セミダイブ!   作:小沼高希

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栩栩然として学生也 9

「はいじゃあ来週までに各自のランニングフォーム分析を参考にレポートを作ってくるように」

 

長袖のジャージだとちょっと暑いぐらいの天気の中で三時限目の身体運動科学実習が終わる。授業を担当した先生は環境生命学部情報生命学科の人で、人間の動きを専門にしているらしい。なので体育らしい授業とはいってもかなり高校とは違うアプローチだ。高校もこうだったら良かったのに。

 

カメラの前を走った時のデータは分析されて学生アカウントに紐づけされたオンライン授業システムに送られているはずだ。なのでこれを見て書けばいい。具体的な方法についてはわからないがたぶんスライドとかあるだろ、無かったらメッセージ送ればいいか。

 

「なあ河辺、レポート書いたら見せてくれよ」

 

更衣室を出て歩いていると、北尾という見るからにお調子者の大学生と言った風貌で同じ学科で同期の男子が僕に話しかけてきた。

 

「自分でやりな」

 

適当に流してキャンパスを出口に向けて進む。これで今日の授業はおしまいだ。

 

「そんな事言うなよ」

 

「AIの出力をそのまま使うことも他人のレポートを写すことも不正だって言われただろ」

 

「……そうだけどさ、やっぱりみんな」

 

「少なくとも僕の知る限り、そういう事やっている人はたいてい碌でもないことになってる」

 

それなりに強めに言っておく。今どきは誰から写したかすら文章特徴解析から一瞬で特定される時代だ。参考にした程度であれば許されるが、その場合でも一言協力者の名前を書いておいたほうがいいとされている。

 

協力自体は禁止されていない。研究というのはチームワークなのだ、と入学してすぐの情報工学倫理ガイダンスで言われた。ただあまり信用していない相手に見せるほど僕もお人好しではない。

 

「そっか、なら仕方ないか」

 

「あと線形代数の課題は明日締め切りだからな、忘れるなよ」

 

「わーってるって、真面目な河辺くん」

 

別にいじられているとかそういうのではなく、彼なりの人間関係の築き方なのだろう。好きかどうかと言われると微妙なところであるが、何かあった時に頼むことがあるかもしれないので関係をこちらから切る予定はない。あまり馴れ馴れしくされても困るが。

 

今のところ、大学に来るのは週に四日で済んでいる。早めに終わる分高校の頃より格段に身体が楽だが、そのうち三日が一時限目からなので残念なことに大学生らしい堕落した生活を送れてはいない。やらなくちゃいけないことはなんだかんだあるので、もしかしたらそんな生活ができないかもしれないという現実からは目をそらす。

 

ただ、午後なら自由な時間が多い。かといって何をするでもなく、仮想空間に行ってだらだらと時間を過ごすことが普通だが。

 

「よ」

 

そんな事を考えている時にちょうどすれ違った小走りのアキさんに軽く手を挙げて挨拶を返す。授業がいっぱい入っている人は大変だ。アキさんはメタルフレームの眼鏡越しに会釈を返してくれたように見えたが目の錯覚かもしれない。

 

「知り合いか?」

 

まだ隣りにいた北尾が呟くように言った。

 

「量子物理学科のアキ……ええと、綾部(アヤベ)アキさんって人」

 

「綾部……あれが、か」

 

何やら意味深に北尾が言う。

 

「知ってる人?」

 

「確か量子物理学科の先輩たちの間じゃ噂になってるはずだぞ」

 

「なんで知ってるんだよ」

 

「新歓で飲んだ時に聞いた」

 

なるほど。そう言えば昨日の一時限目が始まる前に新歓の話をしている人がいたな。

 

「……そういえば、高桑さんって人は知ってる?」

 

「やめとけ」

 

心底心配するような声色で言われた。

 

「まだ何も言ってないだろ」

 

「男だろうが女だろうが見境なく手を出す野郎だって話だ」

 

「女性に野郎って言葉は合ってるのか?」

 

「性別を示す言葉が入っていないんだからどっちでも使えるだろ」

 

「そういうもんかね」

 

今どきはここらへんを意図的に使い分けないようにするべきだみたいな意見もあるので、北尾もそういう思想なのかもしれない。ここらへんは別に必要がなければ干渉しないほうがいいか。

 

「で、何だ?どこかでその高桑さんに惹かれでもしたのか?」

 

「昨日家に呼んだ」

 

勘違いするなら向こうが悪い。

 

「……ほう、ふむ。なるほど。まあ程々にしておけ、と友人として忠告はしておく」

 

北尾が何を理解したのかは知らない。頭の中で何を考えるのも自由だし、口にしない限りはそれに責任を負う必要もない。ただあまり良いことではない気はする。

 

「で、話を戻すけど綾部さんはどういう噂になってるの?」

 

「えーとな、詳しくは知らないけど、量子のなんかですごくて世界一位らしい」

 

「ものすごく情報量がなくて信じられないけど……」

 

「お前の知り合いなんだろ?聞いてみろよ」

 

「知り合いって言っても同じ授業取ってるだけだよ」

 

「なんて授業?」

 

情技(情報技術)要論A」

 

「あーっ、お前学番奇数か」

 

このクラスは学部の全員が必修になっていて履修者が多いので学生番号の最後の数字が偶数か奇数かで教室を分ける。口ぶりからすると北尾は偶数なのか。分けても履修者が多いので全員を覚えてはいられないほどだが。

 

「っと、じゃあこっちなんで」

 

門に向かう道を行こうとする僕に北尾は左を指差す。

 

「何するの?」

 

「いや大学生らしく図書室で課題だが……一緒にやってくれる親切な友達はいないしよぉ……」

 

そう言って北尾はおいおいと泣いているような声を出すが、彼への義理とVR空間を天秤にかけると後者のほうが優先度が高いんですよね。

 

「……連絡先、教えてあげようか?」

 

ただ、このくらいはしてもいいだろう。

 

「おお、学長の恩寵による身体運動科学実習ならびにその他の授業の履修者にして悩める学生の擁護者たる河辺様。ありがとうございます」

 

「なんだその呼び方」

 

さらさらと言えるあたり相当練習でもしてるのか?

 

「ウィリアム5世の称号がもと」

 

「よく覚えてるんだな…‥」

 

後で確認しておくとしよう。というわけでさくっとXR端末を取り出して連絡先を交換。こういう時にいちいちかけて起動する必要があるのでこの手間を嫌ってスマートフォンを使い続ける人もいるのだが、慣れてしまえばあまり気にもならない。

 

「それじゃあ、また」

 

「おう」

 

去っていく数少ない知人を見送って、僕はどうせXR端末を外すよりはと近くのベンチに座ってアキさんとのチャット画面を開く。ボイスメッセージを送るよりもこっちの方がいいだろうし、そもそも授業中なのでメッセージを見れる環境にないかもしれない。

 

案の定しばらく待っても既読はつかなかったので、XR端末をケースに戻して家路を急ぐ。今日はどういうワールドに行こうかな。最近出た新曲を聞きに行ってもいいし、踊ったりするのもいいかも。いや身体を動かすのはもう今日は十分やったから寝ながらでもやれるやつにするかもしれない。

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