はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
寒風吹き荒ぶ今日この頃。
ただし、いつかの話。
「くぁー…足下が冷えるぜ…ッ!」
世間様も十二月が過ぎると浮足立ってしょうがない。師走って言うしな、坊さんだって走り回るよ。雪があれば犬だって庭駆け回りってあるじゃん。
「足下って言うとさ。リビングにコタツ導入したいんだけど、どうかにゃあ…そしたらアタシの動く気が吸われるんだよね。でもにゃ〜…主人とゴロゴロしたいよにゃ〜…」
「チッ…」
「メリーったら、僻みかにゃ〜?」
「なんだァ…てめェ…」
「無闇に喧嘩を売るな…」
我らが探偵事務所の、看板猫兼所長代理キャットは今日もコタツで丸くならずに元気だぜ。珍しく所長のおやっさんが下に降りてきてるからテンション高いのかもしれない。現金だな…これがら猫に小判ってコト!?
一方の美人独身呪殺人形さんに置かれましては、キレ気味である。メリー、キレたッ!! って感じ。この時期は割とキレ散らかし気味だからね、そっとしておいてあげよう。それも優しさだって、たぶん。
「太陽くん、机」
「あいよー」
レイリーちゃんよォ…俺は机じゃねぇよ? まぁそんな「先生トイレー」的な、ベッタベタもいい所の話じゃ無い。むしろ、ベッタベタな物をどうこうしようってやってるんだよ。
とても珍しい事に、うちの探偵事務所の面子が勢揃いして、みんなであくせく働いている。働いているっていうか、つまりはそう。
「暮れといえば年末の大掃除、これも風物詩って言えば風物詩だな」
「うん」
何と色気の無い事か。全員エプロンに三角巾、そしてビニール手袋で防備している。肌面積? 奴さんも師走で忙しいってよ。
普段からしっかりと掃除をしているが、やっぱり細かい所とか机の隙間みたいなデカい物の物陰、窓ガラスなんかには汚れも溜まる。それと備え付けタイプのエアコンの隙間とか照明の周りも入念にしなくちゃな。
「太陽くん、椅子」
「あ? …ああ、それも重かったか? 任せとけよ、このパゥワーを見せつけ…」
「椅子になって」
「……???」
うーん、ちょっと待ってほしい。まだ俺の灰色の脳細胞か、ピンク色っぽい脳そのものが寒さに中てられて冬眠してたみたいだな。
…え、椅子? 聴き間違いかな? うっかり休んでたのは俺のチャーミングな耳だったりする?
「そこに四つん這いに」
「待て待て待て…タマさーん!?」
「あぁ? にゃんだよ…」
どうやら聴き間違いじゃなかったみたいだな! おいおいちょっとお待ちになっとくれよ、こんな公衆の面前で人を椅子にするのは特殊というか異常だよ。人間椅子ってお前、乱歩に謝ってこいよ。いや、あの作品も内容が情操教育に大概よろしくねぇな。とんでもねぇフェティシズムが溢れた作品だもんな。
「…ラッキースケベとか欲しくないの?」
「要らねぇよ! そもそも何がラッキースケベだ、仕組まれた幸運じゃねぇか! 後から気付いたら糠喜びだって落ち込んでアンラッキースケベじゃんかよ!」
「スケベの話ですか!?」
「呼んでねぇよ!!」
「痴話喧嘩かよ、真面目に掃除しろよにゃ」
「俺はいつだって真面目なんですけど!?」
クソ…ッ、どいつもこいつもマトモじゃねぇ!
マトモなのは俺だけか!?
