はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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トライブ

 

 

 

 

 

 

 黄瀬さんに見送ってもらい、何事もなく帰宅は出来た。

 帰宅は、できた…んですけど。

 

「おかえりなさい、もうすぐご飯出来るわよー」

 

 遅かった…! 

 

 この朗らかな声、これはきっと素晴らしく美食に遠い何かが望まれずに生誕したその産声に等しい。

 考えていて悲しくなってきますね。

 お父さん、作り置きでも用意してくれていれば良かったのに…! 

 

「…き、今日のご飯は…?」

 

 恐る恐る献立を訊ねる。手洗いとうがいを済ませるべき、という常識的なルーティンよりも、最早目前に差し迫った恐怖の正体を知りたい。いや、知らねばならない。覚悟の時間が必要です。

 

 久しぶりの母親の手料理とくれば、一般的には喜びを感じたり、あるいは郷愁や感謝の念を抱くのかもしれない。

 

 でもね、やっぱりそれは一般論ですよ。

 

 例えば劇的に不味いとか、食べたら緊急搬送されるレベルの食べ物が出されるなら、愚痴の一つや会話のとっかかり、エピソードトークになるものです。しかし、絶妙に不味い場合は笑い話にならないんです。

 

 特に少しばかり間を置いた時、再発されるかの如く襲い来るしみじみとした『美味しくない』といった何かは、何とも不味い。気不味いという意味も含めて、不味いの二重奏。

 

 ホラー映画とかお化け屋敷系のアトラクションも、例えば二秒ごとにビックリさせる何かがあったりすると、逆に慣れてしまって全く驚きも無くなるし恐怖も無い。これはつまりそういう話。

 

「今日はねぇ!」

「うん」

「カレーよ!!」

 

 カレー…カレーかぁ…。

 えっカレー……!? 

 カレーって、あの!? 

 

 私は今驚きを隠せません。

 何故ならお母さんは、辛い物がとにかく苦手だからです。苦い物は毒物かと疑い、酸っぱい物は腐敗を疑う、そんな母。そして辛い物も苦い物と同様に、すわ毒物かとあらぬ嫌疑を常に向ける。

 

 そんな母親が、カレーを!? 

 これは事件ですよ、奥さんが事件です。内心の驚愕をいつも通りおくびにも出さず、手洗いとうがいを敢行しつつ考える。

 

 待ちなさい、レイリー。普通のカレーが出ると決まった訳じゃない。母の常識の無さを考慮から外してはいまいかと冷静に考えるべき。

 

 つまりカレーと言って、材料が同じだからと肉じゃがやクリームシチュー、あるいはビーフシチューが出てくる可能性もある。

 

 そう、覚悟。覚悟の準備をしておいてくださいッ! 

 …なんで家で母の手料理を食べるだけなのに覚悟が…? 

 

「ほら、早く早く。もう盛り付けちゃうからね」

「え、あ、うん…」

 

 悠長に決意をキメつつ思案していたら急かされてしまった。実は手料理を振る舞える事が嬉しかったりするんだろうか。

 

 で。

 

 荷物を置いて部屋着に着替えて、さながら絞首台に向かう心持ち。物騒過ぎるかな? 尺度の違いだけでおよそ似ている所はあると思うけれど。

 そうして絞首…テーブルに着いた、着いちゃった…。

 

「さっ、一緒に食べよ!」

「うん…」

 

 ウキウキだね、お母さん。私に反抗期も何も無いけれど、珍しく娘と食事が出来るから嬉しいんだね。

 

 食卓に置かれた皿とスプーン。そりゃあね、本場インドじゃないんだから手では食べませんよ。

 お皿に盛られているカレーとお米、恐らく強敵であろう彼等を落ち着いて観察をしよう。あっ、福神漬けもあるんだ。

 

 ニオイは…する、うん。普通にカレーっぽい匂いがする。スパイスの匂いって強いから当たり前か。服や髪に付くと中々離れないよね。

 見た目は…なんか…所々白っぽい? 

 

「いただきまーす!」

「いただきます…」

 

 無邪気な声に流されるように食事が幕を開けた。

 一匙、炊いた米とカレーを掬う。

 

「……!」

 

 ゆ、緩い…! 

