はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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なんか…長くなっちゃった…!
そして遅れました、申し訳ございません!


夢オチってサイテー!

 

 

 

 

 

 

 おう夏だぜ…って言うと、何だか懐かしい気持ちにさせてくれるんじゃあないかと思う。いやタイトルとか思い出せないけどさ、教科書に載ってたよな、あのカマキリの作品。

 

「ヘイ颯ボーイ!」

「何だ急に」

 

 やだ…視線が冷たい! 

 ただでさえ気温がトチ狂って高い昨今、少しでも涼やかな気持ちにさせてやろうっていう心遣いかな? 有り難いねぇ! 

 

「軽いジョークだぜ、やだわぁ颯っちったら…」

「呼び名が安定しなさ過ぎるな」

 

 涼しいっていうか冷たい視線だ。おいおい、これじゃあ秋を通り過ぎて真冬の視線で冷房要らずだな? 

 むしろもうちょっと温かい目で見てくれ、地球温暖化はどうした、お前には適用されねーのか!? 

 

「ま、それはともかく」

「本題はなんだ…」

 

 おっと、手早く本題に切り込むとは意外と乗り気だな意識高いボーイ。それはともかくと言えば、お前が就寝前に白湯を飲むようなヤツだなんて新発見だぜ。少なくとも昔はそんな事無かったよな。心境の変化か? 

 

 颯も前はさぁ。ちょっとクールで、人がアホな事やってたら止めたり、イジメ的サムシングがあったら割と暴力的な手段でやめさせたり。そんな人が良さそうかと思えば、ちょーっとだけ捻くれたヤツを殴って、お前の友達になってやるだなんて熱血な所も…。

 

「レイリーさんの事か?」

「ここ最近思うんだけどさ、俺ってそんなわかり易い? それともアルミホイルとか頭に仕込んでないと、考えがダダ漏れになってる?」

「わかり易いよ、お前は」

 

 そうそう、そうだよ。話はあの結構アグレッシブな同級生の事だよ。何を微笑ましい感じ出してんだ、フッと軽やかに笑ってんじゃねーよ! 

 

「本人は寝不足ではないと言っているが、目の下のクマは濃かった。それに…」

「それにィ?」

「鞄を背負うように持つんじゃなくて、手提げで持っていた。教室の椅子に座る時も、背中に当たらないようにしていたな。昨日からかわからないが、心当たりはあるか?」

 

 よく見てんねェ! 

 そういえば昨日はほぼ手荷物無し、それで電車の座席どころか俺が運んだ時も背中に触れたが、特に煩わしそうな感じは無かった。

 変な感じだったのは、電車の中で眠りこけた時くらいか。結構うなされてたもんな。

 

 ふむ…睡眠中に関わる変な話、ねぇ。

 

「寝ているのに眠れない、むしろ疲労感がどっと出るような時、か。ふーん…」

「心当たりがありそうだな、名探偵」

「バイトだよモデル野郎。確かめようが無いってのが厄介だけど…やってみるか」

 

 健康被害が出る程の異常なのに自覚症状が出ない。

 しかも睡眠にまつわる話。

 そういえば、多分最初は昨日、帰りの電車に乗ってた時だよな? 

 

「んじゃあちょーっとだけ、頑張ってみるか」

「フッ…素直じゃないな。やるだけやるのが美点だろう」

「やかましいわ!!」

 

 保護者かオメーは! 

 

 

 

 

 

 

 

 怪我とか病気でも無いのに保健室に来るとさ。何だか少し罪悪感あるよね。えっ無い? 俺だけ? 

