はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
近くに蝉の寄り付く木がないからか、煩くさえ思える夏の風物詩も遠くにあって。今は夕暮れを迎えた臙脂色の空が眩い。
蝉の好物、というか引っ付き易い木は、バラ科が多いそうだ。この家の生け垣は…たぶん椿とか芍薬じゃないだろうか、微かに青くて甘い匂いがある。
青々とした葉が薄黒く、輝くように夕焼けに照らされていた。目を奪われるような劇的な風景もいいけれど、こういった自然で何気ない美しさもしみじみと綺麗だと思う。
はい。どこかの誰かに最初に助けられてから、夕焼けとか好きになりましたよ。憎いねチンピ……太陽くん。以前は日焼けなんてもってのほか、皮膚が真っ赤になって痛いだけの太陽光線なんて、何が悲しくて浴びなくちゃいけないのかと思っていたけれど。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという言葉、その逆で、身近な光が何だか嬉しい。私はチョロいですよ。
「帰ったぞー!」
「あらあらあら、もー声が大きいったら無いわ」
「…?」
「太陽の坊主が来るって言うから、張り切って持って来ちまった…ちと多過ぎるかもしれんが、高校生なら食えるだろ…お、そちらのお嬢さんは?」
シワが多く刻まれた健康的な日焼けの肌、白黒混じりの髪にもまた年齢を重ねたであろう事が木々の年輪みたく表れている。誰か考えるまでもなく、おそらくはトメさんの旦那さんだろう。
「まさか坊主…こんな娘っ子になって…!?」
「レイリー・ケイスって言います」
「そろそろ介護施設に入れた方がいいかしらね」
「おいおいおい冗談、冗談だって」
小粋なジョークですね。眼科検診に行くことをオススメします。どこをどう見ても似てないでしょ、頭の色とか。
「おれぁ湯澤 清一郎、土汗まみれですまんが、よろしくお嬢ちゃん…ってそうじゃあねぇや。何だってこんな所にこんな綺麗なお嬢ちゃんがいるんだ」
「太陽ちゃんが、病院に行ってる間ちょっと頼むって言ってきたんですよぉ。何でも外の陽気で倒れそうになったからって。あっそうそう、太陽ちゃんの同級生で同じ所で働いてるんですって! こんなに小さいのに立派よねぇ。それにしても、お婆ちゃん一人の所に置いてそのまま出ていくなんて男ってのはダメよねぇ?」
「……」
「ばあさん…お嬢ちゃんが戸惑っとるぞ」
「あら、やあねぇごめんなさい?」
言葉の濁流がワッと押し寄せて来た、トメさんはどうやらお喋り好きみたいです。のんちゃんの早口状態にも面食らうけど、これはこれで驚く。歳を重ねても元気な証拠ということにしておこう。
見た感じ、二人とも六・七十代くらいだろうか。お年寄りとの付き合いが無いので、たぶんそうだろうという程度だけれど。
「おうい、レイリーさん。悪いがばあさんのとこにカボチャ持って行ってくれい」
「はい」
「あらイヤですよおじいさんったら、お客さんを使うだなんて。それよりほら、さっさとお風呂でも入ってきてくださいな、汗でびっしょりなんだからもう!」
「今から入るから手伝って貰うってんだ、この恰好でほっつき歩いちゃ家の中が泥まみれになっちまうわ」
「ほら無駄口叩いてないで早く入ってくださいったら」
うーん。一歩間違えれば険悪な空気になりそうな応酬、でも不思議と明るい雰囲気のまま。清一郎さんはお風呂へ汗を流しに、トメさんは台所に…これじゃ桃太郎みたい。それはそれとして、カボチャを持って行こう。
「……」
いや、カボチャどころじゃないですね。玄関の床に無造作に置かれる緑黄色の群れ、酸味を予感させる真っ赤なトマト、少し曲がったトゲトゲしたきゅうり。張りのあるナスに香りの強い大葉、丸々として皮の頑丈そうなカボチャ。小脇に控えるオクラの束。複数の夏野菜が床の上に敷かれた風呂敷上で氾濫を起こしています。二回に分けて運ぼうかな、うん。
「もっどりましたァー! いやマジ暑い、病院は適温なのに外に出たらこのバカ気温。湿度も酷いし…」
「おかえり」
「お、レイリーじゃん。体調大丈夫か?」
「おかげさまで」
声でっか…私みたいないたいけな乙女を差し置いて一人で病院に何しに行っていたのか知らないけど。今日も元気だね。そりゃそうか。
「そりゃあ良かった。焦ったぜ〜抱えたらすぐ寝落ちしちまって、しかもめっちゃ身体熱いし。四の五の言ってらんねぇから急いじゃったぜ、清一郎さんは戻ってる…っぽいな? この野菜は台所に持って行けばいいのか?」
「私も持ってく」
「いいよ、結構重そうだしィ。病み上がりなんだから大人しくしとけって、ん? 熱中症疑いってのは病み上がりに入るのか?」
本当にタイミングがいいね。まさか監視とかしてる? もっと見ていいよ。見ろ!!
