はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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残酷な描写にあたる物が含まれます。
ご注意ください。


人間の資格

 

 

 

 

 

 見覚えは無い。

 

 ──当然、現物は今この瞬間に初めて見た。

 

 

 

 紺色に金のワンポイント。

 

 ──彼女の髪に、似合いそうな。

 

 

 何故、こんな所に落ちている? 

 

 

 心臓がうるさい。

 

 嫌な予感がする。

 

 血流の音が鼓膜に響く。

 口が渇く。

 

「…──はっ…はっ」

 

 これは、自身の呼吸。

 落ち着け、とりあえず拾っておこう。

 

 偶然にもシュウが落としてしまっただけかもしれない。そうだ、図書室はトイレやボイラー室に近い。

 

 夜も更けている、職員に見つかったらコトだ。明日の朝に真っ先に確認すればいい。

 

「…んなワケあるかよ…ッ」

 

 彼が目的もなく割り当てられた部屋から遠いトイレを使いたくなって。

 偶々本人が言っていた特徴と一致するリボンを、大切な物であろうにこんな所に落として。

 こんな何でもない日に、見回りをしている職員や子供にも拾われず、そのまま放置されている? 

 

 ありえない。

 偶然というモノは何回重なれば必然足り得るか。

 

 まずはそうだ。本人の、シュウの部屋へ行って安否の確認をしよう。何も無ければそれで良し、何か有れば…それこそ今この施設に居る職員に訊ねれば済む。

 

 脳を占領する不愉快な違和感を振り払うように、兎に角身体を弾き出した。

 

「…おや…」

 

 暗色の廊下、その真ん中。ここ最近聞くことになった不快な声とその主。夜よりも深い暗闇が立っている。

 

「アンタは…いや…悪いな、急いでんだ。お説教なら後にしてくれ」

「君、何か拾いましたか?」

「あァ…?」

 

 黒が近付いてくる。

 

「これはいけない…順番が前後してしまう」

「何の話してんだよ、知ったこっちゃねえけど」

「お達しの通りに進めねばならないのです」

 

 目線は見えない。

 ゆっくりと、影が寄る。

 

「…誰と話してんだ。独り言がしてぇなら近くのトイレで便器に向かって吐くか、ボイラー室で機械と一緒にガタガタ喚いてろよ」

「我等が友人…その計画の為に」

「だから、何のはな…し…ッ…!?」

 

 口元に布。

 微かに甘い香りがして、意識が遠退く。

 

「全ては、我等が友人の為」

「…くそ…が…!」

 

 暗転。

 

 

 

 

 

 一つ。

 これは太陽も預かり知らぬ事だが、彼が嗅がされて意識を失った物。その名はクロロホルム。

 本来は曝露してもすぐに意識は失わない。それよりも先に頭痛や吐き気、目眩を引き起こす。

 では何故意識を失ったのかというと、これも『噂』の恩恵に他ならない。そう、嗅げば瞬時に気絶する薬品になってしまったが故だ。

 

 二つ。

 誰かが言う軽口、誹謗中傷。言ってはならぬ禁忌は甘く、一方的な陰口は蜜の味。

 

 聞いた事はあるだろうか。

 ある変身ヒーローが流行した際。児童福祉施設、孤児院に対して言われていた流言飛語を。

 それは…。

 

『孤児院では、人体実験が行われている』というもの。

 

 勿論そのような事は行われる筈も無い。

 しかしどうだろうか。例えばあの会社は、きっとあくどい事をして儲けているに違いない。

 あの人は刑務所から帰ってきた人。

 一度も悪評を聞いたことが無いだろうか。

 後ろ暗い何かが有る筈だと。笑いながらそんな訳もないと言いつつ、周囲に広めた事は無いだろうか。

 

 何故国が行く宛の無い子供達を一所に集めるのか。

 つまり、それはきっと善意が故ではないとしたら…。

 

 

 

 

 

「…痛っ…てぇな…」

 

 固い床の感触、いつもの寝床ではないようだ。

 

 どうやら仰向けで寝ていたらしく、後頭部から背中、脹脛や踵に到るまで、冷たい床に接していた部分が軋むような痛みを持っていた。

 

「…なんだ、これ」

 

