はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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夏日の名残

 

 

 

 

 

 みーんみーんみーん…。

 しゅわしゅわしゅわしゅわ…。

 

「で、だ」

「………」

「…何で付いてきちゃったのォ…?」

 

 じーわじーわ…。

 つくつくぼーし、みょいーおーん…。

 

「蝉、凄いね」

「お前の根性には負けるよ…いや根性か?」

 

 青空と新緑を溶かした薄緑のワンピース、麦わら帽子を薄めたような、つば広帽。

 見せびらかすようにふわりとたなびく髪と合わせて、夏の道端に印象派の花でも描かれたようだ。

 

「似合ってる?」

「あぁ似合ってる。メチャ似合ってるよ? 夏のお嬢さんここに極まれりって感じ。でもな、俺が言いたいことはそういうんじゃねぇし、聞きたい事もそれじゃねぇんだ…わかる?」

「やった」

「ははぁ…さては聞いてねぇな」

 

 じりじりじりじり。

 みょいーおーん…みぃーん。

 

「蝉がミンミンミンミンうっせぇなァ!? 意識してみると耳がイカちまいそうだわ!」

「元気だね」

「俺に言ってんならお陰様で!!」

「やった」

「褒めてねーよ!!」

 

 炎天下。

 融けるようなアスファルトは無く、歪みかねない線路を後ろにして。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 盛夏の候、だいたい真っ盛り。

 この時期を過ぎると、俺はバイトをちょっと休む。だからバイト先の方々に休む日の相談をするんだが、ここ数年は何で休むのかの理由も訊かれない。ははは、バレてるバレてる。

 

 何でかって? 

 そりゃもうお見舞いの為、それと自戒の念を込めてってヤツ。まぁやらかした俺が悪いんだけどさ。

 

「っつー訳で、當真 太陽、今年も休みます!」

「あぁわかっている。こちらもそのつもりだ」

「もうそんにゃ時期か…下手にゃ事すんにゃよ。あと変にゃのに巻き込まれたら連絡しろ。しにゃかったら死んでもぶん殴るぞ」

「気をつけて行くんですよ。道路にスケベブックが落ちていても、拾っちゃダメですからね。拾ったとしてもまずはお姉さんに見せてから使うんですよ」

 

 思い思いの反応が有り難いね。一人だけ脳が気温にやられているであろうポンコツもいるけど。エロ本を使う前に一旦見せろって何がしたいんだよ。あれか、俺の性的嗜好トトカルチョでもするつもりか? 生産性ゼロじゃん。暇つぶしならもっと有益な何かにしておいた方がいいぜ。ていうかエロ本を使うとか言うなよ生々しいなァ! 

 

「太陽くんはどんなジャンルが好きなの?」

「……えっ」

 

 えっ、そこ?? 

 そこは普通、何の為に休むのか聴く所じゃないの? 

 やだなぁレイリーちゃん、お年頃の男子に何が好きとか聞くものじゃないぜ。自分だって年頃の娘さんだろ……おっとりお姉さんモノだよ! 理由? 決まってんだろ!! 

 

「そうっスよ! 年上モノだったらレイリーちゃんが可哀想っス」

「んんん?」

 

 教会から脱走してきた黄瀬さんもかよ、食いつく所はそこじゃねぇだろ。神父とシスターにチクるぞこの野郎。日光浴させてやろうか…!? 

 

「ちなみにうちはバッチコイっスよ、たぶさか…やぶさかでないっス」

「いや聞いてねぇよ」

「なんでかっていうと、うちは老若男女美味しく頂ける欲張りバイだからっス」

「聞いてねぇって!」

 

 そのカミングアウトいる? 絶対いらないじゃん。

 

「で、何で休むんスか?」

「コイツ急に正気に…まぁ、野暮用ってヤツですよ」

 

 嘘じゃあ無いぜ、野暮用は野暮用。詮索するのも野暮ってヤツ。小っ恥ずかしいからあんまり他人に言いたくないし、知ってる人だって限られてる。

 

