はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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迷い犬、探しています

 

 

 

 

 社会の混乱には何が必要か。

 

 天変地異? 

 隕石でも降ろうものなら、それは恐ろしい。今日が地球最後の日と言って、何をしても良いと思う人が続出するのは目に見えている。しかも災害のおまけ付き。絶対の終わりは人々を眩ませ、未来をかき消す。生き残った末に地獄が待つとしても。

 

 モラルの低下? 

 社会の安定の為に人々が努力をする事を辞めた時、人と獣の違いは無くなる。老人は身包みを剥がされ、子供は盗みを働き、既に死んでいる者は毛髪さえ奪われる。さながら羅生門のように。奪い合い、殺し合う先には何が在るのか。

 

 武装蜂起? 

 信念があると嘯けば、人を害しても構わないと考えるのもまた人だ。思考の差異を認めず、命すら奪う。いつしか互いに生命を喪い過ぎた時、信念よりも命が大事だと言を翻す。我が身可愛さに、散っていった屍が作った血河を忘れて。

 

「……コレ、どうします?」

 

 薄暗い中で誰ともつかない声がした。軽薄で、冷酷で、単調で。路傍の石か、雑草の切れ端に仕方なく声を向けるような声だった。

 

「処理し難いからなぁ…」

 

 同じような声がした。無関心、無遠慮、無頓着。明日の飯でも考えていた方が有意義だと、声を掛けて来た男にうんざりとした様子がある。

 本当なら至極面倒だと言いたいのだが、そうもいかない。相手が手に持っている、真っ黒いゴミ袋を処理しなければならないのは声を掛けられた男も知っていたからだ。

 

「普通に捨てていいんですかね?」

 

 二人の男はゴミ処理の為に話し合っていた。

 

「そりゃ捨てるしかないけど、場所だよ場所」

「あー確かに…山はダメですか?」

「最近はなぁ…」

 

 不法投棄の場所の話し合いに移り変わっているのは明らかで、どうすべきなのかは特段話し合われない。堂々とゴミ捨て場にでも持っていけば良いものを、こうも思案し合う理由は何か。

 

「あっ! じゃあダンジョンはどうです!?」

「コレなら確かに平気か、うん。いい考えだ」

 

 我ながら名案と一人の男が語気を明るくした。それを聞いていた男も賛同をする。二人揃って、面倒な仕事は終わらせて早く帰りたいのだろう。

 

「決まりですね!」

「じゃあさっさと積み込むか」

 

 方針を決め、如何にも面倒だと身体を重そうに動かす両名。行き先は黒く塗装してある車両で、そこには着替えも置いてある。痕跡を残さない為だ。

 ゴミ袋を後部座席に載せ、強めの力で車のドアを閉めた。

 

「処理所でも用意してくれればいいのに…」

「言うなよ、行くぞ」

「はぁい」

 

 車のエンジンを点けた。くるる、くるると薄暗い中に誰のものともつかない悲鳴のような駆動音が鳴り、次第に吸気・燃焼・排気のサイクルが安定した。つつがなく、何も不思議なことはない。

 

「死体処理も楽じゃないですよねぇ…はぁ…」

「早くしないと余計に面倒だ。これが終わったら飲みでも行こうぜ、肉体労働の後は染みるぞ」

「えぇ〜…帰って寝たいんですけど…」

「奢りでいいぞ」

「先輩最高!! さっさと捨てましょう!」

 

 袋の中身は物言わぬ死体。

 行き先は迷宮。

 向かう車には、鷲の飾りが付いていた。

 

「……う……」

「ん、何か言ったか?」

「何も言ってませんよ? やだなぁ先輩、もしかして怖がらせようとしてます?」

「そんな訳ないだろ、ったくアホらし…」

 

 

 

 

 

 ───☆

 

 

 

 

 太陽くんより事務所に着いた日のこと。彼はどうやら学校から持ち出す物があるので、少しだけ遅れるらしい。100%猫の状態で、自分の机に寝転がっている所長代理の環さんが今日のお仕事について説明してくれた。メリーさんは黙々と手紙を書いている。解決したお仕事へのアフターケアらしい、手厚いね。