「太陽、落ち着け」
「はぁい!!」
「落ち着け」
「はい…」
ごめんね、所長もマトモだったよ。
第一何がスケベだ、いい加減にしろよ。この前なんて下校中バイトに向かう時に、仲良し兄妹って勘違いされる程ロリロリしい体型しよってからに。
事務所の近所のおばさんも大概だぞ「あら仲良しさんね、太陽ちゃんの妹さん? 中学生になったの?」って。妹だとしたら見た目が一欠片も似てねぇじゃん、あまりに突拍子も無いから隣にいるレイリーが怖くて見れなかったぜ。
「じゃあ後ろから抱きしめて」
「…何でだよ!?」
「戸棚の上、掃除するから」
「椅子使えって!」
「なら四つん這いに」
「俺は椅子じゃねぇよ!」
なんてこった…話が堂々巡りしている気がする。無限ループの恐怖にやられちまいそうだ、誰かケツワープしてくれ。昔の赤くてヒゲの配管工は、それでループから脱出してたって聞いたことがあるから。
目下の恐怖は無限ループだけに限らずレイリーもだな、話の振り幅が零か百って感じだけど、中間とかお持ちでない?
「いらないの、ラッキースケベ」
「いらねぇよ、ラッキースケベ…」
まぁ話の八割方はシカトして掃除を進めてますけどォ。後で拭けば良いんだから、手近な事務机を踏み台に使ってもらえばいいんだよな。
ははは、軽い軽い。机程度なら指だけで振り回せちゃうもんね。これでレイリーのスカートを覗くなんて、戦慄のイベントを回避出来るってワケ。何で慄くのかって? 外堀が埋められそうだからだよ。
「欲しいものといえばさ」
「うん」
そう、このクッソ寒くなって来た時期。師走。これが後半に差し掛かるといえばクリスマス目前。
俺は相変わらず貞雄さんも戻って来ないようなんで、例年通り暇を持て余してるから、いつものように教会に出向くだろうけど。それにレイリーを付き合わせる気は無いぜ、だってシスターが気に入っちゃったみたいだからな。逃げろレイリー、寝床に引きずり込まれるぞッ!
「レイリーは何か欲しいものとかあんの?」
「あるよ」
「おっ、マジか」
ヤバいシスターの事はいいんだ、重要な事じゃない。
自慢じゃないが、俺は器用で口が上手い訳じゃない。違うそうじゃない、じゃないじゃない。
好意には好意的な何かで返す、それがモットーっていうワケよ。でも口達者ってことも無いんでね、こうやって直接聞いたほうが手っ取り早いだろうってことさ。巧言令色鮮なし仁、って言うんだからこれも悪くはないはずだ。
「キミのハートとか」
「……」
…それはアレか、オレの心臓の話しか??
とんだサイコだなレイリー、ちょっと心臓は渡せねぇよ。だって一つだもん。いや腎臓とか目玉みたいな、二つあるものならオッケーって事じゃないぞ。
「いやそのゥ…渡せる物で何かねぇかなって…」
「ダメなの?」
「ダメだよ…!」
「…ちぇ」
ハートってどっちの意味だったんだろうな、心臓なのかココロの方なのか。にしても、ちぇってなんだお前、ちょっとカワイイじゃんか。いや言ってる場合かよ、深堀りしろ深堀り。
「テディベアとかそういう感じのさあ…」
「あ、そういう…テディベア、テディベア…うん…」
結構悩むねお嬢さん。ところでテディベアってアメリカ大統領のルーズベルトが由来らしいな、実物見たら渋いおっさんが出て来てビックリするぞ。それがどうやったらあんなキュートの塊に…。
「今年はサンタさんにお願いしようかな」
「テディベアをか?」
「うん。毎年なにを貰うか迷うんだよね」
「へーぇ、いい親御さんじゃんね」
「え?」
「ん?」
んん??
「両親は両親で、サンタさんはサンタさんでしょ?」
───!?
「太陽くんの所には来ないの?」
「うん? サンタだろ? 馬鹿言うなよレイリー、俺レベルの良い子になったらサンタが大挙して押し寄せるんだぜ? 寝る暇無しだよ、警備会社が来ちまうからな。
ところでちょっとここの掃除、続けててくれるか?」
「うん」
「サンキュー!
ちょっとな、思い出したことがあってさ、うん。そういやあの車も丹念に綺麗にしないとなって…。俺が車を持ち上げつつ皆で掃除をね、うん…。作戦会議ィ!!」
「えっ」
「わかりました、行きましょう」
「しょーがねーにゃあ」
「そうだな、車を忘れていた」
「えっ…?」
「さっさと済ませるから後は頼むぜ!!」
行くぜ! 駐車場!
