はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
いや…違うんですよ、プリティでキュアキュアな方かお邪魔な魔女に寄せるか考えてたら…つい…。
おれは真中 愛之助、これが名前だ。
男は男らしく、女は女らしく。そう育てられる家庭に生まれた。家族は両親に妹の四人家族、父親は公務員で母親は専業主婦。家族仲は悪くない、普通の家庭といえばそうその通り。
両親も不仲ではない、逆に年甲斐もなく矢鱈とお熱い仲でもない。全く持って普通の家庭。
ただし、家庭は普通といえど学校での思い出も普通かというとそれは別だ。幼稚園から高校生、そして大学から就職した今に到るまで厄介な事があった。それも中々の質と量で。
「あらぁ、わんちゃんの散歩? お嬢ちゃん偉いねぇ」
「………」
あぁ幼少期には犬も飼っていた。人懐っこい割には面倒臭がり屋で、散歩に行けば一キロ前後歩いた後にゴロンと倒れ込んで一歩も歩かなくなる犬だった。こうなるとどっちの散歩だかわかりはしない。そんな犬をえっちらおっちら子供ながらに運ぶものだから、周りからも声を掛けられよう。ちなみに犬はおそらく小型犬か中型犬、捨て犬だったらしいので犬種はわからない。
名前はマメ、体重は十キロを超えて二十キロ間近だった、何がマメだ。名前の割にでっぷりし過ぎている。それはともかくかわいい奴だったのは間違いない。いい思い出だ。
「先輩! 付き合ってください!!」
「おれはノーマルだ、くそったれ」
「グワーッ!!」
小中と頭を悩ませて来たのは、異性同性問わずからの告白だった。異性からの告白は別に付き合う気もなく、断ればそのまま終わる。同性からの方が厄介で、性的嗜好を千差万別とするのは結構だが、その気もないのに言い寄られても迷惑というだけ。だというのに、告白してくる輩が後を絶たなかった。
後から聞いた話では、誰がおれと付き合えるのかで争っていたらしい。勝手に人をトロフィーにするとは迷惑千万な話だ。
まぁそれはいい、今は普通に過ごせている。公立校で普通に教員をやれているだけ御の字だ。
「あふれる愛を心の中にッ!!」
つまり『おれ』こと真中愛之助は、どこにでもいる普通の社会人。なおかつ普通の教員。
年齢は二十代後半。
性別は…まぁ、男性。
住居は都内、故郷は他県。
結婚相手はいない、独身。
職業は公立校の教員…それと……。
「セント☆ラヴァー!!」
それと……?
───☆
生きていくうえで面倒な事は、と聞くと、人によって答えは様々だろう。いわゆる社会生活の中では、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ事が肝要だ。
つまり、男かくあるべし。そういった親からの薫陶に反抗する気はない、むしろ真っ当な家庭教育だとさえ思う。
だからといって他者の好みにケチを付けるでもない。他人は他人、自分は自分。世の中の大半はこの考えで何とでもなる。
「真ァァ中先生ェェェ!」
「…なんですか」
いや、前言撤回しよう。多少は文句の一つも言いたくなる、相手がいる話であれば。
「今日ッ飲みに行きません、かッ!」
「………」
凄まじい気合の入れようだ、これには流石の自分でも引く。彼女…いや彼は坂本先生、おれと同じような因果な『噂』で人生を狂わされたらしいが、本人はむしろ珍しい体験で楽しい、人生の楽しみも2倍どころか2乗だなんて言っている。大したポジティブシンキングだ、見習うべきかもしれない。
「それは構いませんけど…」
「おお成し遂げたり! 勝利の女神は我が身にこそ微笑む、皆々様御照覧あれ!」
「たまには他の人も誘いません?」
「前途に怪しき影が!?」
何でだよ、そもそもなんの前途だよ。
「いいじゃないですか、あの夢野先生とかレイフマン先生とか呼びましょうよ」
