はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
吸血鬼事件は、つい先日の夜以降というもの新たな犠牲者が出ることも無くなったので、一応の解決と見ていいんじゃないか。
どう考えても被害者達から抜き取られたであろう血が詰め込まれた大量の輸血パックも見つかって、恐らくは実行犯だったヤツも何故か死んじまって、後は逃げたりとかした訳で。
あっ、そうそう。シスターがやったらしい吸血鬼は聖水をかけたら灰になったので物的証拠も残ってないとさ。怖くね…?
俺と鉢合わせた方の吸血鬼は、死因不明なので解剖に回された結果。外傷による死じゃなくて、何らかの虫が内臓を食い荒らして…だとさ。これも怖いな?
しかしまぁ、気になる言葉が出て来た訳だ。
モンデンキント。
直訳して月の子、どうやらドイツ語らしい。意味もわからないし、お前もって言っていたのも気になる所。何らかの組織である事以外、手掛かりが無いに等しいから探りようもない。おいおいわかればいいけどな。
それともう一つ。
「太陽くん、何してるんスか!?」
「ただのメモっすよ」
「暇なんスか?」
こ、コイツ…。この舎弟口調というか下っ端感あるというか、三下的空気を醸し出す女性。
「メリーさん! お茶っス!」
「ありがとうごギャー!?」
「すすすすすいやせん!!」
お茶を淹れては人にぶちまけ。
「ぴよぴよ〜…アッ! ガラスが割れっ…グワーッ日光!」
「……カーテンに隠れればいいんじゃないですか?」
「レイリーちゃん名案!!」
窓掃除しては灰になりかけて。
「所長さぁん! ここってタバコ駄目なんスか!?」
「来客以外禁煙だ…屋上に行け」
「灰になるっス! うちもお客さんっスよ!?」
隙あらば喫煙しようとし。
「冷蔵庫にビール…!? コレ飲んでいいんスか!?」
「良い訳ねーだろ、それはアタシの私物だ!!」
「姉御! そんな殺生な!」
見つけたアルコールは即座に手を出そうとする。
最後のヤツに関して言えば、何故かアルコール飲料が置いてあるのも悪いかもしれないな…それはさておき、この落ち着きの無さでも俺より一回り程歳上らしい、マジか。
「ぴぃーよぴーよぴよ売女の娘♪ 白いベッドの膿から出た♪」
「やめろ! それはマジでヤバい!」
「えっでも、よくおかーちゃんが。アンタはベッドのシミから生まれちまったって…あっそれと、白いベッドと白い膿が掛かってて」
「アンタ重いんだよ…!」
頭のネジが緩み切って危険な歌を口遊む危険人物。
名前は黄瀬 ひより、先日の吸血鬼事件で捕獲された女吸血鬼。
「黄瀬ちゃんかひよちゃんって呼んで良いっスよ!」
「ン拒否するゥ…アンタ歳上だろ、一回り」
「太陽くんはおカタイっすねぇ」
彼女の身元はわかっていない。
正確には、戸籍はあったが…。
「まっ、死んだようなモンって意味なら元から同じっスね! 吸血鬼ですし! 死後硬直しないだけ有り難っス」
つい最近、行方不明者扱いから何故か死亡者扱いになっていたということ。
所長達がしていた会話、実は聞こえてたんだよね。何せ耳まで良いんだよ、俺は。元人間って意味では、この人たちみたいな吸血鬼とどっこいどっこい…あまりネガネガしない方がいいか。
肝心の会話内容は…。
───☆
「まずは…そうだな…本名と年齢などが定番だが…まぁいい、そこから答えてもらおう」
重く冷たい空気が張り詰めるのをそのままに、探偵事務所の所長が口を開く。冷徹を封じた瞳で、眼前にいる黄色に近い金髪の吸血鬼を静かに見据えている。
「あ、あの…うちは人を襲ったりしてなくって…」
「あのさぁ、そういう話は後でいいんだよ。わかる? 訊かれた事に答えなよ。学校の算数のテストで明日の天気を書いたらバツが付くだろ?」
不機嫌を隠しもしない環の言葉。ただし、それだけではない。人ではあり得ない長さと鋭さを持つ爪をこれ見よがしに出して、きりきりと擦り合わせ、わかりやすく威嚇している。
「ぴ…ぴょ…き、黄瀬 ひより、です…歳は二十九歳です…」
「…ふむ」
嘘は言っていない。萎縮し、震えている。名は体を表すと言うが、ひよこのような金髪で名前もまた黄瀬とは、何とも言えない物がある。
そして開き直るでもなく、震えたまま何でも答えてしまいそうな雰囲気がある、が。これ以上脅しても良くない。当座の危機を回避する為に、ある事無い事構わず肯定し、言ってしまう可能性もあるからだ。