「……」
許せ、今回ばかりはマジで!
で、晴天…でもないほんのり薄曇りの下。冬空って感じだな。そこにいい大人三人と一般高校生の四人がガン首揃えて集結だ。いやはや当意即妙ってヤツだよ、話し声が聞こえてたんだろうね、察しが良い方々ばかりで助かっちゃうぜ。
何の為に集まったかって、言うまでもないだろ。
「ど、どうすりゃいいんすか。アイツ、俺と同い年ですよ…!?」
「高校生でサンタの実在を信じる子がいるとはな。いや、決して悪い訳ではないが…」
「危なかったな太陽、もうちょい口滑らせてたらヤバかったぞ…っていうかあれはもうピュアとかそういうレベルじゃなくない…?」
「これにはメリーさんもビックリです。とてつもなくレアですね、はぐれ金属級ですよ」
俺のうっかりミスでレイリーの幻想をぶち殺しちまうところだった。これがアイツに残された最後の幻想、ファイナルなファンタジーだ。ペガサスじゃねぇぞ。
しかしまさか珍獣と勘違いしそうになる程の無垢っぷりを見せつけられるとは思わなんだ。大人の皆さんも戦々恐々なご様子、俺も含めて途方もないピュアパワーに圧倒されちまってもはや混乱状態だ。タマさんなんか見てみろ、あまりの衝撃に、にゃ、が抜けてるじゃん。
ちなみに俺のサンタへの夢か幻は早々にどっか行ったぜ。うちはほら…晴子センセイがサンタさんだったから…うん、濃い目の金髪女性サンタとか見た事ねぇよ、普通にバレるだろ。
「やっぱり夢は壊さない方がいいっすよね…」
「実はサンタが親で、今まで黙ってただけってのは言い難いわ…。誰か説明する…?」
「敢えて壊す事もあるまい。いつか知るとしても今ではない、保護者もそう願っての事だろう…恐らく」
問題の先延ばしといえば、それはそう。正しいだろうさ、でも現実的にはこれしか無いよなぁ…。
ちなみに言っておくが、サンタは居るよ。しかも本物、あの赤い服着て白髪に白髭の恰幅のいいおじいちゃんが。でもさぁ…基本的に来てくれるのは確か未就学児までなんだよな。ケチ臭いって文句もつけられねぇよ、それでも忙しい事この上ないだろうからさ。
「ゲースゲスゲス! コウノトリやキャベツ畑だのを信じている乙女に無修正AVを見せるが如き所業! こいつぁ楽しみメリねぇ〜!」
「粗大ゴミの日っていつでしたっけ…」
「生ゴミでいいだろコイツ…」
約一名、元は頼れる事務位だったのに、何かしらの回路がイカレたスクラップと化して喋ってやがるが無視した方がいいな。むしろ喋るだけで公害になりかねないないんだ、粗大ゴミの日なんか待ってられねぇよ。いい感じのどっかに捨てよう。山奥とかちょうど良さそうじゃないか?