「へー、大変っスね」

「………」

「そうそう大変なんですぅ〜」

 

 爪先に髪の毛先程も興味無さそうだな、いわゆる微塵も興味無いって感じ。流石黄瀬さん、そのまま吸血鬼らしく頭の中に雲でも詰め込んでてくれ。

 

 一方のレイリーは、静かにこちらを睨めつけてるというか。何かしら誤魔化したのを察したのか、それを見咎めるようにジトっとした目付きの熱視線を送り付けて来る。やだ怖い、俺の繊細なハートが火傷したらどうしてくれんだ。

 

「どこに行くの?」

「ち、ちょっとした片田舎だよ」

「…ふーん」

 

 結構直球で聞いてくるな、ビックリして言葉が詰まっちゃったじゃん。

 

 それにしてもあそこら辺は片田舎で済ませるには田畑しか無さ過ぎる。目的は清一郎さんとトメさんへの挨拶、それに灯里の見舞い。

 灯里の入院している所はまだ市街地と言える程度には栄えているから、田舎オブ田舎って言うのには憚られる。が、しかし、清一郎さんの住んでいる一帯はマジで田舎。二つをくっつけて片田舎ってのが丁度いい。

 

 田舎は車社会っていう言葉に実感が湧くぜ。そもそも都心から向かうにも電車で数時間、一般的な徒歩だの自転車だので移動したら丸一日は必要だ。そして俺に運転免許なんざ有りはしない、だって高校生だもん。

 

「私がついて行ってもいい?」

「それはちょっと…プライバシーとかほら、あるじゃん」

 

 言ってきそうだなぁとは思ってたんだよ。でも嫌なものは嫌だ、何が悲しくて同級生連れてしんみりした空気の中に飛び込もうっていうんだ。

 

「………」

 

 うわぁ納得いってないって感じィ…。せめてちゃんとした理由を説明してほしいって目だな、目付きのジトジト加減が湿度80%くらいになってる。まったく、女の子がそんな不審者を睨むような目をしたら駄目だぞ。いや誰が不審者だよ、自認識では好青年だぜ。

 

「お、お土産買ってくるから…ダメか…?」

「……」

 

 視線湿度尚も上昇!! 

 この目はあれだな。そんな物じゃあ誤魔化されない、サンタが居るなら会わせてみろっていう猜疑心たっぷりの目に似てる。孤児院で見たから知ってるぜ、俺もそんな目をセンセイに投げ掛けた一人だったしな。

 

「えっ! お土産あるんスか!? じゃあタバコをカートンで!」

「おい、こちとら未成年なんですけどォ。買わすな買わすな、っていうか歳下に煙草をせびるってどんな神経してんだ」

「よく神経無さそうって褒められるっス」

「皮肉ってんだよそれ!」

 

 めちゃくちゃな食い付きしてくるな黄瀬さん。しかも煙草をカートンでってお前、めっちゃ高いじゃん。自分で買えよもう。

 

 というかまさか、教会から一週間も保たずにすぐ脱走して来たのってまさか禁煙が無理だったから? 堪え性無いなオイ。

 

「では私は落花生型のロータ」

「やめろォ! だからそんなもん未成年に買わせんなや!」

「ちぇー」

「地場の、何かツマミににゃるもんでいいぞ。魚介類にゃら尚ヨシ、無ければテキトーで」

「観光じゃねぇんだって! そもそも海の幸なんざ買いに行けない場所って知ってるでしょうがよ!?」

「電車で終点まで行けばいいじゃーん」

「こちらの事は気にするな、お土産等の気も回さなくていい。ゆっくりしておけ」

「お…おやっさん…!!」

 

 なんてことだ、しっかりしてる大人が所長しかいないよ。一人は煙草をせびって、一人はアダルトグッズ、もう一人は酒のアテ。頼りになる、しっかりしたアダルトはおやっさんだけ! こんな我欲にまみれた猛獣ひしめき合う中にレイリーを放置しておくのは心苦しい、何かいい感じのお茶とかを探してお土産にして許してもらうとしよう。

 

 

 

