はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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シャーク・トレード

 

 

 

 

 

 リゾートバイトの一件の後。

 静かな部屋の中、けたたましく鳴り響く携帯電話の着信音。今か今かと受話を示すボタンが待ち受けている。

 

「葵、出ないの?」

 

 実りの収穫を待つ黄金の稲色と、若々しい生命力の緑色が所々混じった不可思議な髪色の女子が疑問を呈する。黙殺される携帯電話を哀れんでの事かもしれない。

 

「えぇ〜嫌だなぁ〜…だってどうせ男子の小言だよ? せっかく私が、いい感じにお金を稼げて、そのうえ一夏の面白体験……じゃなくて。貴重な時間を過ごせる場を提供してあげたっていうのにさぁ」

 

 対話を今か今かと騒ぎ立てる携帯電話に対し、一方で所持者はまるで興味を唆られず、自分勝手な見識の披露を続ける。

 

「まっ、どうでもいいんだよね。去年…っていうか、前回か。私が行ってもそこまで面白い事にはならなかったし、そもそも死んだってまた次回、でしょ? 

 だったら持ち込める物を増やして備えた方が、楽で愉快でいいじゃない。どうせ……」

 

 口振りは浪々と、されど表情は無機質。

 立神 葵と呼ばれる少女らしき姿の人物は、他者の生命さえも道楽としか捉えていない。普段学校で見せる軽薄な笑みは消え失せ、自身の目的にのみ忠実な様相を見せた。

 

 彼女は転生者であるが故に、否、転生者は他者の命、それも関係性が希薄な者等への実感が薄い傾向が見られるが。彼女の場合はとりわけ特別そうだというだけである。

 

「だとしても、今、生きてる」

「伊奈帆は真面目だなぁ」

「葵が不真面目すぎる…」

 

 それもそうか、と自嘲気味に立神は笑う。せっかく拾った命ならば、世の為人の為ではなく好き勝手に生きたいというのも人情ではあるが。どうにも目の前にいる神様はそう思えないようだ。

 

「…ま、しょうがないか。それならもう一回着信が着たら出てあげなくもないかな」

「ん…」

 

 夏の蝉より小うるさい携帯電話の着信音は、とっくに鳴りを潜めていた。

 小休止は終わりだ。

 

「やっぱりさぁ、彼を雇った方が効率良いよねぇ。でもなぁ…実入りが減るからなぁ…」

 

 歩を進めて自問自答する。

 ここは迷宮。その中でも珍しい休憩地点。携帯電話の電波は普通に届き、規格外の魔物と化した何者も寄り付かないセーフスポット。

 

「遅いのよりはマシかも」

「だよねぇ…でもなぁ〜!」

 

 彼女らは今日も今日とて精を出す。それは命を削る迷宮探索に、あるいはその先の何かか、または金銭の為か。これは夏休みであろうと変わらない、ある転生者の日常。

 

「じゃあ充電も済んだし、行こっか」

「ん」

 

 休憩室と銘打たれた扉を後にする。

 軽薄な笑みをもう一度顔に貼り付けた。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

「んがー! 出やがらねぇ!!」

「だろうね」

「立神殿ってそういう所あるでござるよね」

 

 ちょっとした恐怖体験の翌日。宿から遠い駅舎の中で、各々帰宅する為に電車を待っている時間。

 

 あれからの事後処理は特に何も無く。強いて言うならば風間達には慰謝料と迷惑料込みで、旅館のオーナーから給料が支払われていた。受け取った茶封筒にはたった数日の仕事だったにも関わらず、頬の緩みそうになる程の厚みがあった。

 

 旅館側の言い分としては。先日の明確な怪異について、女将が独断で行った事であるので全容はわからない。らしい。どうにも無理がある言い訳だが、ただの高校生三人組が立ち入るには少々ややこしい込み入った事情があるのだとか。

 

「クソがよ…アイツ絶対わかってたろ、俺らを生贄みたいにしやがって。これだから守銭奴は困るぜ」

「その通りでござろうな。しかし某たちは無事で、金子もガッポリ。アバンチュール以外の目的は手早く済んだと考えれば、切り替えて考えるも損では無し」

「女将さんも捕まってたし、當真にその内聞いてみれば経緯もわかるんじゃないか。騙されるっていうのはあんまりいい気分じゃないけど、事情もあったのかもしれないし」

「納得いかねーんだよ!」

「それはまぁ…」

「詮無き事でござるな」

 

 それが腑に落ちるかはまた別問題だと土屋以外の二人もわかっている。事情があるから仕方ない、そう言って片付ける事が出来るのは当時者ではない傍観者のみだ。特に何かしらの異様な危機が己の身に迫ったとあれば恨み言の一つや二つ、話を差し向けてきた相手に言いたくもなる。

 

「気持ちは痛い程…というか某たちも被害者であるが故、わかり味が深みの三重奏でござる。

 なればこそ! 気分を切り替えて、この潤沢な資金でパッと遊興に向かうのは如何か!?」

「……」

「うん、いいんじゃないか?」

 