 

「失礼しまーす。ウチの同級生ちゃん居ますゥ?」

「休憩しに来たのぉ? そういう目的で保健室を使うなんて…やぶさかじゃないわね。じゃんじゃん来なさぁい若いって素敵よねぇ!」

「ちゃんとした意味でやぶさかって使ってんじゃねーよ! 文脈的には出歯亀したいだけだしさァ!」

 

 ほんのり裏の顔が存在するセクシー保険教諭、与田さん。何かこう…フォンセルランドさん的な感じがある人だよ、社会人的にはダメじゃねぇかな。男女平等ってなんだよ。そう言いたくなるタイプの人だな。よしんば平等が保たれててもセクハラはしねぇよ、俺は。

 

「冗談はおいといてぇ」

「冗談でセクハラ紛いのこと言ったのォ?」

「たった今さっき、帰ったわよぉ。すれ違わなかった?」

「無視かよ…」

「なんだかすーっごい魘されてたからびっくりしたわぁ、最初は特徴的な喘ぎ声かと勘違いしたのよ」

「んな訳ねーだろ! 人前っつーか学校の保健室で堂々とコトに及ぶとかどんな剛の者だよ! 剛の者よか露出の気があるタイプのバケモンかなァ!」

「それで起こしたら、何とも無さそうなのよ。でも具合が悪そうだったから帰した方が良さそうと思ってねぇ。やっぱり人前だと発散出来ないのかしらねぇ」

「無視かよ!?」

 

 本人の預かり知らぬ所で尊厳が危ない! 

 

「あらぁ、睡眠欲の話よぉ?」

「こ、こいつ…」

 

 お、俺が悪いのか!? 

 勘違いさせるような事を無闇に言ってくる、この珍獣みたいな保険医が悪いんじゃないのか。

 俺はここに抗議したい。教員だからとて、その強権を振りかざして生徒に罪悪感を植え付ける手法は、決して善ならざるということを。

 

「ま、でもぉ。どうしてもっていうなら太陽ちゃんも発散していく?」

「俺は眠くねーですよ、むしろ急がなきゃダメそうで危機感バリバリで眠気が吹き飛ぶっての」

「性欲の話よぉ?」

「失礼しましたァ!!」

 

 勘違いも何もねーじゃねーか! 

 こんな脳味噌春真っ盛り保険医に構っていられるか! 俺は同級生を追うぞ! 

 

「あっちょっと待ってぇ」

「何すか、急ぐんですよォ」

「目がギンギンでも眠りたくなったなら、お姉さんに相談なさいねぇ。イイヒト紹介してあげるわぁ睡眠のエキスパートっていうのかしら」

「余計なお世話だよ!!」

 

 言い方ってモンがあるよね、オブラートくらい持ってこいよ。ここ保健室だろ。保健室にはオブラートは無い? あるかもしれないじゃん、希望を捨てるなよ。

 

「じゃあ、そういう事で…」

 

 どっと疲れたな…保健室で疲労感が増すなんて中々無いんじゃあないか、貴重な体験有難くねぇな。この近寄りたくない保険医何だか機関のエージェントだかわからない人より、こころさんの方が絶対癒やされる。どうにかして入れ替えたりとかしないかな、クソが…。

 

 ん…? アッ!! ダメだ!! もしもそんな事になったら有象無象どもが保健室に入り浸りになっちゃうじゃん! やめろ! 俺の天使に手を出すな! 保健室で怪我人を増やすぞコノヤロウ!! 

 

「あぁん待って待って、あたしの専門じゃなさそうだから助言はむずかしそうだけど。こういうのが得意な人に今すぐ連絡取ってあげるわぁ」

「はァ…そっすか…」

「何よぅ、テンション低いわねぇ」

 

 誰のせいだと思ってんだ? 

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 歩く、歩く。

 なんて無様な牛歩の進みだろう。

 

「…痛っ…く…」

 

 早退するまでは必要無かったかもしれないと、数分前の私は思っていたけれど、これは正解だった。

 睡眠後の不調がとうとう足先に来ている。しかも足元が覚束ないとかではなく、明確な痛みとして。

 

「ふ…っふぅ…」

 

 まるで足の爪が剥がされたような痛みが、ぶり返しているような。そんな激しく、血が滲んで燃える感覚があって。

 

 ──痛い。

 

 ──痛い、痛い。痛い痛い痛い。

 

 頭から痛み以外の感覚が抜け落ちたみたいだ。

 一歩進めば薄まらない痛覚がぶり返してくる。

 

