はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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是、真実ならず

 

 超能力、あるいは超自然的な何かを用いての犯罪は、法では裁けない。何を、どのようにして、罪を犯したのか。それが不明だからだ。

 つまり、警察や検察が立証出来ねば罪にならない。

 

 では、只人の範疇を超越した何かが溢れている場合は? 

 

 

 

 

 

 

 

 渡された材料は三つ。

 

『雪女』

『ホビット族』

『毒』

 

 其々が各々、自らが犯行に及んだと警察に述べている。司法としては、こうなれば被告人側に立証責任があるとして緻密に手段を聞き、死亡との因果関係が認められるかを判断する。

 

 一分の隙間も無く包帯で顔面を覆った男、私立探偵事務所の長、犬飼が言う。

 

「何故そうしたのか、動機如何によっては順番が狂う。殺害計画であり、長期的な行動と殺意が認められれば菱先の娘が第一候補になる。だが…」

「鉛中毒じゃあ、人は急死しない…でしょ?」

「そうだ」

 

 副所長、あるいは所長代理として振る舞う環の言や正しい。人の、特に自分と関わりの無い人間が死ぬという事について無頓着な性が強調された、如何にも焦点を事象のみに絞った反応だ。

 

 鉛中毒というものは、摂取する人間からすれば慢性化するまでは気付き難い。だが慢性化する前に体調不良を訴え、キレート剤を投与されれば後遺症の如何はあれど回復してしまう公算が高い。

 そして何より、摂取する人間が気付くような量を一度に投与したとしても。急性鉛中毒によるショック症状を起こしたとて数時間で確実に死に至らしめるのも困難を極める。

 思い付き、実行するまでは容易であっても。医療が発達した現代において、肝心の致死率が低いということは考えるだに容易い。まして計画性があるなら尚更だ。

 犬飼の言葉の意図を察して、多賀が反芻した思考を率直に口から滲ませた。

 

「じゃあ直接的な死因は三津田と菱先 参のどちらかなので殺人犯は菱先 三美ではない…?」

「そう見るのが妥当だな。他の人間を何故庇うようにして自供しているのかは不明だが、菱先の娘が傷害致死の罪を被るにはやり方が遠いだろう。

 三人の関係か? 少しばかり資料を確認してくる…」

 

 現役の警官である多賀を置いて、探偵事務所の面々は犬飼を追いかけるようにして現場から遠ざかった。目当てはこの現場に来る前、事務所で事前に集めた資料が目的ではなかった。距離を取るためである。

 

 発見された遺体からは後頭部への打撲痕が認められる。検死の結果、血中から鉛が多量に検出されようとも、それだけで人は即死出来ない。

 

 ただの人間が行った毒が無理ならば、他のヒトとされ難い二名はどうか。

 方や雪女。雪を形成して凝固し、撲殺するのは造作もないだろう。

 もう一人はホビット、であれば投擲は得意。

 両方とも理に適っている。得意な分野で、間違いなく菱先 岩見の命を脅かしたと考えられる。

 だが。

 

「…二階部分に、地上から石を投げ込んだ…」

「変、ですよね?」

「ああ。不自然とも言える」

 

 やはりわかるか。とレイリーが抱いた疑問を肯定するかのように犬飼は相槌を打つ。投擲した者、された者。彼我に水平距離だけでなく高低差がある場合。下から狙うにしては距離・角度が足りていない。

 建物の二階部分の地面は凡そ3,5m程と仮定して、そこに成人男性の平均身長、そこに後頭部まで引いた数を足す。すると約5m程の高さとなる。

 

 山なりに投げたとして、到達高度が5mと仮定。

 菱先 参が野球部等を含めた野球経験者かは知り得ないが、到達距離はいわゆる野球のピッチャーマウンドからホームベースまでの距離の倍、36.88mとすれば。

 上記の距離は山なりの放物運動であればの場合であるが、その時の最低限の初速は時速74.7km、角度は28度になる。石の質量・材質は置いても、一般的なガラスを破壊するに容易であるのは想像に難くない。

 これは窓ガラスが粉砕されていたのもあり、あくまで最低限の試算でしかない。距離もそうだ、もしも100mよりも長い距離を遠投で狙撃出来るとすれば話は変わる。その上、ガラスと衝突した際の軌道や気圧、地面の傾斜角度、風向き等の変化要因も考慮していない。

