はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
法律というのは曖昧だ。
そんな事はない、法は絶対的な物であって過去に左右されず、人間の情に棹される事は決して無い。無上の素晴らしき、人より上の概念だ。
そんな反論も聴こえてくる。
だがどうだろうか。日本は憲法や法律が主な制定法主義であって、判例は法の根拠…法源とはしないと述べつつも最高裁判決は後の判決への拘束力が強い、ある種折衷的な面がある。
また、心神喪失状態ならば、刑は実質的に免除される。その境界は曖昧だ。悪しきは罰せられるが原則ならば、罪を犯した当人がわかっていないからとしても、刑罰は免れないはずだ。
「はぁ…っ…はぁ…!」
法はあくまで、知っている者にのみ平等だ。
───☆
仕事場に着いたらまずは元気良く!
「當真 太陽、出勤でーす!」
「日曜ですよ太陽くん」
そうだね、挨拶は大事だね。日曜だから何だってんだよ、挨拶は基本のキ、朝から元気なのが一番に決まってるじゃんね。むしろ日曜だからこそ元気なのが良いんだよ。今日も無表情で着席してるフォンセルランドさんは機微のわかってねぇ人だなあ。
それにしても今日は開幕下ネタが飛んでこない。体調が悪いのか? 新手の依存症か、はたまたシモい話をしていないと呼吸が出来ないタイプの人なのに。
下ネタ止めますか、人間辞めますか。
元から人形だから意味の無い問い掛けだな?
「あっ、太陽くん。…また後でね」
「太陽か、悪いが手が離せん。今日は予定の仕事も無い、掃除が済んだら帰っていい」
「所長、サングラスです」
「む…すまない」
「えぇ…?」
普段の部屋からパソコンを通して声のみの謎の黒幕スタイルではなく、珍しく事務所の方に来ていたお出かけコーディネートにする為に包帯を巻いている所長と。所長から指示を受けてか、レイリーがコピー機が吐き出す書類を引っ掴んでは鞄に詰め込んで、所狭しとちょこまかハクセキレイみたく動き回っている。
来て早々に手持ち無沙汰なのは俺だけ!
す、凄い疎外感だぜ…!
「支度できたよー…お、太陽じゃん。今日は帰っていいぞ、世間一般の休日を他の人間どもと同じように楽しんでこいよにゃ」
「た、タマさんまで!?」
え、え、ちょ、待ってくれよ。疎外感どころじゃねぇよハブだよハブ、ハブ空港は繋げる方だけど、俺が目下受けている仕打ちは省く方だよ。
「何かあったんですゥ!?」
「声でけーよ、時間が無いから後の事と説明頼んだぞメリー。じゃあにゃ」
「えぇ、気をつけて」
「行くぞ」
「はい」
「おーぅ……い、いってらっしゃい…」
「……」
ポツン、っていうのはこんな感じかな!?
到着早々嵐に見舞われた俺、無言でこちらを見てくるフォンセルランドさん。嵐の前の静けさじゃなくて、台風一過の凪だ。
いやぁ小学校低学年までは、台風一過じゃなくて台風一家だと思ってたんだよね。ファミリーだよファミリー…ハハ…。
「太陽くん」
「何です…?」
うーん寂寞感。さっきまでの人が忙しなく動く活気はどこへやら、耳に届くのは冷房が動く音のみ。
「二人っきりですね♡」
「クソやかましいィー!」
何も嬉しくねぇよ!!
っていうか説明してくれるんじゃないのかよ!?
