はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
どうにかなりました。こんな阿呆な理由で遅れました。皆さんもパスワード管理はしっかりしましょうね!
落日が人を照らして影を作る、そして伸びに伸び切った影が空まで手を伸ばして夜が包む。
ここは東京都、台東区がかっぱ橋道具街。
かっぱ橋、由来の説は二つ。
合羽と河童。
現代においては両説が肩を組んで共存している。
すなわち。河童が居る、合羽を始めとした生活道具・雑貨街。
歴史は古く、合羽屋喜八が新堀川の整備を行ったとされるのが文化年間。そして大正元年に数件の道具商・古物商が生まれて、その流れを継ぐ営みの数々は今では二百余年を越えようかという歩みとなる。
調理器具であれば爪楊枝からミキサー等々、大きな物から小さな物まで何でもござれの名店街。
食品サンプル作り体験などは老若男女問わず人気があり、数少ない外国人観光客もそれを目当てに来るほどである。
その一等地と明確な場所にある百貨店。ここもまた雑貨とあればおおよそ揃う店だ。
嗚呼かっぱ橋、古今東西親しまれる場所…だが。
「おっ? なんでぇもう夜だってのに女連れだなんてよう、探偵ン所の坊主がいっちょ前に色気付いたか!?」
「余計なお世話過ぎるぜ喜八のおっちゃん…」
「逢引じゃねぇのか?」
「違ぇよ」
「合ってます」
「レイリーさァん!?」
「あの…僕も居るんですけど…」
実在している河童達を取りまとめる頭領でもあり、このデパートのオーナーもまた河童であるというのは、誰もが知っている訳ではない。
しかし、地域の活性化と妖怪や怪物と呼ばれる者達の地位向上を考えて、地道なPR活動は行っていたりするのだが、知っている者は未だ多くないのは悩みどころだと本人…本河童は頭を悩ませている。
「千々石の坊主はどうした、ジョウロでも買いに来たのか? 霧吹きってんなら売り場が変わって別の場所だぜ?」
「えっ、売り場変わったんですか? 前に買った物のバネがヘタって来ちゃったんですよね…あっ、あと剪定バサミ用の砥石も買わなきゃだ」
「みみっちぃとまでは言わねぇが、相変わらず男盛りらしくもねぇ地味な趣味してんなぁ。むしろチカラが景気良過ぎるくれぇド派手だから釣り合い取れてんのか」
「ド派手って、花火じゃないんですから…」
河童達が知名度や地位向上を狙う一方で、千々石 守という存在は既に有名であった。
いわく、人間兵器。歩く最終兵器、爆弾そのもの。国家の犬…決して良くは言われない。力の象徴として、知る人ぞ知る公然の秘密兵器。
本人の顔も名前も素性さえ知らなくても、国がある機関を動かしたと知れれば結末は推して知るべし。良くて焼け野原、最悪消滅、個人災害といった具合で知られている。
多様な業種を手広く扱い、様々な繋がりのある河童の労働組合の会長とあっては知らない訳が無い。だがそれと同時に、どのような時に派遣されるのかも知っているので、あくまで細々した物を買っていくお得意様。あるいは、ちょっと気弱な男程度の扱いである。
「おっちゃんさ、酸素ボンベの取り扱いある?」
「そっちの嬢ちゃんはどうしたんだ。本当のところ、千々石の親戚か何かだったりすんのか?」
「全然似てないじゃないですか…探偵事務所の方の新しく入った子ですよ」
「かァー…! ずいぶんな物好きも居たもんだねェ…嬢ちゃん、探偵稼業なんざ危なっかしくてしょうがねぇぞ」
「あれ? 無視? 俺、無視されてない??」
ともかく、太陽と千々石の二人は河童の喜八の知己である。時に依頼主として、またある時は店主と客側として。そういった面では、趣味が観葉植物を育てる事の千々石の方が会う機会もあって親しい。
「余計なお世話かも知れんが。怪我しねぇ内によ、辞めた方が良いんじゃねぇかって思うんだが…」
「嫌です」
「これまたハッキリ言う娘だねェ〜…」
現在の探偵稼業といえば、何故か物騒な事に巻き込まれたりし易い仕事の急先鋒と言って差し支えない。
自身は見た目では年齢の判断が付かない河童といえど、相手は明らかに未成年。老婆心が口をついて出た形である。
「何か理由でもあんのかい。弱味があるだの借金がどうのだのなら、オイラがどうにかしても」
「そういう訳じゃないんです。ただ、太陽くんって危なっかしいのと…」
「のとォ?」
「好きな人とは一緒に居たいし、知りたいんです」
