はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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ヴァンパイア・キラー

 

 

 

 

 

 夜の手前。夕暮れと夜の狭間。

 

 アルバイト先である探偵事務所に向かう道すがら、湿度の高い日本にしては爽やかで乾いた風が、頬を撫でて髪を通り抜けて行く。

 

 どうも、私はレイリー・ケイスと申します。

 真っ白な髪と小柄な……将来性のある体を、ブレザータイプの制服に押し込めた女子高生です。

 

 二人きりの帰り道。

 彼の親友や私の友達は空気を読んで下校時間をずらしてくれている、乙女心がわかってくれてます。ありがたいですよね。

 あの異常に堅い、硬すぎるパンモドキを素手で砕いて食べたのにはちょっと引いた、そんな日の事。

 引くぐらいなら自分で食べればいいのにって? 

 無理だよ。あのパンってレンガより固いんだから。そして、あのパンを食べないとお母さんが見るからにしょんぼりする。貰った物を捨てる訳にもいかないし、苦肉の策ってものです。

 

「今日は事務所での仕事もあんまりやる事無さそうだな」

「…そうなの?」

 

 私の方を向かずに彼が言う。

 

「急ぎの仕事も無いし、まぁ…あって資料整理だの、そんくらいだろ。フォンセルランドさんも退屈を持て余しちまうし、代理も所長も今日はのんびり、ってコトだ」

「ふーん…」

 

 横目でこちらを見もしない。

 

「レイリーは早めに帰っておいた方がいいぜ、長居してると酔っ払った代理に巻き込まれる」

「…うん」

 

 彼は、嘘をついている。

 

 人が嘘を吐く時にはいくつかの特徴がある。というのはお父さんからの受け売り。

 いわく、喋る言葉が多くなるタイプ。前提とした嘘を上塗りして誤魔化すために口が回るらしい。でも逆にぼろが出やすいから見分けやすい。

 その逆で口数が減るタイプ。嘘がバレやしないかと不安で喋らなくなるとか。

 それらと組み合わせて、相手の目をいつもより見てくるタイプ。これも口数が減る人と同じような理由。

 

 そして、相手の目を見れなくなる人。

 私の隣にいる、金髪っぽい彼。太陽くんはこのタイプなようだ。

 嘘が下手だね、太陽くん。でも嘘をつくのが上手な人よりも好印象ですよ、加点してあげます。ちなみにポイントが貯まったら特典で墓場に行ってもらいます、一緒に。

 

 あぁ、でも……。

 

 

 

 

 

 

 

「場所は…ここ、かな?」

 

 うら寂しい街角の、二階建ての広い廃屋。夜も更けたのに、耳を澄ませば遠くから人の声が疎らに聞こえる。良い子は寝る時間だというのに…そうすると私も悪い子になっちゃうか。もっとも、普通に仕事をしている人もいるだろうから、一概に起きている時間で善し悪しが決まるものでもない。少なくとも親に同意を得ている私はきっと良い子の範疇だと思う、たぶん、きっと。

 

 元は軽かったけど重くなってしまったコート。ちょっとお気に入りの黒くてフードの付いた薄手の長いコートと、ずしりと中身の詰まった実用性に振り切った鞄を整えるようにして、気を引き締める。

 

「………」

 

 ここは吸血鬼事件の犯行現場近く。

 生憎と私には探偵らしい冴えた勘や、経験に裏打ちされた推理は無い。そもそも探偵事務所のアルバイトであって探偵そのものじゃないからね。だからこうして、以前メリーさんに見せてもらった地図を思い起こして捜索しにきている。

 

 一人で危ない事をしてはいけない。と、お父さんからは教わっているけど、ただ人の帰りをじっと待っているのはとっても嫌です。

 特に、好きな人が死地に飛び込んで行っているにも関わらず、傍観を決め込んで後々になって後悔するよりは良いと思う。

 とはいえ少し親不孝気味かもしれない、お母さんはともかくお父さんは悲しんじゃうかも。

 

「…ん…」

 

 外観を観察すると、廃屋にしては新しい、なのに人が入れるだけの隙間がある。都心から電車で数十分の所にあるからだろうか、元は民家だった場所だというのに玄関近くはコンクリートが剥がれて、草が生えかけている。

 街灯の数も頼りない。東京といえど区外ならこんなものだよね。

 

「……」

 

 まずは足元の確認。コートから取り出したのはお父さんが使っていたらしいフラッシュライト…懐中電灯で控え目に照らす。弱くしておかないと眩しすぎる。それとブラックライトも持って来ているけれど、これは後で使おう。

 

 草花の種類には詳しくないけれど…ふーむ…。罠の類は無さそう。少なくともワイヤートラップとか赤外線センサーは無いかな。それとわかったことがもう一つ、雑草が踏み締められている。

 一回二回の回数じゃなくて、薄っすらとした道みたくどこかに続いている。場所は、裏口だろうか? 