 その疼痛から逃げようと体を動かそうとも、金属の感触に阻まれる。じゃらりと重い鉄製の枷が、四肢と胴体を地面に縫い付けている。

 

「ここは…?」

 

 不安から発した疑問は空虚に反芻されるのみ。

 

 どうにも頭と首までも拘束されているようで、自由に動くのは両の眼と手足の指、第一関節だけ。

 暗闇に目を凝らすと、恐らくは打ちっ放しのコンクリートを三方に囲まれ。足元の一方のみ棒状の何かが狭く立ち並ぶ。

 

「牢屋…?」

 

 確かに牢屋と言うに相応しい光景である。

 だが牢に入れられるような事はしていない、そもそも記憶が混濁している。そうだ、目覚める前の最後を思い出せ。

 

 読み終えた料理本を返却しようと図書室へ向かい、その時…。

 

「被検体九号、意識覚醒状態です」

「ん良し。じゃーあ運んじゃおうか」

「…眩しっ」

 

 視界が鮮明さを持った、照明が点灯したようだ。視線を巡らせると、三方は無機質なコンクリート、そして足元の棒は鉄格子の一部だった。見立ての通り、実物を目にした事はないが牢屋然とした場所。

 

 一点違うとすれば、自らが転がっていたのは床ではなわく、かと言ってマットレスでもない。金属製の粗末なベッド未満の何かの上だったこと。

 

「んー、おはよう被検体くん。調子はどうだい?」

「ヒトの名前も知らねぇのか?

 調子は悪くねぇけど、寝心地が最悪だ。レビューがありゃ星ゼロ、ベッドも固けりゃルームサービスもねぇし。ボーイはキモい被りもん被った二匹で、お陰で息は臭くなくても加齢臭が籠もって酷えしよ。

 風呂くらい入れよ、それとも入る必要が無いってのか。被り物の下がハゲだからか?」

「うんうん、元気でよろしい」

 

 何が喜ばしいのか、手先以外の素肌の一切を隠した何者かはわざとらしく大きく頷いた。

 太陽の悪態なぞ微塵も気に留める様子を見せず、その粗末な寝台を仰々しく運ぶ。

 

「んー、助手くぅん。生食のストックと容器は手配済みだよね、それとあっちも…」

「はい博士、ニリットル分と入れ替え容器。虫と素体、抵抗剤も滞りなく。準備万端です」

「ん良かったぁ…この前のはすぐにヘタっちゃったから」

「…何するつもりだ?」

 

 生食…生理食塩水の事だろうか。だとしても入れ替え容器に虫と抵抗剤とは何なのかがわからない。そもそも何をするのか聞いても、答えは帰ってこなかった。

 

 会話という会話が成立する事も無いままに、先程の牢屋に輪を掛けて無機質な部屋にたどり着いた。

 

 青くすら見える強烈な白色光、その光源は傘のような形をしていた。つまり影の一切を無くすための手術灯と消毒液の臭い。

 御丁寧にバイタルを測る機器もあり、いかにもこれから手術をする。あるいは、既にしていた。と察知できる程度の血の臭いが充満していた。

 

「この間の…何だっけ、アレ」

「てめぇ、クソッ…やめ…!」

 

 世間話でもするように、博士と呼ばれた老年の声を持つ何かが、さらなる梗塞具を太陽の口にはめる。

 唯々諾々と受け入れた訳もないが、五体の自由は既に奪われており、反抗の手立ては無い。思いやりとはあまりに縁遠い力で無理矢理発声を封ぜられた。

 

「アレ…あぁ…七号ですか?」

「そーうそうそう、四十%で失神しちゃっただろう? 今回は年齢差は無いけど、体重差と性別の違いもあるから、そこを考慮してまず同じだけ。その後は壊れない程度に上げていこう、置き換えも…んまぁず血からだね。拒否反応抵抗剤もゆっくり入れていこう」

「そうですね、曰く、絶対に壊してはならないそうですから。慎重にやってみましょう」

「ん楽しくなって来たなぁ!」

 

 嫌な予感、本能が警鐘を掻き鳴らす。

 身体は震えることも許されず、自由な物は眼球と脳。

 冷たい刺激が腕に挿し込まれた。

 

「うん…んじゃあ、やっていこうか! 

