はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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遅れました!

ご、ごめんなさい…あっやめて、石投げないで…!


美味しくなって、新登場

 

 

 

 

 

 

『呪いのビデオ』

 

 元の話としては簡潔なもの。

 そのビデオを再生した者は一週間後に死ぬ。

 これだけ。

 

 呪いの解除方法、というか対症療法的な物も単純。

 誰か二人にダビングしたビデオを見せる。

 これだけ。

 

 命惜しさに一人が助かろうと奔走して二人に見せる、一週間以内にその二人が更に見せて行くと…。

 これもまた簡単な事で、ねずみ算式の倍々ゲーム。

 

 一年間で全世界の約半数は命を落とす計算になる。

 

 これは、そんな。

 天然痘が如き恐怖の映像…。

 

「破ッ!!」

『ぐえー!』

 

 だった。

 

「ったくよォー、何がビデオだよ。今どきVHSって言っても通じねぇぞ…っていうかダビングって何だよ。レオナルド的なアレか?」

 

 そう、情報媒体に寄生するウイルスのような存在ならば。次々と入れ替わる媒体や、進化するファイヤーウォールといったプロテクトに対応は出来ない。

 

 そもそも呪いを物理的に排除可能な人間がいるとあらば、如何に悍ましい物だとしても恐るるに足らず。

 

「……そうか…ダビングも通じないのか…!」

「所長、わかりますよ…残酷ですよね…」

「えっ? 何で二人ともショック受けてるんです??」

 

 場所は関東、とあるビデオショップの倉庫。

 男三人、されど悲しき世代差。時の流れというものは余りにも平等で残酷であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京の二十三区外ってどれだけ言える!? 

 先に言っておくけど、俺はあんまり言えないぜ! 

 

 ここは都心から主要幹線道路で数時間、東京都のちょっと外れた地域。高層ビルは群れを成してないし、人混みという言葉から遠いまばらな人通り。

 

 自然が少ないのは一緒だが、誰もがイメージする都会とは何か違う。そんな場所。

 

 何故こんな所に来ているのかというと、話は今日の朝方に遡る。大した話じゃないけどな? 

 

「おはようございまーす!」

「おはようございます、太陽くん。今日も爽やかな朝ですね、町行く一般男性のコートの下は乱れ乱れて狂い咲いてましたか?」

「爽やかさが台無しだよ、変質者なら夜だろ!?」

 

 相変わらず飛ばしてるな。狂い咲きじゃなくて狂ってんのは休日の朝からヤバめの下ネタを暴投してくるアンタだよ。デッドボールだろこんなの。

 

 そこらへんを行き交う一般的な人のコートの下は知ったこっちゃないが、少なくとも変質者は夜なんじゃないか。あぁだから狂い咲きってか、やかましいわ。

 

「…──だやだやだやだ!」

「しかし、健康診断は必要だ」

「ん?」

「あら…」

「ヤダーッ!!」

 

 所長の姿が見えないのはいつもの事、なんだが。今日はそのいつものとは違うらしい。

 

「すまない二人とも、今日は飛び込みで大きな仕事が」

「にゃぁぁぁ!」

「…あってな。太陽は出る用意を、メリーは環を」

「んんんんヴヴヴ…!」

「病院に引っ張っていってくれ…健康診断だ」

「うっす」

「はい」

 

 一見するとナイスなダンディが妙齢の女性に縋り付かれつつ入室して来た。なにこれ修羅場? 

 じゃないな、うん。

 今日は完全に人間状態の所長が、病院嫌いの代理にまとわり付かれてるだけだな。

 

 動物とか小さい子供ってだいたい病院苦手じゃん、ウチの所長代理も例に漏れず苦手なんだよね。小さい子供じゃなくて動物の方ね。

 

 凄ぇよ、自分が診察されるってなったら振動するんだよ、携帯電話のバイブレーションが児戯って感じ。

 粉をシャカシャカするポテトを手渡したら、ずっと芋が宙に浮くんじゃないかな、これぞまさしくフライドポテト。揚力が付きすぎてるからこれじゃあフライングポテトだぜ、ハッハッハ。

 

「今回は千々石と一緒に三人で奥多摩方面へ向かう」

「あっなるほどォ…国の仕事っすね」

「そうだ。『呪いのビデオ』の対処と、発生源と思しきレンタルビデオ店へ回収を…」

「レンタルビデオ店!?」

 

 座っていた椅子を吹っ飛ばす勢いで身を乗り出す、歩けるR18人形ことフォンセルランドさん。

 そんなに驚くようなのなのか、ちょっと怖いぜ。

 

 ビデオって存在自体、辞書で見た程度なんだけれど、そんなに珍しいのか。ビデオっつーか、レンタルビデオ店。普通のレンタルDVDとかと同じだろうに。

 

「太陽くん!! この…おバカ!! 何ですかそのビデオって何という顔は! 最近の子はビデオに対する浪漫さえ知らないというんですか!?」

「いや、実物見た事無いし…」

「ヒェー!?」

 

 そんな驚く事か? 

