はい!こちら『愛に溢れる探偵事務所』です! 作:枯華院 清日
そうは言っても、女性を…というよりもヒトを全裸のまま放置しておくのは忍びない。ええ、別に、決して、彼にスタイルの良い裸をまざまざと見せつけたくはないとか思ってはいない。
「…胸の辺りが…少し…苦しゅう…ございます…」
「……」
「もう着たかァ!?」
その胸が大きいアピール必要ですか? 今はね、どこに何が当たっても傷付く繊細な方だって居るんですよ。ちくちく言葉って言うじゃないですか。ねぇ?
「他も…いえ…」
「………」
「レイリー聞いてる!? …って着てるじゃーん! チサトさん、結構似合うね。タッパがあるからか?」
「はあ…左様で…されど帯紐が如き物が無ければ…」
「あ、ベルトか。竹塚サン持ってっかな…最悪革紐辺りで代用するしか無いかも、着てないよりはマシって事で今は我慢してくれよな」
あっはっは。腰だけが無闇に細くて困りますって言いたいんですね。しかも太陽くんも何なの、焦るでもなく赤面するでもなく普通に喋っちゃって。完全に私の空回りじゃないですか。もしかして女性の裸とか見慣れてらっしゃる? やはり金髪はチャラチャラしてるという風評は正しかかったりするんですか。
「んじゃあチサトさんが五体大満足になったところで、あんま待たせるのも悪いしさっさと戻るか。レイリーもサンキュな、いやぁ焦ったぜ」
「は……」
「………」
何か余裕がありますね〜…レイリームカつく。
まあ私のフラストレーションというか不満はさておき。
「あれぇ、おじさんの見間違いかな。リカちゃんに手足が生えてるけど…?」
「生えてますね。トーマくん、君は何をしたんですか?」
「回復薬ってあるじゃないですか、あのクッソ高い激ヤバ薬。あれの本物をたまたま何個か持ってたんで、使っただけっす。そしたらこんな事になるとは、俺も思いませんでしたけどね。まっ、生首に話しかけるよりは精神衛生上いいと思いません?」
「…回復薬ぅ、本当にぃ!?」
「身振り手振りがある方が、コミュニケーションは円滑に進むのは間違いありませんね。回復薬を持っていたのは驚きましたが、判断としては素晴らしい。しかしそのような貴重品、所持している事は言いふらさない方がいいですよ」
「俺だって相手は見てますよォ。あっそうそう、本当はここを出たら渡そうかと思ってたんすけど。これ今渡しときますね、協力料ってヤツです」
「おいおい少年よぅ、まさかそれって」
「回復薬っすよ。後三本分はあるんで貰ってください」
「えええ怖ぁ…最近の若者って何考えてんのか、僕ァわかんなくなってきたぞぉ」
「コレの大元を知ってるんで頼み込めばたぶん貰えるんです、マジで気にしないでくださいよ。というか…その…ちょっとキモ…あんまり持ってたく無いんで」
回復…薬?
私のような一般ピープルには聞き慣れないどことなくファンタジーな名前が出てきた。さり気なくキモいと言ったけれど、液体の正体は何なんだろう。確かに考えてみれば生首さんの身体をあっという間に修復するのだとしたら、気味が悪いというか気持ちが悪いのかもしれないけど。
「んじゃあそういうわけで。改めて自己紹介していきましょうよ、俺は探偵事務所の雑用で名前は……」
あっ、スルーしちゃうんだね。まあいいか。
そういえば疑問だった事として、リカさんが自己紹介の前に私の名前を知っていたんだけれど。太陽くん達に名前を呼ばれていたのを聞いていたようだ。耳が良いんですね、これには私も驚きを隠せません。
「そんで。結局チサトさんをどうするかって事なんだけど…警察に任せます? 明らかに事件性あるじゃないですか、身元も家もわかんねぇならそうするしか無さそうっつうか」
「それがベターだよねぇ」
何だかんだ国家権力は頼りになりますよ。記憶は無いし身元も不明の女性でも、個人が囲っているよりは良い方向に向かうだろうし。というか私達が危害を加えたとかの冤罪をかけられたらどうするんですか、常識的に考えましょう。
「後ろ暗くなければ公権力に頼るのは当然の帰結でしょうね。チサト、あなたもそれで問題は…チサト?」
「出来れば…ですが」
どうにも伏しがちな眼と。回復薬とやらの影響か、首だけだった時よりも伸びて、顔の前が全く見えない程の黒髪の線、そこから垣間見える瞳が前を向いた。
「このまま、放っておいては…いただけないでしょうか」
薄ら暗い、真っ黒の瞳。諦めなのか、それとも自棄を起こしているのか。声色と視線が語るリカさんの心情は明確に拒否を示している。
「そういう訳にも…」
いかない。
そう私の口が動く前に、竹塚さんがウンザリした面持ちで遮って。睨むように話を始めた。
「あー…おじさんさぁ。ちょっとまだるっこしいって思うんだよね。リカちゃんは記憶喪失って扱いにしてほしいんだろ?