 

 痕跡を辿る。

 

 足音は立てず、息を殺してひっそりと。外周をぐるっと一周りしつつ扉の前に着く。いわゆる勝手口。

 

「………」

 

 勝手口のドアは、ドアノブごと力任せにへし曲げられていて、ほんの少しの隙間が開いている。誘き寄せる為ではないとしても、近くに暗い空虚が広がっているのは、見たこともない怪物が薄く口を歪ませているみたい。

 

 ライトを使わずに耳を沿わせて…うん、物音はしない。じゃあ本命、もう一つの電灯で扉近くを入念に照らしていこう。

 紫色の光が、ある物を明るみに出す。単純に拭き取るだけでは消えない痕跡、タンパク汚れの一種。

 

「…当たり…かな…?」

 

 大きめの手型が油断を報せるようにべっとりと、白く主張している。

 高い可能性で考えれば、標準的な男性の手のサイズ。当然だけども、この家の元持ち主かもしれない。しかしそれはあり得ない。

 

 真っ暗な怪物の口から仄かに臭う鉄のにおい、そしてなにより。ブラックライトで照らした先には、蛍光色の飛沫が散らばっているから。

 

「…ふぅ」

 

 準備は万端、覚悟は決めた。

 よし、行こう。

 

「………」

 

 お、お邪魔しまーす…。

 

 手袋を嵌めた手で鍵どころか取っ手も壊れた勝手口を開けて。続けて手早く忙しなく、さりとて確実に進路を照らす。指紋は残しちゃいけない、お母さんの教えが生きてます。

 

 まずは目の前を中心として、くるりと円を描く様に確認作業。持ち替えた白い光の懐中電灯で足下の床を照らせば…。

 

 拭き残した血痕が、家屋の中に続いている。

 ブラックライトで照らせば蛍光色に反射する、これは血ですね。しかもかなり杜撰な処理方法。

 

 お母さんいわく、血をキレイに拭き取る時は。日本なら大根おろしを使いなさいって言ってた。

 つまり私が今追跡している相手は、お掃除が下手なようだ。これはダメですね。

 

 そんな掃除下手に呆れつつ、続いて天井付近を照らす……何も無し、よし。

 戸棚の横にある物陰、無し。

 

 ここは…キッチンなのかな? 

 

 戸棚の中、何も無し。よし。

 収納、無し。

 

 足跡でもある血痕を辿る。

 

 廊下を目前に控えた角…耳を澄ませて…。

 物音は…しない。

 

 引き続き上、下、物陰、遮蔽物とテンポ良く、舐めるように観察をしていく。結果的には何も無し。平和ですね。

 

 廊下に身を乗り出して、血痕は…階段の先。

 

 一歩一歩何かが近付いている。

 血の臭いも濃くなってきた。

 

 猫のように音を立てず階段を昇る。

 いや、大変なんですよ。コートも重いし鞄も重いんだから。この家が恐らく空振りじゃないというだけでがっくりと肩を落とさずにいられるんです。

 万が一これで違ったとしたら、それはもうガッチャンガッチャンと音を立てて一旦帰宅することになっちゃう。そんな所に訪れる恐怖の警察官、お嬢さん、学生さんですか? 何て聞かれたらもう、凄い筋肉おまわりさんに追いかけ回されちゃうね、こ、怖い…! 