 

「…ガラスが何者かに割られても尚、音を聞き付けて急いで来るだろう警備員が間に合わない距離…」

 

 なお、犯行に使用した石は外に捨てているとの供述もある。これは証拠隠滅についての自供でもあるが、思考を撹乱する厄介な宣誓でもあった。

 

 エレベーターを使用すれば確実に備え付けの監視カメラもある。自身の犯行とさせたいならば堂々と映りもするが、その前提を考えずに自らが犯人とは言わないのは当然。動かぬ証拠があれば、自らの罪を確定させろなどと依頼をするまでもないのだから。

 

 菱先 参の怪しい点は言最早うまでもなく。最後の一人、三津田の場合はどうだろうか。彼女の自供では氷を使う事により後頭部を殴打、その後推定死亡時間を意図的にずらした。との供述。

 死体の隠蔽、そして損壊。捜査の撹乱も含まれる。だというのに、こちらもまた自分が直接的な犯行を行ったと言う。

 

 整理をすると。

 岩見の息子、菱先 参は被害者の後頭部目掛けて石を投擲する事により、菱先 岩見…実の父親の命を奪った。

 そして、一度現場に戻り証拠隠滅を図った。

 

 秘書の三津田は、参と同じく後頭部に氷で後頭部に打撃を加え、自身が秘書を務める岩見を殺害した。

 更に犯行現場にて証拠の隠滅を図り、死亡時間さえズラす事により捜査を撹乱している。

 

 岩見の娘、三美は毒を盛って父の命を狙った。

 だが、毒には即効性が無い。

 

 依頼は菱先 参が犯した犯行だと確定させること。

 

「不自然な点があまりに多い」

「痴情のもつれってヤツかにゃ?」

「動機は不明だが…こういった時は…」

「時は?」

「最もそれらしい説明を行う。ただし、依頼人が不誠実だった場合、こちらも穴を残しておく」

 

 正義や真実を振りかざす事のない、ただ単純な推理を行う。

 

「まず考えられる事の一つだが、俺達の依頼人と秘書の三津田はグルだ。これはほぼ確実だろう」

「秘書の方はまぁ、わざわざお得意の氷で死亡時間を誤魔化してるもんね」

「そうだ。今回の事件のきっかけは知る由もないが。菱先の息子に余程投球に自信が無ければ投石の遠投で殺害など、一般的に選ばない手段だ。何より人の頭部という小さな的を的確に撃ち抜くのは困難だろう。であれば接近して殴った方が早い、見回りの事や周囲の状況を気にせず、計画を練るまでも無いからだ」

「血を拭き取ったのも…?」

「捜査の撹乱…本人達からすれば、血の凝固や乾燥具合で犯行時間を判別できないようにする為なのだろうが。元より血痕が乾いたかどうかでは、犯行時刻は断定できない」

 

 様々な作品では、血液が固まる・乾く時間で犯行時刻はおよそ何時だ、という文言もあるが。実際にそれだけで推理をするのは困難を極める。

 温度・風通し・湿度・血液量、外的要因があまりに関わる為だ。温度と風通しは乾燥を助け、湿度と血液量は逆に妨げる。

 

「物的証拠は菱先の息子が放った石のみ。これに血痕も付着している、であれば…」

「依頼されるまでもにゃく、参が犯人ににゃる? でもさーぁ、だったら使った石を外に投げる必要ある?」

 

 わざと証拠隠滅を図った事にせずとも、その場に残しておけばいい。当然の帰結である。

 

「…恐らくだが、真犯人は菱先 参ではない。周囲を警戒してまで犯行現場に戻る必要が無いからだ、ガラスが外と中の両辺に散らばっているのも…」

「あっ、ガラスは弾性があるからですか?」

「レイリーくん、随分と物騒な事に詳しいな…」

 

 レイリーが述べたガラスの弾性について。これはつまり、ガラスが砕ける際には、力が加わった方向以外にも戻ろうとする力が作用をする事を指している。

 

「何より、いくら投擲が得意だとしても。余程の訓練をしていなければ遠投で致命傷を負わせることは難しい」

「…そうなんですか?」

「一般的な話だ」

 

