はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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僕の血は、吸わないで

 

 

 

 

 

 

 いやぁ青い地球じみた鋼鉄パンは強敵でしたね…。

 流石に貰い物を残すのはよろしくないので、どうにかして食べ切った訳だが。恐ろしく腹に貯まった。

 レイリーが言うには、保存用携行糧食らしい。そんなもん作って娘に持たせんなや! とは思うが、これも親子愛なのかもしれない…たぶん違うな。

 

 だって青くする必要ないじゃん? 

 とまで考えたが、アレか、敢えて食欲減退色にすることで食べ過ぎを防ぐ役割とかあるのかもしれない。しかし何故携行糧食を娘に…? まぁ…いいか! 

 

 さて、そんな難攻不落の球体をどうやって食べたかというと。まず握り壊して一口サイズにしてから、口の中でふやかして食べましたよ。感触的にはレンガとどっこいな堅さだったんで、実はスープとか何らかの汁物に漬けて食べる物じゃねぇのかと疑ったが…まぁ過ぎた事だな。それを見ていたレイリーはちょっと引き気味だったけど……あいつかなりいい性格してるな? 

 

 そんなこんなで学校から出て時刻はすっかり夜。

 

 割とやる気を出していたレイリーには悪いけど、物騒な吸血鬼の顛末は今日でケリを着けるつもりだ。だからレイリーには俺が上手く誤魔化して一足先に帰宅してもらった、もしも同級生に被害が及んだら嫌じゃんね。

 まぁ…大人は頼る事にするけどさ、またフォンセルランドさん達に怒られるのはともかく泣かれるのは嫌だもん。俺だって反省もすれば改善もしようとするのさ! 

 

 そんな訳で夜の事務所内。

 普通の仕事が粗方終わって、何も無ければ業務終了なんだが。フォンセルランドさんが何らかの資料とにらめっこしている、真顔で。いつも真顔か…。

 頼んでいる物とは違うので、何を調べているのか聞いてみようか。

 

「…何見てるんです?」

「作画資料ですよ。太陽くんに頼まれた物は調べ終わって、諸々の準備は終わってますので安心してください」

「そりゃ良かった…ん、作画資料ォ…?」

 

 返ってきた答えは意外や意外、作画資料。

 水場の仕事以外は大半お任せなフォンセルランドさんだが、絵の仕事なんてどこかで受けたのか? 

 

「中山製薬の…あぁ…以前依頼を受けた笹川さんを覚えていますか? あの『べとべとさん』の」

「颯のお得意さんっすよね、あの人が?」

 

 笹川さん、フルネームは笹川 陽菜美さん。製薬会社の宣伝部部長。以前あった仕事の一つ、ある人物の身辺調査を依頼してきた女性。大変厄介な事に巻き込まれていたが、事件が無事解決した事もあってか、時節の折々にはお歳暮とか届けてくれる、優しいね! 見た目はキツそうな印象だったけどな!! 

 

 だ…だって…俺の髪色を見て眉間のシワが深くなってたし…。俺はこんなに善良なのにねぇ、目付きもガラも悪いって言われるんだよ、失礼だよな。髪色差別か? 

 恐ろしいことに世界に溢れる争いの火種を一つばかり発見したが、それは置いておこう。

 

「会社が出資しているイベントのポスター用に。写真ではなく、手描きで、キュートな感じに虫を描ける方を探しているらしく。色んな方を尋ねていまして…」

「へー…そんでフォンセルランドさんにお鉢が回ってきたと?」

「そうなります、これはサンプル用ですが…うーん…」

 

 なるほど…宣伝ポスター用の絵か。写真を使うって手もあるが、リアルな虫そのものとなるとかなり人を選ぶもんな。特に虫の腹側を見て忌避感を覚えない人は少ないんじゃないか? 