自分は主に現文の教師、坂本先生は音楽。自称悪魔博士こと夢野先生は科学、レプティリアンのレイフマン先生は地歴。うん、全員別教科でバランスが取れてる。何より他教科の先生方と飲みの席で関われば、新たな知見とかが得られるかもしれない。
嘘だ。
本当は先日飲みに行った時に、未成年に飲酒を強要させているとか未成年略取の疑いで坂本先生が捕まりそうになった事が申し訳ないからだ。
多人数での酒の席なら、その手の疑いは掛かりにくいだろう。男女比率的にも……そういえば夢野先生ってどっちなんだ? レイフマン先生はオスって言っていたが。性別以前に夢野先生は素肌や素顔を見たどころか、素の声も聞いたことが無い。
「蜜月にも一抹の香辛料が必要、ということですね?」
「…まぁそういうことで」
「えっ、蜜月でいいんですかッ! やったァー!」
「そこ!?」
下手に突っ込むと更に面倒な事になるのは言うまでもない、こういう時にはあまり波を立てないようにするのも大人の男だ。
それで仕事が片付いた後。
「かんぱーい!!」
業務の完全終了を告げる乾杯の音頭。もうね、今日も今日とて面倒が多かった。授業プリント作りから保護者対応、夕方にクラスの面倒を見終わったら次から次へと残った仕事の処理。口にするべきではないが、誰々があんな所で危険な真似をだとか、一々教師に言わないでほしいものだ。そういうのは家庭で教えて、しっかり躾けてくれ。
「んくっ…くっ…ふぃー!」
「んみゃーそうに飲むな?」
「そりゃもう、この時のために仕事してんですよ!」
そんな雑多な仕事終わりのビール。
そうだ、これだよ。
結局仕事で疲れた身体に冷えたビールをぶち込むのが最高なんだよ。これ以上に言葉が要るか?
「くぁー…あっ、煙草吸いますね」
「どうぞお構いなくですな、こちらはこちらで…オ、ナイス佃煮。すみませぬー!」
そして煙草、これが合うんだ。物によってはウィスキーの方が合うが、そういう店でもない。良く言えば活気のある居酒屋、悪く言えば雑然とした場所。
冷房は緩やかで他所からの熱気が伝播しそうな、それでもキンと冷えた酒を飲めば、真夏のうんざりする暑気は無くなる。良いところだ。店を決めたのは坂本先生だが、毎度毎度良い店を見つけてくれる。
「身体に悪いったらねぇっちゅーにな、真中センセはタバコもパッカパカ吸うし酒も止めねったら…」
「社会人になれば個人の自由ですな。法を破るでもなし。んー、うむうむ…このイナゴの佃煮、これはいいものですな。地の香りが立っていて、どうやら自家製のようで」
緑のフードと鉄仮面、それとキツめの方言。店に入るまで、そして入ってからも夢野先生を見て振り向いた人数は数えるのも億劫だ。
自分たちが見慣れているとはいえ、一般的には奇っ怪に映るのだろう。レイフマン先生も珍しい部類だから、変な集まりと思われたのは違いない。しかも世間的には顔が非常に整っている坂本先生もいる。これでは注目するな、という方が難しい。
「しっかし、今言うのも何ですけど。夢野先生とレイフマン先生もよく来てくれましたね」
「人付き合いを軽んじちゃダメだでな、あっ店員さんストローを持ってきてちょーよ。ストローがねぇとチューっと吸えねぇんだ」
「坂本先生のお誘いが情熱的に過ぎたんですな。すみませぬ、こちらにハイボールを」
「親交を深める為に是非と思いまして。同じ釜の飯を食べる、素晴らしい事じゃないですか! 何より他の方と真中先生が関わることにより、ふと見せる別の魅力が顕になる。月がその日によって違う表情を魅せるように、その美しさが」
「要するにノロケのダシにしたっちゅーことだな」
「ぶほっ…げほっ!」
「ですな」
「誤解! 誤解です! 嗚呼真中先生…落ち着いてください、こちらお冷です」
ノロケ!?
誰が!?