 それを可能とする人間に心当たりのありそうな口振りをしたレイリーに、あくまで一般論と念を押す。

 

「岩見が殺害されたのは、社内に設けた自室から昇降機に向かうまでの間。移動する標的をねらうのなら、難度は更に跳ね上がる。無理なく実行に移したとする場合、背後からの方が楽だ。それは投擲・打撃を問わず。

 メリーにはある二点を調べさせている。もしもこれが予想通りならば、殺害に及んだ真犯人は一人、あとの二人は目くらましだ。しかし、こちらは警察に実行犯は菱先の息子だと匂わせておけば依頼は達成する。

 そろそろ連絡が来る頃だとは思うが…」

 

 犬飼が視線を携帯端末に落とす。ネットブラウザやSNSとしての機能は制限されている、連絡手段としてのみの物だ。

 飾り気の無い黒一色の、沈黙の小箱。

 

 

 ───ピピピ…。

 

 

 まさに自身が呼ばた事に呼応したと思えるタイミングで、色気もなく喚き立てた。

 

「さて…どうなるか…」

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 まずは結果の話をしましょう。

 私たち探偵事務所として、警察に渡した情報は。菱先 参さんが行った犯行の証拠。投石による殺害…ではなく。被害者の部屋にある調度品、これが綺麗に拭かれ、指紋や血痕も拭き取られていた事。

 あくまで助言として警察にその事を話せば、後は参さんが自供した事に符合した物語を作るだろう。とのこと。

 本当は調度品の掃除を行なうなんて珍しくない。でも、どれもこれもぴかぴかに磨き上げられていれば、それこそ重くて立派なトロフィーでもあれば、それが頭に当たっただけで人は死んでしまう。

 

 今回の事件は。殺害の順序を証明出来れば、法律上は確定させなければならない犯人が、他の人よりも重い判決を言い渡される。

 刑法207条を逆手に取った形。あくまで共犯、けれども証拠の隠滅を行っただけ、殺害に関与しただけ。そうやって分離させた、ということだ。

 

 ちなみに私ことレイリーも捜査協力しましたよ。

 如何にも非力な女の子でも、大きめの物を思いっきり投げて人に当てれば確かに殺傷力があるって事の実証として。更に成人男性なら言わずもがな。

 場所も外から投げ込んだのは現実的じゃないから、カメラに映らない場所を知っている関係者の参さんが。部屋から一緒に出た岩見さんの後ろから物を投げたとすれば筋が通る。

 

 つまり、秘書の三津田さんはあくまで捜査の撹乱と証拠隠滅をしたという罪状のみ。

 参さんが殺人の主犯という扱い。

 

「とはなりました、が」

 

 ここは私のバイト先、探偵事務所の室内。

 今は。相変わらず、というより、ずっと変わらずに綺麗なままの人、メリーさんと私の二人だけ。

 

「レイリーちゃんなら、おかしいと気付きますよね?」

「はい」

 

 他のいつもの三人は出払っているかまだ来ていない、そんな時間。特に何か有るわけでもないのに緊張するなぁ…。

 

「例えば『雪女』なら、氷を生成すれば撲殺も容易です。ですが同時に、気付かれないように後頭部を殴打するのは難しくなります」

「急に近付く訳ですから、普通振り向きますよね。足音だってするから後頭部を狙えない…はず」

 

 皆が思うような、秘書らしいパンプスで歩けばコツコツとした音がする。撲殺なんて事をする為に勢い付けて近寄れば、誰でも振り返るだろう。

 

「そうです。メリーさんポイントを進呈しましょう」

「何ですかそれ…」

「ではここで視点を変えましょう。気付けない状態ならどうでしょうか。あまり勿体ぶるのも良くないですから、大ヒントです。急性鉛中毒の症状は知っていますか?」

「メリーさんポイントって…?」

「コホン…どうやらご存じないようですね。お姉さんが教えましょう」

 

 鉛中毒、特に急性の場合。激しい嘔吐、腹痛、頭痛、脱力感。神経症状、歩行困難、けいれん。

 メリーさんが事実を歌うように並べていく。

 

「そして、昏睡」

 

 昏睡でなくとも構わない、歩行困難やけいれんを引き起こしていても、注意力低下の神経症状でも同じ事。

 