 具材が小さいからそこまでわからなかったけれど、カレーのルウがシャバシャバを超えて、これはもうビシャビシャ…っ! スープカレーと同等の粘度のカレーがここにある。このカレーを名物料理として扱っていない所で出したら、作った人はインドの方か北海道出身だったりするのかと疑われる事必至の水分量。

 

 思った以上にスプーンからカレールウが脱走してしまうので、一旦米を浸しながら気を取り直して…。

 

「……ん…」

 

 一口。

 

「…んん…?」

「どう? どう?」

 

 危惧していた事が、口内に広がった。

 そう。味が。しない。

 

 塩分控えめという文言は昨今の健康ブーム的に持て囃される言葉。でも、これは限度が吹き飛んでいる。塩分控えめどころか塩分ゼロと間違いかねない。同じゼロでもカロリーじゃないんだから、有り難みが一切ない。何でもかんでも無くせば良いってもんじゃないんですよ、私はミニマリストに反対します。味においては特に。

 ついでに、いやついでじゃないんですけど。食材から風味という風味も全て抜けている。出汁という概念がお母さんの辞書から消失したのかな。ひょっとして元から無かったりする?

 

「お母さん…これ…」

「どう!? 美味しい!?」

「うん…どうやって作ったの?」

 

 今の「うん」というのはただの相槌であって、決して、味がしないという謎のカレーらしき存在を肯定した訳ではないです。

 

 それはさておき。おかしい。カレーってそもそも、市販のカレールウを使うのなら箱の裏側にレシピが一通り描いてある筈だ。それがどうして味どころか、具材達の魂まで抜けきったような、こんなにも無残な何かに仕上がるのか。

 

「えっとねぇ…前に太陽くん達とカレーを食べたのを思い出して、今日は早く帰れそうだから、材料も一通り買って作ろうかなって。普通に箱の裏に書いてある通りにしたよ?」

「順番に説明してくれる? 太陽くんとの話も聞きたいけど、そっちじゃなくて。料理の手順の方ね」

「えっ!? う、うん…。

 まず、野菜を刻むでしょ? それを油で炒めて、肉も入れて炒めて。それから水を入れて煮込んで…アク取り? をしたのよ、そうしたら鍋の水が無くなっちゃったから追加で水をって何回もして…」

 

 アク取りで水が無くなる…!? 

 実質的な茹でこぼしをしたの!? 

 だから野菜や肉の出汁が行方不明なんだ…。

 

 驚愕に曝された頭から困惑と混乱が止まらない。

 

「辛いのが苦手な人は牛乳を入れると良いってあったから、ルウと一緒に入れたんだけど。それでもすっごい辛かったのよー。それで、ちょうどよくなるまで牛乳を入れつつアク取りをして出来たってわけ!」

「そっか…」

 

 なるほど。つまり、カレールウを入れて煮込む時にもアク取りという名の、カレーと牛乳の置換作業に勤しんで出来たのがコレですか。

 

 道理でサラサラのビッシャビシャで、悲しい程に味気が無くて、全体的に白い何かが出来上がる訳ですね。食材が泣いてるよ、涙で味が付くとしたら死海並の塩分濃度になるレベルで号泣しかねないよ。まぁこのカレーだったはずのコレに味は無いんですけどね。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 明朝、明朝です。

 昨日の晩御飯…? うっ…頭が…! 

 

 気を取り直して朝です、サッとシャワーを浴びてから食事をこなして…食事…? うっ…! 

 

 朝御飯はお父さんが作る純和食、白米にお味噌汁と何かしらのおひたしか漬物。そして焼き魚。

 いやぁ美味しいね、日本人といったらこれですよ。

 実は日本人の血が一滴も入ってない私、でも生まれも育ちも日本。いいでしょう、魂の故郷っていうアレです。ホッとするものはホッとするんです。見た目が大事じゃないんですよ、わかってくれますね? 

 

 柔らか過ぎず、かといって堅過ぎる訳でもない丁度いい炊きたての白米に、お出汁の効いたお味噌汁、我が家では合わせ味噌です。具材はお豆腐と油揚げ、おやおやこれじゃあ味噌も含めて全部大豆じゃないですか。それでいいんです、それがいいんです。

 焼き魚の方は鮭、お米の甘みが引き立ちます。そうこう食べ進めている合間合間の野菜のおひたし、これがいいんですよ。今日は小松菜でした、ほんの少しだけ存在する苦味がいい。

 

 美味しいご飯は元気な一日に欠かせないね、残念ながら私の表情には出ないけどね。

 

「行ってきます」

 

 返事がない、これは少し珍しい。お父さんかお母さん、どちらかは高確率で返事をしてくれるのだけれど、今日はそうじゃないらしい。

 

 まぁいっか。お父さんは何かしら家事を、お母さんは…休みらしいので二度寝かな。

 そうそう、我が家では家事は分担制です。といってもお母さんは料理を始め家事が壊滅的なので、基本的に私とお父さんの分担ですよ。母は元から家を空けがちなのであまり気にしていませんけどね。

 

 通学路ではないけれど、最早通学路と言って差し支えない道を歩きつつ考える。行き先? 太陽くんの家ですが、何か問題が? 

