はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です!   作:枯華院 清日

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迷い犬、探していると

 

 

 

 地道という言葉は、この旧新宿を含めたダンジョン所在地と縁遠い言葉だ。迷宮ともいうこの場所では、誰もが一攫千金を目指している…らしい。

 

 無限にお粥が出て来る杯みたいな大鍋、死んだ人を生き返らせる魔法と権利、全ての難問への解答。決して詳しくないけれど、迷宮の深層には奇跡が埋まっている。という言葉が今の日本に浸透している。

 

 しかし虎穴に入らずんば虎子を得ず。待ち受けるのは想像を絶する怪物に、悪意が凝縮されたような罠。それを潜り抜けられなければ、残るのは夢だけを持った死体だ。

 

 つまりはですね、この迷宮でも度胸が無いと何も掴めないんですよ。よし…ここは一つ、私から話しかけてみるというのはどうだろう。男は度胸、女は愛嬌。オカマは最強。でも女も度胸ですよ、しかも恋する乙女は無敵。強靭、無敵で最高の私です、よろしく。

 

 頭の中の冗談に終止符を打った途端、緊張による心拍のビートが激しくなってきたのを感じつつ。さぁお話を聞かせてもら…。

 

「そこのオークさんとおじ…お兄さんのコンビ! ちょっと聞きたい事があるんで、お時間よろしいです? 

 おっと、ちなみに俺は怪しい者じゃねぇですよ。これ名刺ね、よろしくゥ!」

 

 あああ〜…。

 

「ん〜、探偵事務所ぉ? 金の催促で雇われたとかじゃないよね? これ本物かい?」

「そそそ借金取りじゃなくて探偵…の見習いってトコですよ、バイトだからね。いやぁ世の中って世知辛いじゃん? 糊口をしのぐって言葉の通り、お粥だけが人生みたいな迷宮に入る人達もいるケド、お兄さん達はどうにも熟練の方々みたいじゃないですか。

 そんな経験豊富なお兄さんに聞きたいんですけど、今俺達、犬を探してるんすよ。どこにでもいそうなフッツーの犬ね」

「お、おう…喋るね少年…」

「お兄さん達が強そうだから緊張しちゃってさァ、ここらって物騒だからあんまり近付かないんだよね。おっと、俺の名前は名刺の通り。こっちの何か小さくて可愛くて白いヤツはレイリーっての、よろしくねェ!」

 

 口を挟む隙間が見当たらない。煽てられる所は煽てて、自己紹介までして立て板に水の会話ですね。輪に入れないよ、輪になって踊れないよ。メビウスの輪くらい続くね、ぶった切ってあげようか。

 …ところで可愛いって言った? 

 

「ヌ…犬?」

「そうそう、フツーの犬。場違いって感じの大型犬何だとさ、俺達はそいつを何処かで見なかったかって聞いて周って…」

「迷宮の中に居たけど、あれはヤバいよ。犬の方がね。かなーり人畜無害で無邪気なもんだから、おじさん達も毒気が抜かれちゃってさぁ」

「あっ、居たの? マジっすか、えっ、こんなの?」

「写真なんてよく持ってるなぁ…んー……ごめんねぇ近くだとちょっと最近ピントが合わなくて…あっこれこれ。浅い所にいた奴と首輪が同じだ、オークお前も見たよな…聞いてるかぁい!?」

「ヌ、お腹すイた…」

「お前そればっかかよぉ…しゃーない、無料のお粥貰ってくるからちょっと待ってろって。ああーキミたち、ちょっとコイツ見ててくれるかい? おじさんが戻って来るまででいいからさぁ」

「ヌヌゥ…肉モ、食べタい…」

「…!」

「それは後でな、じゃあちょっとよろしくね〜」

 

 これ居る? 必要の方じゃなくて所在の方。私の。

 いや待ちなさいレイリー・ケイス。出してけ存在感、可愛いだけじゃダメですよ。今こそ秘蔵のアイテムを使う時、ありがとうメリーさん。

 

「あ、あの…これ、どうぞ」

「オ…肉…?」

「…ジャーキーです」

「ヌオオ…!」

 

 振り絞った勇気に、遅れて出た言葉と品物。いや大きい、オークさんめっっちゃくちゃ大きい。所感としてはぶっちゃけ怖い。だって手のひらだけで私の頭が包めそうなサイズしてるもん。身長も2m半はあるよ、しかも熊並に毛むくじゃらだし。

 ぬおおって声も怖さを強くする、喜んでるのか怒ってるのかわからない。興奮しているのは何となくわかるけれど、サイズ差があり過ぎると冷静にどう思ってるかを考えられない。

 

「ヌぁりがとゥ…!」

 

 環さん秘蔵のジャーキーをまるで供物を恭しく受け取るようにして、オークさんが低く唸った。これは喜んでる…よね? 