「…ほぉ〜…!」
「えっ、レイリーさんってそうなの…!?」
まさかの理由であった。後ろ暗い物ではなく、純粋な献身にも似た恋心。
喜八は感心しきってゆっくりと頷く、頭の皿が店内の照明を受けて輝きを増した。
老いも若きも、色恋沙汰は愉快に思える物。それは河童であろうと変わらない。他人事だからこその楽しみである。つまりは、健康に良い。恐らく何らかの栄養素が含まれている。
「良いねェ嬢ちゃん、惚れた腫れたで手前の命まで賭けるってかい」
「はい」
「かァー! 見上げた根性、見事なモンだぜ。それに比べて千々石も太陽もよ…タマ着いてんのかお前ェら」
「僕はあんまり縁が無いっていうか…はは…」
「…うす…じゃなくてさ。凄ぇシームレスに説教始まりそうじゃない? 買い物に来てるだけなんですけど?」
「ケッ…しょうがねぇな…」
「客の扱いとは思えねぇ…!」
矛先が向かう前に話を変える事にした。太陽当人としては手早く買い物をするだけだったので、説教を喰らいたくないのは当然である。
「で、酸素ボンベとか売ってる?」
「あァ? 何だってンな物が必要なんだよ、海でも潜ンのか?」
「いえ、海じゃなくて下水道に行くんです。それで万一の備えとして買いに来たんですよ」
「下水道? …まさか最近、やたらに揺れるのァ…」
「そういうこった。その原因をぶっ飛ばしに行くんで必要なんだよ、わかってくれるかおっちゃん」
「なるほどなァ…千々石の坊主が一人で片付けるにゃあ無理な場所だってんで、探偵事務所にお鉢を回したって事かい」
「まぁ、そういう事です…面目無いというか情けないというか…はぁ…」
もしも都市のライフラインで『噂』の通りの破壊力を以て反物質が振るわれたらどうなるか。
考えるまでもない、甚大な被害が齎される事は火を見るより明らかだ。
「下水道っつっても、ガスも出てりゃあ安全じゃねぇしな。…ふーむ、酸素ボンベねぇ…」
「売ってなかったり…」
「いんや有るぜ。でもよ嬢ちゃん、意外と高ぇんだ」
「…おいくらですか?」
「大体三万からってトコだ」
「一本?」
「おう」
「………」
「お、思ったより高いじゃん…!」
あくまで2リットルサイズの物の金額である。しかし、更に吸入器等を購入するとなるともっと膨れ上がる。これには高校生達も驚きの価格、しかも貧乏性な太陽からすれば、十万を超える取引というのは恐ろしくすら感じられた。
「ど、どうにかまからない?」
「これでも安くしてんだよ、これ以上はビタ一文まからねぇ…が」
「何かお得なプランがあったりすんのかい!?」
「レンタルなら全部まとめて一日一万でいいぜ。本当はスキューバダイビング用なんだが、こっちの店に置いてある予備を貸してやる。壊した時の保険も入れてやるよ」
「お、おっちゃん…!」
「よかった…流石に十万以上は持ってきてなかったよ…」
実質的に財布係として帯同していた千々石にとっても、喜八の提案は魅力的である。想定以上の金額だったのでカードを出すしかないと思っていた所にうってつけの話だったのだ。
「へっ、そこの嬢ちゃんの為だぜ。太陽、お前ェも不義理はすんじゃねぇぞ」
「後方保護者ヅラ河童がよォ…!」
「ヅラじゃねェよ皿だ」
「見りゃわかんだよ!!」
───☆
何故か私にニュー保護者の河童さんが出来てからの事、ちょっとだけウィンドウショッピングを楽しんでました。
その中でも気になった物。
「何か全員、手先器用だったな?」
「本物の天ぷら作りよりは楽だったかなぁ」
ちゃりちゃりと戦利品を手で弄ぶ。
黄色い衣と赤く飛び出たしっぽ。
本物よりも硬くて、少しだけ平べったい。海老天を模ったまがい物、これは食品サンプル。イミテーションだけれども、本物よりかわいいと思う。
私がじっと見つめていた所を、太陽くんが。やってみようぜ、なんて言って、飛び入りで手作り食品サンプルのワークショップに行った成果。
代金は千々石さんが払ってくれました。あんまり役に立てなかったから、だって。そこまで気にすることじゃないと思うけれど、気にしいな所があるんだろう。
結局ボンベのレンタル料金や契約関係を片付けたのは千々石さんだから、大活躍だったのにね。
「そういやレイリーは海老天を二個作ってたな、誰かにあげんの?」
「ん、お母さんにあげようかなって」
「あぁ…何かめっちゃ喜びそうだな」
「きっと喜ぶんじゃないかなぁ、うん、子供からプレゼントを貰って喜ばない人はいないよ」
