こんがらがりーな   作:回者

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今、絶対顔とろけてますよ!

「大丈夫か、アントニーナ!」

 

 結構強く転がったはずだが、教授は平気そうにしている。それどころか、第一声が私への無事を確認するものだった。

 

「おかげさまで無傷ですよ……ただ、腕は放してほしいです」

 

 この光景を誰かに見られていなくてよかった。だって、教授に体を掴まれて、傍から見ればハグをしているみたいだったから。

 

 

「教授、あまりジロジロ見ないでくれませんか。意識がそがれます」

 

 あの後、手錠を外そうと二人で色々試したが、どれも上手くいかなかった。引きちぎろうにも輪ゴムのように伸びてきりがないし、ハサミなんかでは断ち切れないぐらいには頑丈だったのだ。

 

「ああ、ごめん。アントニーナが司令室にいるのが珍しくて、なんだか落ち着かなくてな」

 

 といっても、リコに苦情も兼ねて連絡してみたところ、どうやらそんなに焦らなくても良いようだ。あくまでジョークグッズだから、時間経過で勝手に外れるとのこと。それならばと思い、助手になってのんびりと解けるのを待つことにしたのだ。

 

「それに、最近はアントニーナとは通話ぐらいでしか会っていなかっただろう。だから、この状態が意外に楽しいんだ」

 

「本当、教授は図太い神経してますよね」

 

 まるで何でもないことのように、今みたいな恥ずかしい台詞を教授は口にする。とんでもない人たらし、いや言葉の意味が分からないような大馬鹿なのかもしれない。

 

「私にもちょっと分けてほしいですよ。先ほどからなんだか嫌な予感がしていますから」

 

 リコに連絡してからずっと、何か騒ぎが起きそうだとか、何かを忘れているようなそんな感覚があるのだ。演算した結果とかではなく、虫の知らせともいうべきスピリチュアルな直感であり、そんな奇妙な不安が私の中をうごめいていた。

 

「大丈夫。リコは商売上手だが嘘はつかないじゃないか。それに、こうして部屋に籠っているんだし、何も起こりようがないさ――でも、不安になる気持も分かる」

 

 私に明るく話しかけていたが、教授もどこか思うところがあったのだろうか。椅子をガラッと引く音が響く。紐を伝って、手錠が震える感覚がした。

 暖かいものが頭に触れる。ちょっとゴツゴツとしていたが、それは優しく、そしてゆっくりと頭を撫でまわしてくる。

 

「……教授、なんですかこの手は」

 

 作業していた手を止めて、教授を睨んで見せる。流石にここまでされると、驚きよりも呆れが先にやってくる。しかも、意外に手の動かし方が巧みだ。

 

「先のことが気になって仕方ないなら、無理やり考えさせないようにすれば良いと思ってね。頭を撫でられたら、どんなに嫌でもそのことで一杯になるだろう?」

 

 教授は撫でる手を止めない。暖かい目をしながら、なでなでなでとリズミカルに触る。私の視線も気にかけないようだ。一応諦めずに睨んでおくが、教授と目が交差する時間が増えていくだけだった。

 私と教授の二人だけの時間。髪が緩やかに揺れる音だけがこの部屋を支配していた。

 

 

「むふふふ、しゃったーちゃーんす☆」

 

 カシャッ、カシャッと乾いた音と共に部屋が眩しく照らされた。それと同時に、解けていた意識が瞬間的に目覚めたのを実感する。ぎぎぎとぎこちなく視線を音の鳴った方、扉に目を向ける。

 

「教授と合法的に一緒にいれる口実になると話題になり、一躍大人気商品となったあのジョークグッズ……一体始めにその権利を手に入れたのは誰なのかと思って見に来てみれば……まさかアンナさんだったとは!!」

 

 愛用のフィルムカメラを構えて、ジャーナリストであるウィロウは私たちを眺めている。その声は弾んでおり、持ち歩いているらしいメモ帳に何かを一心不乱に書き込んでいる。

 

「教授に良い印象を持っていないと思われていたアンナさんでしたが、実際はなでなでされたいといった甘え心を隠し持っていたのです……うん! 絶対これは大スクープになるよー!」

 

 仕事は終わりだと言わんばかりに、ウィロウはそそくさと部屋を退出しようとした。

 

「行かせない!」

 

 すぐさま拘束コードを実行し、ウィロウに命中させる。その途端、ウィロウは現れたコードによって、足を縛られ、なすすべもなく地面に転がった。

 とっさのことで端末が使えず、あまり長くは続かない拘束だが、これで十分だろう。

 

「まず、私が教授に甘えていたというのは大間違いです。あれは教授が勝手にしてきたことで、私はずっと迷惑でした」

 

 誤報は正さなければならない。いつから見ていたのかは知らないが、どう見たら私が撫でられるのを好んでいたように思えるのか。

 

「いやいやーそんなわけないじゃないですか。カメラにはしっかりととろけた目や口に、撫でられやすいように頭を動かしていた姿が写っていますよ! 明日の記事を見ればはっきりします!」

 

「はあ……あり得ません」

 

 ベティとかならまだ分かるが、普通そんな簡単に人の表情は綻ぶものではない。営業モードのように、意図しないと表情というのは柔らかくならないもので――ああ、教授そこじゃないです。前の方を少し速めにお願いします。

 

「今! 今、絶対顔とろけてますよ! そうだ、カメラのレンズで反射させて……ああ、カメラが!?」

 

 何か企んでいるようだったから、コードでカメラを弾いた。

 

「とにかく、教授、どうやら不安が的中してしまったようです」

 

 そう、私はリコの商魂たくましさを忘れていた。バレンタインのときもそうだったが、教授が関連するとなぜか商品の需要は倍増する。リコは私と教授のハプニングを聞いたことで、そのことを思い出したのだ。

 ウィロウが言ったことが本当なら、今にも手錠を持ったたくさんの人形が司令室にやってくることだろう。

 

「教授、今すぐ司令室に鍵をかけましょう」

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