はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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べとべとさん 下

 

 

 

 

 

 

 

私は自分が嫌な人間だと思う。

 

少しは世話になったことのある人が死んでも、涙が流れはしなかった。

それどころか、明日の仕事に響かなければいいが、なんて頭の片隅で考えていた始末だ。

 

人事部長は情が深い人だったのだろう。告別式では奥方が泣いていて、息子さん達は俯きながら耐えるように歯を食いしばっていた。

直属の部下たちも沈痛の面持だった。

田山も告別式に参加していて、静かに涙を流していた。これらの様子を見れば、真っ当ではない人間は間違いなく私だけなのだろう。

 

それでも。まさか。もしも。

 

この思考が脳を支配する。

どのような答えが待っていても、どうにもなりはしないと知っていても。

 

あぁ、頭が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、調査期間と経費については以上です。結果についての書類は郵送も可能ですが…」

「いえ、こちらに受け取りに来ます」

 

興信所、この場合は探偵事務所か。

大人として少々情けない話だが。人事部長が死んでしまった後の新しい宣材写真撮影の日、何か思い詰めているとあのモデルの高校生に察せられてしまった。

話を濁しつつ、ある人について調べていると言ってみると、知り合いの探偵事務所をお勧めされた。

名前は少々ふざけていると思ったが、目の前の白髪交じりの男性からは茶目っ気の類はあまり感じない。

 

「かしこまりました。それとお客様の連絡先には緊急時の場合、連絡差し上げますことをご了承ください」

「…? はい、構いませんが…」

 

緊急時とは何の事だろうか。

そういえば、探偵事務所は命がけの仕事になったと聞いたことがある。そういった手合と何かあった時のことだろうか、あまり私には関係のなさそうな話だ。

 

「ありがとうございます。それではまた一週間後にお越しください」

「はい、よろしくお願いします。それでは私はこれで」

「ご足労いただき、ありがとうございました」

「ありがとうございました、お気を付けて」

 

名刺交換した男性、所長の犬飼氏。そして受付兼事務員の、妙に人間味を感じない女性に見送られて事務所を出た。

所長代理は不在とのことで、もしかすると思った以上に忙しい探偵事務所なのかもしれない。

気を付けて、か。何に気を付ければいいのやら。

 

「あと三分! 間に合う、間に合えぇ!」

 

夕日の色と同じ。太陽に照らされて、その太陽と同じように輝く髪をした制服の男子が。騒々しく私の歩いてきた方向へ走っていった。

高校生をバイトで雇っていると言っていたが。まさか今の子なのだろうか。

 

不安だ。

誠実そうというか、真面目な印象の所長はいいが。あの外国人らしき事務員は何を考えているのか何も伺い知れない。

更に今の高校生がバイトとして勤めているとしたら…いや、先入観はよくない。

私の抱えるそれらを払拭する為にわざわざこうして依頼したのだから。気にしないで任せよう。

 

しかし事務所の名前が…胡散臭いというか…。

 

 

 

 

 

 

探偵事務所を訪れた翌日、私は件の事務所を紹介してくれた少年に会いに来ていた。謝礼は早ければ早い程良いと思ってのことだ。

当然下心はない。そもそも一回りほど離れた子供にとっては、私のような女はそこらの石ころと変わらないだろう。職場の女子たちがズルいだのと言っていたが、そう思うなら真面目に仕事をして会いに来る口実を作ればいい。

 

「おや、笹川さん?」

 

意外そうな顔をして淋代くんが私を見る。彼が自分の事務所に来るであろう時間は彼のマネージャーから聞いていたが、本人は私が待っている事は思慮の外だったようだ。

 

「こんにちは淋代くん、前に貰った紅茶美味しかったわ」

「その事でしたか、いつも貴社にはお世話になってますから。本当に気にしないでください」

「君は本当に…」

 

軽いため息が漏れてしまう、むしろ嘆息に近いかもしれない。たかが高校生、されど高校生か。

親御さんの教育が余程いいのか。自分自身の時も含めて思い出してみても、もう少しだらしがなかったと思うが。彼はそうではないようだ。

 

「ふふ、オレに会いに来たなんて思い上がりでなければ。わざわざ会いに来てくれた理由は…探偵事務所に行ってきたのでその報告とお礼ですか?」

「驚いたわ、最近の高校生モデルさんは心が読めるの?」

 