 

 ───ぴちゃ…

 

 …おっと。

 

 二階に上がった先の部屋、寝室かどうかは知らないけれど。だとしても空き家の筈なのに水音がするものでしょうか。

 どんなに間取りが変だったとしても、トイレが家の真ん中には無いだろうし。台所は一階にあった。まさか二階にもある? まっさかぁ…。

 よしんばそうだとしても、何か液体を啜る音はしないんじゃないかな? よっぽど特殊な性の癖を持っているなら別かもしれないけど。

 

 細心の注意を払って扉の前に立つ。

 さて、どうしようか。

 

 候補一、メリーさんに連絡をして事務所の人たちを待つ。

 先に太陽くんの携帯電話でもいいけど。絶対に、何でそんな所にいるんだ、とか。危ねぇ事をするな、とか。確実に言ってくる。しかも結構な声量で。

 そもそも私をさし置いて、秘密裏にコソコソと危ない事をしているのは太陽くんが先なのにね。隠し事が下手なんだから諦めて私も連れて行くべきだよね。

 

 候補二、警察に緊急連絡をする。

 これは…ダメだね。匿名で電話を掛けても逆探知出来る筈、しかも今職務質問と手荷物検査されたらとってもヤバい。更に、部屋の中に居るかもしれない相手を取り逃がさないとは限らない。

 

 候補三、両親に連絡をする。

 これはたぶんアリ。頼りになる両親のことだ、いの一番で飛んできてくれるだろう。ただし、お父さんは仕事中。お母さんは…家にいるのかな? 自分の親だっていうのに謎が多いお母さんで困っちゃうね。

 それはさておき、親に心配はかけたくないからやめておこう。

 

 結論。

 時間も無さそうなので腹を括りましょう。

 はい。

 誰かに連絡をするのは後でにしよう。

 

 コートの内ポケットから取り出した円筒状の物のピンを抜く。これ、よくフィクションだと歯で抜いたりしてるけど、ピンじゃなくて歯が抜けるから真似をするのはやめておこうね。

 

 いち。

 呼吸を整えて。

 

 に。

 片手を部屋のドアに。

 

 …さん! 

 開けると同時に投げ込む! 

 

 

 

 

 ────☆

 

 

 

 

 レイリーの手によって投げ込まれた物、その正体は閃光手榴弾。

 爆発音や炸裂音と言われるそれが、ほんの一秒程空けて控えめに響く。それも当然、光量だけに力を入れた御手製の物だからだ。

 

「…ッ!?!」

 

 部屋の中に居た者は目を灼かんばかりの光線に貫かれる。その者は吸血鬼が一人であり、一般的には夜食、彼等にとってはまさしく朝食か昼食を嗜んでいた。

 青天の霹靂さながら、静まり返っていた室内に稲妻が如き光が走った。

 

「…──シッ…!」

 

 闇に融ける色のコートを纏ったレイリーがすかさず飛び入る。手には月明かりを反射する銀糸と、小柄な体躯に相応しい小型の十字架。

 

「…なに、が!?」

 

 閃光手榴弾についての誤解を解こう。創作物の中ではよく十秒程対象に防御態勢を取らせ、しかも場合によっては気絶すらさせる代物として扱われるが。それは間違っている。本来は訓練を積んだ者相手ならほんの一・二秒、意識の間隙を作らせる物でしかない。

 だが…。

 

「や、やめ…!」

 

 吸血鬼として強靭極まりない筈の腕力は、銀糸に焼かれつつ拘束され。

 

「むぐぅ…ぅ!?」

 

 小娘のか細い肢体など跳ね除けて、そのまま吸血する筈の口と脚、胴体すら自由を奪われた。

 

「…ふぅ」

 

 ほんの数秒、しかし、それは余りにも長い。

 

 人間だった頃の名残か。人工の光なぞ本当は効きはしないというのに怯んでしまったが故。

 吸血鬼の眼前に向けられた、眼球を刺し穿つも容易な鋭さを持った銀色の十字架と。

 

「…降参、してくれますね?」

 

 月光を吸い込んだ白髪の少女が目に馴染んだ時には全てが終わっていた。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 ……上手く行った。

 もしも上手く行かなかったら、そりゃあもうバッドエンド直行でしたね。

 そうしたらもう、血は吸われて結果的に死んじゃうし、場合によっては年齢制限まっしぐらな凌辱の限りとか尽くされてたかもしれない。なにせ私ったら、意外と見た目は良いんです。

 酷いことするつもりだったんでしょう…伝奇物みたいに! 