「綺麗なお姉さんと二人きりですよ? ムラムラしませんか? …しないんですか!?」
「あぁーそういうのいいですって、説明が欲しいんですよこっちは。所長も代理も揃ってあんなに忙しそうなのは中々無いでしょ。第一、俺とフォンセルランドさんの間柄で今更ムラムラも何もねぇって…」
お姉さんはお姉さんでも、本当の姉みたいなモンだしね。フォンセルランドさんも本気で言ってる訳でもないだろう。
「ドキドキさせましょうか、心臓を掴んで握って」
「ドキドキの方向性が変わってるじゃん…殺人鬼と同じ部屋に居たらドキドキするのは普通じゃん…」
それよりも、ほぼ事務所総出で慌ただしい仕事なんて滅多にあるもんじゃない。余程の何かが飛び込んできたと見るのが妥当だろう。
「で、何があったんです?」
「……殺人事件です」
「は、そりゃまた…」
穏やかじゃあない。
───☆
住宅街を抜けてほんの数分、居を構える市街地からまた別の市街地へ向かう車内。内装だけは飾り気の無いボックスタイプの車が、無表情で灰色の街を通り抜けて行く。
私、レイリー・ケイス。いわゆる普通の女子高生ですが、バイト先が少々特殊です。そうでもなければ、こんなにもか弱い感じの女子が、押し黙って車に乗っているなんて少しだけ事件性を疑われそうだ。
バイト先は探偵事務所。探偵というと、サブカルチャー的には行く先々で起きる殺人事件を専らに扱う、どちらが危険かわからない職業だと思われそうですが。その実態はまったくと言っていい程違う。
主な業務は身辺調査や浮気調査、あとストーカー対策なんてありふれた物。ロマンの欠片もなくて結構、血みどろよりも平和の証拠。
しかし、今回はとても珍しい事に本物の殺人事件の捜査協力だそうだ。向かっている現場もまさしく殺害現場、普通の女子高生像が早足どころか自転車の速度で遠ざかる気配が濃厚。
だからこそ、何故、どうして。が頭から消えない。私よりも付き合いの長い彼を現場に伴うのではなく、人畜無害な私を連れていくことにしたのか。
そう思って運転席にいる寡黙な所長をじっと見つめていた。助手席に座っている所長代理の環さんは、街路樹の本数を数える事も、というより景色そのものすらも特に気にするでもなく目を閉じていた。
ふとした信号待ちの時間、車内のルームミラー越しに所長と視線が重なる。表情の見えない姿で驚きもせずにそのまま口を開いた。まぁ…包帯が口元を覆っているので、籠って聞き取りにくい声だったけれど。
「あいつは、これ以上傷付くべきではないと思っている」
「……」
所長の言う、あいつが誰のことかは聞くまでもない。
今日も名前の通り元気な彼、太陽くんの事だ。
「ちなみに言っておくが…本来は君を連れて行くのも俺の本意ではない。というか、そもそも健全な学生がこういった仕事に関わるのを善しと思っていない」
「主人〜、フォローににゃってにゃいよ〜」
「…そうか?」
これが…本場の猫なで声…!?
所長の言葉を表面的に聞く限り、フォローとは遠い、むしろ追い打ちのような感じさえある。
でも環さんからすればフォローの一つ、であれば。太陽くんの事を気に掛けているということと、私のことも同じように気に掛けているという事が言いたいのだろう。思った以上に不器用な人なんだろう。
「アタシは親御さんとも話してるし、レイリーちゃんが意地でも働くっていう気持ちを尊重する」
助手席から気怠い話し方ながら、フォローが続く。
ンン、と佇まいを直した声も聞こえた。
「でも、この仕事はキレイなものばかりじゃない。他人から感謝もされるけど、その分恨みを買う。
人間なんて自分勝手なもんで。自分が悪い事をしていたのを棚に上げて、悪事を暴き立てられた事を怒るんだよ。アイツ…太陽に『噂』絡みの化物退治ばかりさせるのも、大体はそういう理由。恨みを買いにくいからってこと」
「かといってそれも本来良くはない…希死念慮に近しい、自暴自棄じみたきらいがあいつにはある」
「なるほど…」
合点が付いた。
たかが会って数ヶ月程度の相手を助けるのに、右腕一本どころか命さえ投げ出すようなことをするのは。彼が、つまり、死にたがりだったから。
…まぁ、その程度で幻滅もしませんけれどね。死にたかろうが、どうしようが。私が生きる目的になってやろうじゃないですか。
「それで、何で太陽くんを外すんですか?」