 最悪なのは、心当たりが何も無いこと。

 保健室での仮眠以降、調子が悪化していく。

 

「ふーっ…ふー…」

 

 自然と息が切れる。

 気は進まないが、病院に行って医者に掛かるしか無いのだろうか。つべこべと思案するも馬鹿の考え休むに似たり、それ以外にありはしないだろう。

 あぁ、駄目だ。思考が上手くまとまらない。

 

「オイオイオイ…あんま無理すんなよ」

 

 ここには居ないはずの声が聴こえる。

 恋煩いもここまで来たら病気か。しかし元から煩うという字の読みは患うと同じ、いっそ病院で治しては貰えない…これは治さなくていいか。恋の熱に浮かされるよりも、熱すら感じる痛みを取り除ければそれで。

 

「うーん…聞こえて無い? まぁいいか。へーいレイリーちゃーん、笑って笑ってーはい! チーズ…」

 

 幻覚にしては馴れ馴れしいなぁ。

 でも彼本人もこんなものか。そう思うと中々のリアリティだ、そっかこれが…イマジナリーフレンド…!? 

 なんという事でしょう。独りで鍛えられた想像力がここに実を結び、見事な実物らしき存在まで…。

 

 ───パシャッ! 

 

「…は?」

「うーん表情固ぇな…」

 

 最近の幻覚はカメラも持てるのかな、ポルターガイスト? だとしたら幽霊だね。

 更に失礼な事に、被写体に文句を付ける始末。こんな無礼なことありますか。想像を超える失礼ったらない態度。つまりこれは…! 

 

「本物…?」

「俺の偽者とかいるか? っていうか歩くのも辛そうじゃん、マジで怪我とかじゃねぇんだよな。レイリーちゃんってば無茶しがちだからさ、心配で心配で」

 

 この無遠慮な感じは間違いなく本物。気を使ってるんだろうなぁという事は、言葉の端々に含まれているけれども。それはそれとして失礼じゃない? 

 

 というか、百歩譲って写真を撮るのはいい。良くないのは無断であること、不意打ちであること。

 顔色が悪い状態で笑顔も作れていない。自然体が良いなどと言う人もいるけれど、撮られる側としてはベストな一枚にしていただきたい。せっかくなら可愛い写真にしておけって話ですよ。

 

「消して」

「えーヤダー」

「消し…消せ…!」

「きゃあ怖…ちょ待て待て待てって、借り物なんだから丁重に、や、優しくしろって!」

「騒いだって誰も来ないよ…!」

「女子高生の台詞じゃねーって!」

「じゃあ太陽くんが言うの?」

「俺が言ったらお縄だろ!?」

 

 なるほど、可哀想な太陽くん…。

 もし逮捕されたら毎日面会に行ってあげるから、安心してね。やっぱり毎日は無理かも、毎週で手を打ってね。

 

「とにかくミッションコンプリートだ」

「写真撮りたかったの?」

「あー…まぁ、そういうコトだな」

「!?」

 

 あ、あれ? もしかして、思った以上に私への好感度が高い!? 写真を撮りたいほどに!? 

 今もう一回告白したらオッケーしてくれる!? 

 

「このまま戻っても良いんだけど、さっきすげー辛そうだったし…ほれ」

 

 ほれ? 投げろって? 

 それは放れか。

 

 どうしたんだい太陽くん、無防備な背中を見せて。こうしてじっと見てみると、結構広い背中。頼り甲斐が中々ありそう。

 

 …あっ乗れって意味? 