 こちとら生まれてこの方、記録媒体といえばブルーレイディスクとフラッシュメモリだぜ? 

 

「磁気テープを知らないとは…恐るべし現代っ子…しょ、所長はご存知ですよね? 8ミリCDに8ミリテープとかベータとか」

「まあ、な」

「ほらぁ!!」

 

 何がほらぁ! だよ…。

 ただのジェネレーションギャップじゃんね。

 

 ビデオについてもそうなんだけどさ。例えば他にも、俺らの世代は電話っていうのは輪っかに指掛けてジーコジーコ回すヤツでも無い。ポケベルなんてのも含めて、それぞれ物の本で知っていても実物はお目にかかったコトがねえよ。

 

「いいですか、ビデオには浪漫があります。例えば普及率が高く、誰でも撮影し易かったので、いわゆる裏物などのちょっとグレーなビデオの存在だったり。巻き戻しに手間取るからこそ、前に借りた人のヌ…」

「メリー、環を任せるぞ。それとその後、今日の予定にある面接も頼む。行くぞ太陽」

「オァーオ! フーッ…!」

「…はぁーい。うぅ…行きたかったです…」

「うす」

 

 タマさん…可哀想に、人語を喋れなくなっちまって…。

 フォンセルランドさんがのたまってたビデオの講釈、その最後に何を言おうとしたのかは気にしないでおこう、どうせロクでもねぇからな。

 

「おはようございます、所長。太陽くんも。今回は急な仕事ですが…」

 

 所長の車が置いてある駐車場に佇むシルエット、何ともまぁ細くて不健康な男性。千々石さんだコレ。

 

 相変わらずヒョロいなぁ千々石さん。申し訳無さそうな顔と仕草にくたびれかけのスーツが合わさって、ブラックな企業に忙殺されかけてるサラリーマン風だ。

 

 所長の車の前でずっと待機してたのか、まだまだ肌寒い外気に晒されていただろう鼻先が赤いぜ。事務所に入ってくれば良かったのにね。

 

「構わん。相手が相手だ、人手は多い方が良いだろう」

「助かります」

「千々石さん、ちゃんと飯食ってます? 前より痩せてません? 行き掛けの弁当とかそっちの経費で落としましょうよ、レッツタダ飯ィ!」

「太陽くん、本音が漏れてるよ…!」

 

 当然、依頼なんだから経費は依頼主持ち。千々石さん相手なら遠慮することも無いぜ! 

 

「…行くぞ?」

「バッチコイっすよォ!」

「あ、はい!」

 

 そんな訳でぶらり男三人、片田舎の旅ってワケ。

 

 コンクリートジャングルな景色から、背の高い人工物の密度が減って、少しずつ民家や植木が広くなって行く。青空も電線に切り取られずに、広々と。心做しか空気に混じる変な臭いも減ってる気がするぜ。

 

 車の運転は最初所長がしていたが、一時間毎にコンビニとかで千々石さんと交代。景色に青が多くなればなるほど、道の駅なんてのも見つかるし、都会と田舎の瀬戸際って感じだ。

 

「道の駅って野菜とか果物が安いんすねぇ〜」

「軽食とコーヒーを人数分…それと、ソフトクリームでも買っておくか。守はどうする?」

「車での移動中にソフトクリームとか食べると、ちょっと気持ち悪くなっちゃうので…」

「相変わらずだな」

 

 結構道の駅って楽しいよな。珍しい野菜がお手頃価格で手に入るし、周りには景観を損なうビル群も無い。ピクニックに来たみたいでテンション上がるなァ! 

 

 道の駅だけじゃなくて。

 

「コンビニの軒先でも野菜が売ってんのォ…? 