「症状が出るまでの時間に差はありますが、蓄積して効果が出てしまう物です。つまり効果が現れるまで時間が必要ですね、ですが症状が出てしまえば無防備になる。ハンダ付けでも危ないのですから、レイリーちゃんも換気に気を付けましょうね」

「そうですね」

 

 そして、被害者が転ぶなりした時にゆっくりと襲えばいい。こうして、殺害はいとも容易く行われた。

 

「…そういえば、所長がメリーさんに調べてもらっていたのって、何なんですか?」

「一つは鉛中毒の症状についてです。もう一つは菱先さんの娘さん。三美さんそのものですね」

「素行調査とか…?」

 

 それは何とも探偵らしい。素行や素性を調べ上げるのは探偵の仕事だ。少なくとも鉛中毒のデータを調べるよりはずっと。

 

「彼女は『座敷童子』でした。それも、生まれつきじゃなくて後天性の噂によるものです。

 レイリーちゃんは知ってますか? 座敷童子」

「名前と、何かこう…裕福になるとかは…」

「それも正解です。でもこれは有名じゃないんですが、もしも座敷童子が外に出た時。というかその家を見限った時に、座敷童子が憑いていた家がどうなるかは?」

「えっと…そのままじゃないんですか」

「ふふふ…それが関係しているんです。座敷童子の事が今回の動機でしょうね。これから話す事は、事実ベースですが少し推測も入ってます」

 

『座敷童子』

 

 座敷わらしとも。

 一般的に著名な、それが取り憑いた家に福を齎す家の守り神のような存在。岩手周辺に存在するとされ、柳田國男の『遠野物語』にも記述がある。

 性別は男女問わず、まれにイタズラをする子供の姿として伝わっている。現実に、座敷童子が出るという旅館も存在する。福や富を約束する噂話。

 

 だが座敷童子が見限った時。その福も、富も、反転して牙を向く。

 

 座敷童子を弓で射た者の家は家運が傾き没落した。

 遠野物語では、座敷童子が去った家は一家が食中毒を起こして全滅した。

 

 これは、幸運と不運が重なった話。

 

 

 

「菱先グループは、ある時から急激に大きくなったようです。それはちょうど、菱先 岩見の娘が少し大きくなってからのこと。

 幼稚園児程の彼女の髪型は、ずっとおかっぱ頭。着るものは和装のみ。センスが古いどころじゃありませんね、まるで、何か噂されるのを待っているかのように。ずっと同じ服と髪型だったんです」

 

 座敷童子の特徴は、時代にそぐわぬおかっぱ頭に和装である。

 

「彼女の身長は、まるで子供のまま。体重も、体格も」

 

 童子と呼べる程の身長もそう。

 

「子供と間違えてしまう程の身長。ホビットになってしまう程、兄の身長も大きくなかったそうですが。それでも子どもの身長にはなりませんよね? 

 だって、二人ともとっくに二十代を超えているんですから。第二次性徴だって来ている筈です、じゃあそれを止めて、子どもでいさせるには?」

「まさか…」

「はい。三美さんは慢性的な栄養失調が認められます。彼女は『座敷童子』で居続ける為に、死なない程度に栄養を削がれ、外に出ない為に半ば軟禁状態だったんです」

 

 日を浴びて栄養を摂取し、夜に眠れば成長してしまう。ならばそれを逆にすればいい。

 

「…太陽くんには、言えない事件って…」

「もしも彼が聞いたら、暴れかねませんからね。恐らく、家の為に犠牲にさせられ続ける妹を放っておけなかったんでしょう。三津田さんをどう説得したのかは知りませんが、結果だけを見れば三美さんは執行猶予付きの判決で済むでしょうし」

 

 ああ、法律というのは曖昧だ。

 情状酌量の余地という物がある。でもそれは、誰かの為に人を殺すことや、自由を得る為に命を奪う事を救ってはくれない。

 

「…メリーさん」

「何ですか?」

 

 そして。上辺の事実ではなく、真実を暴き立てたとしても、誰もが幸せになる訳じゃない。

 

「…やっぱり、何でもないです」

「…そうですか」

 

 曖昧なままの方がいい、そういう事もあるのかもしれない。願わくば、庇われた人が少しでも自由や幸せを、誰かに与え続けていた分だけでも返ってくればいいと思った。

 

 

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