はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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Brand New…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝は寝汗と目覚めの為にさっとシャワーを浴びる。

 

 ニオイは無い方だと思うけど、依頼人の方々に少しでも悪印象は与えたくないからな。頭髪の色だけで素行が悪そうと思われた事も一度や二度じゃないし。

 

 それでサッサと着替えて、髪を乾かしてから軽い朝飯を食べる。貞雄さんは今日も居ないので、一人でな。寂しいとは思わない、慣れたよ。

 

「いってきまーす」

 

 返事が無くとも、出発の言葉は言う。

 しんと静まった部屋の中、無駄に良い耳が冷蔵庫の駆動音を返事として捉えた。

 

 向かう先は当然バイト先、遊ぶ予定でも無ければ大体休日ってのはこんなもん。読書とかもできるけど、結局何もしていない時間の方が耐え難い。

 

 事務所の所在地は都心の方とはいえ。朝方の、特に通勤ラッシュを過ぎた時間は喧騒も薄い。

 さぁ、何とも胡散臭いオーラを放つ看板を尻目に。

 

「おはようございまーす!」

「おはようございます、太陽くん。普通の高校生は今頃春休みですよ? 折角の青春なんですから、発情期を有意義に過ごしてはどうでしょうか」

「今、発情期って言った??」

「は? 言いましたが?」

「悪びれろや!」

 

 朝の挨拶がこれっておかしくない? 

 人間に特定期間の発情期は無いし、そもそも昼夜問わず盛らねぇよ。朝だぞオイ。

 

「……掃除してきまーす」

 

 何か朝からゲッソリしちゃう。何でかな…。

 

「あっ、もう終わってますよ」

「…えっ!?」

 

 お、俺のモーニングルーティーンが!? 

 この風紀が乱れた会話で、げんなりした心を癒やす時間が奪われてるゥ!? 

 

「だ、誰がそんな事を!?」

「…後ろを見てください」

 

 もしもし? あなたはメリーさん。

 …自分でやったんじゃないのか、俺の仕事を奪う不届き者が他に居るっていうのか。心当たりが無い。

 

「まかり間違ってもメリーさんがそういう事言わないでくれますゥ? めっちゃ怖いんですけ…ど…」

 

 振り向く。

 

 小さい、何とは言わないが。

 白い、全体的に。

 

「…おはよう、太陽くん」

 

 花が咲いたような不思議な瞳孔で、俺の顔をじっと見つめるクラスメイト。視線で射抜くというのはコレかと思う、そんな、穴が空きかねない熱視線。

 

「レイリー…?」

「言ったよね、これから同僚だよ」

 

 グイグイ来るね、お嬢さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえばそうだった。

 以前の『呪いのビデオ』事件の後、この探偵事務所で働くとか、そんな冗談みたいな事を言っていた。

 よくよく思い出せば、所長がタマさんの面倒をフォンセルランドさんに頼んだ時、面接も頼むって言ってたじゃん。でも、その面接を受けた相手が…。

 

「太陽くん、お茶飲む?」

「いやいいよ…」

「………」

 

 この不思議転校生、レイリー・ケイスだとは思わないじゃんね。

 …ちょっと待てお前、やめろ。温かいお茶を淹れた湯呑を無言で押し付けんな。火傷したらどうすんだよ、色んな意味で適切な距離感ってもんが有るだろうが。何でこう、遠慮無しにグイグイグイグイと…。

 

「……」

「……」

 

 グイグイと…。

 

「いや熱ィよ! いらねぇって!」

「………」

「わかっ、熱っ、わかったから! 飲むよォ!」

 

 湯呑を物理的にグイグイ押し付けるって意味じゃねぇんだよ。ひょっとして、人を火傷させるのが趣味だったりするのか、レイリー。危ない趣味だな? 

 

「…どう?」

 

 …どうって、何が…? 

 無表情な人にジロジロ凝視されながらお茶を飲むのってなんだかやり難いね、うん。

 そういう話じゃないなコレ。

 

「…美味いよ?」

 

 基本的に来客用のお茶っ葉しか置いてないからな、ちょっと良いヤツを買ってるんだよ。日本茶・紅茶・コーヒーと各種取り揃えてな。

 

 こうして一人でじっくり飲むのも中々無い。

 いやぁ美味いもんだね、流石喫茶店の娘さん。

 

「そっか」

 

 そっか…ってお前、素っ気ねぇなぁ!? 

