セミダイブ!   作:小沼高希

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夕べが過ぎ、朝が来た 4

このゲームの生産施設は、完全に自動化することが難しいようにできている。例えば電気で動く機械でないと、電気で動かない機械の修理は基本的にできないといったような形だ。あるいは、プレイヤーがいちいち手で色々やる必要がある。

 

「FD-8 section()で圧力上昇!一番近いのはMx.(ミクス) ソニドリだが動けるか?」

 

なのでともかく人手が必要な状態になっている。今はDominium Terraeの一週間(ウィーク)の中盤。大地から飛ばすロケットのための部品生産のあたりになっている。このあたりの物理学はよくわからないことになっているので、大地は平面で日は常に昇っているのに月が満ち欠けするのだ。

 

聞こえてくるのは翻訳速度を優先して精密さを下げたボイス。誤訳がないように文脈や声色、あるいは息継ぎまできちんと分析するようなモードでちゃんとやるとやりとりに数秒の遅れが出る。そのタイムラグを抑えて、事前予測と必要に応じて翻訳しないことすらができるようにするこの種のパッチは慣れていれば便利だ。相手の言葉を最後まで聞かなくともある程度推測するような高速の処理が可能な現代だからこそ、こういうことができる。同時通訳というのは人間がやるには曲芸じみた能力を必要とするらしいが、人類の数百倍の思考速度と常人では太刀打ちできない語彙量を持つ人工知能にとってはそこまで難しいものではなくなっている。

 

Of course(もちろん)!」

 

そう言って駆け出しつつ、地図を見て目的地を確認。各所にある予備部品のための気送管からちょうどいいタイミングで必要なパーツの入ったコンテナが流れてくる。それを掴んで階段を降りる。複雑な三次元構造をしたこの施設だが、移動をしやすいようにできている。修理と言ってもパーツを交換するだけで、特別なスキルは必要としない。部品の劣化速度を考えれば一分一秒を争うと言うほどのものではないし、きちんと作業をすれば大きな問題に発展することはない。

 

もちろん過去のゲームでは大事故もあったそうだが、その時には事故調査委員会が立ち上がって一日で報告書を仕上げたそうだ。この時の事故発生原因は配管の設計および施工のミス、修理の時の誤ったパーツの選択、想定以上の圧力がパイプにかかったことから来ていたようだ。

 

「こちら本部、修理工程は問題ない」

 

作業を終えると声がした。これはプレイヤー同士のボイスチャット機能だ。千人近いプレイヤーが同時並行で作業をしている中でその制御を行う補助にも人工知能が使われている。というかそのレベルのゲーマーになると下手すれば人工知能と事実上融合しているとかあるからな。

 

「ありがとう、確認お疲れ様です」

 

作業工程も遠隔監視されている。プレイヤーを気送管とかでちょっと非人道的にその現場まで運んでもいいのだが、その専用のラインを作るとなると効率が悪いので動けるプレイヤーを走らせることで多くの問題を解決する手法が採用されている。いいのかなこれ。

 

そんな事をしばらくやって、休憩宣言を出してモードを切り変える。もうお昼になってしまった。仮眠をして朝焼け前に起きて途中で少し休憩を挟んでいるから、どういう生活リズムになっているかはもはやまともに把握できる状況にない。アキさんみたいに誰かに生活を投げても良かったかもしれないな。

 

「んー、やっぱり寝た状態でやると身体が重くなるな……」

 

明らかな運動不足である。外は今はよく日が照っている。軽いストレッチのようなものをベッドの上でして、なんとか動けるようにする。

 

「ねぇ、今日の温度って?」

 

「現在の小金井市の気温は40℃です」

 

僕の言葉に反応してベッドの下にあるスピーカーが答える。正直電気消したりするのと天気確認するぐらいにしか使っていないな。本来は電話したり音楽流したりいろいろな家電を操作したりと万能なのだが、うちには自動調理器はないし古いアパートなので後付けできるスマート家電以外はそこまで操作できるものもない。

 

「……その温度は殺しに来ているな」

 

そう呟いて立ち上がる。確認した冷凍庫の中身はちょっと物足りない。また買いに行く必要がある。ここから少し歩いたところにある安い業務用の冷凍食品を売っているお店を見つけてしまってから、もうそこでいいやと思ってしまう。そこに行くついでに何かを食べに行ってもいいかなと考えたが、さすがにこの暑さだと僕のほうが調理されてしまう。

 

かといって注文するのもお金が勿体ないなと感じてしまうほどには貧乏性だ。若者にとって配達のバイトは悪くない稼ぎになったりするのですがこの暑さになると猛暑割増とかがつくんですよね。色々なところでこういう割増しが増えていて、たまに料金改定とか言ってそういう割増がなくなるかわりに基本の値段が上がっている。

 

インフレのマクロ経済学的な意義とかなんとかはしょうがないが、数字で捉えてしまう貧乏性には堪えるものがある。いえ給料とかもあがっているのはわかっていますし、それを維持するためにより高い値段をつけなくちゃいけないし、それを繰り返すことで社会が回っていくシステムなのは高校でやりましたけどね。

 

それでも食べねば死んでしまうな、と諦めて保冷ベストを羽織り日傘を差して炎天下に足を踏み出す。響き渡るセミの声。温暖化で真夏にはセミが死んでしまうのではないかみたいな議論もあったはずだが、そんな期待をよそに元気な声である。どうせうるさいなら子どものはしゃぎ声とかのほうがよっぽどいいのに。

 

まだ身体が冷めているうちに歩みを進め、目的の店からそう遠くないチェーンの定食屋に今日のお昼を定める。ここはそれなりに安いしおいしいのだ。大学生がたまに来るようなところで、千五百円あればいっぱい食べれる。二千円あればドリンクバーとデザートもつけられるのだが、そこまでではないね。

 

席について注文して、出来上がったら取りに行く。厨房にいるのは老人が一人で、自動調理器がぐるぐると動いている。こういう省力化をやっていかないと人口減少社会では大変になるぞ、みたいなことは僕の世代は色々言われているがなぜかああいう事を語る世代って他責的なんですよね。あなたの世代でしょうに。

 

とはいえどの世代も実際は他責的で、僕たちもいつかはそうなるのだろうなというちょっとした諦観もないわけではない。するりと喉を抜けるように胃へと水が流し込まれて空っぽになってしまったコップを見て、僕は持ってきた鶏グリル定食を食べる前に水を取りに行くことにした。

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