「ご馳走でした」
はい、食後です。主食はそうめんに、素揚げした野菜達。それだけでも飽きないのに、トメさんが気を利かせてナスをさいの目状に切ってから小麦粉をまぶして、更に素揚げ。そこに大根おろしと刻んだ大葉を混ぜた物を合わせた副菜も一品。むしろ逸品。トマトも一手間加えてスライスした焼きトマト、トメさんってば料理上手。
あと何か…山形県のだし? 的な物も出してくれて、目先も変われば味も変わる、野菜のフルコースみたいでしたね。ちなみに料理自体は三人でやりました、トメさんに私と太陽くんを混じえた三人。
調理中に思った事としては、太陽くん、そこは不器用な手付きでちょっとハプニングとか起こす所だと思うよ。私より鮮やかな包丁捌きを見せること無いじゃないですか。相対的に一番料理下手なのが私って、いたたまれないんですけど。女子力のアピールくらいさせてほしい。
「で、太陽の坊主よ」
そんな与太話はともかく。食後の一服として、湯呑に注がれた焙じ茶を一つ啜ってから潤した口を開く清一郎さん。
「ん…なんです?」
「おめぇ…そこのお嬢さん、レイリーさんとはよ」
「同級生っすよ」
「付き合ってねぇのか…」
「付き合ってます」
「待てや!!」
これは千載一遇の好機到来、ここを逃す訳にはいかない。機先を制すれば即ち勝つ、押して駄目ならなぎ倒せ。つまりそんな感じ。
「あらぁやっぱりぃ? 怪しいとは思ってたのよ! いつもは一人でお見舞いに行く太陽ちゃんが、人を連れてこの家まで来るんですもの。しかも女の子よ!?」
「んだなぁ、とうとう辛気臭ぇ顔ばっかすんのをやめて、やっと坊主にも春が来たのかと」
「待て待て待ってよ、待ってくださいよォ! そこは普通、シリアスっつーかまじめな話する所じゃん! ってか第一、トメさんにはただの同級生でバイト先の同僚って言ったでしょうがよ!」
「チッ…」
「舌打ち聞こえてんぞオメー!!」
なし崩し的に外堀を埋めるどころか、外堀を棒高跳びで渡りきってしまえばこちらのもの。そう思っていたのに、どうにもガードが固い。
チャラチャラしてるのは見た目だけですか、それでもチャラ男ですか。そんなんじゃモテないよ。あっ、私以外にはモテなくていいからいいか。そのままの君でいてね。
「えぇー、結局違うのぉ? せっかく甘酸っぱくて健康にいい話が摂取できるって、年甲斐もなく楽しみにしてたのに…」
「コイツが勝手に付いてきたんですよ!?」
「コイツじゃなくて、レイリー」
「今はいいだろォ! わかっ、わかったって! レイリー! 脛を蹴るのやめろォ!」
「仲ァ良さそうに見えるがなぁ」
「ですよねぇ」
コイツ呼ばわりとは失礼な。日頃の鬱憤的な物を込めて、彼の脛を強かに蹴る。コツは脛の斜めを狙って、拇指球を当てるようにすること。
「いや本当に違うんですよ、付き合ってはいないし。強いて言うなら友達ですって…」
「でも私の告白、断ったよね」
「今それ蒸し返すか!?」
「坊主…おれぁそういうのは良くないと思うが…」
「本当よぉ、こんなに可愛くていい子なんだから付き合ったらいいじゃないの」
「こ、この気不味い雰囲気! 親戚同士の集まりで〇〇ちゃんにはいい話って無いの? とか、不意に振られる話の、どう答えたらいいか困る感じ! いや、俺親戚付き合いとか無いけど」
ふふふ、どんどん外堀が埋まっていく気配がします。形勢は三体一の形、圧倒的に私が有利。戦いは数だって誰かが言っていたらしい。
「…んん、あー…真面目な話すると、ですよ?」
観念したのか、はたまた窮したのか。咳払いを一つしてから、どうも真剣そのものといった様子で太陽くんが喋りだした。
「俺が病院に行ってる理由、お二人とも知ってるでしょ? あんな事やらかしてたヤツが人並みにちゃんとした恋愛なんてしていい訳がねぇんだ。
変な話じゃないですか。フィクションの中の登場人物とか知り合いとか。そういった第三者目線を向けられる相手ならみんなウジウジしてんじゃねぇとか、もう終わった事だから切り替えろって言う。でも、実際の被害者や加害者はそう簡単に、はい次なんて出来やしない。外面を能天気に保つので精一杯ってモンです」
「………」
彼、當真 太陽という人物は。軽薄そうな外見通りいつでも表面上は明るく振る舞っている。周囲の男子と馬鹿みたいな話をしたり、高校生の年相応な話題をしたりもする。何だかんだバイトが無い日は友人達と遊びに行ったり、勉強をしに図書館へ向かったりだ。