私が聞きたかった事の本題。まさか彼が死者を見たくらいで卒倒したり錯乱するとも思えない。何か別の理由があるはずだ。
「正確には一切を触れさせない訳ではない、多角的な思考が糸口になる事もあり得る。君を連れて行くのはそういった意味を含んでいる」
「本当はねぇ、主人は止めてたんだけどねー。レイリーちゃんの親御さんのご意向ってヤツよ、かわいい子には旅をさせよって。色々聞いてる内の、色々の一つに役立ってくれそうなのも身につけてるって話だしぃ?」
買い被り過ぎではないでしょうか。
もしも、こう…私がですよ? 実は凄いスキル的な物を習得していたとかだったら、ちょっとだけ心躍りますけれども。そういったトンデモは太陽くんの方が得意でしょう、間違いなく。
そうだ、それならば結局彼を連れて行かない理由にならない。この仕事にアルバイトとして携わっている時間や、能力的な面からすれば彼の方が適任だろう。
「じゃあなんで…」
「……今回の殺人事件は…」
追求する私に。うんざりするような、しかし諦めるような溜め息を出した後。心底嫌な何かを告げるように所長さんが言った。
「親殺し、だ…」
雑居ビルというには程遠い横に広がった建物、何らかの会社らしいけれど、むしろ敷地面積と学校でしか見ないような立派な横引きの門に守衛さんまで居て。何ともまぁご立派なことこの上なし…制服で来たんですけど、セーフ? セーフだよね?? 社会科見学よりも緊張する…今思い出しても、あれは楽しくなかったなぁ…だって友達が居ない訳ですから。
空っぽの思い出はいいんですよ、置いておきましょうよ。それはさておき、敷地内に入ればパトカーが沢山。これは大変な事が起こったと誰の目にも、それこそ火を見るよりも明らか。殺人事件が起きたのなら当然かな。
「先輩!!」
「…多賀か。先輩は止せ、今は一介の私立探偵だ」
駐車場に停めた、私達の乗っていた車を見つけて見覚えのある警察官が元気に近寄ってくる。
見覚えがあるどころじゃない、バッチリ記憶している。あの人はマッスル警察官…! 何処にスイッチがあるのかはわからないけれど。無造作にスイッチをポチッと、あるいはポロッとふとした拍子に押してしまったが最期、あの穏やかそうな雰囲気から、触れたもの全てを傷つける危険な警部に早変わり。警察の階級とか知りませんけどね。
そんな危ない系刑事に先輩と呼ばれる所長さん。
まさか前職は警察官…?
「当たりぃ〜、主人は警察だったんだよ。まぁ色々あって辞めたけど、その時のコネやら技術で探偵やってるってわけ」
「そうなんですか」
なるほど納得。現実問題、私立探偵一本で食べていくのは相当な苦労があっただろうけれど。前職でイロハや伝手もあったのなら少しは緩和されるんだろう。
…あれ、環さんに何も言ってないのに当たりって言われた…。もしかして、そんなに顔に出るタイプなのかな。太陽くん達にも同じ事を言われたし…。
「ま、それは置いといて。早速仕事といこうか?」
「あっ、はい」
環さん、結構力強いですね。グイグイ引っ張られてますよ。有無を言わさない感じで。
「多賀。悪いが現場に案内してくれ、こちらが持っている大方の前情報と警察の情報に齟齬が無いか確認しながらで頼む…環!」
「あっちから血の臭いするよ?」
「野次馬モドキと勘違いされると厄介だ、落ち着け」
こうして見ると、やっぱり環さんは猫なんだなぁって思う。マイペースが極まってる。
「流石先輩の奥さんですね、現場の方向は合ってますよ。こっちです。それで、えっと…被害者は
第一発見者…いや、自首を含めて通報してきたのはその娘さん。ここからが大変で、容疑者は…」
「えっ!? 奥さん!?」
「…話の腰を折るな…」
「あはは……それで、容疑者は三人です」
奥さん…? 対外的にはそう言ってるのかな。
いや、そっちじゃなくて容疑者が三人?
自首した人がいるなら、それが犯人では?
「容疑者とされる人物の一人は実の娘、菱先
二人目は秘書の
もう一人は…これも実の子供、菱先
「跡取り息子の方が俺達の依頼人だ。自首する前にこちらに依頼をして来た。それも、奇妙な依頼をな」
全員が口を揃えて、示し合わせたように自首をした。
依頼人はその内の一人。
依頼の内容は…。
「自分が殺したと立証してほしい、ね。変な依頼だし、警察にも厄介な話だってのに…何考えてんだか」
探偵に頼む事が身の潔白を証明する事ではなく、真逆のそれ。本当に私が役に立つんだろうか?