 まず最初に、被検体の血液と生理食塩水を置換していこう。血液は乾燥機に掛けて粉末状にしてから虫の餌に。節約っていうのは大変だよねぇ…」

 

 視線の先に居るのは、悪魔と言うに相応しかった。

 

 

 

 

 

 

「ま、有り体に言って地獄ってヤツだ。

 血を限界まで抜かれて生理食塩水をぶち込まれて。意識が朦朧とした所で、訳のわかんねぇマッドな手術…。

 あぁ、わかりやすく言うと朝にやってるヒーロー番組あるだろ? アレってさ、初期の方は悪の組織に改造されるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 最初は当て所ない希望があった。

 明日になれば、助けが来るかもしれない。そんなありふれたもの。

 しかし。

 

 

 

 悲鳴を上げることも許されない。

 

「楽しいなぁ!」

 

 人をヒトとは思っていない。

 

「肉は未分化性配列変換済みの虫と同じ物、うんうん。ときめくねぇ、臓器も少しずつ変えてみようよ!」

「はい。髄液も変えましょう」

 

 少しずつ。

 

「骨は…成長する生体金属だって! 豪華だなぁ!」

「ヒヒイロカネにタングステン鋼を混ぜた合金、噂が具現化するという日本ならではですね」

 

 時間をかけて。

 

「人体の……に必要な速度は…」

「……には音速の五倍程…」

 

 人ではなくなって。

 

 想像を絶する痛苦。拷問や尋問ならば、自白という救いがある。しかし肉体全てを奪う悪魔どもには、その一切に価値はない。

 

 皮膚を切られ、血が流れる。麻酔は薄く、体の表面に冷たい何かが走る。最初はピリッとした感覚、その後に少しずつじわりじわりと熱くなる。

 痛みは後で追いかけて来た。許容量を超える痛みが遮断されるのは本当で、脳が分泌したアドレナリンが耐えさせているようだ。

 

 臓物が持ち上げられ、泥を捏ねる音に似た響きと共にかき混ぜられて。繊維の限界を迎えた証拠のぷちぷちと切れ行く名残を聞かせられつつひっくり返されて。

 べったりとした粘性の音と一緒に摘出され、柘榴の実が幾つも銀の皿に置かれる。

 痛点が少ないが故に痛みは少ない。だが吐き気があっても、吐くだけの器官も抉られて空虚がそこにある。

 

 骨が徐々に切られ、砕かれた。取り出しやすいサイズにする為だ。骨ノコと呼ばれる機器が、液体混じりに奏でる切断音は生涯忘れられないだろう。大工道具のノミが刃を立てる度に、脳まで揺さぶられる感覚、あるいは目から火花が散りそうな錯覚までする。

 

 万力で千切られるような痛みと、焼き鏝を押し当てられたような熱が身体の内側を這い回る。その熱で涙も蒸発したのかもしれない、そう思える程度に瞳が剥かれ過ぎて水分が溢れる事もなくなった。

 

 愉悦、快楽、歓喜、人を壊す事は目的にしていない。純然たる知識欲を満たす為。

 哄笑に聴こえる狂喜の声が所狭しと反響する。

 

 数え切れぬ無残の果て、明日を望まなくなった。

 いっその事、狂ってしまえれば楽だったのは疑いようがない。だのに狂わなかったのは、精神の剛性の賜物ではなく、限界を見極めた鎮静剤や麻酔を含めた投薬に拠ってのこと。それだけのことだった。

 

「ん良ぉし、芳し、善ぉし!」

「素晴らしい成果ですね、博士」

 

 人間なのは、見た目だけ。

 

 血肉と臓物と骨は、神経すら含めた細部に至るまで別の何かに変えられていた。最早ヒトらしい水準の機能は全体として見る影もない。

 

「被検体九号! 