 ……よし。

 

「これで何度目かだけどさァ、やっぱ軽いよなレイリー。ちゃんと飯は食べて…るか、学食で」

「うん」

 

 軽い女って意味なら殴ってるけれど、単純に体重の話。背中におぶさった私の重みが無いという意味だろう。ちなみに一日三食しっかり食べてます。

 

「そういや家に誰か居るのか?」

「お母さんが居るよ」

「そりゃ安心だ…安心か…?」

 

 まぁその…うん…。彼が言いたいこともわかる。普段は結構、いやかなり、日常的にはポンコツ気味な、私の母親の事を思い出しているんだろう。

 

 でも、でもですよ。あれでいざって時は頼りになるんです。確かに料理はアレだし、掃除の仕事って言う割には掃除で物を壊すし、洗濯は色落ちしかねない色柄物を白いシャツと一緒に洗うし……。やめておこう、この話は。はい終わり、やめやめ。

 

「眠けりゃ寝とけよ、ちゃんとヴァイスさんに預けるから気にすんな」

「……」

「…もう寝てたりするのか?」

「寝てないよ」

 

 恐らく、眠ると体調を崩す。あくまで私の推論だけれど、たぶん間違ってはいない。さっきの保健室での仮眠もそう、起きた直後から爪先が燃えているような痛みがあった。眠れているはずなのに、眠れていない。

 

 だから今は、眠るのがこわい。

 

「もしも眠りたくなくなるほど、魘されるような悪い夢を見たりしてるってんなら、任せとけよ」

「…何を?」

「助けるぜ、夢の中でも」

「なにそれ…」

「あっ、おい笑うなよ。真面目に言ってるんだぜ!?」

 

 心が軽くなる。その言葉を実感したのは初めて。

 気付けば笑顔になって、不安が消えて、爪先の痛みはどこかに行っていた。

 

 底抜けの明るさ、彼の名前みたいで…。

 

「あれ、レイリー? 

 …寝たのか。ちょっと待ってろよ、本気だってのを教えてやるぜ。でもあれか、眠ってる間だったら覚えてらんねぇよな…しかもタダ働き」

 

 二人分の重みを地面に伝えて、揺れは小さく、優しく歩く。

 

「んな事はどうでもいいよな、一刻も早くってヤツだ。

 一丁やってやるぜー!」

 

 

 

 

 ───がたん、ごとん。

 

 

 

 

「……ふっ、ふっ…」

 

 呼吸が浅い。寝ている筈なのに呼吸が浅いというのも変な感覚だけれども、如何せんどうしようもなく、否が応でも呼吸が早まる。

 

『次はー…針通しー、針通しー』

 

 最悪だ。悪夢というものが正しく言葉の通りの物として、責苦を次に、また次にと与えてくる。

 

 これは夢の中、終わりの見えない悪夢。

 

「キキッ」

「…っ」

 

 猿の表情なんて今の今まで気にしたことも無かった。それでもこれから行う事を、嬉々として行っているであろうことを察するのは容易だ。

 

 ぶつり。

 

「…ぎ…っぃ…はっ…はっ…!」

 

 さて、夢の中での整合性や脈絡が万が一正しいとすれば。私の足の爪はとうに失われているはずだ。

 彼の背中で微睡む前、保健室でうたた寝をした時の夢で剥がされたのだから。

 

 ぶつり。

 

 それがどうしたことだろうか、傷一つ無く何事も無かったように生え揃った足の爪が。今、その肉の隙間へと針の侵入を許している。

 

 針がほんの少し進むだけで、身体が強張る。足先といえば痛覚神経の密集した場所。小指をぶつけただけでも蹲る程度に痛いのだから、無遠慮に針で刺されればそれはもう痛い。痛いという言葉が陳腐なものにさえ思える程だ。

 

 そういえば拷問の一種に、私が現在受けている仕打ちがあると本で読んだことがある。事実は小説より奇なり、拷問される謂れのない女子高生がこんな目に遭うのだから、現実もまったく恐ろしいものだ。でもこれは夢の中だから現実と言い切るのも妙な話かもしれない。

 

「……ふぅ…ふっぅ! はぁー…!」

「キキキ…?」

 

 頭を働かせろ、それは痛みに集中しろという意味ではなく。痛覚に神経を使わず、他の事を出来るだけ考えて紛らわせる為だ。

 

「…っ…ふ、ふふっ」

「…キ?」

 