…人間の記憶喪失には大別して二つ、細かく分けて三種類あるんだよ。一つが意味記憶、リンゴってのが何を指すかってモノね、これを無くすと沈丁花だのかき氷だのって何なのかわからないはずだよ。
二つ目が手続き記憶。自転車の乗り方とかを忘れちゃうんだけど、普通に服が着れたんだろう? ボタンだって自分でかけられたんだ。
三つ目にエピソード記憶。昨日何が起きたか覚えてられなくなる。わかるかい、これが無いと警察に連れて行かれるのが嫌だ、放っておいて。なんて、何らかの過去も無しに言えないんだよ」
…なるほど?
流石は元医学生といった所でしょうか。医学的な記憶喪失の定義から、リカさんの不自然な点をつらつらと挙げていく。顔付きもさっきまでのへらへらした様子は無く、冷徹そのもの。大人って怖いですね。
「だからさ。放っておいてほしいなら、その理由ぐらい説明しないと誰も納得しないよ。で、現状で話せる事は話しなよ。君はゴミ袋の中で首だけになっても、生きたいから藻掻いてたんじゃないか。だとしたら僕らには何も言わなくてもいいけど、袋の中から助けて貰った相手に失礼ってモノだろ」
「竹塚さん、そこまで言わなくても…」
「言うべき事は言わないとダメだよ、レイリーちゃん」
「生きたいから…生きたい…わたくしが…?」
義理を通せ。まとめてしまえばそれだけの事だろう。私としてはそこまで考えてはいない、単純に無関心はやめようという幼稚な好奇心か、もしくは後顧の憂いを取り除く為という、過去に魘された情けない警戒心か。たったのそれだけ。
リカさんが生きたい云々も定かじゃない。判然としている事は、誰かに遺棄された末に迷宮に入り込んだであろうという事。それは一体なんの為に…?
「ま、そんな訳だぁ!」
「…は…」
張り詰めた空気をガラリと変えて、からから笑う竹塚さん。心なしか体感気温が急変動した気さえしてくる。風邪ひきそうですよ、やめてね。
「そもそも、リカちゃんの素性も知らないんだよぉ僕らは。とにかく君に害は与えないって覚えといてよ。それと、話せる事があるなら言ってほしい。女の子が迷宮に一人なんてダメダメぇ、せっかく拾った命なんだからお洒落して楽しんだりしなよ?」
「…はい…そのように…」
「出来立てじゃあないケド、チサトさんも飯食べます? 腹減ってないすか?」
「スープの残りもありますから食べてください。肉を御所望なら、保存用にしておいた物を炙りましょう」
「いえ…わたくし…肉は苦手で…」
…何とかなりそう、かな?
結局大人にフォローしてもらったのは、悲しいやら情けないやら。次は気をつけます、ありがとう竹塚さん。頼りになる大人に出会えて幸運です。
「…暖こう…ございますね…」
流れるように席に案内されて、極彩色シチューを出されたリカさん。恐る恐るといった感じだけれど、一口、また一口と食べて、そう呟いた。ところでシチューとスープの違いって何でしょうね。具材がゴロゴロ入ってるか入ってないかの違いとか?