 

「迷い犬探し、ですか」

「そーそーアタシは別の仕事が何件かあるから、レイリーちゃんと太陽でお願いね。っていうか太陽から聞いてにゃい?」

 

 聞いてにゃいです。

 探偵の仕事と一口に言っても、主立った仕事といえば失せ物探しが定番。

 あとストーカー対策と浮気調査と素行調査…思った以上に人間不信になりそうな仕事で一杯。こんな事を続けていたら、いつか人間不信に陥ってしまいそう。

 

 とでも言うと思ったか。

 既に人間不信気味ですよこちとら。

 

 朝登校すれば上履きの安全を確認し、教室移動後には教科書の無事を見て、休み時間やお手洗いには周囲に気を配り、下校時には靴に画鋲が入っていないかを入念にチェック。そうです、これが私の学校生活ルーティン。ちなみに体操服についても忘れていません。

 

 染み付いた習慣は早々消えない物で、三つ子の魂なんとやら。この高校で出来たマイフレンドこと、のんちゃんは不思議そうな目で見てきます。太陽くんと淋代くんも同じく。縁遠そうだもんね、まぁいいけれど。

 

 そんな人間不信のプロである私には、今更浮気調査だのストーカー云々だのはまさしく瑣末事。よくあるよくある。そして、そういったお仕事の時にはお父さん仕込みの手練手管が火を吹きます。

 

 盗聴器や発信機の発見とかね、あと尾行の撒き方とか。逆に尾行術はお母さん譲りの技術です。お掃除屋さんって大変なんだね。

 

「…犬…」

「あれ、犬苦手だった?」

「そんなことは…平気です、けど…」

 

 問題は犬かどうかじゃない。いやまぁ犬は少し苦手ですけれども。小さい頃に大型の白い犬…グレートピレネーズ? ピレニーズ? あのマヨネーズみたいな名前の犬種の犬に追い掛けられて怖くなった事はありますけどねたしかに。まぁ今は平気ですよ、むしろ可愛いと思う。ゴールデンレトリバーとか、太陽くんみたいで。

 

 話がズレた。問題は、犬は人じゃないこと。

 何を当たり前の…と思うかもしれない。この問題の内訳としては、人への追跡技術は動物には通用しないことだ。そもそも動物の生態に格別詳しい訳もない、動物博士じゃないんだから。

 

「一応写真と目撃情報もあるから、アイツも連れてく訳だし大丈夫。んじゃあよろしくねぇ〜」

「…はい」

 

 私が本当に嫌なのは、そうじゃない。

 

「レイリーちゃん、大丈夫ですか? 環が隠し持っているジャーキー持っていきますか?」

「大丈夫です」

 

 ふと書面から目を離したメリーさんが話しかけてくる。犬が怖いんじゃなくて、技術が通用しないんじゃなくて。

 私は、役立たずと思われることが怖いんです。

 

 

 

 

 

 

 

 雑踏、人の波、人の群れじゃなくて大群。

 どこを見ても人、人、人。

 

「あ〜人多い…」

「そうだね」

 

 ここは旧新宿駅すぐ近く。

 駅舎が新しい方も新宿駅。新・新宿駅とか紛らわしい名前で今日も人を運んでは降ろして、人を呑み込む電車という怪物がいつだって忙しそうに行ったり来たりしている。

 

 新宿といえば歌舞伎町とか、良くも悪くもキラキラとしている場所。その輝きで人を誘き寄せては、ドロドロとした欲望が一呑みにしていく魔境みたいな所。

 というのが、地方を転々としていた私のイメージ。

 

「泥棒!!」

「お客さん! お金がまだだよ!」

「食材にしちまえ!!」

 

 総じて治安がよろしくない。どころか治安が昔より悪化している、というのが最近の池袋や新宿、らしい。周りのとんでもない喧騒が説得力を強める。

 

「あんま離れるなよ、ここらはマジモンの世紀末だから」

「うん」

 