 そういやさっきも無人販売があったか。すげぇ長閑で東京とは思えないっすね」

「駐車場も広いうえに、料金も取られないからね。都心の方のコンビニにはそもそも駐車場が無かったりするから、数十キロでもガラッと変わるよね」

「何故か地酒も売っているしな、これは自費で買うか」

 

 こんな感じで、小休憩でコンビニに寄るのも楽しい。

 

 男子三人で気兼ね無しってのも良いもんだ。別にタマさんとフォンセルランドさんが悪いっていうんじゃなくて、男だけだと遠慮せずにアホな発言が飛び出したりするじゃん。別腹の楽しさがあるよな。

 

「ほら見て下さいよ、さっきの道の駅で買ったセクシー大根。ニンジンまでセクシーっすよ」

「見事な脚の組みっぷりだな、白とオレンジ色の組み合わせで色彩バランスもいい」

「ほんのり土汚れが見えて、褐色っぽくて余計にセクシーな気がしますね。葉付き野菜なのも芸術点高めで…」

 

 なんか癒やされるぜ、空気がいいのかな? 

 

「見えてきたぞ、あれが…」

「レンタルビデオ店っすか」

「個人経営なのが余計に珍しいよね」

 

 ほのぼの道中、終着点が見えてきた。

 

「なんか…」

 

 車から降りて建物の外観を見渡すと…なんというか。

 屋根は引くほど真っ赤で、外壁もこれまたドン引きするような黄色とピンクなのに所々木目が露出。

【買取中!】の幟も立ってるけど、どこか閑散としている。店の看板を照らす為の照明も、うっすらとサビを付けて。客足の少なさを物語る。

 

「……」

 

 何より目を引くのが、著名極まりないアダルトな会社の商品だったりブランドを堂々と描いてある所。なるほどね、フォンセルランドさんはコレ目当てで来たがってた訳か。

 

 …は、入り難いッ! 

 っていうかレンタルビデオ店って言ってんのに、完全にR18な店じゃねぇか! 

 

 ちょっと待って下さいよ。男三人、少年・青年・おじさまのパーティでアダルトなショップに入れってのか。勇気と無謀は違うって言うじゃん、まさにこれのことだろ。大魔王の本拠地に回復役ナシで挑むが如き無謀っぷりだぞ、匹夫の勇! 

 

 しかも服装を見てくれよ、世間的には休日だっていうのにスーツ姿の成人男性二人と、制服の上を外してコート羽織ってるガキだぞ。明らかに変じゃん、おにぎりにピザソース塗ったみたいな組み合わせじゃん。

 …案外イケるかもしれねぇな…? 

 

 そう、アダルトショップ、男三人、何も起きない筈も…。起きるかバカ野郎!! 

 

 こちとら助平ブックを買う時も、数冊重ねてカモフラージュしなくちゃ買えない純情ボーイだ。こんな不埒な所に堂々と入れな…。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 行ったァー!? 

 

「…どうした?」

「太陽くん?」

 

 えっ、マジで。

 さも当然と入ろうとしてるんだけど。

 

 いやまぁ、さ。仕事、仕事だもんな。

 誰にも…! 誰にも見られていませんように…ッ! 

 

 

 

 

 

 というわけで、冒頭に戻るってワケ。

 

 この店の店長さんもかなり協力的で、話はトントン拍子に進んだ。そりゃあね、自分の店の商品で死人が出てもおかしくないとあればそうもなる。

 

 事の発端は、いつの間にやら存在していた一本のビデオ。パッケージも無地ならラベルも無し。こんな物があっただろうかと映像を確認してみると…。という具合だそうだ。

 

 それで恐怖に怯えた店長さんは公的機関に通報して、たらい回しの結果、千々石さんの所まで話がってな。

 

「こ、これで大丈夫なんですよね?」

「えぇ、安心してください。ひとまず、貴方の、安全はこれで確保出来たと言えます」

「よ…良かったぁ…! ありがとうございますぅ!」

 

 安堵の声を漏らすのは店長さん。

 死の運命から逃れたとあっては、安心するのも当然。

 でもさァ…。

 

「あくまで、貴方の安全のみです。わかりますね? 

 手遅れになる前に、レンタルに来た人と映像作品を購入した人たちの顧客情報を直近一週間分見せていただきます。ここからが本番ですから…」

 

 噂の伝播。

 

 怖いのはこれだ。結局、噂の出所を特定するのは難しいから対症療法、あるいは場当たり的な行動で被害を防ぐしかない。

 

 じゃあ今回みたいに、感染したらマズい物が広まってる可能性が高い場合はどうするか? 