 うん、大事そうに噛んでるし、きっと喜んでるはず。

 

「…個人的なおやつか?」

「メリーさんがくれたの、環さんのジャーキー」

「横領!?」

 

 人聞きが悪いなぁ、私が勝手に持ってきた訳じゃないからセーフだよ。たぶん。

 

「フゴフゴ…」

「待たせてごめんよぉ、ほらバジリスクの玉子粥…何食べてんの…盗んでないよな…!?」

「私の、ジャーキーです」

「いやお前のじゃねぇ…」

「き、君のぉ!? 食べても平気なヤツぅ!?」

「どういう意味ですか…?」

 

 まさか腐った物とかカビの生えた物を渡したと思われたんだろうか? だとしたらそれこそまさかだ、他人をゴミ箱みたいに扱った事なんて一度も……一度も無い。

 太陽くんにお母さん特製の惑星パンを渡したのは、私の善意からです。あと知的好奇心。普通の人がお母さんの手料理を食べたら、どう反応するのかが気になっただけです。

 

「君の身体の一部とかじゃ…」

「えっ」

 

 会話の要素に急にカニバリズムが混入してきた。食品に人肉を入れたらたぶん何らかの表示法違反ですよ、または栄養表示的な違反。これがダンジョン所在地、毎日が極限状態サバイバルですか。福利厚生とか倫理はどうなってるんですか。

 

「違ふご、コレ、ウシにふご」

「あっビーフジャーキーか、良かったぁ〜」

「何かとんでもねぇ勘違いされそうだったな」

「…うん」

 

 狂気的な勘違いを解いて、ふがふがふごふごとジャーキーをおかずに玉子粥を食べる、というより吸引するオークさん。ぬおォん、彼はまるで人間吸引機だ。

 そんなに美味しいんだろうか、バジリスクの玉子粥。というかバジリスクって何だろう、忍者が関連している? 部分的にそう? 

 

 胡乱な疑問がお粥の湯気みたいに掻き消えた所で、オークさんのバキュームも終わったらしい。清々しい笑顔です、粥の一片も悔いの一片も無さそう。

 そして満面の笑顔で私の前に立ちはだかって…いや怖い怖い、まるで目の前に壁が出現した感覚。圧倒的な存在感を伴って、私の前に来るやいなや。

 

「失礼しましたお嬢さん、ジャーキーをありがとう。いつか必ず、しっかりとした御礼をさせてください」

「!?」

「コイツ腹が減ると理性が無くなったオークになるんだ。具体的にいうとintが5も減る。上限10なのに」

「メチャ理知的ィ…コワ〜…」

「ハハハ、困ったものですね」

「他人事じゃなくてさぁ…まぁいつもだけど」

「ハハハハハ」

 

 劇的なまでのビフォーとアフター…何という事でしょう。言葉の端々にケモノテイストを感じさせるオークさんが、爽やかで柔和な、しかし確かな知性を滲ませる二足歩行の猪になったのです。

 見た目はそこまで変わってませんけれども。猫背気味だった背筋はピンと伸び、眠たそうな瞳は理性の輝きを湛えて、その大柄な体躯を私の目線に合わせるように傅き…いやなにこれ。

 

「さて、迷い犬でしたか」

「え、あ、はい…」

「ご安心を、必ずや私達が力になりますよ」

「はあ…」

「マジで同一人物…同一オークなんです?」

「いつもあの調子なのよ、しかも燃費悪いし。んん? おいおいオークぅ、私達ってお前、おじさんまで人数の勘定に入れてない? (ぼか)ァねぇ、これから準備して夜の街に繰り出すのもアリだって考えてんだから」

「パーティメンバーは一蓮托生、良い教えですね。私達オーク族に広めたい言葉です。もちろん人間族には浸透した教えなんですよね?」

「そんなもん時と場合に依るよぉ、なんだお前さっきまで脳みそがカブトムシみたいになってた癖にさぁ。信じらんないよぉ」

 

 おじさんの愚痴が止まらない…! 