 盆暮れ正月がいっぺんに来たような騒がしさ、という言葉がある。そうでなくとも毎日が物騒で、人の往来激しく、人の命が軽くなった。

 それがダンジョン所在地。私みたいにひ弱な女子が一人で近付いたら頭から食べられそうな場所。じゃあ何故そんな危険な場所に来ているかというと。

 

「本当にいるのかな」

「最後の目撃情報がここだってんなら、探すしかねぇよ。無事は祈っておこうぜ? 迷宮から出て来た化物に食われてました、なんて冗談にもなりゃしねぇ」

 

 そうです。ここに迷い犬を探しに来ているんです。

 もうちょっと穏便に事が済ませられる場所で迷ってほしい、迷い犬だからって迷宮に近寄る事はないじゃないかと思う。

 

 でも今回は助かった、何せシティーボーイの彼、太陽くんがいる訳で。彼ならたぶん、この混沌を鍋に入れて焦げ付くまで煮込んだ、旧新宿にも慣れているだろう。た…たぶん。信じてるよ? 

 ちょっとの不安を込めて、彼の顔を見る。

 

「ここで聞き込みかァ…」

 

 あまりいい思い出が無いのか、明るい色の髪を空に向けて仰ぐようにしながら、心底嫌そうな声を出している。もっとこう、俺に任せろくらい言ってほしい。

 他の部分はおよそ普段通りといえば普段通りの様子、なんだけれども何だか懐かしい物を背負っている。

 

「それ…学校から持ってきたの?」

「これを持ってくる為に学校に行ったり来たりしてたんだぜ。アイちゃん先生に許可取ろうとしたらさぁ、備品の数に合ってないから持って帰って良いって言われたんだけど、部屋に置いとく場所がねぇんだよな。事務所に置かせてもらおうかね?」

 

 やっぱり学校のデッキブラシなんだ。学校の制服と合わせて、掃除途中で抜け出した高校生にしか見えない。彼が特別デッキブラシにフェティシズムを感じている人間だとしたら、無理矢理にでも矯正させなくちゃいけない。洗脳とか出来るかな? 

 

 じゃなくて、このデッキブラシはいつぞやの物ではないだろうか。具体的にいうと、私と喧嘩…? みたいな事をしたあの時、氷の弾丸や刃物でもささくれ一つ立たなかったとんでもない耐久性のやつ。

 

「…先に言っとくけど、このデッキブラシが滅茶苦茶頑丈だから持ってきただけだからな?」

「鉄より固かったよね、たぶん」

「凄えんだよコレ、鉄どころじゃねぇもん」

「どのくらい?」

「俺が本気出して全力で地面に叩きつけても、折れるどころか地面にめり込むかぶっ刺さるレベルだぜ」

「そんなに…」

 

 太陽くんが全力で投げても壊れないというのは、驚愕の固さだ。見た目は何の変哲もない木製デッキブラシなのに…。実は何か未知の物質とか使われてる? 

 

「何より見た目が良いんだよ。どこにでもありそうなデッキブラシだぜ? これでヤバいおまわりさんに見つかっても、言い訳し放題じゃん?」

 

 なるほど、お手軽で便利で頑丈な武器なんだね。

 ところで普段は徒手空拳の彼が、わざわざ武装を引っ張り出して来るって、どれだけ危ない所なんだろうね新宿。既に食い逃げや窃盗犯を数人見ているけれど、本当にここは日本なのかと今更になって心配になってきましたよ。

 

「ともかく」

「聞き込み、だね」

「その通り。でもマジで離れるなよ、人攫いも出るからな。何だったら服の端でも掴んでてくれ」

「…手、繋ぐ?」

「繋がねぇよ!」

 

 ケチ…! 