 笑みが溢れる。

 弁明しておくが、決して気は触れていない。何があろうと、所詮自分の身に起きた事。幸いにしてこちらは元いじめられっ子、身体が痛いだけなら問題ない。

 

 何よりそう、それがどうしたことだろうか。

 

 全幅の信頼を置きすぎてるとは我ながら思うけれど、彼は言っていた。

 

『……えー…予定を変更いたしまして。次はー…』

「焦ってる…の?」

「キキキッ!」

『…チッ…』

「何を、焦ってるの」

 

 まだ私の無傷の指を無視して、何をしようというのか。じわじわと甚振るのをやめておこうと、今更になって良心の仮借が苛むのだろうか。猿のくせに? 

 

 ぶつり。

 

「いっ…! く、はぁ…ふ、ふふ…」

『何を、笑ってらっしゃるのでしょうか…』

 

 おやおや、これは初めてのことだ。無機質を装っていた車内アナウンスの声は、不愉快を隠しもせずに、私とのお喋りに興じてくれるらしい。

 

「別に、面白かっただけ…」

『……』

「猿なのに猿真似の拷問が上手くもいかない…それじゃああなた、猿未満の何なんだろうね…真似っこしか出来ないなら、猿の身体に付いてるノミかダニ? 

 あ…でも、それならまだ生産性があるかな…? 虫のほうが、まだ賢いよね…」

『キサマ……』

「キキィ!」

 

 怒気を孕んだ声と、馬鹿にされている事だけは理解した猿の鳴き声がする。そうだよ、馬鹿にしてるんだよ。伝わったのなら何より、皮肉や暴言が伝わるだけの知性があって安心した。

 

「そういえば、人の言葉がわかるんだね。それとも虫みたいに反応してるだけ?」

『手ずから八つ裂きにしてやる…さっさと連れてこい!』

「キー!」

「本当の事を言ったら怒るっていうのは、猿程度でも一緒なんだね。馬鹿みたい…この言葉だと、お馬さんと鹿さんに失礼かな?」

『早くしろっ!』

 

 本当に、馬鹿みたい。

 そういえばこの夢の中で死んでしまったらどうなるのだろうか。どこか他人事の考えが頭の中にある。

 

 今までの起床時の後遺症から考えるに、良くて四肢全体が痛む? それならまぁ、痛み止めでも飲めばなんとかなるかもしれない。

 最悪の場合は…痛みによるショック死とかだろうか。そう考えると気が重い。娘がベッドの上で原因不明の死を迎えたなんて、両親は泣いてしまうんじゃないだろうか。

 

 でも。

 

「おいサルども。

 ウチの同級生をどこに連れて行くつもりだ?」

 

 そうはならないと思っていた。

 

 全幅の信頼を置きすぎてる? 

 それはもう、私はチョロいですよ。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 招かれざる客が一人。

 人体にはあり得ない、煌々と燃え盛るが如き光を放つ存在が、足先を血に濡らした知己を見つめて怒りに燃える。

 

『えー…途中乗車は危険ですのでお止めくだ』

「ゴチャゴチャうるせぇな」

 

 音が遅れる。

 光景は引き延ばされる。

 カチリ、という硬質な音が響いたかと思えば。次の瞬間には、その場にあった筈の影が姿を失う。

 

「クソみてぇな音質だけど、これがスピーカーか? 文句があんなら面と向かって言いに来いよ。とりあえず取り外しの手間は省いてやったんだから、次はもっとマシな物取り付けとけ」

「キッ!?」

「おいサル、その娘は置いてけ…人の言葉わかるか?」

 

 車内に取り付けてあるスピーカーがあった場所には、まるで重機でえぐり取られたような傷痕が残っている。無残にも原型を留めていないスピーカーだったものは、乱入者の手で微塵に粉砕されていた。

 

「キー!」

「ふっ…!」

「えっ、おぉ!?」

「キ!?」

 

 その異様な光景を目の当たりにした猿が驚き、しかし尚もレイリーを運ぼうとした次の瞬間のこと。

 後ろ手に拘束されていた筈の彼女は、抜け出していた。

 