「本番といこう。俺達は空振りだったが、他のグループはお前とは違う吸血鬼と会っている。
所属している組織があるなら名前を言ってもらおうか」
「あ、あの…その…」
「…なんだ?」
黄瀬の震えが止まらない、吸血鬼らしく血の気が失せた顔色は更に不健康を極めたような土気色に。
「いっ、言えない、です…」
「あァ?」
「待て、環」
質問への答えは、言えない。
仲間を売り渡せないという感じには見えず、何らかの矜持がそうさせたようにも思えない。
「続けよう。ここ最近起きていた事だ、一連の失踪事件やミイラになるまで失血死…何が目的だった?」
「それも…言えなくってぇ…」
「チッ…」
「ぴよ…」
人が血を失って死ぬ。大きな外傷が有ればあり得る事だが、それでは吸血鬼の仕業だとならない。そうなればただの殺人事件でしかない。
吸血鬼事件とされる程の傷痕の小さな失血死体、犯人は血を奪う何者か。まさしくその生態を持つ吸血鬼が一人に真意問い詰めるもこれも言えないとだけ返ってくる。
「犬飼、こちらからも質問があるんだが…いいかな」
「ああ」
「ありがとう」
黙して語らず注視を続けていた神父が口を開く。
「私達が遭遇した三人、青二と呼ばれていた一人と逃げ果せた一人。そして貴方、どのような関係か話せますか? もしよろしければ、聞かせて貰えますか」
「は、はい! うちら三人組は元から付き合いがあって…」
「にゃんだコイツ…」
「…ふむ」
言えない、の一点張りから豹変するかのように、饒舌な身の上話が始まった。
「紅屋ちゃんとは高校からの友達で、就職先も同じ…あっ、紅屋ちゃんっていうのは神父さんから逃げた人っス。うちらの高校はそこまで頭良くなかったんスけど…っていうかうちが頭良くないんスけど。んで、同じ大学も出て、二人してデパートに就職出来たんスよ。紅屋ちゃんはうちより頭も良かったんスけどね、家が近かったから同じ大学になったんス。そんでデパートで、うちは食品販売に回されて紅屋ちゃんは化粧品売り場の後経理に…」
「へー」
「……」
「そうですか…どうぞ、続けてください」
まるで興味の無さそうな相槌を打つ環。立て板に水が如き口数の黄瀬を注意深く見つめる犬飼。天野神父はこういった手合に慣れたものか、穏やかに話を促す。
「そっからは楽しくやってたんスよ、結構充実してましたし。働いた後の酒もタバコも美味いし、いい先輩も居たっス。そんで大体三年が経った頃に、本部出向組の一人がやって来たんス。それが青二くんっス」
「まだ続くのコレ?」
「……」
「最初から知り合いではなかったのですね」
「そーなんスよぉ。社会人になってからも紅屋ちゃんとは就職先が同じっスから、月イチで飲みに行ったりしてたんス。ナンパ何かもされたりしちゃって…あっ、そんで青二くんは男避けにちょうど良いってんで飲み会に誘うようになったんス」
芋たこなんきん、京、長話。古来より女性が好きな物、黄瀬も類に漏れず長話を好むようだ。さっきまでの怯えた様子は無く、饒舌に経歴を話していた。
「そんで、ちょっと前に飲み会で……あっ!」
「どうしました?」
何か重大な事に気付いた顔で固まる黄瀬。心配を織り交ぜた天野が以降、何かを訊ねるも。
「い、言えないっス…」
「コイツ…」
「そう、ですか…」
「…ふむ」
またも言いたくない、ではなく言えない。ここまで来てどうでもいい話しかしない黄瀬に、環は不機嫌の色を濃くし。天野は残念がる。
犬飼は考えていた。
話さないのではなく、言えない。個人情報や来歴はスラスラと話す、既に知己を消滅させた相手への憎悪が顔を見せる事もない。
何故喋ることが出来ないのか。
太陽が言っていた、突然悶えて死んだ吸血鬼は何と言っていたか。
反応を伺う為に投げ掛ける。
「モンデンキント、という言葉に心当たりは…」
「ひっ…」
これだ。何かからの恐怖に怯えている。
自供は強要出来ないが、推理は可能だ。
「わかった…環、天野。これ以上彼女に何かを聞く事は出来ない」
「えぇーにゃんでぇ」
「探偵さんの推理を聴いても?」
「…からかうな…。恐らく…彼女、黄瀬はこれ以上話せば死ぬ。黄瀬、暴かれたというだけで危険なら少し離れていろ、ただし逃げられるとは思わないようにな」
「ぴよぉ…」
「平気なのか? まぁいい…太陽が見つけた吸血鬼は、ある事を喋ったと同時に死んだ。俺達が黄瀬に質問して答えられないと返された物の共通点は一つ。
