はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
春休み、その終わり近くのこと。
新三年生はなんの因果か…いや、アレだ。三者面談とか進路の話で一足先に登校する事になっていた。あと三年生を送る会的なヤツね、何か余興をやるタイプの。
だから春休みって思いの外短い。
この時期にはいい思い出が少ないのもある、むしろ考えてもみれば悪い思い出の方が多いな、うん。それはどうでも良いけど、休みの合間に登校日があると長期休みって気がしない、飛び石連休ってダメだな。ずっと忙しい方が性に合ってる。
そんな気怠い気のする、ちょうどいい気温と。浮かれた気配を助長させる桜の花が咲いては散る日。
「ふわぁ……眠いなァ」
「珍しいな當真、寝不足か?」
「春の海、ひねもすのうんたらかんたらって感じ…」
「時期としてはまさしくだな」
だからこそ、教室内で欠伸も出るってな話ですよ。日差しは暖かいし、この時期は幾ら寝ても眠い。これだと春眠暁を覚えずだな。
「ヌゥゥゥ! 草書体が読めぬでござるッ…!」
「最近またサッカー部の連中が地面割ってさ」
「握力で球を分裂させて分裂魔球ってのはどうだ」
「それは立神さんが持ってきた食材のせいだって」
「いやマジだよ、芋虫もエビも変わらないから」
「この前豆腐屋の配達に抜かされたのん」
クラスメイトどもも胡乱な話ばっかりしてんな。
どう見てもニンジャの癖に草書体が読めないってのはどういう了見だ。サッカー部は謹慎が解けたらまたグラウンドぶっ壊すし、立神は変な物を運び込んでる。
…待てよ、芋虫とエビは違うだろ。野上を追い抜かす豆腐屋の配達ってのも何なんだ。あと握力で野球ボールを分裂させたらルール違反になるんじゃないか。
奇っ怪な話ばっかりで楽しいなオイ。
「ふわぁ……くっ…」
しかし今日は首を突っ込むのも、そもそものツッコミも無しだ。よくある話なのは間違いないし、春の陽気が俺の意識を微睡みに連れて行こうとしているから。
今ならタマさんの気持ちもわかるぜ。日向ぼっこしつつ、その勢いで眠るってのは人間の…タマさんは猫だから…えーっと…そう、生き物の欲求としてメチャ強い。子守唄があれば一瞬だね。
「子守唄でも歌おうか」
「いらねぇ…!」
「そうか…」
ちょっとイケメンは黙っててくれる??
ていうか思考盗聴してねぇ? 結構な人数が同じような事をしてくるから不安になってきたんだけど。アルミホイルでも被った方がいいかな…。
全力で着こなして。これであなたも遮断系男子、最新コーデはアルミホイルハットで決まり、みたいな。無理か? 無理だな、誰が見てもドン引きするわ。
「太陽くん」
「…ん、どうした…報告書の書き方とかバイトの話なら、フォンセルランドさんに聞いたほうが早いぜ…」
「レイリーさんも探偵事務所で働く事にしたのか」
「そーそー…ついこの前からな」
「デートしよう」
「…ん?」
「おや…?」
デート…なるほどね、日本語で言えば日付だな。日付をするって変だよな、見た目の通り日本語が苦手なのかもしれない。まったくもー、レイリーちゃんったら。
「逢い引き、逢瀬って言い方でもいいよ」
「……?」
「駄目だレイリーさん、當真の頭がショートしている。寝ぼけているのもあるかもしれないが」
「…はぁ」
え、なになに? 何の話してんの?
あいびきって挽肉の話じゃん。おうせってのは…なんだ、旺盛とかかな。そりゃあ確かにそこらの野良猫はニャアニャア鳴きながら喧嘩したりしてるよね、うんうん。事務所の近くだと、タマさんが睨みを利かせてるから静かなんだけどね。
「デ…デイトナ…?」
「今日はちょっとダメかもしれないな…頭が半分寝てる」
「太陽くん」
「デイ・アフター・トゥモロー…? いてぇ!?」
ぼうっとした頭ごと、両手で頬を挟み込まれた。結構力強いじゃねぇかお嬢ちゃん。軌道修正をしたいのはわかるけど、力づくで振り向かせるのはルールで禁止じゃないか。
「放課後、デート、しよう」
マジかぁ…。
はい、という訳でね。
すっとぼけようとしても無理でした。
あの後、華麗にスルーして帰宅しようとした所。手首をガッチリ捻り上げられて、捕まった。これだけ聞くと俺が何か悪いことしたみたいじゃんね。
「…で、何かプランとかあるのォ?」
いやさぁ、あんな暗い話を聞かされたら普通は距離を取るじゃん。それなのに、こうもグイグイ来るのはちょっとした恐怖体験だよ。
よりによって同じバイト先で働くし、大人しそうなのは見た目だけか?
「無いよ」
「無ぇの!?」
レイリーさんには驚かせられてばっかりだなぁ!
人は見た目だけじゃないって言うもんな。だとしてもアグレッシブ過ぎるぜ。急にデートだなんて言っておいて、何も考えてなかったとは驚天動地だ。行きあたりばったりとも言うな、ひょっとして行動力の化身だったのかい!?