 噂なんて偶然性に左右されない、科学が生み出した超常現象再現動物! 嗚呼! 最新にして最後の、魔法のような技術の最高傑作だよ!!」

 

 テセウスの船、その思考実験に照らし合わせてみれば。

 彼は人類なのだろうか。

 

 當真 太陽は、人間なのか。

 

 

 

 

 

 

「…番号でさ、呼ばれてたんだよ。俺が、九号って」

「……」

「やられてる最中に何となくわかってたんだ。

 晴子センセイも、シュウも、アンミも。他の皆も、俺の改造の合間に弄くられた全員も、死んでたらしいぜ。だから俺が九号ってのはそういう事だ。ナンバリングにも意味があった、ってな。

 …後の記憶ってのが曖昧でさ、いや、色々弄られてんだからしょうがねぇだろうけど。気付いたら今の養父、藁辺さんって人に引き取られて、俺の居た孤児院はクレーターが出来るくらいに吹っ飛んでたよ。後から知ったんだけど、俺たちが改造されてたのは孤児院の地下だったとさ。

 そうそう、他の孤児院の生き残りが居るかはわかんねぇんだ、バイト先の伝手で探してみてはいるんだが、やっぱ難しいな」

「…ねぇ…」

「んで、その後は病院でリハビリ。歳上の天使サマのお世話になりっぱなしだ、何せ最初はまったく加減が効かねぇんだもん。コップは壊すし箸とか手摺もへし折るし、ついでに自分の皮膚までダメにしちまう。

 手加減が出来るようになるまで、根気強く治してくれたこころさんには頭が上がんねぇよ。おっと、ついでにその弟の颯とも殴り合いの青春をだな…」

「もう、いいよ」

 

 時は現在。

 

 放課後の夕暮れ。

 黄昏時に戻る。

 

「…やっぱちょっとショッキング過ぎたか? 

 お前を助けたヤツは…眼の前にいるのは、人の皮を被ったどうしようもないバケモノだよ、だから。好きになるなんて、やめとけ。

 大丈夫だって、お前は可愛いんだから普通の同級生なら選り取り見取りに決まってる」

「もういいって」

 

 二人だけ、誰もいない教室の中、饒舌な彼の顔は逆光で見えない。陽気な声、笑えているのだろうか。

 

「良くねぇよォ! ったくレイリーちゃんよ、チョコはマジでありがたいけど、相手は選ばなきゃダメだぜ!? 

 何回か助けてもらっただけで、ギリ人間のバケモノを好きになったなんて勘違いしちまったら、御両親に申し訳が立たないじゃんね」

「うるさい」

「ぉぶえッ!」

 

 平手、一閃。

 正確に顔面を捉えたそれは。明確なダメージこそ無いものの、言葉を止める効果は覿面だ。

 

「さっきから黙って聞いてれば…」

「レ、レイリーさん…ッ!?」

「うるさい」

「んぶっ…に、二回殴った!?」

 

 彼は何か勘違いをしている。

 私の好意の源泉は、彼の正体が改造人間どうのこうので止まりはしない。教えてあげよう。

 

「…はぁ…」

「えっ、溜め息? 何で急に二回殴られた俺が溜め息吐かれてんの?? おかしくね? 人の事サンドバッ…」

「うるさい」

「グぺぇ!? さ、三回も!? お前アレか、好きって言っとけば殴り放題とか勘違いして」

「……」

「四ッ!? む、無言で!?」

 

 察した事がある。彼をこのまま喋らせておくと、確実に煙に巻かれてしまう。昔話の後、無理にテンションを上げて喋っているのはそれが目的だろう。

 あぁ、まったく。恥ずかしいけれどやるしかない。

 

「私が好きな人は、當真 太陽くん。みんなが居る場所ではおバカなフリをして騒いで、お調子者を気取ってる。でも文化祭の準備中みたいな時に、人の輪の中に入れない女の子が居たら、そっと近くに来て飲み物を差し入れしてくれる。そんな優しい人」

「………」

「人が危ない時には、身を挺して助けてくれる。こんな、転校してばっかのいじめられっ子でも関係なく」

 

 彼の味わった苦痛とは比べられないけど。

 それでも。

 

「それも何度も、助けてくれるんだから。相手が噂に憑かれて、もしかしたら死んじゃうかもしれなくても、そんな相手に切りつけられても。軽口叩きながら、友達だって、言ってくれるんだから!」

「レイリー…それは、俺みたいなバケモノは…」

「うるさい! 化物にされた負い目があって、他の誰相手でもそうしたなんてどうでもいい。キミが嫌がっても関係ない、私が勝手に好きで居続けるんだから!」

 

 バケモノだから、何だって言うんだ。

 

「私が好きな人のこと、これ以上否定しないで!」

「…泣くなよ…」

「…うるさい」

 

