はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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サマー・タイム・シャーク

 

 

 

 

 都内から車で数時間、東京湾から離れた神奈川県の沿岸部。湘南エリアですよ、湘南。

 車よりもバイクの数が目立ってくる、不良や陽キャのメッカと名高い場所。

 

「房総の…鰐間(ワニマ)だよゥ…!」

「なっ…!?」

 

 “!?”

 

 誰だよ、いや“!?”じゃなくてさ。

 気合の入った金髪リーゼントスタイルの、俺と歳が近いくらいの男子が。眉間にビキッと力を込めてメンチを切っている。

 

 治安の悪化が著しいったらないぜ。特攻と書いてブッコミと読むタイプの連中が、それこそ掃いて捨てるほど散見されてるよ。おかしいな…ここは普通のパーキングエリアだと思ったんだが…。

 

「安房さん、顔色ヤバいっすよ…」

「いや…大丈夫だ太陽…少年。ソーリー…皆さん…うっ……やはり車での、サマーシーズンの、長距離ドライブは…ちょっとハード…で、う、うぶっ…」

「流石にあたしでも乗り物酔いは治せないのよねぇ、マリーちゃん本当に大丈夫? 梅干し要る?」

「あと少しの距離だから、下道に降りて電車で移動するっていうのはどうかな。別行動になっちゃうけど…」

「あと少しなら、耐えてみせます…平気で……ぉっ」

「むっ、これは拙い」

「お゛ぇ゛」

 

 

 

 〜大変お見苦しいシーンが流れています〜

 

 

 

 うん。

 何があったかは言わない慈悲、それは誰にだってあるんだ。わかってくれるな? 

 

「安房さん大丈夫? スポーツドリンク買ってきたから、ゆっくり少しずつ飲んでね」

「ううう…見、見られた…千々石さんに…」

「気にしないから安心してよ…」

 

 本当に大事なのはそこじゃないと思うぜ。千々石さんは乙女心のわからないニブチン野郎だなァ、こんなんが相手じゃあ安房さんも大変だね。

 

「袋は捨ててきたぞ」

「あっ、ありがとう服部さん」

「子細無し」

 

 ついさっき、これは拙い、とか言いつつ安房さんに素早くエチケット袋を差し出した全身黒尽くめの人。名前は服部さん。あまりにも不審人物な様相をしている訳だが、どうやらこの人も千々石さんの部下らしい。実は初対面だ。

 

 いやぁ驚いたね、何せ千々石さんの車に乗ったら黒過ぎて浮いてる人が既に乗ってるんだもん。

 しかも車中で会話を試みてもほぼ無反応と来たもんだ。もしかして俺にしか見えないタイプの怪異的なヤツかと思って殴ろうかと思ったぜ。

 

「は、はじめまして…?」

「服部 半蔵という、よしなに」

 

 具体的な会話はこんだけだよ。コミュ障だのなんだのとは違う、話す必要性が無いと無言の圧があったぜ。

 必要最低限しか話さない人を相手にするのは養父の貞雄さんで慣れてるから、まぁいいかと思うが…あまり釈然としない。

 

「与田先生、あの人…服部さんっていつもあんな感じ?」

「まぁそうねぇ、いつもはもう少しだけとっつき易いんだけど…太陽ちゃんとは初対面だから、緊張してるのよぉ……たぶん」

 

 未だに吐き気が尾を引いているのであろう、顔を真っ青にしたまま項垂れる安房さん。そしてその傍らに心配そうに背中を擦る千々石さんと、スポーツドリンクと追加のエチケット袋を持った服部さん。

 俺と与田先生は、それを少しばかり遠目に見ている。あんまり近くでジロジロ見つめるのも悪かろうって事だ。

 

「ちり紙だ」

「さ、さんきゅー服部さん…うぷっ…」

 

 まぁ…悪い人じゃ、ないよな。うん。

 

「にしても暑いわねぇ〜…太陽ちゃんも熱中症は気をつけないとダメよ? ほら塩飴」

「……あ、あざっす…どっから出してんすか…」

「レディの懐には秘密がいっぱいあるのよぉ」

 

 さらっと胸元から取り出される塩飴。湘南を目的地としている千々石さんと愉快な仲間たち御一行で、スーツを着用していないのは俺だけ。そして俺は学生服、これはどうでもいいか。

 

 肝心なのは女性陣のスーツの着こなしだ…違うか? 

