はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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ふつうの風景

 

 

 

 

 

 そろそろ夏休みという時期の話。日本においては何かもうジメジメじっとりしつつ高温で蒸されに蒸される、日常的サウナが連日連夜繰り返される、新手の焦熱地獄かと思う日々。しかも何が嫌かって、夜になっても涼しくならないところ。ととのうって何ですか、整理整頓の話? 

 

「暑い…」

「レイリーちゃん…レイリーちゃん…? と、溶けてるのん…!」

 

 溶けてません。学校にもね、冷房はありますよ。でもそれは教室や体育館だけの話で、廊下には全く関係無し。そして屋外も同じ。何より冷えた教室内では、いわゆる皮膚の日焼けはしないけれど、ジリジリと遠赤外線で焼かれる気分が味わえます。人間の炭火焼き。不味そう。

 

 そして私、レイリー・ケイスは暑いのが苦手です。ちなみに寒いのも苦手です。つまり夏も冬も苦手です。

 娘は毎年夏バテを披露するという体たらくですが、両親はというと。

 

「うーん日本の夏は暑いね。お父さんの故郷はもうちょっと乾燥してるから、この湿った感じはどうにも慣れないな」

「いーやめっっっちゃくちゃ暑いよ、最悪だよ…パパもレーちゃんも何で平気なの…あっでも寒いのも嫌だなぁ。昔を思い出すし。日本の冬はまだマシだけど」

 

 だそうで。

 お父さんの故郷はアメリカテキサス州西部だそうだ。一方お母さんの故郷は…何処なんだろう。両親ともに聞いてもはぐらかしてくるからわからない。あまり良い思い出も無いのか、当の本人が全く喋ろうとしないのだから知りようが無い。お父さんも口が固いので喋ってくれないんです。

 

「のんちゃんは平気なの…」

「別に純日本人でも、最近の暑さは異常だから慣れないのん。何よりうちのオヤジも『昔よりよっぽど酷ぇぜ』ってよく言ってるの」

 

 おっとりしている…ように見える、のんちゃん。でもお父さんのことはオヤジと呼ぶ。特別仲が悪い話も聞いたことはない。つまりはまぁ、遠慮が無いんだろう。

 

「お陰で洗濯物が増えるし、汗臭いの」

「家事はのんちゃんが?」

「うちは分担制なのん。晩御飯以外の炊事と洗濯は私がやって…残りはオヤジがやってるの」

 

 か、家庭的…!? 

 

「仕方ないの。うちはお母さんがいないから、持ちつ持たれつ、助け合いってことなの」

「そっか…」

 

 そういえばそうでした。あまり大きな声では言えないけれど、のんちゃんのお母さんは小学生の頃に亡くなっているそうだ。なんてことのない普通の病気が、たまたま悪化してそのまま…なんて言い方をのんちゃんはしていた。

 

 実母との別離が悲しくない訳もないのに、気丈だと思う。彼女の面倒見の良さは、こういった事が由来なのかもしれない。どこが面倒見がいいのかって? こうして私に優しくしてくれるところとかです。

 

「うーい、お前ら席に着け。さっさと帰りのショートホームルームやって解散するぞ」

 

 教室の扉が覇気もなく気怠げにからりと開く。黙っていれば美少女にしか見えない真中先生だ。本人は気をつけているんだろうけれど、タバコの臭いをいつも漂わせている。容姿とはどことなくミスマッチ。それが良いって人もいます、坂本先生とか。

 

 そういえば真中先生と坂本先生、この二人の関係性はいつからのモノなんだろうか。具体的に言うと思い思われ的な、傍目から見てもわかりやすい好意の関係。

 

 それだけじゃない。一例として挙げるなら、のんちゃんと淋代くんの関係にもただならぬ何かがありそうだし。まだまだ知らない事が多い。転校生だから当然のこと、でも、折角ならもう少し積極的に色々知っていこう。きっとその方が良いだろう。

 

 と、まぁ。以前の鬱々としてコミュニケーション不全の私からは想像もできない程前向きな考え。どうしてこうなったのかなんて、言うまでもないでしょう。

 

「レイリー、ぼーっとしてんな。ほら起立だ起立…先生これから職員会議だから、早く切り上げさせてくれ」

「!!」

 

 これはいけません。ちょっとトリップしてました。

 …えっ、私について? 