 

 まずは確認できる限り最初の物や感染源を叩く、物理的に。それは今、レンタルビデオ店でやったこと。これで店長さんの安全は確保できた。

 

 これからが本番だぜ。

 

「…とは言っても。現代でわざわざビデオを買ったり借りたりする程アナログ趣味ってのも珍しいから、客の人数もかなり少なくて楽っすね」

「………」

「所長?」

「太陽くん…そっとしておこう…!」

 

 えっ何で…? 

 所長が遠い目をしてらっしゃるんだけど? 

 

 

 

 

 

 

 単純明快、俺みたいなバカ野郎でもわかる方針! 

 見つけて、回収して、壊す! 

 そうそうこれこれ。

 

 探偵らしい行動は顧客リスト入手前までだ。レンタルビデオ店から徒歩圏内の所は俺が、そうじゃない離れた場所は所長が回収に赴く。

 

 千々石さんは何をしてるのかっていうと、店長さんに聞き込み。それとビデオの持ち主達に電話で不在確認ね、大概はスマートに終わるよ。世間的には休日だから、在宅の人も多かろうってコト。

 

「先程お電話差し上げたと思いますゥ。政府機関の者です、ビデオの回収に伺いました〜」

「は、早く持って行ってくれ!」

 

 まぁ、一部始終はほとんどこんな感じ。

 物騒に過ぎる物なんて一分一秒も置いて置きたくないだろうから、仕方ないわな。

 何より国からの仕事の時に使う名刺も見せてるからね、皆さん協力的で助かっちまうぜ。

 

 母数自体が多くないから、粗方回収し終えてとうとう最後の一軒…の、前に携帯電話が鳴る。

 ディスプレイに映る名前は…。

 

「もしもし、千々石さん?」

 

 ビデオ店に居るはずの千々石さんからだった。何か急用とか、事態の急変でもあったのか? 

 

「あ、太陽くん? もう大体の回収は終わったかい?」

「順調っすよ、次で終わりっす」

「ちょうど良かったぁ…最後の人に電話掛けてるんだけど、どうしても出てくれないんだ。

 留守番電話にも繋がらないから、外出中か居留守かもしれない。呪いのビデオに当たってたとしても貸出日数的に猶予はある、だから手遅れって事はないと思う」

「なるほどォ…とりあえず向かってみますよ」

「うん、お願いするよ。最悪名刺を…裏側にビデオを回収しに行くって書いて、郵便受けに入れておいて」

「はーい」

「じゃあ、よろしくね」

 

 突然の事だもん、そういう時もあるよねー! 

 これはしゃーなしってヤツ。散々順調にこなせてたんだから文句も言うまい、だな。

 

「んー…!」

 

 それにしても長閑だ、こうして昼下りにテクテクと歩いてるだけなのに、日に照らされた土の匂いと芽吹きも秒読みの青い匂い。

 花粉の事を気にせず散歩出来るっていうのは良いもんだ。本当は仕事だけどな、ま、気分転換も大事だろ。

 

 そこらの道を歩く人影より木陰の方が多くて。走り去る車の数よりも、その風にあおられて散る花びらの方がもっと多い。

 

 もう春になるって考えると、不思議と感慨深く感じる。一年はあっという間だ。

 

 学校の先輩方は卒業して、それぞれの進路に。

 散って行く梅と違うけれど同じ名前の、上埜姉妹の姉は今年から高校生。

 俺たちも高校三年生ともなれば、本腰入れて進路の是非について再考したりもする。俺は決まってるけどね。他の奴らも大体は決まってるんじゃないか。

 

 あんまりの春うららに、思考がポヤポヤしちゃうぜ。今はお仕事に集中しなきゃダメだろうよ。

 

「ん…んん?」

 

 あっという間に最後の一軒に到着。ボーッとしてると時間が経つのは早いね、光陰矢の如しってか。

 

 変だなと思って声が出た。

 

「…メーター見てみっか」

 

 人が居留守をしているかどうかは、電気ガス水道の各種メーターを見れば手っ取り早い。待機電力の回り方よりも速ければ居る、ガスと水道はその逆。

 

「……──! ─!!」

 

 確認するまでも無かったな。玄関近くに寄っただけで、話し声が聞こえるじゃん。俺の耳の良さはさておき、普通に外まで聞こえる声量だ。

 独り言が特別大きいって事も無いだろう。誰かと喧嘩でもしてんのか?

 

 …いいからインターフォン連打だッ!! 