「おっと…つい本音が…ではなく。ここで誰かしらがレイリーちゃんに説明しないと、あの子が大人になった時に笑われるんですよ?」
「本音って言ってる時点で信用がガタ落ちだよ…フォンセルランド株が上場廃止だぜ…」
「メリーの言う事も一理ある。だが、それを決めるのは俺達ではないのも確かだ」
「結局保護者のスタンス次第よね。まぁ今の今までサンタを信じてるなら、そういうことなんだろうけど」
あの御両親の、我が子への愛情ってヤツは疑うべくも無い。でもさ、大人が思うより結構残酷なんだぞ、子どもってのは。人のことを親無しだのとからかって来るクソガキも居れば、まだサンタなんか信じてるのかって言うヤツも居るさ。高校生にもなって堂々とそういう発言をする輩は少ないが、一定数は居るだろう。
今回の話も、放置すればする程、後々深い傷になるかもしれない。何でもっと早く言ってくれなかったのか、ってな。
「とりあえず…確認してみます?」
「それがいいだろう、保護者らしい深慮深謀あっての事かもしれん。話のついでにコーヒー豆を買って来てもらおうか、要件があった方が話を聞くだけよりも気が楽になる。食事もしてこい、金は渡す。釣りは出さなくていい」
「マジっすか、おやっさんてば太っ腹!」
「えぇー、所長の奢りなら私も行きますぅ!」
「話をややこしくするつもりでしょ、あんた」
「くっ…バレちゃあしょうがないメリ…」
「ついでに粗大ゴミのシール買ってきます?」
「あぁっ捨てないで!! 私はいいメリーさんですよ!」
そういう事は普通は自分で言わねぇよ。そもそもいいメリーさんって何だ、フォンセルランドさんは僅差で良いメリーさんかもしれないけども。僅差じゃなくて一馬身差くらいつけて圧勝しろ、無理か。
「………」
で、方針が決まって事務所に戻ると、この冷たいというか、悲しげというか。そんな視線がお出迎え。
別にわざと置いて行った訳じゃないんだけどね? むしろレイリーの為なんだけどね?
まあ、本人を前にして言う訳にもいかないので。仕方がないってヤツ。そこは触れなかったよ、うん。
さてさて、そんな冷ややかな視線をプレゼントしてきたお嬢さんの父親が店主をやっている喫茶店、兼バーにやって来ました。
買い出しがあって、そのついでに飯を食べて来る。そんな風に言い含めて外に出たってワケ。後は大人たちが引き留めてくれるだろう。
普段の用事ならまだしも、今回は連れていけないぜ。
「こんちわー」
うーん…相変わらず何というか…ム、ムーディ? というかね、コーヒーの匂いがよく似合う落ち着いた店内だ。オッシャレーって感じ。この手の上質な雰囲気が似合う大人になりたい、頑張ります。
「いらっしゃい、トーマくん」
出迎えるダンディズムは男の憧れッ…!
髭は無くとも浅く刻まれた皺が年季を語り。純粋な赤茶の髪が撫で付けられて、惹かれるように後ろへ。
上品なホワイトシャツに暖色のネクタイと黒のベスト、チラリと娘から貰ったネクタイピンの影も見える。絵になるなぁオイ。
…うん、やっぱり無理かもしれん、まぁ無理か。方向性が違うもんな、音楽性の違いでグループだって解散するんだ、この目標はご破算だぜ。
「あっ、當真くん…ひ、久しぶりだね」
「沢樹のおっちゃんじゃーん! 何だよ元気ねぇな、老け込んでないで元気だしてこーぜ!?」
先客には以前通り魔事件を起こしかけたおっさんの沢樹。あわや被害者と加害者の関係になるところだったが、誰も怪我してないし不問で終わった。そんな一件もありましたねって感じ。
食事も程々に済んだのか、食後のコーヒーとケーキみたいな物が乗っかった皿をチビチビと食べている。
俺もこの店は常連という程じゃないが足を運ぶ、それでも結構な頻度で見かけるあたり、沢樹のおっちゃんは常連になったんだろう。行きつけの店がある大人って…何かカッコイイ気がしないか? しないか…。
「食べに来たのかい?」
「そうですそうです、今日はうちの所長の奢りなんすよ。人の金で食う飯ってのは最高ですねェ! ジェイムズさん! この店で一番…二番目に高いメニューを!」
「庶民的だね…」
俺の庶民性を見抜いて、調理の為に引っ込むジェイムズさん。ジェイムズさんって誰かだって? そりゃあ当然、目の前に控えていらっしゃったこの店の店主。そしてサンタを信じるピュア娘レイリーの実父その人の事だよ。
差し詰めピュア娘(の)ダンディパピー…今にも走り出しそうだな。俺の貧乏性については見なかった事にしてくれ、もう染み付いてんだよ。
「この時間に、っていうのも珍しいね」
「そうかぁ? ま、たまたまバイトの時間が空いたってだけだしな…ほら年の瀬だから、大掃除だ何だで買い出しもゴミ出しも多いんだよ。沢樹のおっちゃんは?」
「いつものサボりですが何か?」
「恥じらえよ大人…!」
「おじさん疲れちゃったから…」
「老け込んでんじゃねぇよ!」
以前は落ち込んでたおっさんだったのに、今はもうこんなに元気だぜ。良かったね!