「…一つ、お話いたします…」
そのまま黙々とお椀の中を減らしていた途中。何かを決めたような声色で、リカさんがもう一度口を開いた。
「…細かくは覚えておりませんが…皆々様、鷲の意匠に心当たりは…ございますか…?」
「鷲ィ?」
「あの猛禽類のかい? いやねぇ、おじさんは野球なら日公ファイターズって決めてて…だあって巨神とかヤワ銀なんてお金で選手買ってるような…」
「チヒロ、それ以上は戦争ですよ」
竹塚さん、ツーストライクって所ですね。
「オッケーオッケーおじさんが悪かった。で、鷲の意匠? どんなデザインだい…あー…描こうか。キッズにおじさんの腕前を見せちゃおうかなぁ!」
「そういや料理中に聞こえてましたけど、竹塚サンって元デザイナーなんすよね。期待しちゃうなァー!」
「任せとけぇ? いいかぁ…複雑じゃなくていいなら、このままパパっと主線をつけてぇ…」
さり気なく乗せたね太陽くん。そして乗せられた竹塚さんは、白衣の裏ポケットから紙とペンを取り出して、さらさらと鳥の頭部を描いていく。正面のもの、横を向いたもの、真後ろはなくて、斜めのアングルの三つ。
「よぉし、この内のどれが近い?」
「はー…上手いっすね」
「だろぉ!?」
「…この、横を向いたものに…身体は背面で…」
「おっと。ほうほう…こんな感じで…うーん、どう?」
「…とても宜しい感じです…されど、もう少し翼を…」
「いい感じ! いい感じっすよ竹塚さん! いい感じですけどもう何パターンかお願いします! 明日までで大丈夫ですから!!」
「デザイナー時代トップクラスで聞きたくないかった言葉はやめろぉ! どっから仕入れてくるんだそんな言葉っ!? 魂の殺人だぞ!」
お仕事って大変ですよね。私は学生ですけれど。
人の心とかを薄めた、デザイナーにダメージを与える魔法の言葉が直撃した竹塚さんは、脂汗を滲ませながら着々と鷲を形作っていく。ふふ、かわいそ。
「…ど、どうだっ!? んー、僕ァなんか見覚えのある感じがするぞぅ。どこで見たんだったかな…」
「私はありませんが。お二人はどうですか?」
「無いですね、形は合ってるんですよね?」
「ええ…はい…およそ、このような…」
「竹塚サンと一緒で俺もなぁーんか見覚えがあるな、つい最近見かけたような感じ…あー…」
「…左様ですか…わたくしを、かの袋に詰めたるは。斯様な紋様を付けた者達にございまして…」
「…えっ?」
小さな驚きが口を突いて出た。
者達、ということは複数人。そしてシンボルマークを着けている。つまり組織的に行われたことだと。
「あー! そうそうそう、思い出したっ! コレを銀色にしたら、自平党のロゴじゃないか!?」
「いやちょっと…政治の話はNGっていうか…」
「そういう話をしてんじゃあないよ當真キッズぅ!」
「なるほど人間の政党、いわゆる政治集団ですね。ということは貴方達の独自の政治形態ですか、道理で私には覚えがない訳です」
「……」
「もし…れいりい様…?」
大変です。政治という煩雑かつ乱雑、そして話し込むとトラブルの元になりかねない面倒極まるものに対して、まるで興味が無い事がバレてしまいそうです。政治なんて遠い話。誰しもそう思いませんか、思わない? ええっ!?
言い訳、言い訳をさせてください。そもそもですね、ソーシャルネットワークどころか、ネットワーク自体が一般的には触れられないし。ニュースとか新聞も広告や天気予報が主で、まともな情報源にならないじゃないですか。
たまに広告を見ても。おっとクラスメイトの淋代くんだ、今日も顔がいいね、広告のお仕事ってお給料どうなってるんだろうとか考えるのが関の山ですよ。太陽くんだって話を遠巻きにしているのがその証拠ってものです。
「まぁーね。野球・宗教・政治の話はやめろ、さもなきゃ喧嘩になるか血を見るか。ってのはおじさんの頃も言われてたからねぇ。それにしても政治に無関心過ぎてもいけないぜキッズ、いいかい? 政治ってのは遡れば昔の東西問わず美術にも影響を及ぼしていてだなぁ」
「そういうのはいいんで…」
「レイリーちゃあん!?」
ちょっとね…政治とか公民のお話って苦手なんですよ。レイフマン先生の地歴の授業だって、眠気に負けて船を漕がないように必死なんですから。
「どこで見かけたんだったかなァ…結構最近のはずなんだけど…」
「選挙ポスターとかじゃないの」
「ポスター…じゃねぇんだよな。まあそのうち思い出すだろ、たぶん。生憎そういった知識ってのは高校生じゃイマイチだよな、選挙権だってまだだぜ?」