 

「へへへ…」

 

 ピンポン連打、いいよな。俺の悪戯心がワクワクしちゃう。居るってのはわかってるんだから、遠慮はナシだぜ。食らえッ! 

 

「い、い、居るって!!」

「おっ…と」

 

 堪らず出てきやがったな! 

 それは失礼か? 

 

 今からもっと失礼な事を言うぜ、家主が玄関から顔を覗かせた、パッと見の第一印象の事だ。

 

 まず、清潔感が無い。ゼロだよ。

 髪の毛が濡らしたみたいにぺったんこ。油でも塗ったような顔のテカリ方からして風呂に入った直後かどうかなんざ、考えるまでもない。爪も伸びっぱなしだよ、切れや! 

 しかも部屋着のシャツも、元は白かった成れの果てみたいな色味になってるしよォ。

 

「すみませェん、先程からお電話しております。こちら…こういった者ですゥ」

「せ、政府…!?」

 

 あっ、なんだコイツ。名刺を見て驚いたと思ったら、こっちの髪とか服装をジロジロ見てきやがったな。

 失礼だな、人を見た目で判断するなって教わらなかったのかよ。金髪っぽいのは地毛だっての、ヤンキーじゃねぇんだよ。

 

「先日、近隣のビデオ店でビデオを購入、あるいはレンタルした方に対して回収をさせ」

「か、か、借りてないっ!」

「…あ?」

「ひっ…」

 

 借りてない? それは無いだろう。一応ちゃんとした顧客情報を元にこうしてやってきている訳で、当てずっぽう、手あたり次第にそこら中を聞きまわっているんじゃあないんだから。

 

「と、と、とにっ…とにかく帰って…」

「……そこのアンタ、誰だ?」

「あっ!」

 

 開ききっていない扉、その向こう。見える人影。

 

 生気の失せた血の通わない肌色。

 長い黒髪は顔の正面ごと覆い尽くす。

 服装は白く、長いワンピース。

 

「まだセーフだと思ってたけどよォ、そうでもなかったみてぇだな。悪いんだけど、アンタの命が掛かってるんだ。是が非でも退いてもらうぜ」

 

 さっき俺がビデオ屋でシバいた奴、それと同じ姿。

 間違いない、もう殺りに来ていたって事だ。

 

 こうなれば兎に角速く、この画面から出てきた怨霊をぶん殴って。この男を病院に連れて行くしかない。詳しく診察を受けないとわからないが、物理的な殺傷方法でないならば、体内に何らかの病巣が既に作られてしまっているかもしれない。

 

「ち、違うんだ! この人は…」

「いいから退いてくれ、アンタを死なせる気はねぇんだ」

「この人は、ぼ、ボクの恋人なんだ!」

 

 …………。

 

「は?」

 

 絶句だよ。

 

 

 

 

 どう見ても怨霊です、本当にありがとうございました。そうも言いたくなるような女性。

 

「あ、あざっす…」

「どうも」

「…ア…アア…」

「あ、ありがとう…」

 

 ねぇ、この人…人?? ア、としか言わねぇんだけど。

 あっ美味い、お茶淹れるの上手だな。本当にありがとうございますゥ。

 

「じゃなくってェ!!」

「ひっ…」

 

 何を呑気に茶ァ飲んでんだよ! 

 ていうか怨霊が無闇に美味しくお茶を淹れてんじゃねぇよ! 甲斐甲斐しいなオイ! 

 

「太陽くん、まぁ落ち着いて」

「無理ですって! 明らかに呪いが出てきちゃってますって! 一刻を争う事態でしょコレ!? というか時既に遅しの範疇を超えてるでしょ!?」

「平気だから、ね。まずは小野山さんの話を聞こうよ」

 

 この家の家主。小野山さんがあまりに奇天烈な事を言うもんだから、とりあえずのホウレンソウ。そしてやって来た千々石さん。

 

 俺はもうパニックですよ、どこからどう見ても、どこに出しても恥ずかしくない…いや恐ろしい怨霊的な女性に対して、言うに事欠いて恋人だって。

 呼ばれた千々石さんは落ち着き払い過ぎてるし、何が何だかさっぱりだ。

 

「実は……」

 

 あっ、説明はしてくれんのね? 