「…レイリーってばマジックとか出来たのォ?」

「裾で切ったの…はぁ…」

 

 彼女が隠し持っている武器は小型の銃、靴の中に仕込んだ刃物。そして、上着の裾に仕込んだ剃刀。

 

「全身武器人間かよ…」

「何か言った?」

「な、何でもないっす…」

 

 護身用品としてはどれもが物騒極まりないが、最後の一つを出したのはこの瞬間。逆転の目が見出だせる時を虎視眈々と待ち受けていたのである。

 

「痛っ…」

「…ちょっと座って待ってな。

 このクソみてぇな『猿夢』をブッ壊してやる」

 

『猿夢』

 

 これこそ悪夢の元凶。

 人々を毎夜眠りの中で苦しめ、最後には殺傷足らしめる。命を奪い、死に至る眠り。

 

 誰もが望まぬ悪い夢。その都市伝説。

 

「夢の中なら、摩擦だの何だのとまだるっこしい事を考えなくてもいいんだろ。目を閉じてろレイリー。そんで、目ン玉かっ開いてろサルども。命乞いする時間はナシだ」

 

 

 カチリ。

 

 

 夢の終わりは、いつだって唐突だ。

 

 座り込む少女の先。颶風の暴虐よりも密度を持つ、目にも止まらぬ速さの朝日に似た破壊そのものが電車の形をした夢を砕き、崩し、晴らしていく。

 

「キ、ギ!?」

 

 直接的に触れておらずとも、指向性を持った質量がそこら中を叩きのめす。人を傷付けた報いが、容赦無く降り注いでいく。

 

 そうして数秒経った後。所々が焦げ付いた男子の影が、先頭車両、車掌席への扉を事も無げに吹き飛ばした。

 

「ご対面」

「こ、この…人間如きが…」

「喋るサルが何か偉そうに言ってら、じゃあな」

「キ…!」

 

 光放つ腕が振るわれると同時に、車掌服を着ていた猿は忽然と姿を消した。ペイントソフトでその部分のみを掻き消したような、異質な光景の跡だけが残る。

 

「…終わったか? 

 んん? だとしたら、何で終わってねぇんだ?」

 

 悪夢の主は消した。

 なれば夢は終わるが常。

 されど夢は終わらない。

 

 これはどういう事かと独りごちる。

 

「ふ…痛、なんか、冷静になると余計に痛いよね…」

「おい!? 休んどけって!」

 

 その疑問に呼応するように、血塗れの足を引き摺るようにして。先程まで休んでいたレイリーが先頭車両にまでついてきてしまった。本人は自身の言を痛感しているのか、ささやかな涙が不可思議な瞳孔を濡らしている。

 

「…そこ、その壁に掛けてある帽子」

「帽子…?」

 

 何の変哲もない電車の壁。そして車掌が被るのであろう帽子、予備のものだろうか。埃一つ被っていない。

 

「変な感じがするから、思いっきり叩いてみて」

「何だそりゃ」

「いいから」

「わかったわかった。っていうか無理して歩くなって…いや睨むなよ、やればいいんだろ? っせーの…!」

 

 夢というものには脈絡がない。

 夢には正解がない。

 夢はわからない。

 

 だからこそ、夢は都合がいい。

 

「痛ぁーい!」

「は?」

「ぐぎぎぎぎ、ムキー悔しぃー! おのれイレギュラー、最後の最後にやってくれましたねぇー!」

「なんだ、テメェ…?」

「やっかましぃー!! 改造人間如きがっ!! 