 そしてオークさんの善意というか報恩も止まらない…! 

 

「一宿一飯の恩義は生命に関わるほどの大事ですよ、チヒロ。私達は獣ではない、その証明のために繋がりを大事にするのです。これは社会通念だけでなく、社会契約論的にも重要な事で」

「おうおうおう、なんだい御高説喋くってさぁ。今日の分は稼いだんだからいいだろぉ? 第一だぁ、普通の高校生を連れてダンジョンに入るつもりなのかい? 僕ァそれこそ知的な行動じゃないと思うよ? えぇ?」

「ま、まあまあまあ落ち着いてくれよ二人とも。改めて自己紹介しようぜ。俺は當真、普通の高校生。こっちはレイリー。お二人の名前は?」

「おや、そうでしたね」

「んもぉ〜」

 

 おじさんは牛だったのかな? 

 不満タラタラな様子を隠そうともせず、ため息を端々に漏らしながら口を開く。眠たげな瞼が特徴的で、天然パーマの黒髪もじゃもじゃ、無精髭のおじさんは…。

 

「竹塚 千尋。気軽に千尋お兄さんって呼んでくれてもいいよ、まだ30代後半だからね」

 

 …30代後半をお兄さんと見做していいのかは、議論の余地がある。それでも先程のほんのりピリついた緊張感を呼び戻したくないから、ここはグッと堪えておくのが得策だろう。

 ヘラヘラとした様子の竹塚のおじ…お兄さんは、太陽くんと握手なんてしちゃってる。この二人、距離の詰め方が凄いね。竹塚おじさんは大人の余裕とかいうアレですか。これは真似出来ないなぁ…。しなくてもいい気がするけれども。

 

 一方のオークさんは、服装…といっても濃い緑色の布切れを合わせた物の裾を器用に摘んで布のシワを伸ばしてから。これまた同様に、背筋を見えない糸で頭から吊られてるようにスッと伸ばしてから自己紹介をしてくれた。

 

「ただのアラフォーでしょうが。私はオーク、オーク・紳士・教師です…これは私達の習慣なのですが、種族名に役職名や称号を合わせる事によって個体名とするのです。ちなみに称号を奪い合う、私達オークの伝統的な勝負の事を号奪戦と言って、これにはとても長い歴史があり…」

「その話は怒られそうだからやめろってぇ!」

「…どうぞよろしくトーマ高校生、レイリー高校生。失礼やもしれませんが、高校生で合ってますよね」

「というかアラフォーとは聞き捨てならねぇなぁカブトムシィ! お前の脳みそなんてカブトムシだぞ、ええ? わかってるのかぁ?」

 

 合ってますよジェントルマンオークさん。鋭利な言葉のナイフはさておき、どこからどう見ても高校生ですよ。制服を見ればわかるでしょうが。

 

「それに見ろぉ、どう見てもレイリーちゃんは中学生だろぅ。着てるものだって都立の中高一貫校の制服じゃないか、まったくオークってやつぁデリカシーに欠けてるんだから…」

「アッ!! 千尋サン、拙い!!」

「は??」

 

 ピキィ、と何かが凍る音がした。

 これは空気の凍る音。もしかして私『雪女』になりそうだった時の影響が抜けてないのかな、うふふ。

 お前を雪だるまにしてやろうか。このオッサン。

 

「…あっ…ご、ごめんね…悪気はなくてさ」

「チヒロ…」

「カブトムシは黙ってろよぉ! 

