどさ、改めて皆に報告するから」

「…わかったよ」

「…悪いね」

 

 別れといえば? 

 時期が時期だけに卒業式も想起出来る、日常的で形式的なさよならの言葉も別離を告げる合図だ。

 しかし當真 太陽にとっては、この出来事は他のものとはまた種類が違って思えた。

 

 学校の卒業で友人に会えなくなる。

 それは間違いなくとも、公立学校の学区域ならば大した距離ではない。会おうと思えば会える。

 日々のさようならも同じこと、声を聞こうと思えば電話も出来る。直接会うことだって予定を合わせれば問題なく可能だろう。

 

 ほんの少しだけ考えて、やっと気付いた。

 

 日常の中の一つ。それが無くなる。

 実の両親はとうに居らず、その代わりに接してくれた人が、再会の保証もなく居なくなること。それがこんなにも恐ろしいのだと。

 恐らく両親が健在だったとして、似たような状況になっても、そう思ったのかもしれない。

 

 つまりは晴子センセイと呼びこそすれ。本心では、歳の離れた姉か、親のように思っていた。

 そう思い至ったのは、晴子が電話で話していた日から数日を開けてから。

 

 それから、ある日のこと。

 

「えー…皆さん、おはようございます」

 

 複数の子供たちが共同で過ごすにあたって、食事という物は皆が食堂に集まり、一堂に会して行われる。

 

 晴子の姿は無く、代わりに見覚えのない人物が堂々と朝の音頭を取っていた。

 どこか生気を感じない顔に、シワの一つも見当たらない折り目正しいスーツ姿の壮年に差し掛かる男性。児童福祉施設において不釣り合いですらある。

 

「結城 晴子先生は、急ですが異動となりました」

 

 あまりに突然の事に周囲がざわつく。

 太陽もその話は聞いていた、だが、皆の前で報告をするとも晴子自身が言っていた。にも関わらず、それを告げるこの男は何者か。

 

「私は後任の者です…詳しい自己紹介は後にして、とりあえず朝御飯を食べましょう、みなさん…」

 

 その後の記憶は細かい所まで定かではない。

 眼前の男は何なのか、晴子は何故皆に何も告げずに行ってしまったのか。彼女の連絡先も知らない、この男に聞けばわかるのか。

 疑問だけが頭を巡る。茫然とした状態と合わさって、詳細な出来事はおよそ覚えてはいられなかった。

 

「あ、そうだ。みなさん、流行り病が出てきたそうですから、帰ってきたら手洗いうがいはしっかりと。場合によっては入院してしまうかもしれませんよ」

 

 全てが唐突な朝食の最中にする話でも無かろうに、淡々と事務的な話が述べられる。

 

 普段からしていること、今更になって注意されたくもない。学校で多少気をつけたりはした方が良いかもしれないが、とにかくうるさい。

 見知らぬ人間が、自分たちのテリトリーに入ってきたが故の反発。そうだと薄く自覚しながらも、今は登校するために無心で朝食を詰め込んだ。

 

 その日から更に数日は、頭に靄がかったかの如く。

 

 学校の教員には時に叱られ、時に心配され。

 同級生達からも何かあったのかと訊ねられ。

 机に向かうも本の内容は頭を素通りして行った。

 

「…あれ、アンミは?」

「おい太陽…大丈夫かお前、あいつ病気にかかったから入院するって昼頃言ってたろ」

「そうだっけか」

「お前なぁ…」

 

 そういえばそんな話があったような。

 呆れた顔をした秀一は、特にこれといった言葉を続けることもない。と、思いきや。

 

「マジで大丈夫か? アンミに渡すプレゼント、忘れてないだろうな? あいつ泣くぞ」

「…あっ、やっべ…」

「アンミじゃなくてお前が入院した方が良さそうだな、病気じゃなくて頭の方だぞ」

「し、辛辣ゥ…!」

 