 いや待てよ、よく見れば心做しか口角上がってる? 

 嬉しいならもっとわかり易く、キャッキャとはしゃいだりとかしてくれないかねぇ。はしゃぎまわるレイリーの姿なんて想像出来ないけどさ。

 

 うん、美味い美味い……。

 

「じゃねぇよ!?」

 

 何を一息ついてんだ。違う違う、そうじゃない。

 まずこの不思議転校生ちゃんは、何を思って友人のバイト先に突撃してきたんだ。しかもよりによって同僚ってなんだよ、脳の処理が追いつかねぇぞ! 

 

 さらに人の仕事を華麗に奪うとは、おのれレイリー…俺が厄介払いされたらどうしてくれるんだい!? 

 

「なにが?」

「なにが? じゃなくてさ…何でお前、ここで働こうと」

「ダメなの?」

「…俺が決めるもんじゃ無いけどさ…」

 

 いちアルバイトに人事権とかあるわけないじゃん。ダメも何も無いよォ…。でもさぁ、知ってて選ぶか? 普通。多少は親しい間柄だとしても、この前のチョコの一件もあったんだから、普通は距離を置くだろ。

 

「覚えてないの。私、諦めないから」

「…すげぇ押しの強さだな」

「褒めていいよ。それに、このくらいやらないと、太陽くんは自分からそれとなく距離取るでしょ」

 

 ば、バレてる…! 

 あんな恥ずかしい自分語りをしちゃったから、そりゃあ距離の一メートルも取りたくなるのが人の情じゃん。逆にそっちから距離を取ってほしいくらいだ、押しの強さを褒める気はないぜ。離れろ離れろ。

 

「行為する乙女は無敵、という事ですね。太陽くんの負けですよ。惚れた方が負けとは言いますけれど、攻守逆転もあるんですね。攻守…攻めと受け…?」

「行為じゃなくて恋ね? 一字入れただけで大惨事だよ。っていうか何で止めなかったんすか、フォンセルランドさんも代理もォ! 攻めと受けは色々間違ってるし!」

 

 春の陽気に当てられて狂った…多分関係ないな。じっとこちらのやり取りを見ていた色ボケナス人形が話しかけてくるじゃねぇか。

 

 恋する云々は置いといて、何で止めないんだ。物騒な時代の、一際物騒な稼業に女子高生を関わらせたらマズいだろうに。色々と前提の違う俺とは話が違うんだぞ、親御さんに顔向け出来ねぇだろ。

 

 しかも、だ。探偵業なんざ普通、長く関わっていたら人間不信になっちまうだろ。怨恨とか妄念的な、ヒトの薄汚いモノだったりに晒されるんだぞ。

 

「代理も所長も大丈夫だという判断を下しました、それ以上の保証が必要ですか? レイリーさんのご両親も承諾済みです。むしろ良い勉強になり、貴重な経験に繋がると喜んでさえいましたよ」

「絶対教育に悪いじゃん! 経験も積まなくていいヤツだって!」

 

 あのご両親は何を考えてるんだ。獅子は子を千尋の谷に落とすって言うけど、それとこれとは比べちゃダメじゃないのか。何より、何より危惧しているのは。

 

「ていうか俺の仕事が無くなったらどうするんすか!?」

 

 そうだよ。いつだってこの事務所には、荒事ばかりが舞い込んで来る訳じゃないんだぜ? 

 

 雑用全般から身近な猫探し、平和な失せ物探しだのを奪われてご覧なさいよ。気分は窓際、いつ降りかかるかわからない解雇宣告の恐怖に怯えてろってのか!? 

 

「……あっ」

「今気付いたみたいな反応やめない??」

 

 クソ…コイツ正気じゃねぇ。いつもか。

 …いいのか!? 俺が居なくなったら雑用は平気だとしても、事務所内の公序良俗は無事じゃ済まねぇぞ! 