 …あの、さ、女の人は若く見える方がステイタスなんだよ、オキニの…えっと、お兄さんがね、親しい女の人がそう言ってたから、僕ァ詳しいんだ」

「それって水商売の人っすよね…」

「まだおじさんが喋ってるでしょうがあっ!?」

 

 まぁいいや、凄まじく失礼な話だけれど慣れてるし。というか制服だけでどこの学校所属か判別出来る方が気持ち悪いし。マイナスにマイナスを掛ければプラス、そういうことにしておこう。

 

「まぁ…いいですよ」

「本当かぁい!? 後でクレーム的な…」

「犬探し、手伝ってくれますよね」

「も、もちろんだともぅ。おじさんね、ちょうど体を動かしたいって思ってたんだよ。結果の為には地道な努力ってモンが必要だからね」

「借金を返したいだけでしょうに」

「オークは黙ってろよぉ!!」

「借金持ちなんです? 大変そうっすね」

「……」

「キッズ二人の目が痛いじゃないのぉ!」

「やれやれ…」

 

 相手の失言はなるべく利用しよう。少々ズルい感じもあるけれど、今は犬探しが目的です。

 これで協力者ゲット、無料で。

 

「探索の準備をしましょうか、チヒロ。ロッカーの鍵を」

「ほれ。そんなに気合入れなくても平気じゃないの、浅い所しか行かないんでしょ?」

「そう言って油断した者から死ぬんです。迷宮探索死傷者の六割は初回探索者、残りは自称ベテランが三割でしょう。迷宮新聞ぐらい読みなさい、人間も知の研鑽を行ってこそ」

「わーかったわかった、わかってるって。ほらいいから荷物持ってこい荷物、脱出灯も買い足しとけよぉ」

「性急ですね、もっと人類は時間の余裕を持った方がいいと常々思っているのですが…」

 

 ぶつぶつと愚痴っぽい言葉を呟きつつ、ロッカー…と呼ばれる何かに荷物を取りに行くオークさん。

 

「僕達はあいつら程寿命に余裕がある訳じゃないのにねぇ、これだからオークは…」

 

 お互いに人種差故の文句はあるようだ。でもそれを飲み込んで命を預け合う仲だと推定するなら、竹塚さんの態度には信頼があってのもの…なのかも。

 

「愚痴っぽくなりそうだった、危ないわぁ〜。話変わるけど、當真くんとレイリーちゃんはダンジョン…迷宮…どっちでもいいか。とにかくダンジョンについて知ってる事ってある?」

「俺はそこそこ、ですかね」

「全然…」

「あ、そう? じゃあアイツが説明すると長くなるから、おじさんが一つだけ言っておくよ。それ以外のは、気になったら聞いてねぇ優しく手短に教えるよぉ…こう、手取り足取り…ね!」

「………」

 

 ちょっとキモいです。これは言葉のナイフ、万が一放ったが最後、恐らく竹塚さんの心は死んでしまう。危ない言葉はそっと心に秘めておこう、秘めるが花って言うもんね。綺麗な花には棘があるって言いますけどね。

 

 私の冷たい視線を感じてか、静かに、厳粛な姿勢を取って、冷静な表情に竹塚さんがその顔を塗り替えた。

 

「年長者として一言。

 絶対に油断するな。油断したら死ぬぞ。

 ……あっ、これだと二言だわ。あっはっは!」

 

 この人って、ちょっと余計な一言があるタイプだ。

 料理に何でもパクチーを入れる人みたい。

 酸いも甘いも噛み分けた怜悧な大人の一面を見せたかと思えば、一瞬で人好きのしそうな人懐こい笑顔をする。ギャップ萌えってこういうやつなのか、と能天気な考えが頭を掠めた。

 

「ま、何にせよ、だ。あのオークが助けると決めたんなら、おじさんも手伝うよ。そりゃあ何でって聞きたそうだから、教えてあげるよぉ」

「……」

「おい…そこは聞きたいですって顔しとけって…!」

「うん…」

「キッズたち、聞こえてるからね? おじさん、流石に耳まで遠くなってないから。一の位を切り捨てたら、ピチピチの30歳だから。いや位ごと無くなるならむしろ3歳のベイビーだよ」

「聞きたいです」

「レイリーちゃん、聞こえてたからね? 君の耳が遠くなったのかな?」

「…チッ」

「レイリーちゃんってそういうタイプなの? 舌打ちっぽいのも聞こえたけど結構いい性格してるんだね!?」

「よく言われます」

「褒めてないよぉ…!?」

 

 褒めてないの…? 

