はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
夏だ!
「いや暑っちぃなオイ…」
海だ!
「海には入っちゃダメだよ」
…台無しだ!
「…うわぁ、本当にサメが飛んでるじゃねーか」
ここはとある海岸。俺と千々石さんは青い海を自由に泳ぐサメじゃなくて、海よりも澄んだ青空を行き交うサメを眺めている。
………。
台無しだ!
事の発端はつい先日のこと。
さぁてどうしようか。
何を、なんてのは野暮だぜ。今は夏休みの手前、学校の授業も大体午前で終わってテストの結果を受け取っては一喜一憂する。成績如何によっては補習の憂き目に遭い、また何もなければ長い長い休みに胸を膨らませる。そういったよくある長期休暇の前。
俺こと當真 太陽は成績優秀・品行方正が売りなので、特段憂う事も無く、あとはもう夏休みまっしぐら。バイトに精を出すか、それとも男友達と遊ぶか。高校生としては二学期以降の予習や大学入試に向けた対策もアリかな。勉強は学生の本分、忘れてないぜ。
「淋代殿ォ! 當真殿ォ!!」
「うわ」
「うわぁ…」
「えっ、声掛けただけでドン引き? 某まだなにもしてないでござるよ??」
「何かする気なのかよ、通報しとくか…?」
助平野郎こと、風間のエントリーだ!
この脳内桃色忍者が人にハイテンションを極めた状態で話しかけて来るっていうと、十中八九変な話を振ってくる可能性が高い。なんだコイツ、フォンセルランドさんみてぇだな。
「いや違っ…まだ無罪! まだ無罪!」
「そういう言い訳は警察の人が聞いてくれるから安心しておけよ……まぁ来るのは多賀さんだろうけど」
「口滑らせたら死と同義でござるよね?」
実は有名人なんだよね、あの危ない警察こと多賀さん。理由はシンプル、責任能力が無い状態で人に暴力を振るう人だから。そう、ブチギレた多賀さんは体格と人格が変わる、そしてその間の記憶が無い。つまりは本人は裁かれない超法規的警官があまりにもシンプルな暴力をもって犯罪者をその場で襲うって寸法よ。怖いわ。
「ま、ま。それは良しとするでござる」
「いいのか…?」
「フッ…某にかかれば逃走もお茶の子さいさい、朝飯前の味噌汁で顔を洗うが如しでござるよ。
それは兎も角、お二人ともぉ〜ちょっと海とか興味はござらんか〜?」
…海ィ?
「何だって急に海の話を…」
「夏でござるもん! 夏でござるもん! 良いでござろう、モラトリアム期間こと高校生に許されるひと夏のアヴァンチュール! 海で出会った歳上美人と出来る夏の思ひで! その出会いは海岸での軟派からァ!」
「帰るか…」
「そうだな」
「んあぁ待って! どうかお待ちになって! 某とのお話がそんなに嫌でござるか!? く、くそぅ…これだから何だかんだモテ男二人は嫌でござる、変に余裕ぶっちゃってさァ!
チュ! モテ過ぎてごめん! ってかあ! そんなにチュウが好きなら某がチュウしてやるでござるよ! チュウはチュウでも誅殺の方を!! 誅、天下御免!」
しつけぇ〜…。しかもなんだ、何だかんだモテ男って。颯はさておき、俺はそんなモテる方じゃねぇぞ。理由? 地毛がね…不良に見えるからか、怖がられることの方が多いんだよね…。
「せっかく某も姫より暇を賜ったんでござるよ? どうだい御二方…海外線で某と握手!!」
「握手はしねぇよ。っていうかマジで? お前が姫さんから離れるって珍しいじゃん」
「それだけ本気ということだろう。しかしそんな風間の情熱に水を差すようで悪いが、オレはパスだ。あまり日焼けをすると、こちらの仕事に支障が出るんでね」
「そ、そんな…これでは某のイケメンを餌に美女ホイホイ計画が頓挫するでござる…!」
「お前…」
「餌扱いは余計に御免被る」
このクソスケベ野郎マジかよ、人を餌にするとか何考えてんだ。やるなら正々堂々、その暑苦しい面包を脱いで自力で勝ち取れよ。
それにしても颯も大変だな。昔のアイドルとかも宣材写真とあまりに違うとクレームが来たっていうのと同じで、こんがりと日焼けしないように普段からしてるって事だろ。モデルってのも楽じゃねぇな。