「じゃあ解散ってことで…」
「やだ、ダメ」
「えぇ〜…?」
服の袖を掴んで抗議してくるレイリー。おいおい結構あざとい仕草じゃねぇの。俺が真っ当な青少年だったら即死してたぜ、精神が。キュン死ってヤツ。だが甘いなレイリー、俺はそう簡単に揺るがない硬派な男だぜ。
…それはともかくとして。あまりに無碍にしても、こっちが心苦しい。目の前のガン攻めウーマンが泣くことは無いだろうけど、何か、何というか。後味悪いっていうか、スッキリしない。
腹を決めるか…。こ、これはあくまで今日の快眠の為であって、レイリーの為じゃないんだからねッ! 勘違いしないでよねッ!!
「…しょーがねぇな」
「…嫌だった?」
「別にィ、好意を寄せられて悪い気はしねぇよ。俺みたいなのはオススメしないってだけで…あぁ待て待て、叩こうとすんなよ! 暴力ヒロインは流行んねぇぞ! 拳を降ろせ! 話せばわかるって!」
「……」
ラブアンドピースからかけ離れた行動をしやがって…。これじゃあサーチアンドデストロイじゃん、平和的にいこうぜ。それにしても、そのジトっとした目付きはどうにかなりませんかレイリーさん。原因が言う事でもないな。
「…じゃあ、行こうぜ」
「どこに?」
「候補は二つだ、魚と動物、どっちがいい?」
動物も魚も好きだなんて、意外と欲張りな答えをいただきまして。電車で移動して、いざ来たるは東京都は豊島区、東池袋にあります某水族館。サンでシャインなあそこね。
水族館から展望室、プラネタリウムもあれば飲食店もある。デートスポットとして非常に便利な場所。
他の候補としてパッと思いつくものは映画館もあったけれども、そもそも今は何を上映してるのか知らねぇし。濡れ場のシーンでいたたまれなくなったり、大外れの映画を観て白けるよりはマシだ。
「ほい、チケット」
「お金払うよ」
「デートかどうかってのは置いといて。ここに誘ったのは俺だ、だから俺が出す。それでも納得いかねぇなら…あー、後で少し何か食べる時とかにでも頼むわ」
「……」
「いいじゃん、こちとらバイト先の先輩だぜ? おとなしく奢られてくれよな」
「….」
釈然としないって顔してる、が、それは黙殺させてもらうぜッ! 俺は人に優しくがモットーですよ。時と場合と相手は選びますけどねぇ!
働き先の事務所の名前だって、愛に溢れるって付いてるだろ? つまり俺こそラブアンドピースの化身ってワケ。んなわけねぇだろ。
戯言は一旦ストップ。
実のところ、水族館は結構楽しい。以前水族館がどうなのかは知らないが、現在の水族館といえば中々にエキサイティングな場所として知られている。
「早く行こうぜー、面白いイベントが始まっちまう」
「…?」
時間もちょうどいい。最初からクライマックスな催し物で楽しんで貰おうか。
人混みの数歩前、そこそこの集団をかき分けて。ここで疑問があるだろう。水族館の面白いイベントは、イルカショー的なもの以外にあるのか。
それにお答えするには、まず前提を整えよう。
水族館の目玉といえば何か?
世界各国、古今東西、それぞれの水族館によって答えは変わる。
例えばイルカ、さっき思い浮かべたイルカショーが最たる物。愛くるしい見た目と観客に水をぶっかけるパフォーマンスの人気者。アザラシとかも同じだな、あいつら見た目のアドバンテージが凄いもん。
他にも小型のクジラとか、サメも人気。サメは映画になるだけあるよ、ただし竜巻にはならねぇぞ。
あっ、マンボウは駄目だ。あいつら噂通りの存在になって、水面から飛び上がれば死ぬし、水温の温度差でも死んじゃうし、障害物に激突してそのまま死ぬ。
さらに仲間のマンボウの死に様を見て、ストレスから連鎖的にショック死しちゃうようになったらしい。噂って怖いね。
忘れちゃいけないのがペンギン、そう、ペンギンだ。さる一種を指して俺の頭を同じだと言ってからかう奴もいるが、それは置いておこう。重要な事じゃない。
フィクションの中でも主役に抜擢されたりする程、これもまた押しも押されもせぬ人気者。
ひょこひょこよちよちと歩く姿は、老若男女の心をガッチリ掴んで離さない。まさか脚で獲物を掴むんじゃあなくて、人々のハートを掴むとはな…。やってくれるぜ…!
「いけぇ! そこだ! やれー!!」
「負けるな飼育員ー!」
ところで、聞いたことはあるか?
「ぐ…うぅ…!」
「おーっとぉ! 飼育員の武器が弾かれたー!」
ペンギンの翼、フラッパーは。
「ぐわぁぁあ!?」
「翼が飼育員の足にクリーンヒットォ! 勝者はケープペンギンちゃんでーす!」
「うぉぉぉ! ペンギン最強! ペンギン最強!」
人の四肢を砕く程の力があるって。
「何これ…」
「何って…ペンギンバトルショーだぞ…?」
そんな…! まさかレイリー…知らないのか…!?