 太陽くんにもそう言われたけど、私はてっきりグッドな性格って褒め言葉だと思ってました。むしろファインな性格かな、うーんソーグッド。

 

「うぅん、おほん。オークってあのナリだろぉ、見た目と違わず鼻が利くんだよ。人の健康状態に発汗具合から、何となく怒ってるとか、嫌がってるとかの心情まで匂うんだとさ。そのアイツが警戒してないんだからキミらに裏が無いってことなわけ。

 ダンジョン探索だって浅い所ならおじさん達だけでどうにか出来るし、何とかなりそうって打算もあるけどね。

 にしてもいやぁ焦ったよ…まさか女子高生とイカツめの男子高校生に話しかけられるなんて痴漢冤罪か美人局か、もしくは良心に訴えかけるタイプの借金取りじゃないかって考えちゃったさぁ」

「竹塚サン…辛いことがあったんです…?」

「リスク管理が出来てるって言えよぉ! 大人ってのはそういうもんなんだよぉ!」

 

 オークさんの鼻が凄い事に感心すればいいのか、それとも竹塚さんの醸し出す、世間の風当たりの冷たさに同情すればいいのか迷う所。

 個人的には鼻が利くっていうのは便利だと思うけれど。年頃の女子としてはニオイってちょっとね、やめてほしいワードですね。ところでリスク管理が出来てる大人は、滅多に借金を負わないと思います。

 

「おじさんの会社がさぁ、なぁんか急にグループごと潰れちゃったんだよ。知ってる? 菱先グループって。あそこの傘下のデザイン事務所に居たんだよね、しかも結構重役だったんだぞぉ?」

「俺は何となく聞いた事あるって程度っすね…グループ企業って事は、将来安泰って感じもしますけど」

「菱先…あっ…」

「おっ、レイリーちゃんは知ってる?」

 

 ……菱先グループって、以前殺人事件についてのお仕事があった所じゃないですか。しかも実の娘を『座敷わらし』に仕立てて軟禁してたってメリーさんが言ってた…。座敷わらしが逃げ出すと、グループ企業であっても本当に一族郎党全体が潰れちゃうんだ…確かにリスク管理も何もないよね、怖ぁ…。

 

「それでねぇ、これがもう大変よ。ちょっとずつ切り崩してソフトランディングどころか、グループで一気に倒産の雪崩が起きた訳だから、取引先とは揉めるし務めてた人間には誹謗中傷の嵐、しかも破産申請して民事再生法ってヤツがあっても取引先にお金や商品の損失は払わないといけないんだよ。

 だから取り立てはダメって法律で言われてても、する人はするよねぇ…」

「せ、世知辛ぇ…!」

「いやホント、参っちゃうよ。それでおじさんは、現代のマグロ漁船ならぬ迷宮探索者にジョブチェンジする事になったのさ…はぁ〜…転職先が探索車なんて。歳の行った両親を安心させてやれないったら…」

 

 うわぁ…どうしよう、この淀んだ空気。竹塚さんの身の上話とため息で、風景の彩度が一気に低くなった気分だ。思い出はセピア調からモノクローム、誰か彼を助けてあげて、そう思わずにはいられない。涙ナミダのお話だね。

 

「隙を見せたうら若き少年少女にくだらない自分語りをするとは、人間の悪い所ですよ。チヒロ、猛省なさい」

「いいだろぅ別にぃ! 僕ぁね、こうして社会の一面を先んじて教えてるって訳だあ。言うなれば社会科見学だよ、えぇ? 

 それよりちゃんと荷物持ってきたか? 脱出灯は? そっちこそ隙なんざ無いだろうな?」

「言われずとも万全です、それでは参りましょう。今回の探索でも先頭は私、殿はチヒロが。お二人は間に居てください」

「あーい…そんじゃあ二人とも、気楽に行こう。おじさんたちに任せてさ、浅い所なら死にはしないよ」

 

 うん。この二人、何だかんだと言いつつ、いいコンビなのかもしれない。もちろんグッドの方、むしろナイスコンビ。

 

「ヌゥ…腹が減ッてキタ…」

「燃費悪いなぁオイ!! もっかい粥持ってくるから待ってろよぉ!?」

「仲良さそうだな」

「ね」

 

 ふふふ、ナイスコンビ。

 ちょっと羨ましい…かも? 