「…ん? そのゴミみてぇな作戦のどこにも、俺が必要な要素なくねぇ?」
「當真殿はほら、見た目はどこに出しても恥ずかしいタイプのチャラ男でござろう? そんな御仁に話しかけられて怯える婦女子の方々を某が颯爽と助けて…」
「ぶっ飛ばすぞオメー」
「きゃあ助けて! どこにでもいる無垢な高校生が金髪チャラ男に襲われるでござる!!」
「お前みたいに四六時中珍妙な服装してるヤツはいねぇよ!!」
ちょっと言いたい放題過ぎるな、この忍者野郎…。言うに事欠いて、どこに出しても恥ずかしいタイプのチャラ男ってあんまりだろ。相手が俺じゃなかったら殴られてるぞ。むしろ殴るか、今、全力で。
「そういえば風間、オレたち以外には誰も誘ってないのか? しかも誘うにしても場所やらが不透明だ」
「うむむ、良い質問でござるな。実は某を除いて二名、先んじて勧誘してあるのでござるよ」
「二人?」
「嘘だろ…何か詐欺とかに当たるタイプの勧誘してないよな? 本当に多賀さん呼ぶか?」
「いやいやいや誤解、誤解にござる。お誘いしたのは森山殿と土屋殿でござるよ、森山殿はスラッとした銀髪エルフでお姉様方メロメロ。土屋殿は小麦色のガッチリスポーツマン。こうして多様な餌を用意して、狙うは漁夫の利。最後に笑うのは、この風間でござる!!」
森山は文化部だからともかく、土屋は野球部だろうに。もうすぐ地区予選大会も控えてるこの時期によくも誘いに乗ったな?
「まぁ本当の話をすると。この話も、実は住み込みのバイトなんでござるよねー。昨年行ったらしい立神殿から話を持ち掛けられたのでござるが、今年は行けないので代わりにどうか。という事にござる」
「先にそう言えばいいだろう…」
「でもぉ〜普通に言ってお誘いしてもお二人共聞いてくれなそうだしぃ〜。短期であるが故、土屋殿は新しいグローブの資金が欲しいとホイホイ承諾してくれたでござるが、お二人は普通に働いて稼いでるでござろう? だったら別の目的で釣ろうとした訳でござるな」
なるほどねぇ…いや納得する気は無いが。だから先に下心丸出しな誘い方をしたって訳ね。
事情を知ると余計に行きたくねぇな、立神が持ち掛けた話って時点で確実にろくでもない話に決まってる。隙あらば金の為に迷宮に入るような、倫理観ぶっ飛んでるヤツが持ってくる話なんていうのは。大方、実は怪物がいるだとか命の危険があるとかの話だろうよ。
「俺もパスだぜ。立神の話なら尚更だ、どんなに割は良くても命には替えらんねぇよ」
「んもぅ! 二人の馬鹿! いけず!」
「何とでも言え」
「ED野郎!」
「行方不明者として新聞に載っけてやろうか!?」
と、まぁ。そんな話があったってワケ。
それで、海に行く気の無かった俺が。何故海岸の砂上に居るのかというと、だ。
「こんちわー、當真 太陽、今日も元気に出勤っすよ」
「太陽くん!」
「千々石さん、どうしたんです?」
「ちょうどいいところに来たにゃ」
「全くですね」
「え?」
普段通りの探偵事務所。いつもの顔ぶれ、といっても今日はレイリーが居ないし黄瀬さんも居ない。俺が事務所で働くようになってからの初期メンだけだぜ。
千々石さん、タマさん、フォンセルランドさん、そして所長。アンド俺。これが初期メン。今でこそ政府機関で働く千々石さんも、前は探偵事務所のヤバイやつだったんだ。主に火力が。性格は善良だぞ。
「えぇぇ…何か変な事件でもあったんですかァ…?」
そして千々石さんが事務所に顔を出すって事は…。
「うん、まぁ…」
「ウチが便利屋みたいにゃ物といえばそうだけど、コイツも相変わらずって事だにゃ。面倒事ばっか持ってくるんだからさぁ、普通の探偵事務所だっつーの」
「所長は犬面人、所長代理は喋る化猫。私のような一般受付事務員からすれば、どうあっても普通の探偵事務所とは思えませんけどね」
「呪いの人形は一般的とは言えないでしょ」
「なっ、なんてことを言うんですか…お姉ちゃん泣きますよ。ご近所が通報するレベルの泣き様で」
「いやあの…仕事の話を…」
ほらぁ、千々石さん困ってんじゃん。フォンセルランドさんの話を拾った俺も悪い? それは物事を一面でしか見てないな、もっと俯瞰的に見ようぜ!