 大いに真っ当な提案。先の一件を未だ腹に据えかねるとしても、どこかで割り切るのも必要な事。

 第一、魑魅魍魎どころかエルフも忍者も、ホビットだって居るこの日本では、妖怪変化に迷惑を掛けられるも日常茶飯事だ。

 そう思えばこの程度。

 

「はぁー…しょーがねーな…」

 

 溜め息の後に飲み込むのも、訳はない。

 

「じゃあどこ行こうか」

「グローブ買った後にバッセンでも行くかぁ?」

「やだぁ土屋殿ってば野球少年…!」

「あったりまえだろ? 今年は甲子園出てやるから見てろよ、地面スレスレから浮いて落ちる俺のオリジナル魔球でバッター共をなぎ倒してやるぜ」

「これは期待に胸が膨らむでござるな…むっ電車」

 

 日常へ回帰する為の乗り物が、三人の前に到着する。学生生活の非日常を手土産に、それに乗り込む。

 空気の抜けるような音と、遅れて扉が開いた。車内を見渡しても客席には空きが目立つ、観光客の帰りの時間にはまだ早過ぎるからだろう。

 

「にしても當真もタイミング良いよな」

「他の仕事のついでだって言ってたな」

「當真殿は何かこう…そういった瞬間を逃さぬでござるよね。だからこそあの不良感溢れる見た目でも、意外と御モテになられるんでござろうな。あぁ〜當真殿に不幸とか隕石とか降り注げばいいのに!」

「急にヤバい事言うな?」

 

 傍目から見れば狂人が喚き散らしているようにしか見えないが。不幸中の幸い、そこそこ大きな電車の駆動音と、客席一列分は他人が居ないので、男子高校生が何やら盛り上がっている程度の認識で済んでいる。

 

「同級生、というか同じクラスの中では白くて小さくて可愛らしいのにちょっぴりミステリアスな転校生ことレイリー殿がホの字でござろう」

「ホの字ってお前…」

「んんん黙らっしゃい! 他にもここで耳寄り情報、どうやら思いを寄せているのは学年違いの釈先輩にぃ、名は知らぬでござるが後輩二人にぃ…ゆ、許せぬ…! 最早こうなれば奴の下半身を戦車にして當真タンクにしてやろうか。なにゆえ戦車かって? 戦車カッコイイでござろう、うん」

「そんなにカッコイイかな戦車」

「やめとけ、ツッコむだけ無駄だ」

 

 緩やかな進行の電車の車内、一転して暴走列車と化した風間の口は止まらない。

 

「何よりぃ! 當真殿ってばあろう事か淋代殿の姉上に好意を持っているだとか云々と。ひょっとしてあれでござるか、ハーレム的な何かでも目指してらっしゃる? ちんちん捥げろ!!」

「声でけーよ」

「淋代のお姉さんかぁ、美人だけど凄く食べる人だったな。怪我で病院にいった時に働いてたよ」

「何でも凄腕の医者らしいな、どんな怪我でもあっという間に治すとか聞いたことあるぜ」

「そうそう、本当にすぐ治してもらった。立神さんが使う魔法みたいで凄かったよ」

「怪我には気をつけろよ、マジで…」

「気をつけてるんだけどなぁ」

「ちんちん捥げろ!!」

「うるせーって!!」

 

 恙無く、夏が過ぎてゆく。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 夏のリゾート編って感じにするとさ、もっとこう…水着だ何だとかを期待すると思うんだよ。

 それがどうだい、蓋を開ければ社会人の車酔いに始まりサメパニック、しまいには旅館の一部屋を吹き飛ばす物騒な仕事と来たもんだ。

 

 で、後になって聞いた話。

 

 

 

 千々石さんによってぶっ飛ばされた、あの旅館。そしてあの影だけが人を襲う部屋、元は倉庫でも何でもなかったらしい。

 

 年に一度、夏の繁忙期に臨時バイトを雇う時だけ開放していたバイトが寝泊まりする用の部屋だった…んだが、どうやらそこで泊まっていた人達の中で人死にが出たそうだ。

 

 言ってしまえば普通の、よくある不幸な事故。海で流されて溺れて、そのまま。浅い川辺でだってあるタイプの話、珍しくはない。

 

 そして、これも珍しくはない。死んでしまったのは、俺達と同じくらいの年頃の子供だったそうだ。

 

 あの女将さんってのは、その子供の母親。どういうつもりで旅館で働き始めたんだか知らないが、執念の成果とでも言うのか、たったの数年で頭角を現して一般社員から女将さんになった。

 

 それであの部屋を倉庫部屋として封印した。

 実際には倉庫なんて名目だけ、中には自分の子供の遺骨。夜な夜な陰膳を持って行っては、ある呪いを掛けていた。

 

 どうしてあの子が死ななければならないのか、どうして我が子だけが溺れて死んだのか。

 あの子じゃなくても、誰だってよかった筈だ。

 

 そうだ、息子の代わりに。

 

 