 泣いて何が悪いのか。

 感情が昂ぶって、涙が頬を伝う。自分でも止めようがないんだから放っておいてほしい。

 

「ったく…」

 

 頭に柔らかくて暖かい手が乗った。

 前後にちょっとだけ規則的に、優しく、ぽんぽんと。

 

「晴子センセイが昔やってくれたんだ。小学校低学年の時にさ、チビっちまいそうな怖え話とか聞いた後に寝れなくなるじゃん? そんな時、こういうふうに」

「そんな子どもじゃないもん…」

「ま、同級生だもんな」

 

 落ち着く。

 うん、落ち着いてきた。

 

 …覚悟はしてたけれど、我ながらとんでもない事になってるんじゃないでしょうか。

 好きな男子を殴って泣いて、慰めるべき相手に頭を撫でられている。これは…ダメじゃない!? 

 しかも子どもじゃないもんって何、もんって。

 

 これはいけません。撫でられてる事でドバドバ出ているオキシトシンとかセロトニンの奔流が脳を占領しかけている。

 太陽くん、父性とか出てない? 

 

 違う違う、そうじゃない。

 

「この話を詳しく知ってんのは、俺のバイト先の人たち、あのフォンセルランドさんたちと淋代姉弟だけだ。養父の貞雄さんも詳しくは知らねぇ…はず」

「…じゃあ私が一歩リードって事だね」

「何にだよ」

 

 それはもう、クラスメイトから実は女たらしと言われる君が勘違いさせてるであろう人たちに。

 

 こんな風に自然と人の頭を撫でられるんですよ? 

 実は見た目だっていいし、清潔感もある。急にボロボロになったりするのは玉に瑕かな。金髪のせいで仄かに不良っぽいのは、個人の好み次第だろうけど。

 あーいけませんいけません、被害者が増える前にどうにかしなくちゃ。

 

「本当に悪いけど、諦めてくれると思って話したんだ」

 

 だと思った。

 

「やだ」

「…最近気づいたんだけどさ、レイリーって結構頑固だよな? 即答ってお前」

「私が諦めるのを諦めて」

「……」

 

 何か言いたげだね? 太陽くん。

 私の事を頑固者扱いしておきながら、君自身もかなり、相当なものだと思うよ。

 

 両者膠着状態。うん、そういうものだろう。恋は戦争、ならばこれは根比べ。私に籠城戦を挑むとは…心を扉をこじ開けられる覚悟をしておきなさい。

 

 勢いが消えた素面の状態で好きだの愛してるだのは言い難い。でも、好意を伝え続けると絆されるって何かで知った。これは試す価値アリですよ。雨垂れ石を穿つって言葉の通りにしてみせましょう。

 

 継続的に動く彼の手を止める。

 …いやもうちょっと…じゃなくて。

 

「落ち着いたか? 

 …俺はこんなんだし好意には答えられねぇ。最低だと思うけど、友達でいてくれ、嫌ってくれてもいいぜ。覚悟はしてるよ」

「…よし。一緒に帰ろ」

「話聞いてる??」

 

 彼が人間かどうか何て関係ない。

 彼は、私の好きなヒト。

 それだけでじゅうぶん。

 

「バイトはあるの?」

「聞いてないのォ…? 今日は無ぇけど…」

「じゃあ行こ。お父さんのお店、紹介するね」

「…その…言い難いんだけどさァ…」

「何?」

「実は何度か飯食ったりしてんだ、レイリーのお父さんの店で。隠してたワケじゃなくてな、うん。お世辞抜きに何食っても美味いし、コーヒーも美味い、ハッキリ言って最高の店だと…」

「………」

 

 獅子身中の虫! 

 恋敵はお父さん!! 

 

 まさかチョコレート指揮官が裏切り者だったとは、何が敵かわからない、油断も隙もない世の中です。

 

 じゃないね。

 

「…ん!」

「痛ててて…いや待てって、娘さん同伴はちょっと気不味いじゃん。手ぇ引っ張り過ぎだって。レイリーさん、ちょっ、話し聞いてるゥ!?」

 

 まずは食の好み、胃袋から掴むとしよう。

 時間だってまだまだある。

 

 君がどう思っていても。

 絶対に諦めてなんてあげないんだから。

 

 

 






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や、優しくしてね…!
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