「キミらねぇ…自平党ってのは一応曲がりなりにも日本の政権与党なんだから、少しは勉強しとかないと後々苦労しても知らないぞぉ。そう言うおじさんも苦手だったけどねぇ!」
「わたくしは…まるで、存じません…」
「チサト同様、私も当然詳しくありません。何せオークですからね。ただ…そうですね、私達のような見た目を違う者を受け入れるようにした事や、この迷宮周りの法を定めたのは、主に政権交代後の与党と物の本で読みました」
「そうそう。それでオークだとかホビット達みたいな…あー、見た目が違ったり『噂』で出現した方々の法の厳守と引き換えに戸籍の取得とか。身近なとこだと迷宮取得物の持ち出し厳禁とか、そこら辺をスムーズに決めたんだったかな。ホビット民権運動とか、有名な判例に立法なんかの色々の詳しくは学校の先生にでも聞いておくれよ、おじさんも専門じゃないからさ。
しっかしぃ、こう複雑になってくると、最近の年表を覚えるのも面倒だよねぇ。おじさんが今の教科書見たらギブアップしちゃうかも」
今ギブアップしそうなのが私です。ふふふ、受験勉強とかもうね、もっと楽にならないですか。ダメですか、ダメでしょうね。
歴史に限らず地理というか特に地図とかがそう、何か上滑りしませんか。見たはずなのに頭の中からふわっと消えていく感じ。赤点回避は出来ますけれど、点数の上乗せは辛いです。
「まっ、とりあえず當真くん達の目標は達成したんだ。後のことは外に出てから決めようじゃあないか、思いがけない臨時収入もあっておじさんホクホクだよ。何よりこっちの消耗が無かったのがいいよねぇ」
「片付けを済ませてダンジョンから出ましょう、あまり長居しても危険が多い。お二人の目当ての犬くんは、彼でいいんでしょう?」
「ワンッ!」
「そーっすね、話し込むのも外での方がいいや。迷い犬も、このワン公で合ってますし」
「はい」
迷宮探索。確かに危なかったけれど、何とかなって良かった。特にあの、触手なんとか罠? あれはダメでしょう、公序良俗に違反してるよ。
「…わたくしは…」
「リカちゃんも行くんだよぉ! 自分の行く末なんて、結構何とかなるモンなんだから後でじっくり考えなって。いいかい? おじさんなんて前職デスクワーク派だったのに、こうして偶然命拾いするような…」
偶然といえば、本当に偶然助かった。リカさんがどんなに暗い顔をしていようと、私だって同じような状態だった訳です。そういう意味では先輩ですね、リカさんの方が年上だろうけれど。
だから、こうして言葉を贈ろう。
「助かったんだから、捨鉢になるんじゃなくて。前向きに生きてください。私はそうしてますよ」
「レイリーちゃんはアレだね、結構おじさんの言葉を遮るよね。悲しくて泣きそうなんだけど」
「竹塚サン…申し訳ねえ、レイリーってこういう所あるんで。若気の至りってヤツで許してやってください…」
「本気じゃないよぉ!? いい年した大人が泣くわけないだろぉ! そんな事したら、若い内は心配されても大人になったらヒソヒソと後ろ指指されるんだよ!」
「…………」
ええい外野というかおじさんにノンデリマンがやかましい。おそらく何か考え込んでいるリカさんの邪魔になっちゃうでしょうが、まったくもう。
「ダンジョンの厄介な所は、時間が経てば経つほど安全ではなくなる事が挙げられます。聖水は撒いてありますが、蒸発し切るまで然程猶予も無いでしょう。
チサト、あなたはどうするんですか?」
「………」
聖水って何なんでしょうね。外で売っていた物は透明で、ごく普通の水っぽく見えましたけれど。オークさんの説明から考えるに、危ない生き物を寄せ付けない効果とかがあるんでしょうか。うーん、とってもファンタジー。出来ればこれから先の人生では無縁でいたいですね、危ないから。
オークさんの呼び掛けから、数十秒程して。リカさんの顔が持ち上がる。相変わらず顔は見えにくい、そのうち髪の毛切りましょうね。
「わたくしは…」
「ジタバタするんじゃねぇコノヤロウ!!」
「えっ」
「げえ!?」
「…時間切れでしたか」
「うわ…これがアレです? 新宿ダンジョン名物の…」
まったく聞き覚えのないヒトの声。声の音量は遠慮も配慮も無く、そして脈絡もない。そもそもジタバタなんて一切していないし、そんな事を言われるような謂れだってありはしない。
急に出てきたこの人影は何なのか。
髪型はオールバック、顔にはサングラスと傷跡。成人男性らしき体付きをまとめ上げている白スーツ。それが所々破れかけていて、身体に描かれている模様…というか絵が垣間見える。
あまりにもステレオタイプな、早々お目にかからないまでの…。
「ダンジョンヤクザだ!」
そうヤの付く自営業の…ヤク…え??