 俺はそう思う。

 

 安房さんはパンツスタイル、そして暑かろうにも関わらず黒い上着をキッチリ着ている。脱水症状に気をつけてほしい、マジで。

 そして与田さんはタイトスカートと薄手の白いブラウス。しかもガーターベルトを着けている。これは良くない、良くないぜ。具体的に言うと色々透けてるし、ボタンタイプのブラウスだっていうのに胸元までガッツリ開けている。青少年の何かが危ない。

 

 冷静になれ、俺。一夏の熱的怪光線が脳を茹だらせてやがるに違いない。あの蠱惑的な空白三角地帯はバミューダトライアングルだ、気を許せばスケベ野郎の誹りを免れない…あっ塩飴旨いな。っていうかなんで塩飴? チョイスがあまりにも年季が入ってるよ? 

 

「太陽ちゃん」

「なんです?」

「好奇心は猫を殺すのよぉ?」

「そ、そっすね…」

 

 いやぁ今日も良い天気だなぁ! 

 

「安房さん、本当に大丈夫? 目的地まであと少しだけど、もうちょっと休んでも平気だよ?」

「ノープロブレム…! い、行けます…!」

「本当に…?」

「車内では吐かないよう、気を抜かぬことだな」

「ちょ、服部さん!」

「いつでも私はハリキリウーマンです…!」

 

 へぇ、服部さんって普通に冗談とか言う人なんだな。ひょっとしたらマジで言ってるのかもしれないからわかり難いけど、少なくとも嫌味として言っている訳でも無さそうだ。ハリキリウーマンってなんだよ。

 

「そろそろ出発かしらねぇ、日焼けしないうちに車に乗っておきましょうか」

「了解です…ところで与田先生」

「なぁに?」

「服部さんってもしかして忍者?」

「そうよ?」

 

 やっぱり忍者は本当に居たんだ!! 

 

 

 

 

 

 車に揺られること、合計二時間以上。

 場所は湘南、ここはその浜辺。

 さっきまでのカラッとした快晴は鳴りを潜め、雲とも違う何かが陽射しを疎らに遮っている。

 

 普段なら蟻のように海に群がる人達はどこかへ行っているから、芋洗い状態はありもしない幻覚だ。

 出逢いを求める男女なんてものも、人気がそもそも無い湘南ビーチでは望むべくもなしって事。

 

 そんな、普段の様子とは一線を画した閑散が場を支配している湘南。何が湘南の風だよ、完全に凪いでるじゃねぇか。オーディエンスは両手で余るぜ。

 

「人も居ねぇし、空は暗いし…っていうか本当にサメが浮いてるんですけど。俺の幻覚だったりしません? もしくは何か、このあたりの空気に変な成分が入ってるとかで集団幻覚が起きてるとか」

「現実だよ、落ち着いて太陽くん!」

 

 わぁすごい。

 サメって空を飛ぶんだぁ…。

 

 じゃねぇよ。話は聞いてたけど、スカイフィッシュならぬスカイシャークを目にしたら、誰だって自分を見失ったかと思うわ。

 

 車から出た時からおかしいとは思ってたんだよ。雲一つないはずの空が暗いし。雲かと思って見た物体がウゾウゾ動いてて、よくよく見てみればサメの群体がお天道様を覆ってるんだぜ? 

 

 この風邪を引いた時の悪夢みたいな光景を解決するの?? マジで?? 

 バカンスだの何だのに繰り出してる浮かれポンチが、一人…二人、三人しかいないぜ? っていうか。

 

「當真殿! その方は行方不明になっていた當真殿ではござらぬか!!」

「行方不明にはなってねぇよ、お仕事だバカ野郎」

「偶然だったりする?」

「偶然でもないんじゃね? 當真が仕事でここに来るっていうのなら、断っときゃよかったな…」

「俺を厄病神と勘違いしてやしないかツチヤッティ」

 

 高校の同級生、脳内桃色忍者の風間、うっかりエルフの森山、ホビットピッチャーの土屋。どう考えても俺が断った住み込みバイトのメンバーじゃん。

 

「うぅむ…しかし人気が無いとか閑古鳥が鳴くとかのレベルじゃねーぞって感じでござるな。これはもう、當真殿は厄病神ということで当たっているのでは?」

「失礼が極まり過ぎて、いっそ清々しいな」

 

 この寂しさが溢れ出てるビーチには、アルバイトは兎も角、健全な出会いだとかは期待できそうにないぜ。悪の栄えた試しはないって事だろ? 