 

「まぁまぁ、その時はその時ですよ。ね?」

「何が、ね? なのォ?」

 

 クビを匂わせるのはやめてくれ、マジで。

 

「大丈夫だよ」

「何がァ??」

「ヒモでも気にしないから」

「そういう問題じゃねぇよ!」

 

 ふ、と柔らかく微笑みながら、俺の肩に手を置くインベーダーことレイリー、何やら良い事言った感を出している。これが天使のような悪魔の笑顔ですか。

 

 いや何も大丈夫じゃねぇよ。

 俺は真っ当に生きたいんだよ! 

 

「ヒモくんの焦りはさておき」

「待って? さり気なく俺の扱いが酷くない?」

「彼女が働いてくれるメリットはとても大きいです、ちょうど今日、これからの一件で…」

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 空は暗幕に覆われて。駅に着いた電車は、朝に入れた内容物を吐き戻す時間。

 

 労働から解放された人々は家路を急ぎ、明日を考えて憂鬱になるか。酩酊に身を委ねるか、床に急ぎ眠るか、千差万別の時間。

 

「………」

 

 帰宅を急ぐ女性の影、その主の顔色は悪い。

 当然だが、理由がある。

 

 人の影がちらついている。

 

 朝に出社する時、見慣れない人影があった。

 

 よくある事だ。気にするまでも無い。

 通行人かもしれないし、近くに引っ越してきた人かもしれない。そもそも見覚えが無いだけで、実はご近所さんの可能性もある。他人の顔を逐一覚えていられる程、暇に飽かして人を見ている訳ではないのだ。

 

 夜、見慣れない人影があった。

 数十メートル離れて足音が重なる。

 

 気にし過ぎだろう。別に、誰かと帰宅時間が被っただけかもしれない。そんな事を気にするよりも、明日に備えた方が有意義だ。

 

 翌日。

 

 また翌日。

 

 一週間後。

 

 足音が、ついてくる。

 

 休日であろうとお構い無しに、自分が出掛ける時、必ず足音が増える。

 

 これは、気の所為ではない。

 歩みを緩めれば、同じように遅くなる。止まれば止まり、急げば速く。自宅までついてくる。

 数回振り向いてみた、すると、物陰に何かが引っ込んだ。それを捕まえるか問い詰めようと追った事もある。だが煙のように忽然と消えてしまう。

 

 ある日、自宅に手紙が届いていた。

 宛名、住所、消印、全てがまっさらな無地の物。思い当たる節がある、それは背後の足音。

 怖いもの見たさではなく、ある種の決意を持って中身を検めようと開封した。

 

 あなた を みている

 

 薄紙一枚に刻印された文言。

 絶句。

 恐怖。

 

 姿の見えない誰かが、目的も不明なまま自分に付き纏う生理的嫌悪感。何をされるのかもまた検討の付かない未知の悍ましさ。それがゆっくりと、背筋を這うように貼り付いてくる。

 

 気付けば一月以上続いていたこの事態。

 

 警察への相談は勿論のこと、仕事先の同僚にも話を聞いてもらった。しかし警察は被害や犯人が明確でなければ動けないと言い。同僚も解決に至る助言や、直接的な手助けは出来はしなかった。

 

 ただの物陰さえ、何かの目が付いているような。

 

 そう思うと眠る為の暗闇さえ安堵から遠い。

 

「………」

 

 そして、今日もまた。

 しかし、今日は違う。

 

 一度右折する。

 アスファルトを叩く音が二つ。

 

「………」

 

 足音が追ってくる。

 二度目の右折。

 

「……」

 

 三度目。

 

「……」

「確保ォー!!」

 

 足音は、私の物だけになった。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 探偵の仕事と言えば! 

 化物退治や物理的な除霊みたいな、オカルト全開極まってる案件だけじゃないぜッ! 

 浮気調査から失せ物探し、ペット探しだってお手の物。そして、今回の件。

 

 つまり、ストーカー対策! 