 

 ちょっと長くて、要領を得ない部分もあったんで。掻い摘んでいこう。

 

「さ、最初は、ちょっとビックリしたけど…」

 

 出会いは当然画面から突然に。

 

 あのレンタルビデオ屋でビデオを借りたのは、どうやら二週間前と、そしてつい先日。この女性が現れたのは二週間前の時に映像を見た時から、らしい。

 

 この時点でおかしい。

『呪いのビデオ』の噂話として伝わっている物が正しいのなら、最初の視聴時点から一週間も経過していれば。既に死んでいるはずだ。

 

「それで…」

 

 どうやら怨霊感があるのは見た目だけで、実情は全くの無害。話を聞く素振りを見せたりもすれば、家事も一緒にやってくれる。食事とかはどうしているのかわからないが、とりあえず一緒に食卓は囲んでくれる。

 

「た、ただ、優しいんだ…優しく、してくれるんだ」

 

 目の前にいる小野山氏が、普段の仕事から疲れて帰ってくれば。風呂は沸かしてあるし、温かな料理も作って待っていてくれる。

 

 時には背中を流してくれたり、ベッドを共にしたり…ってオイ。興味が無いでもねぇけど、未成年だぞ俺は。何を聞かせてんだコイツ。

 

「し、喋ってはくれないけど、紙に書いて会話は出来るんだ。だから、この人は…!」

「……」

「あー…」

 

 休日にはたまーに一緒にお出かけもしたり…だとさ。

 これは…つまり。

 

「珍しいけど…アレですよね?」

「うん、そうだね。

 …小野山さん、彼女についてですが。保護観察処分ということで話を進めますがよろしいでしょうか」

「えっ!?」

 

 さぁて問題です。ウチの探偵事務所、その受付兼事務員さん。彼女の正体は? 

 

 そうそう、メリーさん。メリーさんの話の中に、人間とお手々を繋いで仲良くした、何て話は無いだろう。全ての話に害をもたらしたとかのオチがついている、それなのに、何食わぬ顔で普通に人と接する事が出来ている。

 

 それが答えだ。

 つまり偶然、それは偶々、彼女が無害だったから。

 

 奇跡的な確率かもしれない。本当に偶然で、他には二度も無い事象かもしれない。だとしても、今ここにある繋がりを無に帰して良い理由にはならない。

 

「では、何かありましたらこちらの連絡先に。些細な体調不良でも必ず病院に行くことと、月に一度、こちらから連絡をします事をご了承ください。

 保護観察の同意書は、後日こちらに郵送させていただきますのでそれを記入のうえ折り返してくださいね」

「え、え、え??」

「それでは、私達はこれにて失礼させていただきます。お茶、ごちそうさまでした」

「お茶美味かったっすよ、失礼しやしたー」

 

 心配して損した…とまでは言わないが、結果オーライだ。ハッピーエンドが一番じゃんね。

 

「あ、あの! いいんですか!?」

 

 良いか悪いか、さてさてどうかね。

 ついさっきまでこの人とは縁もゆかりもなかった訳だが、こういう時には。

 

「お幸せにィ!」

 

 まぁ、こんなセリフでいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後にイレギュラーはあったが、それでも随分と幸運なケースだった。帰り支度も早々に、すっかり暗くなった空を連れていつもの探偵事務所。実家のような安心感だな! 

 

 あ、そうだ。これも最後に怖い話が一つ。

 大体において、千々石さんが同行する仕事って実は滅茶苦茶危ないんだぜ。

 

 これは扱う事件とかの危険度が高いんじゃあない。

 最悪の場合、その都市の一部を無かったモノにした方が『噂』のもたらす被害よりは少ないと判断された場合。あの人が全部を吹き飛ばす算段なんだよね。

 

 ゾッとしない話だろ。

 もしも小野山氏がビデオを蔓延させていたり、レンタルビデオ店がタレコミ無しで人為的に被害を拡大させていたらどうなってたか、なんてさ。

 

 とりあえずはハッピーエンド、今回の話はそれでいいんだよ。さ、今日の仕事はこれで終わりだ。

 事務所で帰り支度して帰宅と洒落込もう。

 

「ただいまー! 無事に終わりまし……」

 

 元気よく事務所に入ると、そこには何故か最近よく見る事になった奴がいた。

 

「あっ、太陽くん。おかえり」

 

 真っ白い髪、小柄なのに目立つ容姿の。

 

「レイリー…? 何だよ、なんかウチに用事でも…」

「あのね」

 

 相変わらず多弁と言うには言葉が少ない。

 

「明日からここで働く事になったから」

「…誰が?」

「私が」

 

 レイリー加入! 

 じゃなくて!! 

 

 聞いてねぇよ!? 

 

「いえーい」

 

 何がァ!? 

 

 

 

 

 




御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!
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