 

「はぁ〜…某は悲しいでござる。十中八九、彼処に見える空飛ぶ鮫の群れが客足を遠退かせている理由でござろうが…うぅ、これでは、某は…某は、何の為に…!」

「いやバイトだろ、泣くなよみっともない」

 

 土屋ったら辛辣ゥ〜…まぁ土屋はすぐに金が稼げれば良いって感じだろうから、ナンパだのなんだのはどうでもいいのかもしれない。それに引き換え風間の落ち込み方は目を引くな、お前水場でもその被り物外さないの? 濡れたら呼吸できなくて死ぬぞ。

 

 それはそれとして勤労の喜びに目覚める夏、とすれば。健全でいいじゃんね、色欲と煩悩全開の夏と言うより恥も外聞もいくらかマシだ。風間も見習えよな! 

 

「太陽くん、お待たせ。一応避難勧告は済んだから後はサメを少し捕まえて……あれ、お友達?」

「まぁそうっすね」

「やややケッタイな。日差しが無くともこの猛暑、その中をスーツ姿で闊歩するとは。中々気合の入った御人でござるな? 某はそこな當真殿の友が一人、風間と申しまする。どうぞよろしく…むっ!」

「あぁっこれはご丁寧にありがとう…! 僕は千々石 守、太陽くんのバイト先の元先輩なんだ。こちらこそよろしくね? って、むっ…って何か…」

「千々石さん、何かハプニングでもありました?」

「あらあらあら。太陽ちゃんの同級生ねぇ、森山くんもいるじゃないの。危ないから離れてなきゃダメよ」

 

 微かに意気消沈気味だった風間が! 浜に打ち上げられた魚レベルの死んだ目をしかけていた風間が息を吹き返した! 大人しくしてればよかったのに! 

 

「どうやら神は我を見放したもう訳では無いでござる! おぉ見よ! 浜辺に降り立ちし女神が二柱、これはもう今日は逆転ホムーラン。これはホームランではなくホムーランでござるよ! やったね當真ちゃん! 家族が増えるよ!!」

「いや増えねぇよ、っていうかそれはやめろ」

 

 続編になったら主役が暗殺者になりそうな台詞を吐きやがって、面包から見える瞳が俄に輝き出しちゃったじゃん。サメの嵐の中で輝いてろや! 

 

「プライベートならトークは別だが、今はワーキングナウだ。少年たちは向こうにゴーアウェイ。千々石さん、こちらはフロートシャークの一匹を捕まえましたよ。残るはあの、シャーククラウドだけです」

「えっ、もう? 僕が遅いのかもしれないけど。仕事が早いなぁ、皆ができる人で助かるよ、ありがとう安房さん。頼りになるなぁ」

「…! いえ、当然のことです!」

 

 うん。安房さんって結構わかりやすいよな? 

 

「ねーぇ當真殿ぉ?」

「なんだよ」

「もしかして某たちって蚊帳の外?」

「どう見てもそうだろ」

「………ち、ちくしょう…! チクショー!!」

 

 何だコイツゥ〜! 

 一人で勝手に落胆してるけど、最初から不戦敗だよ。むしろレギュレーションが違うから、絶対に勝負にならねえじゃんね。向こうは社会人部門でこっちは学生部門だもん。土俵が違うんだよォ! 

 

「いくら若くても横恋慕はダメよぉ」

「せっ、先生…そんな殺生な! はっ、しかし恐らくフリーな与田先生ならば…!?」

「ちなみにあたしもダメよぉ、未成年に手を出したのがバレたら学校の方がクビになっちゃうもの。っていうかぁ、フリーだったらどうとかっていうのは失礼だからよしなさいね」

「某は…某は一体何の為に…!!」

「バイトだろ」

「それはそうなんでござるがぁ! そうじゃないんでござるぅ! 畜生、太陽なんて大ッ嫌いだぁ!」

「ダブルミーニングかよ。転ばねーように避難しとけよ」

 

 騒ぐだけ騒いで走り去って行ったな。

 その溢れる情熱を仕事に回せよな! 