 それで、万人受けする程度に上手くポップなデフォルメをしつつ、出力が出来る人を手当り次第探しているって事かな。

 

 そうなれば下手に色んな所に募集をかけるより、確かにウチの探偵事務所は適任かもしれない。おやっさんもタマさんも、そしてフォンセルランドさんも絵が上手い。

 

 なんでも探偵業務というものは、絵が上手くて素早く描けるのはとても有利だそうだ。

 身体検査や職務質問で面倒事になる危険性を排除する為、隠しカメラすら構えられない忍ばせられない時に、ポケットの中に紙片と鉛筆を隠し持ってさっさと描き上げる。

 特にポケットの中に突っ込んだ指先だけで似顔絵が描ければ満点だそうだ。滅茶苦茶難しくて俺は出来ないがな。

 

 俺を除いてお絵描き巧者が揃っている探偵事務所の中で、取り分け可愛い絵を描くのがフォンセルランドさん。水仕事と素早い移動以外なら何でも出来るお方である、下ネタをぶち込む所以外は尊敬出来るぜ。

 …待てよ? 事務所の看板のセンスとか尊敬すべきか怪しい点が多いぞ…? 妙だな…。

 

 ま、それは置いといて。そんなお絵描き上手なフォンセルランドさんが持っている資料をちらりと見ると、じっと観察しているのは…何とも珍しい形の虫だな、小さいセミっぽい…これは、ツノゼミ…っぽいか? 

 

「それは…ツノゼミっすか?」

「和名はヨツコブツノゼミですね、学名は…」

 

 へぇ、ヨツコブツノゼミ? 

 たぶん何となく見た目からしてツノゼミかなと思ったけど、何か頭らしき部分に珍妙な玉を四つ付けてる、これがヨツコブって事か。コブツノゼミじゃなくてヨツコブだなんて、滅多に聞かない名前なのも奇妙な感じに拍車をかける。本当に見慣れた虫のフォルムじゃないし、わざわざ他の国から持ってきた珍しい虫を展示するイベントだったりするのか? 

 

「ボッキディウム・チンチンナブリフェルムです」

「えっ」

「ボッキディウム・チンチンナブリフェルムです」

「二回も言った!?」

 

 違うわ、たぶんこの人の趣味だわ。

 

「何でですか、学名ですよ? ボッキディウム・チンチンナブリフェルム。ボッキディウムというのはこの虫が属する属名、チンチンナブリフェルムは『小さな鐘を持つ』という意味のラテン語です。ボッキディウム・チンチンナブリフェルムに変な意味は一切ありませんが?」

「もうそれが言いたいだけじゃねぇか!」

「まぁ古代ローマでも『チンチンナブルム』というのは、即ち日本でのちんち○を指しているという奇跡的な一致が…」

「やっぱり狙ってんじゃねーか! 企業様の依頼になるかもしれねーんだからやめろって!」

 

 逃げろ笹川さん! 相手は下ネタモンスターだぞ!? 

 最悪の場合、あそこの製薬会社ってシモくてゲスい会社だよね…とか言われたら後戻り出来ねぇ! 

 

「チッ…はぁ〜…」

「コイツ…ッ!」

 

 これ見よがしに舌打ちとため息なんか吐いちゃって、俺が悪いみたいな空気にするのやめてくれる? 笹川さんの名誉と世の中の秩序的な何かを守る為に言ってるだけじゃんね。

 

「真面目ぶった太陽くんの為にも、仕方ないので用事を片付けに行きましょうか…まったくもう…」

「そうっすね…いや俺が悪いの??」

「太陽、こちらの準備は済んだぞ」

「人を待たせてんだぞ、にゃにごちゃごちゃやってんだ…ったく」

「ほら見てください! 太陽くんがお下品な事を考えている間にも時間は経っているんですよ?」

「……うっす…」

 

 事務所メンバー総動員に加えて特別ゲストも到着したみたいだ、かなり大掛かりなお仕事になるぜ。そんな中普段通りアホみたいな会話をしていると考えれば…。

 俺が…間違っているのかもしれないな…!? 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 都内の深夜。

 繁華街のビル群は眠らぬ人の活気と共に電灯の明かり煌々と、まるで夜を忘れているかのような。または不夜城が列挙しているが如し。

 疲れた声から叫声の混じった歓喜、夜に似つかわしくない様でいて夜であればこその声。

 