何かしらの所属組織、その名前、行動目的。これらは全て何らかの組織に関する事。そして、口を滑らせて名前を言った吸血鬼は死んだ。確証が無いので仮称とするが、モンデンキントという組織は同様の手段で黄瀬の命を握っている。なのでこれ以上探りを入れて喋らせてしまうとどうなるかわからん。
そしてもう一つ、これはさっきの推測より曖昧だが。彼女は紅屋、青二と飲んだある時、その組織の関係者に会っている。その際に直接勧誘でもされたかどうか、だな。
どれも『言えない』という事、そのものがヒントだ」
「……」
「…チッ」
現状での精一杯の推理。犬飼としては、しかしこれ以上問い詰める訳にはいかないのだと宣言しておかねばならない理由がある。
なぜなら化猫であり飼猫でもある環は、人の生命に対する倫理観を備えた飼い主である犬飼の考えに反して、身内と認識する相手以外にはそれこそ人命でさえも無関心だからだ。釘を刺さずに放置した場合、拷問紛いの事をしてでも無理矢理喋らせかねない。
旧友の推理を黙して語らず、静かに耳を傾けていた天野は、犬飼が何を気にしているか察したようだ。その上でどの様な言葉を発するのかは、実の所互いに理解している。
「では…彼女はどうしましょうか? 組織立っている者達が相手なら、口封じされかねませんし…」
「俺の所と教会で匿う。そうしておけば口封じの刺客が来ようとも、迂闊に手は出せないだろう…良いか?」
「そうなりますか…。いいんだよ犬飼、そんな申し訳無さそうな顔をしなくても。さっき少しだけ言っていたけれど、黄瀬さんはまだ人を傷付けていないようだ」
「悪いな」
「良いんだって」
友人間の気安さと人となりを知っての事。黄瀬が裏切ってのうのうと生きているとあれば、秘匿性の高い謎の組織であろうと直々に証拠隠滅に来るであろうことも予測がついている。
「ぴよ…! つまり、うちは生きててオッケー…!?」
「そうだな。ただし一人での自由な外出は危険が多いだろう、なので、この事務所では俺か環、太陽…あそこの男子高校生が必ず付き添う事になる」
「えぇー面倒…」
「フゥー! やったぁー!」
「こちらで預かれるように上の方々に報告もしておきましょう。ふふ…なんだか大事になって来たな?」
「まったくだ…しかしお前は学生の頃からこういう時になると楽しそうなのを隠しもしないな…」
「犬飼だって嫌じゃないだろう? 学生の時と言えば、修学旅行先でバンドが…」
「主人の学生時代エピソード!? 神父そういうのもっとちょうだい!!」
──☆
こんな感じの会話でしたとさ。
まとめると。
今回の事件には変な組織がいる。しかもそいつらは自爆装置みたいな物を人に付けるタイプの狂った連中。
そんでこの事は所長たちには話していないが、お前もって言葉の通りなら、人を弄くる事に躊躇いが無いとんだマッド野郎どもだ。
構成員に心当たりがある。もしかすると、あの俺の身体を改造しやがった、被り物をしていたイカレ野郎ともまた会えそうだってコトさ。
それで、現状これ以上の情報は得られない。
とうの女吸血鬼こと黄瀬さんは呑気にコーヒー淹れてるよ、豆の補充とか考えてんのか?
「太陽くん、ほらコーヒーっスよ」
「え、俺の分?」
「あったり前じゃないっスか! うちねぇ、本当は弟か妹が欲しかったんスよ。でもおかーちゃんは、アンタみたいな穀潰しこれ以上増やせないって…」
「わかったって! 重いんだって!!」
「そーっスか? レイリーちゃーん、コーヒーっスよー」
ちょっとこの人の家庭環境は重すぎるんだよ、しかも無自覚だからかなりペラペラ喋ってくるしさぁ。
少し聞いた限りでも。いわゆる身売りとかしてた母親で、父親は不明。祖母の遺産とアルバイトで大学までは行けたが就職してから母親は蒸発。
それで就職してから何故か行方不明扱いになって早い段階で死亡扱いになってた、これは本人も最近知ったらしい。で、死人扱いじゃ復職も出来ないからさてどうしようってさ。
最後の行方不明云々はよくわかんねぇ組織の計らいな気もするが…。
「ブホォッ!」
「うわ汚っ! なんスか太陽くん!?」
「うっ…」
「レ、レイリーちゃん!?」
「不味い…」
「えぇ!?」
えっ毒? このコーヒーであった黒い液体って本当にコーヒー? ここまで破茶滅茶なコーヒーって銘打ってる苦酸っぱい泥水初めて飲んだよ?? これ毒じゃねぇの? さてはコイツ暗殺とかしようとしてる?