「そんなよ、えっ!? って顔されても、誰の目に見てもわかるもんだで。明らかだで。まーだ付き合ってねぇのかって、生徒たちもわちゃわちゃ聞いてくるもんな」
「公然の秘密ですなぁ、夢野先生こそそういった話は如何に? ちなみに身共はワイフがおりますでな、どうですほら。こちらがワイフで息子がこちら」
「おれぁ悪魔博士だよ!」
「教員でしょうな」
「ちょちょちょちょ待ってください」
「お二人とも、私達はまだ付き合っておりません!」
「まだっていうか予定が無いですって!」
「ほーん」
「ははは」
とても全員二十歳を超えている大人の会話とは思えない。まるでいつも面倒を見ているティーンエイジャーの会話そのもの、恥ずかしくないのか!?
「真中先生はシャイな御方、人前でこそ恥じらう美しさがありますが。こうも衆目あらばそれは余計に窄みましょう、蕾も縮み切っては大輪に花開けまいと…」
「いやいやいや、そもそも職場恋愛とかダメですって。もし、もしもですよ? 家庭で喧嘩したら目も当てらんないじゃないですか、空気最悪なまま嫌でも職場で顔を合わせるとか…」
「へーぇ、そんな現実的な事もバッチリした考えを持ってたんだな? ええ事だの」
「一般論ですよ!? 人のことどうこうより、夢野先生こそどうなんですか!」
「そりゃ昔は好きな人もいたけどよ。今は全然だで。ま、独身でいる方が気が楽だな、えりゃーやる事もあるもんでそっちに付きっ切り、てゃーへんなんだこれが」
「どうです坂本先生、この写真。カワイイでしょうワイフ。息子も年々脱皮の度に大きくなって…」
「これは確かに…? しかし…失礼かもしれませんが、奥様の方が大きい…?」
「レプティリアンは大概メスの方が大きいんですな、お陰で夫婦喧嘩なんてしようものならパワー負け確実。それ故円満に、毎晩家族寄り添い合い、温め合いつつ眠るのが常識なんですな」
大人も一皮剥けばこんなもの、どうやらそういった言葉に間違いはないと身を持って実感する。取り留めのない会話にあーでもないこーでもないと言ったりしつつ、それぞれを酒の肴に時間が過ぎる。
「そこな店員さん! この迷宮産バッタステーキ、マンドラゴラおろしソースを一つ…坂本先生は?」
「ウィスキーの聖水割を。あと、お冷を人数分お願いします、はい、よろしくお願いしますね」
「んでよ、あの當真のバカタレはまた変な事に首突っ込んでるんでねぇの」
「もういつもですよ…中学の時よりマシになったと思えば、最近も何かで公欠扱いって。あの保険の与田先生も何考えてんだか。いっそアイツの成績が悪ければ補習だので抑えられるんですけどね」
「相変わらずってなもんだな。時間がある時には図書館で参考書でも借りて励んどる、根は真面目っちゅーこった。しかも保護者が理事長ってのも難しいこった」
それでも結局、仕事の話に移ってしまう。これは社会人の習性、あるいは悲しき性か。
「そもそもどこまでこっちに気を許してるのかわかりませんけどね。理事長とも家で会話が出来てるんだか…」
「十人十色、千差万別。いい事だと思いますよ、家庭事情が見えないのは確かですが。最近はレイリーさんと仲良さそうにしてますし」
「へっ、どーだかな。あの朴念仁はどうやって距離を取ろうかとずっと待っとるだけかもしれにゃーで」
「随分辛辣ですな夢野先生」
「べっつにそうでもねぇ、そう見えるって話だぎゃ」
「アイツの本意はともかく、レイリーに関わる嫌な噂も大人しくなりましたから。本当は大人が解決してやれれば良かったんですけどね」
教員といえど、可能な事は限られる。
職権は万能ではないし、こちらの能力も十全とは言い難い。このあまりにもくそったれな『噂』という。病にも似た何かが蔓延している世の中では、何も持たない大人なんていうのは無力に等しい。
「…真中先生、あまり思い詰めないようにしましょう」
「まぁ、そうですね…」
自分もそうだが、順風満帆に過ごせない奴がいる。その一方で、普通に、何かに捻じ曲げられる事もなく人生を過ごせる人もいる。
ヒトは、何かの下で平等であれど。
ヒト同士は決して平等じゃない。
「それにしても夢野先生、フードは暑くないのですかな? 身共はもう少し暑くても良いのですが、地上の方々には冷房が弱いのでは」
「確かに酒を飲めばカッカカッカするけどよ、こんくれぇだったら平気だもんね。このブリキの面もローブも、着てるほうが快適にしてあんだ。鉄より硬えブリキだぞオメェ!」
…そういえば、この人のローブの下とその素顔を一度も見た事がないな?