でも、見た目は必ず内面を映すとは限らない。
たぶん彼には、いわゆる負い目みたいな物が多いのだと思う。私に話してくれた、改造人間だという事もその一端に過ぎないんだろう。
今日の病院だって、自分の身体についてじゃない。トメさんはお見舞いだと言っていた、なら、それはきっと。
「灯里だって、まだ目を覚ましてない。他の誰がお前のせいじゃないって言おうと、俺が周りに相談してりゃあこうはなってなかった」
「…ま、坊主は何度言ってもそう言うか」
「太陽ちゃん、これも何度も言ってるけど。太陽ちゃんだけが悪いって話じゃないのよ…」
「そうは言っても、ってヤツですよ。…悪いなレイリー、話に置いてけぼりで。何があったのかは…清一郎さん達に聞いてくれ、そろそろいい時間だろ? 俺は外で待ってるから、聞き終わったら帰ろうぜ」
言うが早いか、お世話になりましたと御辞儀を深々として彼は外に行ってしまった。
「…何があったのか、聞いてもいいですか」
「……」
「…えぇ」
彼の後悔を、一つ一つ拾いあげよう。
私は都合よく察する事なんてできないのだから、少しずつ知っていこうと思う。
「今日は色々お世話になりました」
私が聞いた話は、どんな話だったか。その問いの答えはとても主観に満ちた話だったと思う。
結論部分は単純で、ある男の子が『噂』と思しきモノの被害に遭って、別の男の子はそれが傷になった。それだけ。
「気をつけてな、すっかり暗くなっちまった」
「またいつでも来てね、年寄り二人で田舎暮らしだから暇なのよぉ。気を使わなくても、若い子と会うだけでジジババは楽しいんだから!」
「…はい、また」
誰が悪いのか、それだけを断ずるなら『噂』が悪い。いつの間にか形を持つようになって人を害するそれら、悪意に満ちた恐怖そのもの。
「よう、終わったか。終電近いからさっさと帰ろうぜ」
「うん」
だから彼は悪くない。そう言ってしまってもいい筈なのに、その慰めを彼は受け取らないだろう。
彼が、それこそ以上なほど身体を張って『噂』にまつわる事件に首をつっこむ理由。
いつか、自分を許せるだろうか。
「ねぇ」
「ん?」
空気が澄んでいる。昼間から残った熱気は空に上りきらないまま、絡みつく熱帯夜の蒸し暑さ。でも空気が清らかなのは見ればわかる。
「星、きれいだね」
「…あーやっぱ田舎ってのは違うな。家の方と同じで蒸し暑くても、星がこんなに見えるモンだ」
流れ星は見えない。けれど、いつか見えた時の願い事は増えた。
星に触れる事はできない、でもそれと同じくらい難しいことはできた。そう、彼のこころに触れたこと。
冷えない夜に昼間の疲労感が抜け切らない。なんて勿体無いんだろう、帰りの電車でも他愛のない時間を起きていたい。だというのに今日は難しそうだ。
「寝てていいぜ、一応着いたら起こすけど…起きなかったら家まで送ってくからさ」
「…うん、ありがと…襲ってもいいよ」
「襲わねーよ!?」
あれ、ちょっとしんみりした空気でならいけると思ったのに。やっぱり見た目と違ってガードが堅いね。
「油断も隙もねぇなオイ…年頃の娘としてどうなんだよ」
君だから言ってるんだけどね。
あぁ、瞼が思い。
隣の体温が心地良い。
電車の揺れも……。
──ガタン、ゴトン。
嫌にはっきり聞こえる電車の駆動音。
「……っ?」
やはりつい寝こけてしまっていたようだ。ここはどこだろう、電車のアナウンスは聞こえない。
そうだ、彼に聞けばわかるだろう。
「太陽くん…?」
彼が居ない?
『…──ザザ』
車内アナウンス? それにしては雑音が酷い。行きの時はこう酷く不鮮明ではなかったと思うけれど、何分古めかしい、電光掲示板みたいな次の目的地が表示されることも無い車両だ。そういうこともあるのかも。
『えー…次はー…』
雑音だと思っていた音は、雑音ではなかった。
『八つ裂き、八つ裂きです』
意味の理解できない案内。
そして雑音のように耳に届いていた音声の正体は、声にならない。書き表せない程の苦悶に満ち満ちた、喉が潰れても尚上がる、水音が絡んだ人間の悲鳴だと、その時やっと気付いた。
御意見・御感想・御評価。質問疑問、誤字脱字等々ありましたら御指摘賜りたく存じます。
や、優しくしてね…!