 私はどこにでも居そうな普通の女子高生です。何の変哲もない、平凡極まりない。

 しかし何とも都合のいい事に、今日はバイトもお休み。色々と深堀していきましょう。何でそんな事をって…太陽くんがさっさとどこかへ行ったからですけど? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──からり。

 

 設備そのものが新しめなので、すんなりと扉が開く。広がるのはコーヒーやお茶の匂いと、教職員の方々の話し声。職員会議が行われるちょっと前。

 まずは気になる人たち、その一。

 

「ん、どうしたレイリー。何かあったか?」

「……」

 

 見た目は百点満点の美少女。それこそ黙って同じ制服を着ていたら、同級生くらいにしか見えない。私達のクラスの担任教師、真中先生。フルネームは真中 愛之助。男らしさがすごい。ちなみにアイちゃん先生と呼ぶと怒る。

 

「………」

「お、おい…なんだ、どうした?」

 

 その名前に反して、見た目は女性で性別も女性。そうなってしまった。と聞き及んでいる。つまり又聞き。これは良くない、いつだって真実は一つ、たぶん。

 どういった経緯でそうなったのかを知るのは…失礼に当たらない範囲で、そして気分を害さない程度なら聞いてもいいんじゃないでしょうか。

 

「真中先生」

「あ、あぁ。なんだ?」

「先生は何で女の子に?」

「おっ!? いや、まぁ…事実だけ見ればそうなんだが…そう、なんだが…!」

 

 虚を突かれたような狼狽の後、うんうんと唸る真中先生。ひょっとして言い難い何かがあったりするのだろうか? でも経歴といえば個人情報の最たる物の一つだから、いざ聞かれて狼狽えるのも仕方ないかもしれない。

 

「突然過ぎました?」

「あまりにも唐突過ぎるな…しかも質問が直球過ぎて驚いたよ。先生な、もうちょっと心の準備とかさせてほしかったなぁ!」

「じゃあ坂本先生とはいつからあんな関係で…」

「普通の同僚だよ!?」

 

 何を仰る。普通の同僚は好意を隠さず接したりしませんよ。更に人目も憚らず…これは気にした方がいいと思いますけれども。

 

「お嬢さんッ!!!」

 

 ───バッ! 

 

「真中先生の事なら!!」

 

 ───ザッ!! 

 

「この私にお任せ!」

 

 ───ジャーン!!! 

 

「普通に出てきましょうよ坂本先生。周りがドン引きしてるじゃないですか、ていうかおれもドン引きですよ」

「これは失礼…思いが溢れてしまいまして…」

 

 …うん。

 

 何かとんでもないものを見てしまったような気がする。この職員室をスタジオか、はたまたステージだと思っているタイプの言動が目の前で繰り広げられるとは思いもよらない。誰かわかっていなかったら間違いなく不審者として通報します。

 

 坂本先生の一連の動作。話を聞きつけてから、跳んで、回って、決めポーズ。

 人生とは舞台で、私達人間はその役者。というのはシェイクスピアの劇の一つ『お気に召すまま』という戯曲での台詞。坂本先生を見てると、強ちフィクション作品ならではの言葉でもないように思える。

 

「それで、真中先生についての事だね?」

「何で本人差し置いて自然に答えようとしてるんですか」

「はい。何で真中先生が女の人になったんだろうって」

「それはね…」

「無視!? というか普通本人の了解とか取りません!?」

「真中先生、ここまで来たら覚悟を決めましょう」

「どんな場面だよ! よしんば場面転換があったとしても急過ぎるって! 急アクセルは事故るって!」

「あれは真中先生が高校生の頃…」

「おれその話いつ喋りましたっけ!?」

「以前二人で呑んだ時ですよ」

「迂闊ッ…!」

 

 真中先生はたのしいなぁ。

 というか二人でお酒飲みに行ったりしてるんですね、めちゃくちゃ仲が良いんじゃないですか? 

 

「ありがとうございました、失礼します」

「あぁ、うん…暗くなる前に帰れよ…」

「また聞きたくなったらおいで!!」

 

 いやぁ濃密な時間でしたね。

 職員会議の前の数十分にミュージカル。滅多に出来る経験じゃない、この学校の教職員って変な人が多いのかな? 