 

「あっとぉ…の、前に。二人とも探索届出した?」

「捜索届じゃなくてです?」

「はは、それも間違いじゃないかも。じゃあちょっと迷宮管理センターに行っといでよ、すぐ終わるから。同行者の欄にはおじさんの名前書いてね、カタカナで大丈夫だから。それが終わったら入り口で待っててよ」

「了解っす」

「…管理センター?」

「俺もよくわからん…立神の野郎…」

 

 えっ立神さん? 何で今? 

 急に他の女子の名前を出す…これってコンビ解消の危機ですか? 痴情のもつれ…!? 

 胡乱かつ慮外から来た混乱が頭を占める、太陽くんがそんな人だとはね。ショックです。いや冗談ですよ。

 

「あぁ…あいつの頼みで迷宮に入った事があるってだけだぜ。その時には迷宮管理センターと探索届なんて聞かされてなかったんだよ、これだから倫理観が終わってる転生者ってのは困る。

 結局俺も迷宮ってのに詳しくないんだよね、入ったら即死トラップが待ち構えてるし、ヤバいバケモノも居て、無防備だと死ぬってのは体験したけど。

 だからそんな変っつうか…何ともいえない表情すんなよ、偶然だぜ。たまたまってヤツ」

「そう」

 

 彼の驚くべきところは、私の喜怒哀楽が判然とし難い無表情に限りなく近い表情を読んで、何が言いたいか、または何が聞きたいのかを察してくれる所。本当に凄いと思う、よく仏頂面・無表情・鉄仮面って言われるのに。ふはは、怖かろう。その無駄な察しの良さ、脳波コントロールで何かを知覚してるのかな? 

 

「まぁさ、ちゃんと入るのは俺も初めてだ。怪我はさせねえから楽に行こうぜ」

「私も、君に怪我させないから」

「そりゃ頼もしい」

「………」

「本気で言ってるんだって、睨むなよ!?」

 

 睨んでないよ、憤慨してるんだよ。

 次の無言の抗議を恣意的に無視する為に、太陽くんは頻りに視線を移す。迷宮管理センターとかいう場所を探さなきゃならないのは同じなので、私もそれを追うようにした。

 探し始めてからほんの数十秒、灯台下暗し。めちゃくちゃに目立つ所に看板が出ていた。

 

「…で、迷宮管理センター? ってのは…」

「あそこじゃない?」

「んあ? あー…看板派手だなァ…上に怪獣王サマが居るでやんの、フォンセルランドさんが喜びそうだ」

「あの怪獣、好きなの?」

「聞いて驚け。あの人は映画ってだけでジャンルを問わず観るほどの映画好きだ、ただし評価の低い所謂駄作って物から観る、そんな奇特な趣味をお持ちでいらっしゃる。絶対に付き合わされるなよ、退屈は苦痛って言葉の意味を脳裏どころか頭全体に刻まれるぞ」

「なにそれ…」

 

 普通は真っ先に面白い物を観たりするんじゃないでしょうか。映画好きとは数あれど、名作駄作に一喜一憂せず、一心不乱に駄作を追い求めるとは。ひょっとしてメリーさんって求道者的もしくは苦行者的な生き方をしてるのかな。

 

「そうだ、カメラ持ってきてるか?」

「あるよ」

「あの怪獣王を撮ってお土産にしようぜ、出不精気味な受付兼事務員さんにプレゼントだ」

「うん」

 

 何だかんだ仲いいよね、付き合いが長いんだから当たり前か。その長さたるや、中学生の頃からのものだと聞いている。普段の距離感的には実の姉みたいなものだろう。そういえば髪色も似てるといえば似てるメリーさんの方が綺麗な金色だけれど。

 それにしても中学生の太陽くんか…どんなナマイキ少年だったんだろうか、気になっちゃうね。

 

「カメラ、パスパスゥ〜」

「はい」

「サンキュー…はぁいチーズ、ヨシ!」

「は?」

 

 カメラを手渡した途端、まばたき数回分の時間で不意打ちを食らわせて来た。どうやら恐らく中学生の頃と今も、ナマイキというかノンデリ野郎なのは変わってない気がする。

 普通はね、髪型を整えたりとかする時間を与えるものですよ、この馬鹿。ノンデリ。キンピラ。ペンギン。

 