「三人とも、茶を淹れ…太陽。来ていたか」
「俺は真面目っすからね」
「そうだな」
「…まあ見た目以外は」
「言葉遣いは汚いけどにゃ」
「ま、真面目だよ?」
「ちょっと女性陣酷くない??」
急に本当の事を言って刺してくるじゃん? 口さがないのは事実だけど、見た目の事を言うのは無しだろ。フォローしてくれるのは所長と千々石さんだけかよ。俺ってばいっぱい悲しい。
「まぁ座れ。千々石が居る事から察しているとは思うが、国からの仕事が回ってきた」
「ですよねー」
「詳細は本人から説明してもらうといい。お前の分の茶を用意してくる」
「え、大丈夫っすよ。むしろ俺が用意しなくちゃ…」
「いいから座っていろ」
「…うっす」
なんていうか、本当に優しい人が多い事務所だよ。この事務所の優しさの半分はたぶん所長が担っているんじゃないか。残りの半分は…何かしらの有効成分とゲテモノが混入してると思う。
「じゃあ早速だけど…太陽くん」
「へい」
「一緒に海に行ってくれるかな…!」
「…何かさっきも聞いたな」
「えっ」
「いやこっちの話です、気にしない気にしない」
「そ、そう…?」
また海かよ。たしかに夏だけどさぁ、もっと色々あるじゃん。山とか盆踊りとか夏祭りとかさ。
そういえば夏の山って行っても何するんだろうな? バーベキューとか川遊び? 夏じゃなくて良くない?
「で、千々石さんは何で海に?」
「実はね、最近全国の海岸で…」
「海岸で…?」
「サメが飛ぶんだ…!」
「……えぇ? 千々石さん大丈夫です? 働きすぎて、とうとう頭をぶつけたりしました? それとも前のワニにやられた後遺症でも残ってたとか」
「僕は正気だよ!?」
いや狂気だよ。サメは海を泳ぐものであって、空を泳ぐものじゃねぇよ。シラフでサメが空を飛ぶとか言いだしたら、普通は何かお薬とかおハーブでもキメてらっしゃるか不安になるぞ。もしもピンクの象が空を飛んでると言ってきたら、何かしらヤってるんだろうなって邪推が働くのと一緒だ。
「それがマジって話。でもアタシは却下、海ってベタつくし、この時期はクッソ五月蝿いじゃん。それが無くとも主人もアタシも普通にこっちで仕事があるし」
「私は当然行けませんよ。潮風で錆びたらどうするんですか、責任取ってもらいますよ? 千々石くんに」
「なるほどォ…」
新手のバッドトリップ的妄想じゃなくて、本当にサメが飛ぶのか。しかも律儀に海で。
大真面目に何を考えてんだ俺はサメは飛ばねぇよ。
常識って何だったか…と思い返しても、この事務所の人って全員普通の人間じゃねぇな。レイリーくらいか…? でもレイリーもたまに物騒過ぎるしな…。
「冗談のような話だが、そういう訳だ」
「あ、あざっす!」
ことりと静かめにカップが差し出される。もちろん所長が淹れてくれたヤツね。
湯気が薄っすら立ち昇って、匂いが鼻孔まで届く。嗅ぐまでもなく紅茶だな。赤いし。温かい紅茶か…と思わなくも無いが、事務所内は冷房が効いてるからありがたいぜ。所長ってば気配りの男…!
でも、もう少し気配を出して近付いてくれてもいいんですよ所長。さり気ない接近の、恐怖すら感じるさり気なさにびっくりしちゃったぜ。
「千々石一人で解決出来るとは思うが…。本人曰く、念には念をだそうだ」
「撃ち漏らしがあったら困るじゃないですか!」
「心配しすぎだろう…それで、どうするかはお前に任せる。こちらは仕事に戻るが、太陽が別に行きたくなければ断っても構わない、だろう?」
「ま、まぁ。本人の意思次第ですから…」
「その茶でも飲みながら、ゆっくり考えるといい。幸いにして今日の予定は立て込んでいないからな」
「はーい!」
「元気でよろしい、では」
そのままさっと自分の部屋に戻る所長、今日もお顔が狼っぽいもんね。急な来客があったら大変な事になるから仕方ないね。個人的にはかなりカッコイイと思うけどな、犬顔の時の所長も。
それはさておき。
俺次第かぁ…風間の話と違って、こっちは断る理由も無い。だってお仕事だもん!
と、いうことで。景気付けに紅茶を一口。
うん美味い、ヨシ!
「一丁やりますか!」
人の頼みは聞くもんだよな。
風間のはって? それはいいじゃん。
御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!