広告に使われるだけはあるモデル然とした容姿だけでなく、礼節に察しの良さまで持っているとは。天は二物を与えずというが、それは言葉だけの物らしい。

ここまで来ると嫉妬や羨望、小憎たらしいと思う感情よりもある種の称賛が先に出てくる。

 

「まさか、どこにでもいる普通の高校生ですよ」

「謙遜までするんだから手に負えない高校生ね。お察しの通りよ、良い事務所を教えてくれてありがとう」

「笹川さんに少しでも笑顔が戻ったようで何よりです、紹介した甲斐があります」

「君が本当に高校生なのか、怪しくなってきたわね? こっちの話を丁寧に聞いてくれる、いい所長さんのいる事務所なのね」

 

私がそう言うと、また意外そうな顔を見せる。何か驚くような話がどこかにあったのだろうか。

 

「素晴らしい事務所ですよ。本当に困った時には、頼りになる人たちばかりです」

「君が太鼓判を押すのなら、そうなんでしょうね」

「はい、きっと助けになってくれますよ」

「色々気になる事が出来たけど、今日はもう失礼するわね。探偵さんの報告が上手くいったら、次はお土産でも持ってちゃんと御礼しにくるから」

「その時は笹川さんの笑顔を見せてください、それだけで十分です」

 

やっぱり小憎たらしいかもしれない、それとも単純に人誑しなだけなのだろうか。彼と同じ高校の女子たちは大変そうだ。

それにしても、彼があの事務所におよそ全幅の信頼を置いているのは少し驚く。

モデル業の性質からして、厄介なストーカーが出来てしまった時にでもお世話になったのだろうか。それとも何か別の…。

 

「あうっ…」

 

考え事をしつつ出口へ歩いていたら転んでしまった。中々に恥ずかしいものがある。不注意も程々にしなくては、これでは誰も彼もに無用な心配をかけてしまう。

 

『笹川さん、転んだんですか?』

 

不意に寒気がした。

転んだ所を見られて血の気が引いてしまったからだろう。頼りにされたい訳ではないが。大の大人としてなんとも言えず、寒気と反比例して顔が羞恥に染まるのを感じて恥じ入るばかりだ。

 

「あぁ、大丈夫よ。ちょっとその…休みたくなっただけ…とか?」

「…なんですかそれ、ふふ。その休憩が終わったらお見送りしますよ、気をつけてくださいね」

「あ…ありがとう…?」

 

気恥ずかしさを誤魔化していると、微笑みつつ自然な所作で手を取られてしまった。この動きの板についた動きである事といったら、これは本格的に女子たちは大変だろう。

笑顔で見送ってくれる彼を見れば、彼を取り巻くであろう女性達が抱える煩悶を少しだけ理解できた気がした。まったく、生意気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、いつもの深夜の家路。

 

 

 

足音がしている。

 

私のヒールの音ではない。

どこか粘性を帯びた音。

 

携帯電話の着信音がけたたましい。

探偵事務所からのものかと思えば、よく見れば知らない電話番号からのものだ。内心で舌打ちをしてしまう、おまけに頭痛までしてきた。

 

そういえば聞いたことがある。

共歩き、とも言われる存在。たしか『べとべとさん』と言うのだったか。

 

今の私のように、深夜に歩いていると。

べとっ、べとっ。

と、濡れたような音をさせつつ人間を尾行してくる何か。妖怪とも言われるが、目視されたことはない。

人間に危害を加えることもなく。ただついてくるだけ。それでも嫌な場合の対抗策というか、対抗呪文もあったはずだ。

 

丁度いい、道を譲りつつ言えばいいのだから。電話に出る前に唱えるとしよう。ついでにその意気で迷惑電話を逆に怯えさせてしまおう。

 

気配が後ろからする。

 

「べとべとさん、お先へどうぞ」

 

これを唱えれば足音が消えるはず。

 

 

 

 

───べとっべとっ

 

 

 

 

足音が消えない、何故。

うろ覚えなので多少は間違っていてもおかしくないが、こんなにも効果が無いものか。

噂が現実になるとは厄介なものだ。聞こえなかったと考えるのも変な話だが、もう一度はっきりと言ってやろう。

 

「べとべとさん、お先へどうぞ!」

 

 

 

 

 

───べとっべとっべとっ

 

 

 

 

わからない。声は張り上げたし、発音がおかしい訳でもない。

しかし私に危害は加えないはず。とにかく不快な足音は後回しにしてこの迷惑電話を黙らせてやろう。そして頭痛を握り潰すかのように電話に出た。

 

気配が真後ろからする。

 

 

 

───もしもし、わたし、メリーさん

 

 

 

気配が増えた。

 

 

 

──いま、あなたの…

 

 

 

「後ろにいるの!」

「ひっ」

 

近付いていたのは『べとべとさん』ではなかった?