 その林立する雑多なビルの間を一台の車が通る。多人数乗れるワゴンタイプ、不名誉極まりないが誘拐の代名詞にもなっている物。車体は白く実用性一点張りで洒落っ気の欠片も無く見える。

 

【愛に溢れる探偵事務所♡】

 

 車体に塗装された言葉を除けばだが。

 塗装を依頼した車の持ち主曰く。宣伝は大事だ、無料であれば殊更な。という事で、人々の目線を奪う以外は考えていないらしい。ちなみに字の色はピンクである。そんな何かしら勘違いされかねない車の中は。

 

「…チッ」

「…はぁ」

「犬臭え息…」

「うるさい。盛った、猫の、方がマシ」

「チッ…雌犬が…」

「泥棒猫…」

 

 空気が死んでいた。

 

 何故こんな事になったかというと、太陽が協力要請した相手が、教会務めの二人だからに他ならない。

 吸血鬼ハンターといえば、それはもう教会の人だろうと、ゲームかサブカルチャーに汚染された十代の思考はよりによって正鵠を射てしまっていた。

 

 そう。『噂』が現実になってしまうのならば、教会にいるシスターや神父は、日夜悪魔共を祓う存在になってもおかしくないのだ。

 

「シスター、落ち着きなさい。犬飼も困ってしまいます」

「ん……」

 

 一触即発の空気を神父、天野が諌める。今日も今日とて服を盛り上げる筋肉は健在だ。

 車内に居合わせている他の面子は、所長の犬飼は運転手、助手席でナビゲートを行うのは受付事務のメリー、運転席の真後ろには所長代理の環。

 最後尾には本名もシスター、役職もシスターという修道女。環とシスターの間に緩衝材として天野神父と探偵事務所のアルバイト當真 太陽が座席を隔てている。

 

 太陽は戦慄していた。由々しき事態だ、和気藹々とは行かないまでも、普通の空気で目的地へ向かえると思っていたその浅慮。さながら車内は火薬庫で、下手を打てば車が吹き飛ぶ。しかも比喩でなく物理的に。

 犬猿の仲ならぬ犬猫の仲を舐めていた。

 

「…そっ、それにしてもォ! 今回はご協力いただいて感謝っすよ天野さん!」

 

 太陽はどうにかして、この嫌な沈黙が支配し、愛ではなく気不味さが溢れる車内をどうにかしようと思って感謝を告げた。

 

「いいんですよ、人々の安寧を奪う悪魔を滅するは私達の使命です。我等は主の代行者、これもまたその一環ですから…それに…」

「やっぱ筋肉鍛えてる人は違うなぁ……それに?」

「嬉しいんです。君が、隣人…大人を頼れるようになった事が、子どもの健やかな成長ですね」

 

 からかいや悪意の欠片もなく、柔和な声色で、笑みを浮かべて返す天野。太陽はどうにも照れ臭くなってしまった。頼って迷惑がられるどころか、喜ばれるとは思っていなかったからだ。

 それについての返事も。

 

「…そっすか」

「はい、そうです」

 

 これが精一杯。

 思春期、あるいは反抗期の気質がそうさせた。

 同じく教会出身者のシスターもたどたどしい言葉で更に続ける。

 

「…たいよ、子ども、大人、頼る。わかった?」

「わかったって…んだよ、シスターまで」

 

 シスターは個人的に太陽に対して特別好意的ではない、とはいえ太陽も子どもは子どもである。ならば神に仕える者として、出来るだけ優しく接するのは当然の事。

 

「わたし、大人。ずっと」

「そんなのわかって…ん? ずっと大人ってどういう意味で? そういやシスターって何歳なんだ…?」

「太陽くん」

「え? なんすか?」

「触れちゃいけないことはあるんだよ、わかるね?」

「あっ、ハイ」

 

 それはそれとして、触れてはいけない事もあるが。

 運転に集中を割きつつ、その様子を微笑ましく聴いていた犬飼が口を開く。

 

「そろそろだな、俺は鼻が塞がっているが…どうだ。太陽、環、シスター」

 