「しゃあっ行こうぜー!」

「…はぁ…」

 

 彼は私の不満を溜め込んだ吐息も届かない距離まで、さっさと歩いていく。いつか殴った方がいいのかもしれない。

 

 

 

 さて、そんな訳で迷宮管理センターに入りました。ほんの数分歩いた程度、本当に灯台下暗しです。これは二人揃って節穴アイ。お揃いだね。アイと言っても真中先生のあだ名じゃないよ、あの先生は節穴じゃないからね。

 

 

 

 さて、さて。

 そもそもの旧新宿駅周辺の外観は、誰もが考える・見た事がある新宿のコンクリートジャングルなそれとは、恐らく様変わりしている。

 

 正確にはコンクリートジャングルの様相に、ダンジョンから漏れ出た怪物が壊したビルディングを、木と何らかの生き物のパーツで補修したチグハグな建築群。

 鉄筋コンクリートの経年劣化に対する耐性や防火性能を考慮するよりも、怪物の身体やダンジョン産の木材を使用する方がコストも修理のしやすさも、なんなら耐久性も良いらしい。

 

 銀幕の中の怪獣王の頭部が鎮座して、下々の人間をなんの気無しに睥睨する。そんな名物的映画館だった建物。旧新宿駅東口すぐの場所は、今や迷宮管理センターという名前で今も同じ怪獣の下、以前と変わらない賑わいを見せている。

 変わったのは…いたる所そこかしこに、図鑑にも載っていないようなシダ植物らしき何かが、まるで網か蜘蛛の巣みたいに建物の内外問わず地面と壁面、天井にまで所々張り巡らせられていることくらいかもしれない。無機質な都会の中で自然を感じさせる匠の技なのかもしれない…たぶん違う、テキトウな事を考えています。

 

「…また、凄い人…」

「外もそうだけど、この祭りでもあんのかって人数なのに全員もれなく命知らずっていうのが世も末っていうか。人間ってのは命よりギャンブルが大好きって事の証明になっちまってる気がするよな」

「掛け金が命なのは割に合わないと思うけど」

「だよなぁ。その真っ当な感性、大事にしようぜ。

 受付は…あそこか。順番待ちがあるみたいだし、俺が取ってくるから近くで待っててくれよ」

「うん。いってらっしゃい」

 

 一人ぽつんと手持ち無沙汰の時間が出来て、改めて周りを観察する。迷宮管理センターの中はいわゆる種銭が命そのもののギャンブル、その参加者がひしめき合った酷い混雑具合だった。

 

 雑音と雑踏で満たされた建物の中、小休止の場所を探して進んでいくと、特に目立つ事があった。

 人種のサラダボウルという言葉があるけれど、そこにちらほら獣耳だったり足の生えた蛇みたいな人だったり。さっきのオークさんみたいに毛が全身を覆っているような人も居たり。街中では滅多に見掛けない不思議な人々が散りばめられていたのだから、サラダボウルどころの話ではない。

 

 本当にファンタジーの世界に迷い込んだような錯覚が、肌と眼から染み込んでくるみたいだ。

 通りすがりに人の会話を盗み聞き…じゃなくて、偶然聞こえて来た話し声と内容も多種多様だった。

 

「やっぱり都会は違うなぁ…頑張ろう、みんな」

「ここが都会かオレ達の出身が田舎かどうかは関係ないだろ? とにかくやってやろうじゃねーか、なぁ?」

「う、うん。あの…ね、探索が上手くいったら…その…」

「そういうのは後で聞かせてやれよ、気が緩むぞ」

「そう…だね!」

「何か言ったか?」

「何でもねってよ!」

 

 何だかとても淡くて濃厚な色恋沙汰のニオイがする、目にはキラキラと輝く希望を集めた同世代くらいの少年少女。

 桃色の毛をした猫耳少女に、青髪の男の子と橙色の髪の男の子。服装はこれまたファンタジー、革の軽装鎧の男子達に暗色のローブを着た女子。

 そもそもの服装とか彼らの雰囲気が都会に似つかわしくないかはさておき。どうやらこれは…迷宮にも春が来てしまったのかな? 時間があれば、後日どうなったかをお聞かせ願いたいですね。