 で、話は冒頭に戻るってワケ。

 

 

 

 電車移動の途中、乗り換えをしている時点で、何か見覚えのある白っぽい影が見えたな〜? とは思ってたよ。でもさぁ、まさかストーキングされてるとまでは考えが至る訳ないじゃん。

 

「ここが目的地なの?」

「いやまだだよ、予定変更でちょっと歩く…ちゃんと水筒とか持って来てるか? こっから先は自販機もコンビニもねぇぞ」

「あるよ、スキットルが」

「渋いな!? でもそれじゃあ絶対足りねぇから、そこの自販機で買い足すとしようかね…スポドリでいいか?」

「自分で買うよ」

「いいって」

 

 と、まぁ軽装というか上品な夏の装いをしたレイリーにスポドリを無理矢理持たせて、ひたすら駅から歩き始める。日射病だの熱中症だのをナメてはいけない。

 

 本来の予定は、先に病院に行ってお見舞いをしてから、清一郎さん達の家に挨拶をしに行く。

 

 って予定だったんだが。こんな天候は快晴のバカ陽気に気温まで危険な領域とくれば、普通のお嬢さんを連れてほっつき歩いてたら、頭の中が茹だってバカになっちまう。

 

 お宅の子と付き合ってたらウチの子がおバカになったってか? それは陽射しのせいであって俺のせいじゃねぇぞ! うん、レイリーのご両親は揃ってそんな事言わなそうだけどな…た、たぶん。

 

 という事で、この超クッソ激烈にファッキンホットでバリ暑い猛暑極まる中を一緒に歩かせるのは偲びないので。先に清一郎さんの所まで行って、どちらにも申し訳ないけどレイリーを預けさせてもらう。見舞いの花は病院近くで買えばいい。いや待てよ、レイリーが勝手に付いてきただけなんじゃ……まぁ…いいか! 

 

 それにしても暑い、暑いっていうか熱い。アスファルトの照り返しが無くとも、暑いものは結局暑い。だって遮蔽物が殆ど無いんだもんよ、左右を見ても拓かれた農道しか無いから木陰だって無い。無い無いばっかでキリも無い。

 

「暑いね…」

「もうちょっと辛抱してくれ、一時間はかからねぇけどあと数十分はずっと歩くぞ。キツかったら背負うから、無理はすんなよ」

「うん…」

 

 もちろん、その気になれば人を一人を抱えながら跳んだり跳ねたりするのは訳もない。というか手っ取り早いし、そうした方が良い気もするだろう。

 

 でもここは田舎なんだぜ…? 

 下手に女子を抱えて疾走なんてしてご覧なさいよ、何処かで見ていた誰かが、俺のことを人攫いとか新手の妖怪扱いしたらどうすんだ。そして田舎の噂話ネットワークは何かもう…光並みに速い気がするじゃん。少なくとも、水面に小石を投げた時の波紋より速い。これには蝸牛考も真っ青。

 

「はぁ…暑い…」

「日焼け止めとか大丈夫か?」

「準備万端…」

 

 普段の声色より精彩を欠いた返事だ。真夏の熱気は平等に降り注いでるんだから、レイリーだけが暑いってことも無い。氷嚢的な何かも持ってくれば良かったか? 無理か、予想外の飛び入り参加だったもん。

 

「太陽くんは平気なの…?」

「へーきへーき…やっぱキツそうだな、ほれ」

 

 よくよく見れば、レイリーの顔色も上気している…っていうか、何か赤い。これってばもしかしなくても熱中症一歩手前じゃねぇの? 

 

 遠慮せずにどうぞ、と、くるっと背を向けて屈む。倒れられても事だ。近くに涼める場所も無い。こうなればさっさと清一郎さんの家に行くしかない、おんぶですよおんぶ。誰も見てないことを祈るぜ。

 

「平気…だから…」

「んもーこれだから意地っ張りの都会っ子は困っちゃうぜ、ちょっと失礼…ぃよっと」

「大丈夫だってば…」

「いいから、ちゃんと飲み物飲んで、しっかり掴まってろよ。急ぐからさ」

 

 作戦変更、四の五の言ってられないのでレイリーを手前に抱える形で搬送する。いわゆるお姫様抱っこってヤツだな。や、やだァ! 恥ずかしい! 俺が!! 