「親父さんにはあげねぇの?」
「実はネクタイピンも買ってあるよ」
ふふ…何を隠そう親孝行には余念がありませんよ。同時にほんのり親不孝だから、これでバランスが取れている…と信じてる。
他にもいくつか、ちょっとした買い物をしたりもしていて。これで準備万端。いつでも来なさい魑魅魍魎。本番は明日なんですけどね、気持ちの問題です。
「んじゃあやる事やったし…帰りますか?」
「もし二人共予定が空いてれば、ご飯でも食べて行かない? けっこう遅くなっちゃったし、そのまま帰るなら送っていくよ」
「まさか奢りっすか千々石さァん!?」
「もちろん。探偵事務所の元先輩として、レイリーさんの歓迎会だね。所長達もやろうとは考えてると思うけど、僕は一足先にって事で」
「さっすが社会人太っ腹だぜー!! っと、主賓のレイリーは大丈夫か?」
「割と放任主義だから。連絡一つ入れておけば大丈夫」
「そっか。じゃあ僕もお店に席の確認しておくよ、その間に御両親にちゃんと伝えてね」
「はい」
と、まぁ滞りなく晩ごはんには遅い夜食をごちそうになりました。
メニューはなんと天ぷら。しかも代金とか書いてないタイプの静かなお店。お、大人だ…!
どれもこれも美味しかった。特に、自分が作った食品サンプルに酷似した海老天が。ひょっとして千々石さん、私が海老天大好きだと勘違いしていないだろうか。
それはともかく、やっぱり揚げ物は揚げたてが一番です。大葉や茄子の野菜天も軽やかで美味しいし、海老天は言わずもがな。鱚なんかの魚介類も、身がふんわりとして美味しい。
最後に出て来た大きなさつまいもの天ぷらは驚くほど甘くて、じっくりと油に浸かっていたお芋は、ほくほくとしたデザートみたい。
シメはかき揚げの天茶漬け。いやぁ…普段から運動していて良かった。絶対太りますよコレ。
そんな風にご飯をごちそうになっている中、ぽつぽつと改めて自己紹介をしました。
千々石さんは探偵事務所の先輩で、今は国の機関所属…というか室長さん。お店の支払いも普通の顔で払っていたから、中々稼いでいらっしゃるご様子。
他にも色々なエピソードを聞けたけれど…それはその時に。
「じゃあ僕はこれで…本当に平気? 高校生二人をそのまま帰すっていうのも危ない気がするんだけど…」
「まぁ任せてくださいよ、少なくとも女子高生一人なら無傷で帰すなんて楽勝っす」
「太陽くんなら平気だろうけど…」
「いいからホラ、帰った帰った。…じゃねぇや、今日はありがとうございました。レンタルの手続きだのからワークショップ周りまで、飯も奢って貰っちまったし」
「いいんだよ。だって先輩だもの、これくらい面倒見させてよ。今の仕事が忙しくて事務所に顔は出せないけどさ、せめて、ね」
しっかりした人だなぁ…。頼れる大人、というか歳の離れた兄って感じの気安さがある人だ。
「じゃあ僕は帰るね、二人も気をつけて帰るんだよ」
「うぃーす」
「今日はありがとうございました」
「ははは、じゃあまたね」
気弱そうな優しい人。
太陽くん、いい先輩が居たんだね。
そうして違う方面まで歩く千々石さんを、曲がり角で姿が見えなくなるまで見送って…。
「…ん?」
「どうしたの?」
帰ろうとした時。太陽くんが何かに気が付いた顔で立ち止まった。ひょっとしてどこかのお店で忘れ物でもあったんだろうか?
「千々石さんが何か落としたっぽい…さっきのサンプル…か? そんな音がした…」
「耳良いね」
数キロ先の針を落とした音が聞こえたりするのかな。冗談めかして言っても、本当に聞こえてそうだ。流石だね。
「まあそこそこな…しょーがねーな、間に合うから拾っておくか。ちょっと待っててくれ」
「あっ、ちょっと…!」
止めるよりも早く、彼は駆け出してしまった。そこはさぁ、一緒に拾って追い掛けるとか考えるものじゃないんですか。これだからデリカシー薄めの人は困る。
そんな風に内心で愚痴を言っている場合じゃない、私も追いかけよう。
ちなみに言うと、私は足がそこまで遅くない。彼が無闇に速いというだけで。つまり彼も全力で走った訳ではない、そう、だとしても…。
「あ…れ…?」
曲がり角のたった一つで、二人の姿が、まるで最初から居なかったかのように消える筈は無かった。
御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!