セミダイブ!   作:小沼高希

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夕べが過ぎ、朝が来た 5

ユミナさんが泣きそうな感じでチャットを送ってきたのをリストバンドで確認したのがお昼ご飯を食べていたときだったので、ちょっと急いでアパートへと向かう。

 

左手には冷凍食品がそれなりに入ったバッグ。右手には日傘。保冷ベストはまだなんとか涼しさを保っている。定食屋とスーパーの冷房を吸っていたのでしばらくは耐えられそうだ。とはいえ、そう長くは持たないだろうから歩調を早めていく。

 

今の天気のままだとうまい具合に黒い鉄板の上とかに冷凍食品を置いておけば調理されてくれないだろうか、などと考えてしまう。実際のところは溶けただけの食品だとどうしても微妙なので水分を飛ばせるように調理したり、あるいは電子レンジで一気に加熱したりとかが一段上の味のためには必要になる。

 

でもそういえば保冷剤代わりに冷凍食品を入れるなんて話を聞いたことがあるな、などと思いながらなんとか家につく。肺の中にあった熱気を吐き出して、しばらく待つと血液がちゃんと冷えてきた。

 

「ええと、こっちでいいか」

 

ちゃんとやるならVR端末を使おうかと思ったが、面倒なのでXR端末にする。別にVRのほうが上位互換というわけではないのです。ディスプレイの分だけ重いし、現実の空間にただ情報を重ねるだけならそれに特化したデバイスのほうがいいというのは当然です。

 

「えーと」

 

ボイスチャットがアキさんとユミナさんの間ですでに開かれていた。ちなみにビデオチャットは僕はあまり好きじゃない。声だけだとたしかに伝わらないものもあるが、顔に出てしまうあまり伝えたくないことが伝わってしまう方が厄介じゃないかと思うからだ。何より僕のほうがあまり他人の微妙な表情とかを読むのが得意じゃないし。

 

『あ、ミドリさんが来た』

 

アキさんの声。XR端末のスピーカーはかなり良くなってきてはいるのだが他人に聞かれないこと前提だとどうしても音質は悪くなるな。比較対象はベッドにある固定型のヘッドセット一式です。そりゃ悪くもなるよ。

 

「それで、課題の締め切りが今日だって?」

 

『そうなの……』

 

ユミナさんが珍しく辛そうな声で言う内容をアキさんがまとめたものを聞くに、成績には入らないが次の授業のためにやって来るべきとされたレポートができていないそうだ。

 

『内容は?』

 

『空間を見てこい、って……』

 

ああなるほど、XR空間の設計とVR空間の設計にはある程度の共通点があるが、空間をどう使うかというのはどちらにも共通するものだ。

 

「あー、そうするとどこがいいのかな……」

 

頭の中でいくつかの場所を思い浮かべる。美術館とかホテルとか、あるいは企業のフロアとかもあるよね。ビルとかの中もある。いやもっと広く見れば街自体がそういうところもあるな。

 

『レポートの形式は?』

 

『自由、ってなってる』

 

『提出の方法とかあるはずだけど』

 

『システム経由でだって』

 

その言葉を聞いて、アキさんが少し呆れたように息を吐いてチャットの方にアドレスを送った。

 

『これ、押してもらっていい?』

 

「おい制御乗っ取ろうとするな」

 

他人の端末への外部からのアクセスを可能とするシステムを起動するやつだってことは見抜けた。よくあるんですよこういうの。

 

『ユミナさんが画面をそんなすぐに共有してくれるとは思えないから、私が操作したほうが速い』

 

「なんか辛辣じゃない?」

 

『締め切りをろくに確認もせず、ギリギリで助けを求めてくる人に対しての相応の扱いというものだと思っている』

 

『ごめんなさい……』

 

「アキさん、あまりそういう態度を取りすぎるのはよくないと思うけど」

 

『……わかった。ただ、私は今実家の方で親戚とかと集まっていてそれなりに気が立っているからそこは注意して』

 

「それを先に言うべきでしょ」

 

冷静な判断ができそうにないなら、まずはそれを伝えるべきだ。今どきは小学校でのこの手のやつはやるぞ、と思ったがアキさんは少し面倒な学校生活を送っている。あまりこの点は触れないほうがいいだろうな。特に実家に戻っているとなればそのあたりを思い出すこともあるだろう。というか親戚まで集まるってことはそれなりに大きい家とかなのかな。あるいは彼女の親か祖父母の兄弟姉妹が多かったとか。

 

このあたりを聞いてみたくはあるが、今は本題ではない。

 

『……ミドリさんの言う通りね』

 

「ところでアキさんってどこの出身?」

 

『北陸の方。だから何かあってもそっちに行くのはほぼ無理だと思って』

 

この言い方だと、たぶんどうしようもないことがあったらため息を吐いて新幹線か飛行機かでやってきてくれるのだろう。ただ、アキさんの性格からして理論上可能だから言っているだけで実行することはまずないんだろうな。

 

『……はい』

 

ユミナさんの声色は悪い。かなりダメージを受けているようだ。

 

『ちょっとユミナさんの画面を共有するわ。ミドリさんはわかると思うけど』

 

そう言ってアキさんから飛んできた申請を許可するとユミナさんの見ているXR端末内の画面が現れた。なるほど、いつも使っているオンライン授業システムの提出画面だが珍しいことにファイル拡張子の制限がなくなっている。

 

いつもはテキスト指定がされていて、時々ソースコードの提出が求められる時はその言語の拡張子に制限されているのだが今回はそうではないようだ。

 

『それでレポートの内容は……かなりシンプルね』

 

アキさんが遠隔操作をしているが、本当に読めているのか怪しいぐらいのスピードで文書がスクロールされていく。速読とかができるのだろう。だからあれだけの基礎知識があって世界でも上位に食い込めるような量子プログラミングができるのだ、と推測する。

 

「普通に考えたらレポートだけど、提出方法が指定されていないのはわざとだと考えると一番単純なのはビジョンショット撮ることかな」

 

あれ、そういえばビジョンショットって登録商標とかないのかな。もともとVR系で使われていた周囲全体を撮影したデータのことだ。360度カメラとかで撮影したものに近い。なんか360度カメラという呼び方は特定軸のことしか言っていないので4πステララジアンカメラと呼ぶべきだって主張していた人がいたな。

 

『つまり、ウチがやるべきは今からどこかいい空間を探して、そこを撮って、提出すること……』

 

『あとはメモをつけておいたほうがいいと思う。なぜそこがいいと思ったのか言語化しておくのは、ユミナさんのようなデザインをやるひとにとってはたぶん重要な技能でしょう?』

 

アキさんの言葉は正論だったらしく、何回かめのやり込められたようなうめき声が聞こえてきた。

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