 

「はい、後は警察に…はい。支払いの事よりも、今はご自分の心身の方を第一に考えてください」

 

 努めて優しく電話口に話しかける、こういう時は優秀なフォンセルランドさん。こういう時は本当に優秀なんです、信じてください。

 

「…んで…あの、三回同じ方向に曲がるってのはどこで知ったんだ? 女子高生らしからぬ知識じゃねーの」

「二回までは、偶然同じ方向に用があったり、家がその方向にあったりするかもしれない…ってお父さんが」

「三回目は同じ方向に戻るからありえない、ってか」

 

 今回のありふれたストーカー事件、解決策を提案したのは事務所の新人ちゃん。お手柄だよまったく。

 それより底知れないのは親御さんについて、ご両親揃って何の仕事していたのか聞きたくなるな。

 

「……はい、ごゆっくりなさってください。では…。

 …どうでした、太陽くん?」

「あー…知ってるでしょ? 大手柄ですし、確かに俺みたいなのより良い場合もありますね」

 

 さっきのは今回の件での電話だったのだろう。受話器を静かに置いた途端、どこか自慢気にレイリーの仕事っぷりを訊いてくるフォンセルランドさん。

 

 結果はもう、バッチリですよ。

 

 まず依頼人が安心する。自分で言いたくないけどな。今回みたく依頼人が女性が被害者で、男から何かされている場合。金髪っぽい髪色の男がにこやかに接しても警戒されるどころか怯えられるのが関の山。

 なので、少し白っぽいけど小さくて無害そうな女子が対面での応答に当たるっていうのは大変効果的だ。

 マニュアル通り、依頼者の部屋内に入って盗聴器を探す時も同じ、同性がやった方が安心するってワケ。

 

 それで、いざって時には俺が出張るって段取りだった訳だが。さっきの三回曲がるとか、頼りになる知識がどんどん出てくるんだから仕事がとってもスムーズに終わったよ。

 

 武器さえあれば腕っぷしも中々の物で。雪女の噂が憑いた時のアレ、本人曰く護身術らしいあの物騒な体術もあるんだから、恐ろしく頼りになっちゃうよ。小さい体に無限のパワーだ、それいけレイリーちゃん。

 

「もっと褒めてもいいよ」

「お前結構いい性格してんな?」

「性格も、いいでしょ」

 

 いい性格だな! 

 

 確かに動きが遅くてこういうケースには不向きなフォンセルランドさんや、何かしらの仕事で不在だったり散歩で居なくなったりする環代理。

 この女性二名よりも、女性依頼人に警戒されない上にフットワークが軽いというのは確かにいいんだろう。

 

 でもさ、俺の仕事が無くなるっていうのは解決しないじゃん。むしろ悪化の一途じゃん。どうしてくれんだいレイリーよォ…っていうか面接したはずの代理もさぁ、俺をどうしたいんだよ。不安になるぜ。

 

「おー、ちゃんとやってるみたいだにゃ」

 

 そんな焦燥感を醸し出す俺を気にも留めない、このとぼけた語尾。これは間違いなくウチの所長代理。今日は黒猫の姿で戻ってきた。

 

「代理ィ! 俺をクビにする気っすか!?」

「はぁ? にゃに言ってんだお前…」

 

 滅茶苦茶呆れられてる…! 

 大人ってのはいつもそうだ! こっちは真剣なんですよ! 本気と書いてマジってくらいに! 

 

「新入りちゃんと仲良くしろよ…っていうか、クラスメイトにゃんだろ。いいじゃん別に」

「あんまよくないじゃん…!」

「危にゃくにゃったら守ってやんにゃよ、頑張れ男の子」

「そりゃ普通に守りますけど…ってあれ? どこまでレイリーから聞いてるんです?」

「だいたい全部。男冥利に尽きるんじゃねーの、知らんけど」

「!?」

 

 随分オープンだなレイリー! 

 俺のプライバシーとかはどうした!? 

 その前に、そんな話聞かされてたら余計に採用しちゃあダメじゃねぇの!? 

 

「ちなみに私もおよそ全部聞いていますよ」

「何で!?」

「いやぁ素敵ですね、恋バナ。健康に良いですよ」

「何の!? アンタ人形じゃん!」

「太陽くん」

「何だよ!?」

「私、か弱いから。ちゃんと守ってね」

「何から!?」

 

 何かがパワーアップした『愛に溢れる探偵事務所』を、今後とも宜しくお願いします。

 

 そんなワケねーだろ! 

 たぶんね、何かってざっくりした物じゃなくて、俺の心労とかその手のモノがパワーアップしたと思うんだよね。怖くない? 

 

 はぁ…。

 

 




御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!
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