 

 それならそれで…太陽くんの前で死ぬのはアリかもしれない。実質的に私の命を救ってくれた彼の前で死ぬのは心苦しいけれど、大切な人の前で死んで、一生忘れられない心の傷になるっていうのは中々…。

 

「…もが…んが…!」

「あっ」

 

 ちょっとトリップしてました。危ない危ない。

 でもどうしようか、吸血鬼さんを捕まえたは良いけど若干手に余る。

 そもそも吸血鬼がどんな能力を持っているだとかはあんまり詳しい訳じゃない。

 

 少し調べた結果、銀とか白木の杭とかニンニクとか…まぁ有名所の弱点は揃えてきたんだけれど。そこまで必要なかったかもしれない。うん、備えあれば憂いなしっていうから気にしない気にしない。ありがとうお母さん、銀の糸とか用意してくれて。あっ、お父さんもありがとう、とんでもない光量だから人に向けちゃいけない懐中電灯とか役に立ってるよ。

 

「むぐぐ! むぐぐー!」

「……」

 

 めっちゃくちゃエキサイトしてる…。突き立ててる銀製の十字架が怖いのかな? 刃物を突き立てられてるって考えれば、確かに怖いかも。でも、そうやって油断した所を襲ってこないとも限らないし…。

 

「むぐー!!」

「…あんまり騒いだら、こう! ですよ?」

 

 仕方ない、か。たぶん、こうして縛っておけば警察に連絡しても連行してくれるんじゃないかな。うん。

 十字架を振り下ろすジェスチャーをしてから、口の拘束だけを解いて。

 

「後ろ!!」

「え?」

 

 叫び声。

 直後、私の身体が宙に浮いた。

 

「かっ…は…っ!」

 

 衝撃と同時に肺の中にあった空気が押し出される。

 夜なのに、チカチカと視界が明滅する。

 何が、起きたの? 

 

「無様な…これでは我等の面汚しじゃないか」

「せっかく私達と同じ吸血鬼になれたっていうのに、こんな小さな女の子に負けるってさぁ…博士が聞いたら悲しむよ?」

 

 人が、ふたり? 

 姿は見えない、私が入った扉から入って来た訳でもない。私達と同じ吸血鬼? 

 

 そっか、油断、した。

 吸血鬼は、霧とか、コウモリに変身できるんだっけ…。

 

「まぁ、もう一度強化して貰えばいいだろう…。それよりも、だ。まったく貴様というやつは…」

「そうそう、結局自分でご飯の用意も出来ないんだから。これじゃあ他の皆の負担だよ?」

「いや、それは…その…」

 

 仲が良くない、のかな。友達が居ないなんて、ちょっと、かわいそう、かも。

 まずい、思いっ切り背中と頭を打ったから、体が動かないし、意識がはっきりしない。考えも、まとまらない。呼吸が、しにくい。

 身体が、痺れている…? 

 

「しかし、ちょうどいい」

「だよね」

「な、なにが…?」

 

 怖気が、近付いてくる。

 

「この子供、お前が殺せばいい。安心しろ、仕方がないから後処理はこちらがやる…身体の自由も奪ってあるぞ」

「ラッキーなんだかアンラッキーなんだかって所だね?」

「え…そ、そんな…」

 

 まずい、拙い。拙い…! 

 

「…意識があっては無理か?」

「あーね、悲鳴が嫌ってよくあるよね?」

「違っ…!」

 

 新しく来た二人は、ヒトを、屠殺する程度何とも思ってない! 

 動け、体。痺れてる場合じゃない。腕の一本でもいいから、早く…! 

 

「仕方がないヤツだ…」

 

 声の持ち主らしき影が、近寄る。

 あぁ、一巻の終わりってこんなに呆気ないんだろうか。まだ、やりたい事は、たくさんあるのに。

 

「我ら、罰の代行者」

 

 ふと、今まで聞こえていた声と、全く違う声がした。

 

「そうあれかしの、ことばに、したがい」

 

 一つは低く、暖かい。

 もう一つは冷たく、たどたどしい。

 

 扉が開いた。

 

「そのものは、そのままに。カエサルの物はカエサルに」

「ひとは、ひとに」

「塵は塵に、灰は…」

「はい、に…」

 

 いくつか見える光。

 それは、さっきまで私が持っていた十字架と似た物だった。違うのは…。

 

「Amen」

 

 虚飾とは違う事。

 そのまま、意識は私の手を離れた。

 

 




タイトル+バンパイアハンターな聖職者
=IGAAAAAAA!!
新作ありがたいですよね。


御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!
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