「どうぞカフェ・ロワイヤルです」
「あっと、ありがと…う…何これ…?」
コーヒーカップの上に、小さなティースプーンらしき物が橋みたく掛けられている。更にスプーン乗っかった角砂糖…から、ちょっと酒のニオイがする。
「ちょっと離れてね…ほらっ」
「おう!?」
いわゆるチャ○カマンで角砂糖に点火! えっ火事? 火事はヤバいんじゃないか飲食店じゃあ。いや、飲食店じゃなくてもやべぇよ!
「火事!?」
「當真くんはまだまだ子供だなぁ! カフェ・ロワイヤルはそうやってブランデーで湿らせた角砂糖に火をつけて、アルコールを飛ばしつつ火を楽しんでからコーヒーに混ぜて飲むんだぜー!」
「おっちゃん急に語るなぁ…そういうモンなのね。俺はてっきりジェイムズさんが、あわよくば俺を燃やそうとしてんのかと…」
「当店の二番目に高いメニューだよ」
「食べ物じゃねぇの!?」
もしかして俺の財布に火を灯そうとしてらっしゃる?
いやまぁ出せなくはないよ、出せなくは。不意打ちは心臓に悪いってだけでさ。
っていうか、値段の話で誤魔化したけどマジで燃やそうとしてらっしゃった? 娘に寄り付く悪い虫は焼いとこうって思ってる? 怖くね?
「ハハハ、これはサーヴィスだから安心してほしい」
「ほ、本当にィ…?」
「食べもので二番目に高いメニューは、焼いてるから、今。ちょっとお時間が必要だよ」
お察しの通り日本語が流暢なジェイムズさんだが、長く話すとなると少しだけ怪しくなるぞ。フォンセルランドさんと一緒に入店した時は、あまり長く喋ってないから気付かなかったぜ。長く付き合うと新たな一面が垣間見えるって事だな。
というのは勘繰り過ぎで、倒置法で強調したかっただけなのかもしれない。考え過ぎか…俺の。
「お待ちどおさまー、これもサービスだよ!」
「何かすげぇな有り難いけど…って」
ただただそこにあったみたいに置かれる皿とフォークが一対、人に近寄られた筈なんだが気配が全くしなかったぜ。それどころか足音に陶器の揺れたり擦れる音もしてないんだけどさ。
しかし間違いない。この元気な声と、見覚えのある白髪。一方で見慣れない背格好。血縁にある同級生兼同僚とは似ている筈なのに、色々と欠片も似ていない、謎めき過ぎてる人。
「ヴァイスさん、何か珍しいっすね?」
「いやぁ掃除の仕事が休みになっちゃって。家に居ても家事はしなくていいってレーちゃんもパパも言うし? せっかくならこうしてパパのお店手伝おうかなって思って、あっ、當真くんって苦手な物ある? ダイエットとか気にしてる?」
「へぇ、なるほど。ちなみに食い物で苦手な物は無いっすよ、ダイエットは…男子はダイエットとな気にしねぇんじゃないですかね」
「へー!」
娘よりも元気よく喋るというか、エネルギッシュそのものという感じ。何歳かは知らないけどさ、三十は超えてる訳だろ? 娘の生気とか吸い取ってないか?
「ヴァイスさんいい…」
「やめろおっさん、人妻だぞ」
「ごめんね! パパ一筋なのよ!」
ちょっと度し難い発言をしているおっさんもいる。ジェイムズさんに聞かれてたらコトじゃないか? ランチメニューの食材にされても知らねぇぞ。
中年の妄言はさておき、この出された皿に乗っかっている物。見た目で近いのはパウンドケーキだろうか、同じようにドライフルーツが…ん、ナッツ類も入ってる。洋酒の香りよりもバターの匂いが強いし、しかも外側にこれでもかと砂糖がまぶされてるってレベルじゃない程押し固められてる。形も別物か、とにかく馴染みがないお菓子っぽいのは確かだ。
「これってパウンドケーキじゃないですよね?」
「それねぇ、シュトレンって言うのよ」
「あぁこれが…」
これがシュトーレンってヤツかぁ…。菓子作りに関してはそこまで詳しくないけど、聞いたことはある名前だ。狂った量の砂糖とバター、小麦かマジパンにドライフルーツとかを練り混んだカロリーモンスター。そいつを更にバターに浸した最早カロリーそのものみたいな甘味だったな。
「去年はマーツィーパンシュトレンだったから、今年はブターシュトレンなのよ。すごいでしょ?」
マー…マー、なんて…?