 

「で、何で与田先生がここに…?」

「公立校の教員って副業禁止じゃなかったっけか?」

「二人共意外と鋭いわねぇ」

 

 野望が打ち砕かれた忍者は遁走した。だが勘のいいガキが二人残ってるぜ! とは言っても、恐らく政府の意向とかそんなので保健教諭やってるんだろうから、問題はないんだろう。

 

「女は秘密で着飾るのよぉ。どうしても気になるなら卒業の時に教えてあげるから、今は避難してなさい?」

「ケチだなぁ」

「これが大人の都合か…勉強になるなぁ」

 

 特に食い下がるでもなく、そのまま二人して離れて行ったが。森山はその感想でいいのか? そのうちなんか悪い大人に騙されそうで、俺は心配だよ。

 

「…よし、これで大丈夫そうだね」

「これで巻き込むような人はいなくなった…筈ですよね」

「服部さんが見回ってくれてるから、たぶん平気だよ…うん、きっと…!」

「えぇ〜本当ですかァ〜?」

「あ、あんまり心配になるような事は言わないでほしいなぁ…!」

 

 千々石さんは相変わらずからかい甲斐があるな。物騒を極めたパワーを除けば、本人は善良そのものな人ってだけはあるぜ。

 

「それじゃ、そろそろ始めよう。太陽くんはサメの取りこぼしをお願いね」

「うーっす、俺も離れときまーす」

 

 本当に、人並みどころか人智を超えた力って物が無ければ、普通の人なんだよな。

 

「いくよ…ッ!」

 

 軽いかけ声。

 まるで虫を払う時に、ほんの少し力を込める程のモノ。それが波音に混じった。

 

「せー……」

 

 日光が遮られている曇天と見紛うサメ日和。その中で千々石さんだけ幽かに発光した。

 

「のっ!」

 

 その身体の光を凝縮した、球体状の何かが空に蠢く群れに放たれた。

 

 瞬間、轟音と閃光。

 

 反物質が指向性を持って生み出した、全てを凌駕する熱量そのものが、爆心地から恐らく数キロは離れた俺達の表皮を炙り目を灼く。

 

 つまり、結論は。空飛ぶサメの殲滅。

 

 空中に現れたもう一つの眩い恒星が、全てを焼き尽くした。というよりも、焼却なんて生温い。文字通り一片も残さず消滅させた。

 

「もうあの人だけでいいんじゃないかなァ!」

 

 こう思った事は一度や二度じゃない。ある種の憤懣が口をついて出た形ってワケ。

 

 これが千々石さん、青空を覆い尽くすサメの群れなんてどうしようも無さそうな。竜巻を始めとする現象じみた何かも、人を巻き込まない状態でなら事も無げに消し飛ばす個人。

 

 そもそもの力の規模が違うって事さ。あの人が本気を出していいなら、話にヤマもオチも無くなる。そしてもしも倫理観のぶっ飛んだ悪人だったとしたら、全部焦土にしちまえば終わりだからな。千々石さんがいい人で助かったよ。

 

「…相変わらず、花火も真っ青だぜ」

「凄絶極まるでござるなぁ…コワ〜…」

 

 スッといつの間にか立ち並んで来ていた同級生忍者。せめて気配とか出そうね? たぶん殴っても正当防衛になるぞこの野郎。

 

「なんだ風間、避難しとけって言われたろ?」

「してたでござるよ! この一言を言いに来たでござる」

「はァ?」

「もうあの御人だけでいいのでは?」

「強く否定できねぇ…!」

 

 実は俺もそう思ってたよ!! 

 

「この件に関しては當真殿いらないのでは??」

「ライン越えてるぞお前!! 言い方変えてダイレクトアタックしてくるんじゃねーよ!」

 

 海が塩っぱいのは、俺の涙が一滴混じったからさ! 

 今回のサメ相手には、間違いなく俺いらないじゃんね。はぁ〜…まぁいいか…。

 

 

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