 

「俺達にはもうこれしかないんだ! 気合入れろ!」

「うぇ〜い…」

「声が小さい! そんなんじゃ借金返せんぞ!!」

「ウス…!」

「まだ声が小さい! もう一丁!!」

「オイィッス!」

 

 こちらは男、男、男が吼えている。男、否むしろ漢と書く、そんなむせ返るようなむさ苦しさと暑苦しさを持ち込んでいる方々。

 手に持つ武器は手斧や大剣といった、これもまた小細工なぞ不要、罠も怪物も正面から押し潰す事が男だと語っている。

 武器以外はいっそみすぼらしいと言われようと構わない、そんな服装と合わさって。こんな都市部に山賊が出て来てしまったという風格さえある。

 ところで本当の漢は借金返済を夢見て迷宮探索なんてしないのでは? と尋ねられてしまうと何も反論できない。ちくちく言葉はやめてね。

 

「……大丈夫よ、大丈夫だから…」

「お母さん…」

 

 あの人たちは…親子連れ、だろうか。

 少しだけ耳を澄ませて、歩みを緩やかにした。

 

「お母さんが守るから、大丈夫だからね…きっとお父さんと会えるわ…!」

「うん…」

 

 自分に言い聞かせるような言葉と、視線ごと包み込むようにお互いを抱きしめる一組の親子。

 あの人たちは言動の端々から推察するに、これから迷宮に入るのだろうか。それとも迷宮に入った父親を待っているのだろうか。そのどちらかだろう。

 母親の張り詰めた表情と、それをじっと不安そうに見つめる子ども。子どもは恐らく父の心配だけでなく、母親の顔色が悪いことから何か察しているのだと思う。

 

「よっ、お待たせ…どうした?」

「…何でもないよ」

「…そうか? そうでもないように見えるぜ」

「そう?」

「ああ。だから一つ言っておくと、俺達が気にしたって仕方ない事もある。どんな事情があるのか、如何に抜き差しならない状況か。そんなもんは聞かなきゃわからねぇんだ。

 しかも細かく訊いたところで助けられるとも限らねぇ。だから、あんまり気にすんなよ」

「ん……」

 

 このノンデリ野郎は敏くていらっしゃる。私があの親子を見て、何を思っていたのか。どうにか助けになれないか、なんて考えていたのもお見通しなんだろう。

 

 それでも助けてほしい時に手が差し伸べられない事の残酷さと。世界には自分しかいないような、思い過ごしの耐え難い孤独が運んでくる寒さ、どちらも身に沁みて知っている。

 

「ところでぇ申し訳ないんだけど、もうちょっとだけ待っててくれ…あ、番号札渡しとく。呼ばれるかもしれないじゃん」

「え、うん」

「頼んだ。

 ……おーい、そこのお母さんと娘さぁーん!?」

「!?」

 

 な、何をする気ですかノンデリ野郎…!? 

 周囲の目が一瞬、普段なら目立つ彼の髪色に集まった。でも迷宮周辺特有の雑多さに、多少の揉め事は何だいつもの事かと誰も触れようとしない。

 

「…!」

「…! …?」

「………」

「…。…! …!」

「…!?」

「…で。じゃあソレ、好きに使ってくださいよォ!」

「ありがとうございます! ありがとうございます…!」

 

 声の大半は人垣という吸音材に染み込んで無くなっていた。でも晴れやかな彼の表情と、何度も頭を下げつつ大声で感謝を述べる親御さんを見れば、何をしたのかは見えずとも結果は明らかだった。

 

「何したの?」

「べっつにィ〜、ちょっとした余り物を渡したら、何か知らんけどえらく喜んでくれたってだけだな。っつーわけで。後顧の憂いってのも無くなったし、明るく行こうぜ!」

「ふふ…そうだね」

「なんだよ、いい笑顔じゃん。普段からもっと笑ってた方がいいんじゃねーの? 第一印象は大事って言うじゃんね」

「いいの、別に」

 

君以外の相手に見せる気はそんなに無いから。

 …本当に、お人好しなんだから。

 

 

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