 

 彼は意外と油断も隙もないので、少しでも彼の家に着く時間が遅くなると一人でさっさと家を出てしまう。しかもその後は大体、彼の親友である淋代くんと一緒に登校する。許せないね。

 

 そんな訳で、私は先手を打って彼の家に行って一緒に登校をする。そしてまるでついでのように、のんちゃんを回収して数少ない友人の恋路をサポートするのだ。さっさとくっつけばいいのにね、淋代くん達。

 とは思いつつも、よくよく考えるとのんちゃんが淋代くんの事が好きな理由を知らない。いつか聞いてみようかな。

 

 そういえば両親の、ちゃんとした馴れ初めも聞いたことが無い。

 …あれっ、それどころかお父さんはまだしも、お母さんの仕事内容も詳しく知らない。お父さんの前職は外国の軍隊だって教わったけど…。

 

「う、こ、こんばんは!」

「…えっ」

 

 こんばんは? 

 

 ぼーっと考え事をして歩いていたら、夜になっていたのだろうか? 

 

 まったくそんな事はない。朝日は今日も燦々、気温はどんどん上がって夏の予感が照りつけてくる。私の足が止まった。

 

 そも、挨拶らしきモノを投げかけてきた相手は誰だろう。妙にくぐもった声、くたびれたスーツ。全くもって見覚えのない風体。

 極めつけに、顔があるはずの部分には仮面を着けている。これはどう見ても不審者のソレ。

 

「こん、ばんは。今日は波が高く、油断の出来ない与野党は手巻き寿司の、運転中にウユニ塩湖では幼稚園児の水揚げが開始されました」

 

 こういう時、人の思考は硬直する。

 つらつらと並び立てられる意味の繋がらない単語の群れ。一歩ずつ近付いてくる何者か、自分が被る仮面の反響を物ともせず、どこか覚束ない足取りながら、私の方へ近寄ってくる。何か、危険な気がする。

 

「脊柱側弯症の賛美が貴方を、火災報知器にします」

 

 一歩。

 

「アルミホイル球の中心にある脊髄は電波の影響を受けないというニュースです」

 

 また、一歩。

 

「突然、朝に暗くなったり目眩がしたりしたことは?」

 

 ……。

 

「金縛りにあったことは? 

 昨日の昼食を食べられなかったことは? 

 ピラミッドの頂上にある目玉、気球、深海魚。

 写真で撮るとしたらどれ? 

 テ・トラ・グラ・ムア。その次は? 

 ティンホイルハットを埋め込めばギガバイト電磁波ノイズの影響を受けないという言葉を知っている? 

 人間は多次元高度受信体というフレーズを知ってる? 

 

 さっきからずっと

 あなたの後ろにいるのはだれ?」

 

 後ろ、何が。

 手に、仮面を持ってる? 

 

「俺だぜッ!」

 

 振り返ると、そこにはバイト先の同僚兼先輩兼同級生兼好きな人の太陽くんが!! 

 

「お破ようッ!!」

 

 異様に気合の入った挨拶と共に、仮面を被りつつ更に仮面を片手に携えた不審者の人の仮面を横薙ぎに砕いた! 仮面仮面ってうるさいなぁ! 

 

「朝っぱらから気味が悪いんだよ…ったく、爽やかさが台無しだぜ。テトラ云々と訳のわかんねー事をグダグダ喋りやがって。夏が近いんだからテトラポットにでも飛び乗ってろってんだよ」

 

 道にパキンとした破砕音と、テトラ云々を喋っていた人からうめき声が漏れ、そのまま不審者さんは倒れ伏した。

 

 そして、太陽くんは微笑みながら。

 

「ティンホイルハットは被るものだし、そもそもアルミホイルは身体に埋め込むもんじゃないぜ!」

 

 やっぱり探偵事務所の雑用ってすごい。

 改めてそう思った。

 

 





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や、優しくしてね…!
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