 

 私の純情と勇気と乙女心が無下にされてから数十分、一時間は掛かっていないと思う。

 どこを見回しても普通の犬の姿はおろか、普通の人の姿も少ない。人通りが少ないんじゃなくて、普通の服装の人がそもそも少ない、という意味です。

 

 屋台らしき場所の近くに設置されているテーブルで、串焼きになっているイナゴ? のような物を食べつつ、木製のジョッキでアルコール的な何かを飲む。革鎧姿の男性たち。

 

「ワーッハッハ!」

「うめー、焼きアポルオンうめー!」

「乾杯!」

「おう乾杯!」

「んぐっんぐ…」

「ごく…っ!」

「麦茶だコレ!」

「麦茶だコレ!」

 

 すみません、麦茶だったみたいですね。

 

「使い捨てのスクロールが足りないのよねぇ…首飾りで間に合うかしら?」

「途中で壊れたら死ぬじゃんかよ、それよか回復薬と脱出灯は持ったんけ。あっ聖水もか」

「脱出アイテムは二個にしとけって約束だろ、いつも心に『糸持った?』迷宮の標語を忘れたか?」

 

 あからさまなまでに魔法使いです、と主張する紫色の丈の長いローブを着込んだ女性。それと金属製の胸当てと弓矢を装備した若い男性。そして金属鎧を着て、竹刀程の長さの剣を背負った壮年の男性。

 

 ……うーん、ここって日本だよね? 

 もっと言うと、現代日本だよね? 

 

 そこかしこにファンタジーが溢れ出してるよ。ご覧の番組は剣と魔法のファンタジーでしたか? 

 現実逃避してる場合じゃない、というか絶対違う。たまにファンタジーな人達もいるけれど、こんなに中世ヨーロッパ様式モドキな感じじゃない。

 困惑している私を他所に、道行く人に聞き込みをしていた太陽くんが収穫も無さげに話しかけてくる。

 

「もしかして迷宮近くに来たのって初めてか?」

「うん」

「道理で落ち着かねぇ訳だ」

「太陽くんは?」

「不本意ながら何回か、って所だな」

 

 こちらこそ、道理で驚いていない訳だ。まるで本の世界から飛び出して来たような。古めかしいというか、普通にはお目にかかれない存在感を放つ方々を見ても、そこら辺の人に道を聞くようにして聞き込みなんて出来るのだから。

 

「ヌー、腹減っタぞう…」

「じゃあ仕事取ってきなよ、薬草ならいくつかストックがあるから…ってお前、まさかこの前の金どっかでスったのか!?」

「ヌ? あレは実家ノ仕送りに出シたぞう、冒険者ハお粥さン食べれルから大丈夫っテ思った」

「このオーク野郎! お前は漢だ!」

「そうダぞう?」

 

 心優しいオークの方もいるようだ。人を見かけで判断しちゃいけませんね、たとえ毛むくじゃらで、ちょっと豚っぽい見た目の大柄な人だとしても。聞こえる会話から考えるに、実家を大事にするいい人なんだ。ところでそのオークさん、漢と男って勘違いしてますよ、たぶん。

 

「ここ日本だよね」

「今更だな、そうだぜ?」

 

 じゃないよ。意識が何かに飲み込まれる所だったよ。オークって何、それって魔物的なカテゴリじゃないの。何で和気藹々と会話してる人がいるの。

 ここは危ない…一刻も早く立ち去らないと、私の常識とかがピンチだ。

 

「しっかし空振りばっかだな…」

「人が多いからね」

「だからこそ、迷宮に入っちまったんじゃなければ誰かしら見ててもおかしくねぇんだけどな」

 

 それはその通りだ。そこ行く人々も、あくまで人だけ。ペットを連れているような人はいない、だからもしも愛玩犬がいるとすれば存在が目立つだろう。

 

「まぁもうちょっと聞き込みを続けるか…探偵は足を使ってこそ。おやっさんがそう言ってたぜ!」

「うん」

 

 決して根性論じゃない。結局は現地での調査が実を結ぶ、ということだろう。遠くで誰かが言っていたなんて、信憑性に欠けるのは間違いない。

 

「ヌ…あの犬、食べとけバ良カった…」

「それはマズいだろ…」

「迷宮の犬、ウマいぞウ?」

「倫理観的な話をしてるのよ、わかる?」

 

 おや? 

 

「太陽くん」

「行くぜ」

「うん」

 

 犬も歩けば棒に当たる、うんうん。

 千里の道も一歩から、地道に行きましょう。

 

 

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