 そろそろ、というのは目的地に近付いた事。呼び掛けた三人は犬の様な嗅覚、数メートル先の針が落ちた音さえ聞き分ける猫の聴力と、暗闇を物ともしない視覚等、人を超えた知覚能力を持っている。

 犬飼本人も犬面人その見た目通りの嗅覚は持っているが、包帯で顔を隠しているのでこの場では役には立たない。

 

 場所は繁華街を抜けかけた、都会の住宅街とオフィス街の境界にある廃ビルの近く。

 

 吸血鬼が人を襲った現場、その一つ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、そんな簡単に見つかってはくれねぇか…」

 

 車から一人降りた太陽が独り言ちる。

 犯人は犯行現場に戻る、それを期待しての単独行動。他の全員はまた別の犯行現場へ向かってもらっていた。

 

 床すらコンクリートで囲われた廃ビル内を、可能な限り静かに、上階から散策する。解体を待つ建造物内に入るのは基本的に違法であるし、床が抜けていて天然の落とし穴になっていないとも限らないからだ。

 自分はその程度では怪我をしないだろうとは知っていても、落とし穴に落ちれば気分も落ち込む。

 

 一人になって思考を整理する。

 今回の一件は奇妙な点が多い。

 

 まず被害者によって、その被害の程度がバラけている。これは吸血鬼の腹具合に依るものか、それとも好みではなかったのか。血を吸われ尽くして完全にミイラになっている遺体もあれば、生命の危機に及ぶ程度、失血死してしまったであろう死体もある。

 

 それぞれ他殺体であるのは共通とはいえ、人間の血液量は体重の約8%だ。つまり体重が50キログラムなら、およそ4リッター程度。

 はたして、一度に飲む事は可能だろうか? 

 

 そして犯行現場そのもの。

 これがそれぞれ遠く、違い過ぎている。

 一つの住居から食事の為に出掛けているのならば。近場で済ませたり、丁度いいお気に入りの餌場でも探すものだろうに、車で別行動しなくてはならない程に現場と現場が遠い。

 

 死体処理の杜撰さも、本当の吸血鬼から聞いている話とは違う。

 

 太陽が可能性の一つとして考えた事は…。

 

「出来損ないの複数犯か…それともどっかで血を保存してる…ってな…」

 

 声と呼気を夜闇に混じらせる。歩を緩めて、屋内の行き止まりに到着した。

 

 最上階から探索を始めて地上一階。箪笥や引き出しを上から開けるのは本来、泥棒の常套手段だがそれに倣う事にしていた。いざという時、住居不法侵入で見咎められた際に逃げられなくては自身も困る。

 

 努めて慎重に、足裏から感じる違和感を逃さないように注意深く、ひたすら隈無く歩く。これは、足音を出さない為ではない。

 

 ……ぎしり。と硬質なコンクリートからは鳴らない音と感触が伝わる。

 

「…ビンゴ」

 

 地下がある。しかも階段からは行けない場所、何故か何も無いはずの行き止まりに、空洞が。

 

 足に力を込める。人外のありったけを、足先から大腿四頭筋、大臀筋に到るまで全てに。

 

「もう遠慮するこたぁねーよな…本当はバイオがハザードしてるヤツみたく、訳のわかんねぇハンドルを探したりとかしないとダメな警察署みてぇなギミックとか、ちゃんとした鍵とか必要なのかもしれねぇけど、教えてやるぜッ。

 コレがマスターキーだッ!!」

 

 ──ズ…ン……! 