「何やったんですか…コレ…」
ほらぁ、喫茶店の娘さんが静かにキレてるじゃん。ここまで来たら飲料物への冒涜だぜ。一口目を啜った瞬間にコレはヤバいって思うもん、考え事も吹っ飛ぶ威力だ。
「えっ、何って…普通のコーヒーの粉が見たことある物より真っ黒くて思った以上に苦そうだったんで、他ので和らげようとしたんスよ。そしたら白っぽい豆があったんで、それをミキサーで粉々にして…」
「アンタそれ生豆だよ! 本当に歳上だよな!? っつーかどっから持ってきた!?」
「えっ、何か違うんスか? 所長さん達のキッチンから持ってきたっスよ、使っていいって…」
「……」
たぶんね。おやっさんの言ったキッチンを使っていいってのは、物を持って行ったりしてもいいって意味じゃねぇと思うんだよ。料理したかったら好きにやっていいって優しさだと思うんだよ。
そもそもコーヒー豆を煎らずにそのまま淹れて飲むのが旨かったら、そっちが流行るだろうがよ。何か妙に麻袋みたいなニオイと甘酸っぱ生臭さが同居しやがって、真面目に何か盛られたかと思ったわ。料理とかした事あるのか? 社会人だったんだよな?
「うちなりに頑張ったんスよ!? 何か太陽くんが難しそうな顔してるし、レイリーちゃんは笑わないし!」
「黄瀬さん…」
「なんスかレイリーちゃん!」
「キッチン出禁で…」
「だよな」
「ひどいっスよ!?」
いや酷くねぇよ、たぶんタマさんなら殺しに来るぞ。あの人テリトリーに敏感だから、嗜好品に手を出されてゴミを錬成されたとなればマジギレしかねない。
しかも自宅スペースの台所って事は、確実におやっさんの私物だもん。おやっさんお手製コーヒーの材料をゴミにされたと聞いたら、それが好物のタマさんはキレる、絶対。
「うう…世知辛いっス…こうしてうちの優しさまで受け入れられずに、人ってのはどんどん冷たくなるんスね。気付けば太陽くんも反抗期、ねーちゃんベタベタすんなとかうぜぇとか言ってくるんスね…」
「出会って数日でその厚かましさは凄ぇよ、ちょっと日光浴して表皮焼いてきてくんない?」
「遠回しに死ねって言ってるっス! うわーんレイリーちゃーん! 太陽くんがイジメるっスー!」
「………」
「えっ何で!? 何で無言でロザリオ取り出してるんスか!? しかも逆手に持って! さ、刺されるー!?」
流石に刺さないだろ……たぶん。
「今、私以外が太陽くんの姉を名乗りましたか?」
「いや気の所為っすね、おかえりなさいフォンセルランドさん」
「ただいま帰りました。ふふ…いいですね、こういうのも…さて…」
ここで歩く猥褻発言人形さんがイン!
仕事の用事で出掛けていたんだが、タイミングよく戻ってくるのはいいとしても、この場でブレーキじゃなくて燃料をぶち込むのはダメじゃないか?
「太陽くん御所望のちょっとえっちなお土産の前に、ゲストがいらっしゃいますよ」
「お土産とか頼んでないんですけど? 俺の名誉とかが著しく傷付くんでやめてもらえます?」
「お笑い旋風を巻き起こすのはこの方! どうぞー!」
「無視ィ…?」
おいおい、これじゃあ俺がスケベブックとかに類するいやらし系物産を頼むエロ高校生って思われちまうよ。同級生がすぐそこに居るからやめてね、マジで。
フォンセルランドさんのどうぞと共に、出入り口から自信なさげに入ってくる人。黒髪黒スーツ、痩身に不健康そうなやつれ気味の顔。でも人当たりの良さそうなこの人は…!
「……ご、ごめんね? 何かした方がいいかな…?」
「普通に入って大丈夫ですって! …んもー、フォンセルランドさんったらすぐ無茶振りするゥ…」
歩く危険物、千々石さんだァ!
絶対お笑い旋風とか巻き起こせないだろ。
「慣れっこだけどね、うん…。
じゃあ早速で悪いけど、事務所の皆に手伝ってほしいことがあるんだ」
「ほーん?」
フルコースも真っ青だな。
さて、お次の事件は何が来る?
御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!