───☆
公平を期す為に、既に退けられた遺体以外の全てを説き明かそう。
犯行時刻は人気の無い深夜。季節は夏、冷房が無ければ耐えられない熱帯夜の事だ。
殺害された菱先 岩見は、自身が所有する会社の一つである、この菱先ホールディングスの施設内で何者かによって殺された。
施設内とは言っても、ほとんどが通路である。菱先が普段過ごしている施設内の二階にある会長室から、エレベーターと階段以外何もありはしない。
そして深夜、菱先が帰宅しようと会長室からエレベーターに向かっている所で殺されたと見られる。
外傷は一ヶ所。後頭部に強い衝撃受けた事による脳挫傷。それ以外に目立った外傷は無い。
また争った形跡も無く、衣服の乱れも無いので。背後からの一撃であるというのは疑いようがない。
現場に残されていた血痕は秘書である三津田が拭き取ってしまっていた。通報を受けた警察が駆けつけるまで、恐らく血を拭いた後に呆然としており、その後、本人は私が殺したと言うが。本人の持ち物にも凶器は見つかっていない。
もう一人。最初に自首通報をした娘、菱先 三美。
こちらも秘書の三津田と同じ、自分が殺したと供述している。こちらは凶器ではなく、毒を盛って殺したという。
探偵に依頼した最後の一人、菱先 参。
探偵に依頼した事は、自らの過ちを証明すること。本人の供述曰く、施設の外、地上から後頭部目掛けて投石。それが命中したのだという。つまり、自分が殺したと述べている。凶器の石は窓から投げ捨てた、とも。
倒れた被害者の周辺には、確かにガラス片が散らばっており。建物の外には凶器と目される石の破片が見つかっている。参が供述した場所に捨てられていて、警察の鑑識に回されているが、参の指紋と一致するようだ。
しかし、どうにもおかしい点があった。
参が供述した犯行時間と、遺体の状態から考えられる死亡推定時刻が合わないのである。
そしてガラスに勢いを殺されたこと。なにより、人を殺せるほどの大きさの石を、建物の外から的確に頭部へ命中させられるものだろうか。
「ふむ……」
犯人の一人である参の依頼を受けた、狼顔の探偵が思考を回す。現場は岩見の死体が無いこと以外はそのまま。さっきまでそこに人が転がっていた、奇怪な存在感を夏の日射しが劣化させるには時間が足りていない。
「………多賀」
「はい!」
「容疑者は『噂』に憑かれている…だな?」
本来、ミステリにおいて出現してはならないものがある。超能力や魔術の存在だ。ノックスの十戒と称されるモノの中の一つがまさにそう。
『主要人物として中国人を登場させてはならない』
とある。これは人種差別的な発言ではなく、何らかの超自然的な手段を用いた犯行は戒めるべきという事だ。
「はい…三津田さんは『雪女』でした。それで氷で作った鈍器を使用して被害者の後頭部を殴ったと…」
「俺達の依頼人、参は?」
「彼は『ホビット族』になったそうです。投石もお手の物で、あの位の距離なら見事に撃ち抜けます。これも本人が実演しましたよ」
「娘の方は?」
「三美さんは…どうやら彼女だけこの三人の中で『噂』と関係していないようです。本人が言うには、鉛を食事に混ぜていたらしいですが…」
「そう、か…」
しかしこれはミステリに非ず。
問題点も、自白さえも必要としない。
そう。
法律上、誰が、どの順番で殺害したのかが肝要である。
刑法207条は。
「2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者ではなくても、共犯の例による」
としている。
つまりは、今回の殺人事件は容疑者の互いが互いを庇い合っている。その結果、このままでは全員が共犯となってしまう。
これはミステリではない。
単純な、並べ替えの話。
氷を操り撲殺した。という雪女が凶行に到ったのか。
投石を命中させた。という小人が殺害したのか。
毒を盛った。という人間が毒殺せしめたのか。