 

 ビルの外にまで漏れる爆発に等しい轟音。思惑や手順に構っていられないと、一息に踏み抜いた。暴力は全てを解決するのだ。

 

「ちわーっす、探偵事務所の者でーす…おぉ?」

「な、な、何だ!? 何が…」

「ハハッ…見つけたぜクソったれ、随分血生臭ぇじゃん」

 

 あまりに突然の来客に狼狽える青白い男。電気が通っているのか、地下は全てが冷蔵庫のようになっており太陽の息のみが白い。

 彼が見渡す周囲には、採血した後の輸血袋。しかし合法的な物ではない。その証拠に袋の表面にあるラベルには、血液型ではなく…。

 

「ヒトサマの血を年齢で分けるってのは何とも悪趣味だな、やっぱり味とかが違うのか?」

「お前、何だ!? まさか彼等の…」

「何だって何だよ、さっき言ったろ。探偵事務所のモンだよ。彼等ってのは誰だ? 色々質問があるけどよ、ペラペラ喋ってくれるか?」

「違うのか…!? いや、知られたからには…!」

「会話する気がねーのかオメー…」

 

 何かを危惧している青白い男、その口元は拭った液体で朱く湿っている。体温を感じさせない呼吸、鉄分の臭いが充満した室内及び口臭。

 その全てが雄弁に吸血鬼だと物語る。

 

「悪いけどさ、先に言っておくぜ。俺は人殺しには容赦しねぇんだ。それと、吸血…メシは済ませた後か?」

「気持ち悪い臭いのするガキが…!」

「当分は臭い飯しか食えねぇようにしてやるよ…ッ!」

 

 開戦の歩み、間合いを詰め始めたのは吸血鬼が速かった。どのような手段を用いたかは知らないが、相手は所詮ただの子供、縊り殺すのは赤子の手を捻るよりも楽な作業でしかない。手を伸ばせば首に手が届く。

 そう、正しく見誤った。

 

 ───カチ…ッ

 

 何かのスイッチを切り替える音。

 誰かが屋内の電源を落とした音ではない。

 

 吸血鬼の視界が暗転する。

 

「なっに、がっ!?」

「室内だから雨も雪も降って無いし、スプリンクラーも無い。豚箱に入る前に一個教えてやるよ」

 

 悍ましさすら感じる声がする。さっきまで目前にいた子供から発せられたとは思えない程、暗く、冷たく、硬質で、地獄から響くような音。

 

「人体が発火するにはマッハ5が必要で、それが出せるように改造されちまったのが俺だ。わかってるのはそれだけで、本当は何なのかは自分でもわからねぇ。

 いい迷惑だよな…まぁつまり俺には加速装置みたいなのがあるんだよ。それと比べれば遅すぎるぜ吸血鬼」

 

 何かが焦げ付くニオイ。

 それが充満して、吸血鬼はやっと気付いた。自身の目が潰された事に。

 

「ぐあ…ぁあああ!?」

「後はてめぇが正真正銘本物の吸血鬼かどうかだ。回復薬無しで日光浴する前に治ったら、その度にぶっ壊して逃げられなく…」

「クソ、クソ! お前も同類じゃないのか!?」

「……バケモノってんなら当たりだよ」

「お前も、お前も、モンデンキントにやられて…」

「あ?」

 

 この男は、何を言っている? 

 錯乱しているにしては、明瞭に名詞を述べた。聞き覚えのない言葉。傷付けられた目を抑えつつも、喋ったのは。お前も、被害者だということ。

 

「モンデンキント? おい、そりゃ何の…!」

「ぐ…ぇギ…! イ…ギィィィ!?」

 

 吸血鬼が奇声を上げた。目を抑えていた手は頭を抑え、或いは腹部を必死に抑える。急激な頭痛か腹痛に苦しむ様子に近い。

 だが外傷ではない。ただ只管、身体の内側から与えられる苦痛を宥めすかそうとしていた。

 

「大丈夫か!? おい! どうした!!」

「嫌だ、嫌だ嫌だ! こんな所で死にたく…死ぬなら、もっと普通に…! ああぁ!」

「何が起きてんだよ! しっかりしろ!」

「いやだ…母…さん…!」

 

 母を呼ぶ声と同時に、吸血鬼だった男は事切れた。

 

「何が…どうなってんだよ…」

 

 壊れかけの薄暗い白色灯が照らす、夥しい数の血袋に囲まれる中。そこに立っていたのは。

 

「俺が…何だってんだ…?」

 

 ある者達に、化物にされてしまった者のみ。

 

 

 

 





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や、優しくしてね…!
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