メリーさんの話は知っている。だがあれは一般的には段階を踏んで近付いてくるのではなかったか。

 

「ここです! 太陽くんッ!!」

「サンキュー、フォンセルランドさん!」

 

叫ぶメリーさんらしき人影、続く呼応と轟音。

誇張ではなく、人が降ってきたのだ。

 

片方は先日の探偵事務所の受付の人。もう片方はいつか走っていた高校生。

ひょっとしなくとも、探偵事務所のアルバイトとは彼のことだったのだろう。まさか飛んでくるとは思わなかったが、緊急時の連絡とはこの事なのだろうか。

思考がまとまらない。どうにも混乱しきっている。

 

「破ァッ!!」

 

太陽くんと呼ばれた高校生が私の背後を凄まじい風圧と共に殴り抜いた。目の錯覚でなければ一瞬光っていたように見えたが、混乱を混乱で上塗りされているようだ。落ち着け私、普通の人は光らない。

 

「怪我はありませんか依頼人さん。これでもう大丈夫ですよ!」

 

笑顔で私に語りかける高校生。

探偵事務所のアルバイトって凄い、そう思った。

 

 

 

 

───☆

 

 

 

 

みんな! 俺だよ! 主人公だよ!!!

何の主人公かと言われれば、それは俺の人生。俺の人生の主人公は自分だけってことさ!

 

いや脇役じゃんって言ったやつからうちのメリーさんに呪ってもらうから覚悟しておいてほしい。

 

それはともかく、所長がまとめた報告書による情報と今回の依頼にまつわる話を掻い摘んで説明しよう。推測も含めるけどな。

 

 

 

事務所への依頼自体は簡単、田山咲良って男の経歴を洗いざらい調べてほしいとのこと。

だが調べて出てきた経歴は奇妙な物で、まず両親が死んでいること。でもこれは正確じゃない。

 

田山の両親は確かに死んでいる。母親は病死していて病院に記録もあった、父親は再婚の後に後妻と一緒に原因不明の事故死。一方の小学生だった田山少年は家で留守番をしていたので無事に生きていた。

親父さんの再婚について何があったかまではわからないが、その頃の田山はネグレクトを受けていたと児童相談所に連絡もあったらしい。

 

結局両親を喪った田山は、俺みたいに孤児院には行かずに親戚に引き取られた。

だがこれも高校卒業までの話。今度は親戚の義両親がハンドルを何かに取られた車によって死んでしまう。そう、両親と呼べる人間が二回死んでいる。

 

どう考えたっておかしいだろ? そんなに何度も周りで人が死んでたまるかって思うぜ。

しかも実母以外の実父とその再婚相手、義両親まで同じような事故死で、真似たように車が関わってる。

 

その後、両親の遺産やらを受け継いだ田山は海外の大学に行って薬学を修める。その時のホームステイ先の父親は車の速度を出し過ぎて衝突事故。

それで何食わぬ顔で日本に戻って来て就職、しかし就職した会社でも心を通わせた人事部長がつい先日何故か事故により死んでしまう。

 

こいつがまた末恐ろしい話で、これらは田山が関わった事故の一部に過ぎないだろうということ。他にも交友関係にある人間が不審な事故死を遂げている。

つまり田山は、手段こそわからないが連続かつ複数の事件に関与した殺人犯の可能性が高い。何らかの条件付きで、交友関係のある人間から血縁関係にある人間までをどうにかして殺害していると考えられる。

 

直近で死んでしまった会社の人事部長、そして、この件の依頼人である笹川さんも狙われていた事から推理できる条件は。自分の過去、痕跡を調べる人間や知ってしまった人間だろう。

どちらも細かな所まで、といった注意書きは付くだろうがな。さもなくばあいつの小中高の同級生は皆死んでるはずだ。

 

それで見事に地雷を踏んだ笹川さんを狙った田山から助けて今に到るってわけだ。

 