ぶ、豚…??
「トーマくん達に馴染みのある発音だと、マジパンシュトーレン。それとバターシュトーレン、だね。安心してほしい、私だよ、作ったのは。そしてお待たせ、ビーフシチューのポットパイです」
「はぇー…あ、あざっす。いただきます」
良かった…豚肉が入った菓子だかおかずだかどっちつかずなシュトーレンなんて無かったんだな。
発音のせいで何がなんだかサッパリだったぜ、そういえばヴァイスさんって名前からしてドイツの人か。そんでジェイムズさんはアメリカ人。日本語しか喋れないし、かなり米食派だけれども。レイリーってドイツとアメリカのハーフか…ピンとこねぇな、かなり日本人だもん、感性が。
「んー…うまい…温まるぜ」
これがこの店での二番目に高いメニューか…実は値段気にした事無かったんだよね、はっはっは。
かなり大きめのマグカップに覆い被さったサクサクとしたパイ生地。それを崩しつつ、中に入っているビーフシチューとコンチニハ。ワインっぽい風味のデミグラスソースにパイが合う。牛肉も柔らかいし、めっちゃ美味い。具材が少なく見えるけど、すっかりシチューに溶け込んでるんだろう、ニンジンとかセロリの風味が奥に隠れてる。うん、高いだけあるな!
「シュトーレンって事は、ヴァイスさんってドイツの人だったんです?」
「たしか、そうだよ?」
「ん??」
シチューを啜っている最中に、店の手伝いといってもやる事が無いのか、俺の近くの椅子に腰掛けているヴァイスさんに話しかけると奇妙な返答が。
たしかってなんだ、たしかって。
「あんまり記憶になくってさぁ。でも、たしかそう。だからこの時期はシュトレンを食べるのよ、それが普通なんでしょ?」
「はぁ…そりゃまたよくわかんないっすね…?」
記憶喪失でも患ってんのかってくらい曖昧だな。
皿の上で寝転がってるシュトーレンは、確かドイツだとクリスマスまでに少しずつ食べるんだったか。それが普通…普通ねぇ…あっ。
「本場だとクリスマスまでのアドベント期間を楽しみつつ、シュトーレンの味わいの変化を楽しむもの。らしいよ、俺達日本人には馴染みがないよね、基本美味しければそれでいいし」
「結構詳しいな、おっちゃん」
「社会人だからねぇ!!」
「ま、それはいいんだ。ところでジェイムズさん」
「無視!?」
ちょっとやかましい沢樹のおっちゃんをスルーしつつ、忘れかけていた本題を切り出す。そうだよ呑気にパイシチューに舌鼓を打ってる場合じゃねぇ。事は急を要するっぽいんだ。
「レイリーのクリスマスプレゼントってどうするんで」
「トーマくん、ちょっと向こうに来てくれ」
「え!? ちょ、シチューがまだ残って…」
「いいから」
「っす…」
新発見だよ。レイリー、お前の時折見せる強引さっていうのは父親譲りだったんだな。
そう思いつつ、首根っこ掴まれて店の裏手に運ばれた俺。タマさんじゃないんだからさ、もうちょい穏便に移動させてくれてもいいじゃんね。
「トーマくん。トーマくんは、クリスマスってどう過ごすんだい?」
「えぇー、なんすか急に…」
「いいから」
うん。娘って父親に似る方が将来幸せになるって聞いたことがある、良かったなレイリー、幸せが約束されてるぜ。
「あー…んー…俺は親とか居ないんで…まぁ、日本だと恋人と一緒にってよく聞きますよ」
「あぁ、それは申し訳ない事を言わせてしまった。謝罪はさせてもらう、後でね。
で、そう、日本だと恋人で過ごす、これが普通だね」
「はぁ、まぁ?」
「私の故郷だと、家族で過ごす、これが普通だ」