 ハッと思い出した。そろそろアンミこと矢木 杏実の誕生日である。

 誕生日プレゼントを用意するとしても、小遣いは潤沢ではない。手作りで何か、というにも時間が乏しい。最早苦肉の策となれど何かを講じねばなるまい。

 

「ちょっと待ってくれ、シュウは何か用意してんの?」

「当たり前だろボケ」

「言葉がチクチク過ぎない? アンミの前に俺を泣かそうって魂胆か…さ、サイテー!」

「何でだよ、人の誕生日忘れるお前ほど最低じゃねーよ」

「…それは置いといて」

「置き場がねぇだろバカ野郎」

「置いといてッ!! シュウは何をプレゼントすんの?」

「勢いで誤魔化しやがったな。俺はリボンだよ」

「おぉ…?」

 

 なるほど、リボン。

 装飾品として派手な部類ではなく、アンミの髪も長い。シュウの事だから色味とデザイン、レースやフリルの有無も考え抜いてある一品だろう。

 意外なほどシュウは身嗜みに気を使う男で、更にアンミの好みも把握している。

 ついでに下世話な話として、余程の物でない限り金額も張らない。これには太陽も舌を巻くばかり。

 

「や、やるな…シュウ…! ちなみに参考までに色とかお伺いしてもよろしいでしょうかァ…!?」

「はぁ? 紺色に金のワンポイントだよ。あいつの髪は暗めの焦げ茶色だから、もうちょい派手なのも似合うって考えたけど、派手なのは嫌がるだろ」

「気遣いの男ッ…!」

 

 やられたと思った。

 金額、センス、観察、三点揃って心を込めた贈り物。ここ最近ぼうっとしていたのは周知の事実とはいえ、何かうっすらと敗北感すら太陽は感じていた。

 

「…マジで何も考えてなかったのかよ」

「いやッ、そう…その…アンミの退院までには間に合わせるから安心しろって!」

 

 無論、無策である。

 

「じゃあちょっと俺、急用を思い出したからッ」

「無理があるだろ…おい、太陽!」

「何だよォ!」

「アンミがお前の手料理食べたがってたぞ」

「…マジで!? …オッケー! あ、いやこれは違くて、何も考えてなかった訳じゃなくてね、わかる?」

「わかったから、行け行け…」

「レシピブック! 病後に優しい料理ィー!」

「もうちょっとマシな誤魔化しがあると思うぜ、バカ野郎」

 

 風雲急を告げる、という訳では本当はなかったのだが。解決の糸口は見えた、そう、手料理。

 元手も大きくは掛からず、必要なのは食材と手間暇だけ。これはまさしく光明というに相応しい。

 

 太陽は全速力で施設内の図書室へ向かい、あまり手を付けていなかった料理本をまとめて自室へ持ち出した。そのまま先ず何を作るかを考え、夕食時すらその事で一杯になっていた。

 

 夜の帳が降りる頃、候補はいくつかに絞り終えた。

 病後であろうと消化に良く、彼女が喜びそうな食材を使った料理。

 

 急拵えなのは思考だけ、何とかなりそうだ。

 

 夜になれど、不要となった本は返却した方がいい。明日すぐにでも必要とする誰かはいるかもしれない。

 何だかんだと今日は急ぐ事が多い。

 

 薄暗い、図書室へ続く廊下。

 本を両脇に抱えて歩く。掃除が行き届いており、床は光を僅かながら反射している。

 気味の悪い、非常口の緑が光る。

 

「……ん?」

 

 眼の端に何かが引っかかった。

 誰かの落とし物だろうか。細長い、紐のような。

 

 一歩、一歩と近寄る。

 

「…ッ!」

 

 持っていた本が無造作に床へ転がった。

 

 闇に同化する色合いの、深い青色。金の刺繍が一箇所に入ったリボン。それが、床にあると気付いてしまったから。

 

 

 





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や、優しくしてね…!
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