噂の力で人の腕を容易く切断出来る程鋭くなったペンギンの翼を、制限時間まで武器でいなし続けるペンギンバトルショーを!?
「知らないけど…」
なんてことだ、ファンシーが毛皮を着て歩いてるペンギンと屈強な飼育員さんの血湧き肉躍る戦闘であり。その危険性故に、お茶の間に流せば視聴率二十パーセントは固いと言われながらも、子供が泣くという理由で元から放映出来ないテレビから、個人撮影さえ禁止されているペンギンバトルショーを知らないとは。
人生の十分の一くらい損してるぜ。
十分の一ならいいか。
「ヴァイオレンス過ぎるよ…」
「…た、たしかに…!」
安全面に配慮した防具の着用があれど、やっぱりちょっとばかし刺激的だったか。
女子にも格闘技ファンは居るからイケると思ったんだけどなぁ。レイリーの引き加減を見るに、うぅん、こりゃダメそう。それより発音いいね! バじゃなくてヴァね!
「普通のが見たいな、普通の」
「普通のォ? せっかく来たんだからペンギンバトルショーの二戦目を…」
「いいから」
「…うっす」
有無を言わさぬ圧力に屈したぜ。
ペンギンをキワモノ扱いするのは良くないじゃん?
まぁ普通の物でも見ていこう。
この水族館は階層ごとに展示が違う。
一階は魚類にクラゲ、イカとか。
二階に両生類、川魚、アザラシ。
そして屋外にペンギンとペリカン等々…。
あと普通で人気なのはカワウソだな、コツメカワウソ。オオカワウソは怖いじゃん…。獰猛だし…。
「かわいい…」
「……ダイオウグソクムシだな!」
可愛いか? という言葉はグッと飲み込んだ。個人の感性に、その人の感想だもん。デカいダンゴムシじゃねぇかってのはやめておこう。
「カエル…」
「青色ってすげぇな、警戒色ってヤツ?」
「かわいい…」
「…そうだな!」
うん。言いっこナシだぜ。
「おっメンダコじゃーん。なんか帽子みたいな形してるよな、耳みたいなコレがヒレなのか。へぇ」
「変な形」
あれかい、レイリーさん。自覚が無いかもしれないけど、お前少しばかり好みがおかしいんじゃないかい。
「カワウソのニオイだってよ、どれ…くっっっっせ!!」
「えっ…うわぁ……酸っぱ臭っ…!」
カワウソのニオイ付き毛布に悶絶したりもして、中々楽しんだ。レイリーの反応も悪くなかったから、お互い楽しめたんじゃねぇかな。我ながら即興の思いつきにしては悪くなかったと思うぜ。
一通り満喫した水族館から出て、ちょっとお茶でも飲んでから帰ろうとしていた時。よくあるチェーン展開している喫茶店で。あの魚が変とか、サメが思ったより小さいとか。水族館なのにカエルとトカゲがいたのって何でだろう、そんな話をしていた時。
「ねぇ」
「ん?」
「なんで動物園じゃなかったの?」
「あー…」
ワクワクするじゃん、ペンギンバトルショー。
冗談だよ。それだけが理由じゃない。
レイリーはどっちでも良さそうだったから、動物園と比べて学校から近い、実質的に複合施設だから選んだ、それもまぁ要因の一つ。本音として一番大きな理由は、動物園が苦手なんだよね。
あの鉄格子に囲われた動物を見ると、嫌な記憶を想起してしまう。この季節もそうで、嫌な夢を見るから眠りがどうにも浅くなる、だから欠伸も出るわ出るわ。
「いいじゃん、ペンギンバトルショー。かっこよくね?」
「……」
まぁいいのさ、春なんて浮かれてナンボってもんでしょ。なにせ花粉症も治る世の中だぜ? テケテケが出たら面倒だから花見はしたくないけど、芽吹きの季節を楽しんだらいいってな。
「太陽くん」
じっとこちらを見つつ、注文した紅茶を飲んでいたレイリーがカップを下ろした。
そのまま机越しに身を乗り出して、俺の手を掴む。
自分でも気付かなかったんだが、どうにも嫌そうな顔をしていたのだろうか。それとも、誤魔化した後に手でも震えていたのか、はたまた顔色が悪かったのか。
「次は、動物園に行こ?」
「野上でも誘うか、フォンセルランドさんと一緒に行けば良いと思うぜ。あの人、実は動物園好きな…」
「怖くないよ」
「…何が怖ぇんだよ、鉄格子もあるから安心だろ」
「手、繋いでてあげるから」
まったく参ったもんだ。
俺ってそんなにわかりやすいのか、マジでアルミホイルでも被るべきかもわからんね。
「……まぁ、考えとくよ」
「うん」
春、ね。
卒業式もあれば入学式だってある。
何か新しく始めるにはちょうどいいのかもな。
ちなみに小型のペンギンに叩かれるとアザになるのは本当らしいです。
御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!