 

 

 

 

田山の本当の動機は結局わからない。

判明したのはあいつが推定殺人鬼であること。それと恐らくは『べとべとさん』の噂をかなり使いこなしていた事だけだ。

 

混じり…まぁ噂が立ってすぐなら、誰かがどうにか噂の元をどうにかしたり、本人が払拭すれば収まる。

あとはまぁ、例えば通った人が死ぬ呪いのトンネルがあったとすれば千々石さんみたいな人が吹っ飛ばしたり、殴れるヤツなら俺が殴ればどうにかなる。

そのはずなんだが、田山はどうにもならなかった。

噂とはずいぶん長い付き合いで、いつの間にか混ざり切っちまったんだろう。

 

当たり前だが『べとべとさん』の話には、本当に粘着質の何かを出すことなんて出て来やしない。でも状況証拠だけ見れば、何かしらの物質で事故を引き起こしている可能性が高い。

 

だからこそ、今回の田山の行動には疑問が多い。

何で今回に限っては、直接的に笹川さんを害そうとしたのか。偶然車を運転しない人だったから? 切羽詰まっていたから? どんな理由かはわからないが、今まで事故死という偶然を装っていたのに、今回だけは違う理由は何なのか。

事件の全貌ってヤツは犯人の自供待ちだな。

 

そういえば対象の後ろに現れるってのはメリーさんと一緒だが、足音をさせるだけで、相手をどうこうするって話も無いワケで。使いこなせるにしたって、もうちょい平和的な利用方法にしてほしいぜ。

 

追記みたいなもんだが、俺が気絶させた後、田山は警察ではなく千々石さんに引き渡した。

過去の事件への遡及処罰の禁止、それとこういった噂が絡んだ事件は、わかりやすい自供でも無い限りは警察も手が出しづらいからだ。

国家機関ではどんな扱いになるのかは知らないが、頼りになる大人たちが悪いようにはしないだろう。こっちは所詮探偵事務所の雑用係、警察でなくとも国家権力に頼らせてもらうさ。

 

状況証拠だけなら、田山が笹川さんをストーキングしてたってだけだしな。

ホワイダニットもハウダニットも、推理を当てれば犯人が喋りだすって名探偵でもなけりゃ。根負けした犯人の自供を待ったほうがいい。

 

依頼人の笹川さんはこの一件がトラウマにはならず、今日も普通に仕事に行っているそうだ。逞しいぜ…。

 

なんでうちのメリーさんが過程をすっ飛ばして瞬間移動出来るのか気になる? ほぼ正解だと思うものなら答えられるんだけどね。本人に聞いてみてもどうせふざけるから真相は聞かない。

 

ふむ、どうせなら1%に賭けてみるか。まずはチラ見で様子を伺ってみて…これなんか野生動物相手にしてるみてえだな…。

 

「どうしたんですか太陽くん、ムラムラしましたか?」

「話が何にも繋がってないっすよね」

「ムラムラしませんか!?」

「働き過ぎで耳に埃が詰まってらっしゃる?」

「はっ…繋がる…繋がる…が、合体…?」

「どうなってんですかその思考回路。確かにフォンセルランドさんは都庁ロボとかと合体出来そうですけど」

「せめて電気を消してくださいね…」

「消さないよ? 何の話してるんすか??」

「それはあなた、夜の合体の話ですが」

「ロボアニメの話ですよね」

「え?」

「え?」

 

ほらね!!

 

…いや無理だよ、真面目な話は三分間しか出来ないタイプだよ。この人ふざけないと死んじゃう人だよ。

 

「三分間だけというとウル○ラマンみたいですね、好きですよウル○ラマン。特にウル○ラマン・コスモスが。ところでウル○ラマン・コスモスの『スモス』って何なんでしょうね」

「シーフードドリアの『シーフー』ってなに? みたいなこと言ってねえでちょっと口閉じてろよォ!」

「は? 上の口も下の口もぴったり閉じてますが? 証拠として見せましょうか、まるでさながらラクダの蹄のような私のウル○ラ○ンk」

「色んな所から怒られても知らねーぞテメー!!」

 

俺は無関係です! 信じてください! 勝手に心を読んできたこのメリーさんが悪いんです!

 

 

 




ちなみに私はコスモスが好きです、80先生と同じぐらい。
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