 

 どんな話だったのかは…ちょっと歌劇なノイズが入っていて、まとめるのには時間がかかりそうだ。過激じゃなくて歌劇、オペラで合ってます。

 

「あっ、レイリーちゃん」

「のんちゃん」

 

 職員室から出て少し。運動場にいるはずの友達がいた。ゆーったりとした動きが特徴的な私の友達、そう野上さんことのんびりのんちゃんが。

 

「陸上部は?」

「トラックが派手に荒らされたから掃除と地ならしだけになったのん…それで先生たちに報告してから風間をシメに行くのん」

「なんで風間くんが…」

「犯人がニンジャだからなの。グラウンドに非人道兵器マキビシとクナイがばら撒かれてるし、火遁だか知らないけど火がついてたの…消火は間にあったけど腹の虫が収まらないのん」

「えっ、でもどうして風間くん…」

「ヤツはニンジャなのん…!」

 

 な、なんだってー!? 

 言われてみれば風間くんは確かにニンジャなのかもしれない…。たまに分身するし、身代わりの術を使ったりもしている。そういえば、あの覆面的な物を取った所も見たことがない…! 

 

「そんなっ…ニンジャが本当に居るなんて…しかもクラスメイトに…!」

「驚くのも無理はないのん、あいつは巧妙にニンジャである事を隠しているの…!」

 

 お、おのれ許すまじニンジャ。よくも今まで謀ってくれたものだ、人を騙していただなんて…! そういうのは良くないと思います! 

 

「だから連帯責任としてとっちめて殺るの」

「そっか…」

 

 ほんの少し物騒なニュアンスが込められていた気もするけど、きっと気のせいだろう。

 何故ならのんちゃんは、普段はとってものんびりしているから。だからきっと極力後遺症の心配が無い方法を採るに違いない。……たぶん。

 

「せっかくだから一緒に帰るのん、ちょっと待ってて」

「うん」

「おやおやレイリー殿ォ! 丁度良き所に…」

「飛んで火に入る夏のゴミなの、死ぬの」

「それはゴミでなく虫でござアバーッ!?」

 

 光速くない? 

 何かもう色々。

 

「ふふふふ…恐らく校庭がしっちゃかめっちゃかにされている事と何か繋がりがあろうと思っての事でござるな? しかし今の某はしがない一般生徒、何の故もあらぬ書生が一人でござる。断じてニンジャではござらん! この手裏剣に誓うでござる!!」

 

 結構耐えるね風間くん。とんでもない速度の蹴りが腹部に直撃したと思うんだけれど、かなり余裕がありそうだ。というか手裏剣じゃなくてクナイ撒き散らしてない? 

 

「おおっとレイリー殿、これは苦無に非ず。棒手裏剣という物でござる、つまり某はニンジャではなくただの骨董品だいすきボーイである可能性も否定できな」

「ニンジャの戦いに学校を巻き込むんじゃないの、いい迷惑なのオラァッ!!」

「なんのォッ! 身代わりの術! そして隠し身!」

 

 …やっぱりニンジャなのでは? 

 というかのんちゃん、掛け声凄いね。

 

「ふーっふっふ…この術理を見破らぬ限り、某を倒すことなど出来ぬでござる!!」

「調子に乗ってるのん…!」

「のんちゃん、窓側の壁だよ」

「ゑっ、ちょっ」

「オラァ!!」

「グワーッ! な、何ゆえ見破られた!? 

 ここは退散するも仕方なし…レイリー殿! 用立てがあるのは真でござる故、その内お時間をばー!」

「チッ…逃げ足が速いのん…」

 

 用立て…用事の事だよね? 

 風間くんの言葉遣いって、どこか古めかしいからわかりにくい。それはいいとして、何の用事だろう。あんまり大変じゃないといいけど。

 

「……はぁ…とりあえず」

「うん」

 

 一緒に帰ろう。

 割と取り立てて変な事のない、普通の下校風景。

 きっと明日も普通の日が続くと思う。そんな一コマ。

 

 

 






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や、優しくしてね…!
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