 だとさ。

 どうしてそうなったんだか知らないが、死んだ自分の子供に対しての生贄を探していたんだと。それで人が本当に生き返るのかは…まぁ無理だろう。こんな怪物だの幽霊だのも居る日本でも、死人がそのまま蘇ったって話は聞いたことが無い。

 

 そうだとしても諦める気は無くてこんな事になった。子を思う母の気持ちか、あるいは妄念ってヤツか。とにかく歳の近い子供を狙っていたのは間違いない。リゾートバイトの恐ろしさだな。

 

 あぁ、そういえば立神が無事なのにも理由がある。死んだ息子さんは男子だったから、同性を生贄にしたい女将からすれば女子である立神は目的に沿わない。だから結果的に難を逃れたって訳だ。

 

 どういうつもりで風間に話を振ったのかは知らないが、やっぱり立神が持ち掛けて来る話ってのはロクなモンじゃないな。話を蹴って正解だぜ。美味い話ってのは早々無い、真面目に生きるってのが大事だよな。

 

「ぃよっこい…せっ!」

「ありがとう太陽くん、重くなかった?」

「ワニの顎よりは軽いっすよ」

 

 そんな真面目な俺が今何をやってるかって? 

 

「しっかし…俺が殴っても消えない、空飛ぶサメってのも変な話があったもんですね」

 

 サメの運搬だよ。何やってんだって俺が言いたいよ。

 大人しくなったフライングシャークを、運搬用に手配していたトラックに積み込んでるんだよ。後は服部さんがこのトラックでどこかに輸送するらしい、何でも出来るタイプのニンジャか…末恐ろしいぜ。今日もきっとどこかでニンジャが暗躍してるに違いない、恐るべしニンジャ。

 

 ちなみにサメどもはもう飛びも暴れもしない。不思議な事に安房さんがサメの後頭部をペチっと叩いた途端に、まるで気絶したみたいにぐったりしている。し、死んでないよな? 俺は責任取れないぞ? 

 

「この前のワニもそうだけど、何だか、ね…」

「何かあるんです?」

「いや、何でもないよ」

 

 千々石さんったら、何かありますって顔をしてるじゃんね。気になるな…よし、聞くか。

 

「へっへっへ、千々石さぁん隠し事ってのは良くないっす」

「千々石ちゃーん、旅館の方の引き継ぎ終わったわよぅ…はぁ、あっつい…」

「あぁ、与田さん。ありがとうございます、じゃあ僕らも帰りましょうか…太陽くん? どうかした?」

 

 ここでインターセプトォ!! 

 何なんだいこのタイミングの悪さ、見計らったかのように与田さんが飛び込んで来るじゃん。千々石さんもどうかした? じゃあねぇんだよ、難聴系か? 

 

「ま、いいか…ところで帰りも車なんです?」

「そうだよ。安房さんの乗り物酔いが心配だから、自動車より電車の方が良いんじゃないかなって、おすすめしたんだけど大丈夫だからって断られちゃって…」

「千々石ちゃんもクソボケよねぇ」

「いや本当…さてはウチからそっちに職場変わってもずっとこんな調子だったり?」

「そうよ、マリーちゃんが可哀想で仕方ないわぁ」

「えぇ? や、やっぱり電車に変えてもらった方がいいかなぁ?」

 

 千々石さんマジか…。車酔いしてまで同じ車に乗っていたいって言ってるような、ビックリする程健気な相手の好意に気付いてないのか。いや、でも、うーん…嘔吐姿を晒すってのも良くないよな。朴念仁野郎に対する安房さんの心の明日はどっちだ。

 

「お馬鹿さんは無視して。車に乗る前に、マリーちゃんに梅干し渡さないとダメねぇ」

「そういや行きの時も言ってましたね、梅干しって乗り物酔いに効くとか、そんな効果ありましたっけ?」

「知らないのぉ?」

「えっ」

「貼るのよ?」

「貼る!? 梅干しを!? ど、どこに…!?」

「おへそに」

「……!?」

 

 これっておばあちゃんの知恵袋じゃないか?? 

 ヘタに詮索したらヤバい感じもするけど、与田さんって歳は幾つなんだ。そんなアナログを極めた時代錯誤っぷりが凄まじい知識、聞いたことねぇよ。昭和か? 

 

「ふんっ!」

「い゛っ!?」

「そういえば太陽ちゃんは、どうして今回協力してくれたのかしら?」

「えっなんで俺、今殴られたの??」

「どうして協力してくれたのかしら?」

「あっ、無視かぁ…」

 

 曲がりなりにも生徒の頭ぶん殴っておいて、いけしゃあしゃあと話をすり替えるじゃねぇの。この人が保健教諭って本当? 自分の仕事増やすタイプの保健教諭ってダメじゃない? だってただの暴力じゃんね。

 

「どうしてって言うと…あー…ちょっと事務所の仕事を休むんで、先に穴埋めしておこうって事っすね」

「真面目ねぇ…」

「そうっすよ、それが取り柄なモンで」

 

 あぁ、そうだ。

 

 また夏が来たから。

 

 






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や、優しくしてね…!
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