時折白い素肌と白い髪が見えたりもするが、今の日本じゃ白髪くらい珍しくない。というか日本人なのか? この人。夢野・アール・イブリス…偽名といえば偽名っぽいし…。
「ラストオーダーでーす!」
「おや何だかんだと長居しておりましたな。身共は満腹ですが、先生方は何か頼まれますか?」
「特にいらねってな…あっ、やっぱ茶が飲みてぇな。やぁー楽しかったな、たまには飲み会ってモンもええな」
「それはそれは、お誘いして良かった。私はお冷を」
「おれはビールで」
「まだイケますか…これには驚嘆ですな」
「蒸留酒じゃなければあんまり酔わないんですよ」
「酒も体質的に合ってる合ってねえってあるっちゅーな。飲み過ぎは身体に毒なのは変わんねーけども」
「まぁ適度の範囲ですよ。帰りは電車ですし、明日はちょっと用事もありますからね、深酒してらんないってことです」
「何の用事ですかな?」
「試験問題の打ち込みがまだ終わってなくて…」
「あぁ…」
ウジウジと暗い考えをするのも男らしくない。他の事を考えたり、やれる事をやる。それでいいだろう。
そして明日やろうは馬鹿野郎、されど今日はとっとと帰って寝て、明日テスト作成だ。世知辛い世の中だなぁ本当に。
「そんじゃあ、また飲みましょう」
「おー気ぃつけて帰んだぞ、坂本先生は送り狼なんてせんこったな?」
「し、ししししませんよ」
「むしろした方が良いのではないですかな」
「しません!!!」
ぞっとしない会話だ。毎度思うが、じきに三十を迎えるオッサンに発情してどうする。…まだ二十代後半だけれども。
そんなこんなで飲み会は終わり、各自帰宅と相成った。レイフマン先生は東京の外れに住んでいるので、終電が早いのだ。夢野先生はタクシー、自分と坂本先生は徒歩圏内である。
二軒目は無しだ、明日に響いては元も子もない。
…やっぱりタバコと酒を買い足そう。これは決して意志薄弱なのではなく、明日の為だ。明日まで保つかどうかは知らない、明日は明日の風が吹く。良い言葉だ。
特筆するような会話は無く。ありきたりな、ぽつぽつと静かな話と時間が風景と一緒に過ぎていく。
「じゃあ坂本先生」
「はい、また」
今生の別れでもなし、別れの挨拶はさっぱりしたものだ。少しだけ、ほんの少しだけ、もう一杯くらい付き合ってもらっても良かったかもしれない。
そう思いつつも、また、という言葉があるのだから。機会は巡ってくる、それで良いんだ。独身を拗らせると寂しくなると聞くが、それだろう。
「ふぁー……」
ほんの少し、昼間よりはマシな生温い夜風。
見慣れた帰り道。
時間も深夜ではないので、周囲にはちらほら人影がある。赤ら顔の男性から急いで帰る人まで様々。都心もまだまだ治安がよろしい。
「…むる…むる…」
「あ?」
ここは住宅街。
珍妙な声を発しながら歩く人はいない。
だが、普段とは違う物が道路脇に佇んでいる。
「…む、むる…」
「…こりゃまたベタな…」
口の開いたダンボールに申し訳程度の毛布。冬場だったら耐え切れない防寒具。それに包まってか細く震えているのは…。
「猫? いや、犬…?」
白と茶色混じりの、犬か猫かもわからない何か。
口から出たベタという言葉の通り、昨今では珍しい部類だが、間違いなく捨て……捨て動物だろう。
「……あー……」
「むる…」
犬は飼っていた。名前はマメ、とうに死んで久しいが。何だかんだ可愛い奴だった。