 ワタクシの、いやいや総統閣下の為の作戦を邪魔してくれやがって! これだからメカとか風情が無いんてすよ、時代はナマモノ、わかりますか!?」

 

 何かが潜むのも、悪意が忍ぶのも。

 夢であれば容易だ。

 

「何言ってんだコイツ…じゃなくて。アンタ、俺のこと何て言った?」

「第一さ、ワタクシじゃなくて作った本人が行けば良かったのに。なーにが他の整備があるって…まったくワタクシやんなっちゃう」

「人の話聞いてんのか」

「改造人間って言ったんですよぉ! その無駄に良い耳だって、あの博士が弄ってくれたでしょうに」

「……おい、何を知ってやがる」

 

 悪夢の主がわかりやすいとは限らない。

 

「申し遅れましたぁ。ワタクシ、モンデンキントが幹部の一人…一人? でーす。名前はそのうち考えておくから、とりあえず仮面のって呼んでね。以後ヨロシク。

 あれ、何その顔。おもらし紅屋ちゃんから聞いてないんですぅ?」

 

 思考が停止している。否。

 

 長年待ち望んだ敵の情報を知っている者が目の前にいる。だというのに、身体が何故か動かない。後ろにいるレイリーも、身体が動かないようだ。自身も彼女も、衣擦れの音どころか髪の毛一本分の気配さえ動かせない。

 

 今逃せば、その尻尾をもう一度掴める保証は無い。

 モンデンキント、やはりその名が敵の名前。

 紅屋とは誰か。どこかで聞いた名だ。

 この仮面と名乗る、喋る帽子は何なんだ。

 全ての情報が混ざっては脳に混乱を来す。

 

「まっ、いいか。

 今回はこれで失礼しまーす。首を洗って待ってろイレギュラー。ワタクシだけは、お前を殺してやる。

 おっとー身体を動かせるようにしてあげますねー、じゃーあねー!」

「ふざけ…」

 

 ああ、夢の終わりは望むべくもなく。

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 さて、何だかんだあったが。レイリーちゃんの不眠症疑惑はこうして色々なものを残して無事解決。

 

 大事なことだが。レイリーは夢の事を覚えていない。あの夢で何があったのかは、俺だけが覚えている。

 一歩前進とも言えるし、現状何も変わってないとも言える。結局のところ、相手の動向を待つしかないというのが何とも歯痒い。

 

 ただし、ハッキリとわかった事はいくつかある。

 モンデンキントという集団が、俺達を狙っている。そして、人の体を弄くったクソ野郎も、あの仮面ってヤツと恐らくは同じ組織に属しているということ。

 

 おっと、いけねぇ。あんまり思い詰めた顔をしてると周りに心配されちゃうじゃんね。察しのいいフォンセルランドさんにバレたら、また泣かれちゃうかもわからんね。ま、おいおい、確たる証拠を掴んだら話そうかね。

 

「ふーむ…夢の話なら、放置しておいても大丈夫だったんじゃないですか?」

「大丈ばねぇですって、猿夢は放置したら死ぬんすよ」

 

 そんな訳で現在放課後、いつもの事務所内で何があったのかを話している最中。結構その日の内に解決できるもんだよ。だからレイリーは休んでるし、色々ぼかしてるからセーフ! 

 

 いやほら…夢の中にインしたとか詳細に話したらさぁ、絶対ピンク色の話題に持ってくじゃん。真夏で淫夢ってお前、ウチはそういうんじゃないから…。

 

「いえほら、ここ東京には夢を食べる生き物が居るって言うじゃないですか」

「獏ってヤツの話なら、上野動物園にだって居ねぇですよ。ありゃあくまでアメリカバクであって…」

 

 フォンセルランドさんの知識も偏ってるよなぁ。その獏だとしても、普通はマレーバクじゃねぇかな。そういやなんでマレーバクって白黒ハッキリしてんだろうね、シマウマもビックリだよ。

 

「東京の大人は、少年少女の夢を食べるって言うでしょう」

「純粋な高校生が口を挟みたくない話題にするのやめてくれねーかな…」

 

 純朴な少年少女の夢を食い物にするのは、東京の大人じゃなくて一握りの悪い大人だよ。

 どっちかと言うと夢を喰いそうなのはアンタだろ、名前的に。これはこれでマズイか。

 

 何にせよ、夢ってのは穏やかな方がいいよな。

 

「ところで淫夢っていうのは」

「フォンセルランドさん、その話はやめましょう」

「でも…」

「やめろって!」

 

 







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や、優しくしてね…!
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