「クソッ、迷宮ってのは訳わかんねぇな!?」
「えっ? えぇー…?」
「レイリーさん、早く逃げますよ! 犬くんはこちらへ!」
「ワフッ」
「リカちゃんも早く! 指取られるぞ!」
「は……」
呆気に取られてる内に、えっと…その…極道? の方が木々の奥から続々と。上半身裸のヤクザさんに、黒いジャージの上下に金のネックレスを着けた尖兵らしきヤクザさん。後ろには拳銃を持ったヤクザさんも居ますね、何かおかしいよね、迷宮って何なの?
「時間の無駄だっつってんだコノヤロウ!!」
「うおぉ!? 撃ってきやがった!?」
「人型ってのがタチ悪いよねぇ! こっちが躊躇ってんのに向こうはお構い無しだってぇええ!?」
「多勢に無勢なのも良くないですね、レイリーさん。こちらフライパンです、頭を守ってください」
「あ、ありがとうございます…?」
「言ってる場合か馬鹿オークぅ!?」
「………」
慌ただしくその場から全力ダッシュ。本当はどんな存在なのか理解が及ばないけれど、流石に人に発砲するのは躊躇われますよ。お父さんも、人には絶対に撃たないようにって言ってました。
もっとも、人の形をしているものに平然と攻撃出来る、という人の方が珍しいのは当然だと思いますけどね。いつぞやの『てけてけ』みたいに人の形をしていない方が気が楽まであります。
だからこそ全員一目散に逃げてるんですが。後ろを見ると、別の種族だから攻撃しやすかろうとはいえ、オークさん一人ではどうにもならない数のヤクザの軍団になっている。
「………これらを、如何ようにしますれば…よろしいでしょうか…」
「いーから逃げんの! わかる!?」
ドスや短銃の群れが大挙して追い掛けて来る中、どこか他人事みたいにリカさんが言う。
どうもこうも無い、とにかく今は先導している竹塚さんに追い付くように逃げるしかない。
「オーク様…長槍、少々…拝借致します」
「チサト、何をっ…」
「皆々様は…お離れください…。勝手が違いますので…」
「ゴチャゴチャうるせぇんだコノヤロウ!」
「なんやコイツ? 舐めやがって。おい道具貸せぇ、タダラじゃおかんぞコラァ!!」
一人振り向いて、人の大群に巻き込まれるように。
「おいコラァ! 舐めとったらあかんぞワレェ!」
「リカさん!!」
「目を…お塞ぎください…」
「何やってんだチサトさん! やるしかねぇか…!?」
「なにがしたいんじゃワレェ! ああ!? 早くやれよ! オモチャかコレ!?」
「早く…ええ…」
「死に晒せぇ!!」
ヤクザさんの群れの奥の方から、聞き慣れた火薬の弾ける音がした。
「く…う…」
「指ぃ詰めたらんかいコラァ!」
「ふ…」
音の正体は勿論拳銃、当たり所が悪ければ致命傷になる。それは本来例外の無い事実。
そのはずだった。
「参りまする」
はっきりと聞こえたリカさんの声。冷たくて、不気味で、心臓が凍るような色をしていた。それに続くようにすとん、すとん…。と、よく研いである刃物が、まるで抵抗も無く草花を刈り取る手軽さで。
「か…ぇげ」
「何しやがんだこのアマッ…」
「ひとぅつ…ふたぁつ…」
他者の言葉を遮るのではなく。その言葉を紡ぐ元、口ではなく首。あるいはその声帯ごと。
「カッコつけてんじゃねえよコノヤロ…」
「みいっつ…」
「リカさん…?」
短剣が括り付けてあるようなオークさんの槍の先端を切っ先として。器用に、それでいてぞっとする程鮮やかに。絶え間なく押し寄せていたヒトたちの。
「こっ…」
「よおっつ…」
首を、切り落としていた。
「お、オイ…どうすんだよコノヤロウ…」
「どうするったってワレェ…」
「次は…あなたですか…?」
「なっ、なんだコノヤロウ!?」
地面に付くほどの長い黒髪が相まって、対峙しているヤクザさん達には死神に見えただろう。眼光さえ覗かない、薄暗い死そのものが呟いているように思える。
「も、もういいよ…木村、帰っ!?」
「疾く…失せねば…」
「なっなんなんだテメェコッ…」
「次は…どなたかしら…」
「ひっ!?」
拳銃に撃たれ、胸元に風穴が空いている。
ヤクザの短刀も、実は何本か反撃に成功している。そのせいか、元は白衣だったものは赤黒くなっていた。
それでも尚。ヤクザさんたちが全員逃げ果せるまでの間。リカさんは手当り次第に彼等の首を刎ね飛ばしていた。
…ところで、木村って誰なんでしょうね。
迷宮は疑問がいっぱいだ。