寂しく感じる時には、いつの間にか足下に寄り添い不安げな顔をして、こっちが寂しく感じる暇なんて無くすような。昼寝をしていれば暖を求めてなのか、小脇に来るような。そんな犬。
「…来るか?」
「むる?」
幸いにして、借りているマンションの一室はペット可である。そういえば、あいつも元は捨て犬だったらしい。ほんの気まぐれも悪くはないだろう。
そうと決まれば話は早い。この何だかわからない動物が煩くない奴である事を祈りつつ、タバコと酒を買う予定だったコンビニでペット用の物を買い足した。
もちろん、こっそりとコイツを連れてだ。
で、家に着いてから。
「おー、ゆっくり飲めよ…」
「んぐんぐびっちゃぴっちゃ」
余程空腹だったのか、皿に注がれたペット用ミルクを脇目も振らずに飲む動物。一々動物とするのも座りが悪いが、どうにも見たことが無い動物なのは確かだ。下手な物を与えて体調を崩しても拙い、明日動物病院に連れて行くべき…。
「ふぅー助かったむる…お嬢さんってば、この都会に似合わない優しい子むるね、感激むる」
「は?」
だろ…う?
「むるはむーるむーる、長いからむるでいいむる。色々積もる話もあるむるけど、自己紹介むる。お名前はなんて言うむる?」
「え、は? ま…真中、愛之助…?」
「オッケーむる、まずは落ち着いてほしいむる。あっ! 後退りしないでほしいむる!!」
「しゃ…」
「しゃ?」
「喋ったぁ!?」
「おお、脳が所々フリーズしてるむる。落ち着くむる、むるは危害を加えないむる、それで話を聞いてほしいむる。アイちゃんって呼んでいいむる?」
は?
「むるヴッ!?」
おっと、やってしまった。
ナメられたら殺す、それがウチの家訓だ。
「あ、悪いな。そう呼ぶ奴は問答無用で、とりあえず殴るようにしてるんだ。おれは真中愛之助、都内の学校で教員をやってる。何かちょっと冷静になってきたな…で、お前は何なんだ?」
「ア…アイちゃん! それじゃあ生徒さんとかも殴もオ゛!」
「生徒のガキどもは殴る訳ねーだろうが、今時分はクレームだの何だのが煩くて仕方ねぇんだもん。そんな事やったら最悪クビか逮捕でお先真っ暗だぞ」
「し、社会人としての常識はあるむるね…! 人としての常識は危ういけど…!」
訳のわからんナマモノに人としての常識を問われるとは思わなかった、人生長生きしてみるもんだな。
そもそも何だコイツ、ムルだかメルだか知らないが、一丁前に流暢に喋りやがって。脳を緩く痺れさせてたアルコールも消し飛んだぞ。
「むるは魔女の使い魔むる! 決して怪しい者ではないむる!」
「怪しい奴は全員そう言うんだよォ! ムール貝だか何だか知らねぇけど、蒸して食っちまうぞ!?」
「ひょえ…むるは食べても…たぶん美味しくないむる! っていうかアイちゃん言葉遣い乱暴過ぎフヴッ!」
「余計なお世話だ、ていうか次そう呼んだら殴るぞ」
「三回は殴ってるむる…!」
「次は四回だけとは限らねぇからな」
「ひえっ…」
これは何だ、悪い夢か。謎のナマモノが見事に自己紹介しては人の名前で心をささくれ立たせて、更には喚いてくる。普通の動物かと思った自分が恨めしい。明日の朝にでも同じ所に捨ててやろう、そうしよう。
それよりもまず、今日のところは。
「寝る」
「えっ」
「疲れて酒飲んだ幻覚か何かだろ…」
現実逃避。
明日は明日の風が吹く、良い言葉だ。本当に。
「ちょっ、話を聞いてほしいむる!」
「うるせー…」
やっぱりコンビニで酒を買っておけば良かったかもしれない。無闇にうるさい幻覚的な何かを黙殺して、フワフワとした頭でそう思った。