「キリスト教圏だと、そうらしいっすね」
そうそう、結構西洋らしきイベントが日本に入って来ちゃいるが。どうにも全体的に日本ナイズされている、というのは本で見た事がある。
クリスマスは恋人じゃなくて家族と。バレンタインは日頃の感謝を込めて花を贈る人の方が多い。そもそもクリスマスよりもイースターの方が行事として重要で、ハロウィンはケルト教版のお盆であり収穫祭。
ただし日本だとどいつもこいつも男女がイチャイチャしたり、何の由縁もない仮装というかコスプレをしては酒飲んで騒ぐようなお祭り。すまねぇ外国の方々、日本はこんなもんだ。
「そして、妻は、普通が好きだ。妻の料理はその…良くない、だろう? だから私が毎年シュトレンを用意しているんだ、家族で食べる事が普通だから」
「ヴァイスさんの料理は置いといて。普通が好き?」
「そう、普通が。君はサンタクロースを信じているかい」
「高校生で信じてるってのも少ないっすよ」
うん…なんとなくわかってきたぜ。
「でも子供だ。そして、良い子の所にはサンタクロースがやってくる。それが普通だろう?」
「普通は、サンタクロースが来るって事ですよね」
「その通り…それで、妻はそれを信じているし、レイリーにもそう言い続けている。毎年ね」
「なるほどォ…」
「毎年大変なんだよ…!」
でしょうね!
話はわかった。つまりジェイムズさんは愛する妻と娘の為に、毎年全力でサンタクロースをやっているって事ね。それで、諸々とバレないようにこうして裏でコソコソ話してると。
そっかぁ……。うん…。
大変だなァ…!
「とにかく、二人には黙っていてほしい」
「安心してくださいよ、そこまで俺は無粋じゃないっす」
「サンクス…!」
「学校とか、うちの事務所でもそう伝えておきますんで」
「ビッグラヴ…!」
大袈裟!!
…とも言い切れないか、何せ二人分の夢を守ってきた人だ。この日本じゃアメリカよりもイベント関連の明け透けっぷりというか、いい加減さが違うから厄介な事も多かったろう。立派な親父さんだ、尊敬するぜ。
「もし良ければ、レイリーに今年のプレゼントは何が欲しいかを聴いてみてくれないかな…?」
「意外と強かっすね!?」
「日本ではこういうのを、男の友情って言うんじゃないか!?」
「大袈裟!!」
いや参ったね。
そこからの話、今年はテディベアを頼むつもりだってのをジェイムズさんに教えて。事務所に戻ってはこれまたこっそりと秘密を継続する事を伝え。学校の連中には全力で釘を刺し、実質的な箝口令を完成させた。
何があったのかは多くは語るまい。サンタクロースの仕事の裏側だって、知られてないからこそ話が膨らむってモノだろう。
ただ、まあ。
「ようレイリー、サンタからクリスマスプレゼントは届いてたか?」
「うん、そこそこ大きいテディベアがあったよ」
「そいつは良かった…んじゃ、これは俺から。どこにでも置くなり付けるなりしてくれ」
「…小さなテディベア?」
「メリークリスマス…は、過ぎてるけどさ」
人が笑顔になる。
そんな日は、どれだけあってもいいだろう。
「…ありがとう」
「おう」
「お返しに何かいる?」
「何もいらねぇよ」
「じゃあパンツとか見る?」
「フォンセルランドさんに毒されてねぇか!?」
「冗談だよ?」
そこは綺麗に締めさせてくれよ…。
あのポンコツ人形、一発殴っても許されるんじゃないか?
レイリーの恐るべき真顔ジョークを受けてそう思った。うん、やっぱり純粋なままじゃ居られないのかもわからんね。