お昼ご飯を食べて「Dominium Terrae」、もといドテラに帰ってくると全員が木を削っていた。
「ところで聞きそびれたんですが、なぜ木材なんですか?」
彫刻刀みたいな工具をわたしと跳華さんは使っているけど、かせくり氏が使っているのはもっと複雑な補助具のついたものだ。
「ゲーム内での条件が色々あってな」
そう言ってチーフは右手で加工を続けながら左手でウィンドウを開く。さすがにそれ以降はボイス操作になっていたが。
「素材としては強度特性と異方性がキーの一つだな。グリーン・エンジンで重要になるのは自分を作れるパーツを自分で加工できるというところにある」
「……なるほど?」
かせくり氏の説明は丁寧なのだが、それらを積み重ねて最終的な答えを出された時には騙されたような気分になっている。マジシャンの手をずっと見ていて何もおかしいところはなかったのに、一歩下がるとありえないものが目の前で展開されているような感じ。
「つまり加工対象としては柔らかく、機械の構築部品としては硬くなっていてほしいわけだ。それを実現できて、かつ最も序盤から手に入る材料というのが木材になる」
「そうなんですね」
ええわかってますよ、これがわたしの理解力の低さから来ているって事自体は。人工知能の基礎であるニューラルネットのあたりだってそれでなんで機能するのかきちんと理解するにはそれなりに時間がかかりましたし、今でも完全に一から説明できるかと言われると微妙です。
ただ、一度概観を知っておくと新しい概念を扱うときとかに導入が楽とか、そういうのはわかります。しかしこのあたりは実際に何を勉強すればそういう発想ができるかすらイメージがつかない分野になっている。量子系のいろいろとか暗号理論とかのあたりに近いですね。
「つまりは加工に必要な精度を出すためには、加工対象の精度を元の部品の精度と同程度まで上げる必要がある」
「うん」
「それを実現するのがこれらのパーツだ。形状のおかげで組み立てが外部からの押し込みだけで可能になるし、内部の空洞がいい具合に装置の振動を吸収するから精度も出せるから多数組み合わせても誤差がそこまで増幅されることはない」
「なるほど」
「ソニドリくん、返事がおざなりになってるよ」
「はい」
「ダメそうだね」
跳華さんから呆れられてしまった。今わたしの手元で加工している変な形状をしたパーツはかせくり氏が説明してくれたように向きによって使い方を変えることができる構造体で、グリーン・エンジンを構成し、そしグリーン・エンジンが作ることになる基礎的な部品となっている。
グリーン・エンジンは基本的には万能パーツ製作マシンなのだ。今わたし達がやっているような作業をある程度自動化するものなのだが、それでも例えば加工に使う刃の部分の銅とかが損傷するので完璧ではない。これを段階的にバージョンアップさせていき、全ての部品を自動で組み立て、修理し、補修する機械を作るのが今週のドテラプレイでの目標となっている。
「ともかく数を作ればいいのよね」
「ある程度できたらそのたびにグリーン・エンジンを構築していく。第二段階でかなり人間の手間は減るからな、それまではお願いしたい」
「はーい」
わたしが作っているのと同じパーツは他の人も作っていて、輸入というか別の場所で素材をかき集めているクランの協力もあってグリーン・エンジンによってグリーン・エンジンが複製されている状態が進んでいる。
これを最終的には完全自動化するのが現時点での目標らしい。どのタイミングでグリーン・エンジンのアップデートと再生産をするかは事前に数学的に計算されていて、この処理のためにそれなりの最適化プログラムが作られたらしい。暇な人はいっぱいいるものだ。
「5402個のパーツから作られる第二級グリーン・エンジンを量産してひとまず広めておくのが今の目標だ」
そう言ってかせくり氏が表示させるグラフは、今の時点での生産量と目標についてのグラフだった。何か違和感があってグラフの縦軸をよく見ると対数グラフである。つまり直線に見えるってことは倍々ゲームなのか。自己複製ができるってことはそうなるよな。
「俺ら以外にも作ってるところいくつあったっけ」
かせくり氏に同じクランらしい人が話しかけていた。
「七つだな、十分揃ったら採掘と精錬に対応させた第三級グリーン・エンジンに転換させてMounanaに資材を移動させる」
そうやってかせくり氏が見せる地図にはいくつかの点と、そこから伸びる線があった。線はある一か所──Mounanaというクランの拠点がある海岸に伸びている。各地から飛んできている色々なメッセージを見るに、最終的な組み立て場所がこの地点になるのだろう。
「了解、運搬用の機体をそれ専門のやつらから取引しとくわ」
そう言ってその人は別の方に駆け出していった。このゲームは移動は速いけど瞬間移動とかがないのでそのあたりに不便さを感じることはあるかもしれないな。
「あれ、好き勝手遊んでいる人もいるの?」
「そりゃ他のプレイヤーのやり方に干渉するのはご法度だからな」
跳華さんの質問にかせくり氏が答える。
「ただ、そういう人達と取引をすることで得られるものもある。例えば圧縮摩擦理論と呼ばれる今は削除されてしまった準永久機関を生み出したメカニズムの解明は飛行機をドテラ内で作ろうとしていたチームによって生まれたものだし、一週間の間ずっと物理実験ばかりやって各種定数を求めることを専門にしているクランもある」
そんなことのために週に五ドルも使うのか、と思ったがそういうのは楽しそうだし趣味の場に対して五ドル払うのは特におかしなことでもないな。むしろこれだけの計算資源を必要とするようなゲームの価格としては安いほうだと思う。一体どういう収支になってるのやら。
「変な奴らもいるもんだね」
「俺から言わせれば念写師なんてやっているお前のほうが技術的にはよっぽど変だからな」
「なるほど」
跳華さんが納得してしまった。そしてわたしたちの作業はかなり慣れてきていて、今では五分ちょっとでパーツを一つ生産できる。もうしばらくやると人間の手で作るパーツの生産量が誤差になるらしいので、それはまではしっかり頑張るとしよう。