 

 しかし軽いねレイリーさんよォ、ちゃんとご飯食べてる? お兄さん心配だよ。腕から伝わる体温も結構高いし、顔の赤らみも余計に色濃くなった気がする。さっさと涼しい場所に行かないと大変かもわからんね。

 

「…ありがと」

「気にすんなよ」

 

 ふははは、さしものレイリー嬢も羞恥には勝てまい。これに懲りたら急に付いて…ストーキングはやめることだな! 

 

 …あっちょっと、あんまりしがみつかないでくれ。ニオイとか気になっちゃうじゃん、やだもう、お恥ずかしいわァ! 

 

「結構いいにおいだね」

「投げ飛ばすぞ」

 

 言わなくていいんだよ、はしたない!! 

 

 

 

 

 ──☆

 

 

 

 

 ちりり、ちりん。

 あまり馴染みのない、それでいて涼し気な音で目が覚めた。

 

「ここは…」

「あら! おはよう、お嬢ちゃん!」

「お、おはようございます…?」

 

 風情が吹き飛ぶような元気が溢れる起き抜けの挨拶。目の前にいるおばあさんは誰かはわからないけれど、どうやらここは屋内で、私は寝ていたらしい。

 

「太陽ちゃんが女の子連れてきたと思ったら、ぐっすり眠ってるじゃないの。やだわぁ、お婆ちゃん、てっきりそこらから拾ってきたのかと思ってビックリしたんだから。身体は大丈夫? 汗も引いたし、平気だと思うんだけど。まぁゆっくりしといてちょうだい、塩飴もあるから遠慮しちゃダメよ?」

「え、あ、はい」

 

 これは…マシンガントーク! 

 

「おじいさんももうすぐ帰ってくるから、そうしたらおやつの時間にしましょ。太陽ちゃんは夕暮れには戻ってくると思うのよ、だってあなたの事心配してたもの。やぁ〜それにしても、本当にビックリしたわ」

「す、すみません…」

 

 凄い気圧されてます、快活なおばあさんの怒涛のトークが止めどないです。こうも一方的に喋られると、何を言ったら良いのかわからない。

 

「あっ! そうそう、お婆ちゃんは湯澤 トメっていうの。あなたのお名前は?」

「れ、レイリーっていいます」

「ま! かわいい名前ねぇ! この家ったら女っ気が無いもんだから嬉しいわぁ! よろしくね、レイリーちゃん!」

 

 押しが…押しが強い…! 

 何だか快活というか闊達というか、肌がほんのり日焼けしたおばあさん。トメさんは、とりあえず隙あらば会話を捩じ込むタイプの人のようだ。太陽くんの名前を出していたので、おそらくは知り合いなんだろう。

 そして、彼の腕の中で眠りこけた私を預けて、そのままどこかへ出かけたって所だろうか。

 

「太陽くんは、どこに?」

「…聞いてないの?」

 

 彼の所在を聞いたほんの一瞬、トメさんの動きが止まった。何かまずい事を聞いてしまったのだろうか。彼我の距離感を測りかねる事に定評がある私としては、また何かやらかしてしまったかと、動悸がした気がする。

 

「病院よ、毎年毎年…気にしなくてもいいのにね…」

 

 病院? 

 

「誰かの、体を悪くなさってるんですか?」

「違うのよ、詳しい話は…そうねぇ、おじいさんと太陽ちゃんが揃った時に話しましょうね」

 

 ちりん、ちりん。

 涼し気な音、ひょっとしたら聞かない方が。踏み込まない方が良かったのかもしれない。そう思える話が待っている気がした。

 

 

 

 ───ぽ、ぽ。

 

 

 

 何かに遮られたような風の音も聞こえた。

 蝉の音は遠い。ただ、風の音が。軽やかに。






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や、優しくしてね…!
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