セミダイブ!   作:小沼高希

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夕べが過ぎ、朝が来た 7

涼しい中、僕たちはちょっと贅沢をしている。サラダ。ワイン。上質なハム。しっかりとしたお肉。そしてデザート。ユミナさんが注文をしてくれたので、あとは順番に来るのを待つだけだ。

 

「……ユミナさんって、詳しいね」

 

ここはユミナさんの紹介してくれた場所。夜でも少し騒がしい個人経営のお店で、それなりに永らくやっているだろうところと常連さんらしい人の多さからしっかりしたお店であることはうかがえる。とはいえ高級な場所というわけではなく、ラフな格好のユミナさんと一緒に入っても特に問題ないような場所だ。

 

「こういうお店はお手頃に済ませることもできるけど、そこにしっかりお金をかけるといいものになるんだよ」

 

満足そうにユミナさんは言って、ワインで唇を湿らす。

 

僕だって野暮じゃない。こういう時に頭の片隅で沸いてくる値段とか深夜割増料金とか終電の時間とかを気にしないことぐらい、なんとかやってみせますとも。まあこのあたりだったらもし何かあってもどうにかなるし、明日特に何かがあるわけではないですからね。Dominium Terraeのほうのメインの作業はもう大体終わったし。

 

ちなみにユミナさんについてですが、レポートは先ほど終わらせていました。いいね。やっている様子を共有してもらったので僕もXR端末越しに見ていたけれども、かなり流れるような手つきで作業をしていた。小声で呟いて大体の文面を書いてAIに添削させつつ自分の言葉をきちんと使うというのは、かなり難しいけど理想的なレポートの作り方だ。僕はたまにチューニングした自家製AIでごまかすことがあります。

 

なんとなくだけど、ユミナさんは真面目じゃないし専門知識がないように見えてしまうことがある。もちろん僕の得意とする分野の知識はそこまでないのだけれども、それを言ったらそもそも僕は絵を描けない。だからそういう偏見を取らないといけないのだけれども、あの社交力を見せられると二物を持っていないでくれと思ってしまうのだ。

 

「どうしたの、ミドリくん」

 

かっこいい視線を向けてくるユミナさん。人と色々と交流する中で学ぶ楽しさとか難しさとかを知っているから、たぶんユミナさんの能力っていうのは他のいろいろなものと一体なんだろうな。

 

「……別に、ユミナさんは色々知っているなって思っただけだよ」

 

専門知識がなくともアキさんの悩みを引き出して整理することができる。僕の説明を噛み砕いて、自分の血肉にできる。得意な分野をしっかりと理解していて、そこで戦うだけの準備を整えている。

 

そういう人は多く知っているけど、性格がユミナさんみたいなタイプはあまり仮想空間にはいない。たぶん現実のほうが人間関係が作りやすいし、五感をフルに使えるのだろう。いいよね、補助AIに頼らないと不快感を与えるんじゃないかって怯えている僕と違ってユミナさんはそういうことを自然体でできるんだから。

 

あっちょっと思考が間違ったな。別に自然体でやっているとしても、その背景に努力とか学習がないわけじゃないだろう。僕はVRが好きだし、そこで色々な技能を使えるし、自然体で振る舞えるけど、その裏にはいろいろな経験とか失敗とかがあるのだ。

 

「……やっぱり、ユミナさんには勝てないなぁ」

 

「えっ一体なに?いつからウチと試合してたの?」

 

「そういうことじゃないよ、ただ……」

 

言葉にして吐き出したら、たぶん僻みと自己嫌悪の混じったものになってしまう。謙遜ですらない。それをユミナさんに否定させるような形で負荷をかけたくはないな。

 

「僕はさ、ユミナさんといて楽しいけどちゃんと僕はユミナさんを楽しませることができているかなって」

 

「ミドリちゃんはそういうことで良く悩むよね、はいこのハム美味しいよ」

 

そう言ってユミナさんはさっき到着したフォークに刺さった薄くて赤い肉を僕の方に向けてくる。マナーとしてどうかはしらない。でもここで食べないほうが良くないよな。

 

軽く口を開くと、ずいとさらに口元までフォークが差し出されてくれた。周囲にちらりと見える範囲ではこちらの方を見ている人はいない。まあいいか。

 

「……旨味が強い」

 

出汁とかみたいな感じ。タンパク質が分解されているってことなのだろうけど、少しスモーキーな感じとたぶんスパイスとかの類が肉の癖を程よくまろやかにして、噛むほどに染みる旨味を出してくれている。

 

「このお店に来たら、これは一回食べておかないと」

 

まだ目を白黒させている僕に、ユミナさんは自慢気に言う。

 

「ここの店長さんがヨーロッパで働いていた時に色々な場所を回って見つけたものなんだって。作っているところから直接空輸しているらしい」

 

「ちゃんと手続きしているんだ」

 

「どういうこと?」

 

「ほら、今どき畜産系でも感染症色々でているでしょ?あれのせいで肉製品の輸出入の手続きが大変だって前に見たことがあって」

 

中国、アフリカ南部、メキシコ、そしてシベリア。ここ数十年でいくつもの感染症が現れ、時折世界経済にダメージを与えるほどのものとなった。数年もすればワクチンはできるし、素早い感染症対策がされているので一世紀前と比べれば死者数だけで見れば大幅に少なくなっているものの、世界を移動する人数が多いのでそれだけ感染力が底上げされてしまっているのだ。

 

「なるほど、そういうのもあるのかもね」

 

「僕も詳しくないけど、そういうところをしっかりやっているのはすごいよね……」

 

そういう人たちの努力があって、支えられている色々なものがあるのだなんて考えながらちょっとぱちぱちした赤ワインを飲む。最初に飲んだ時は少し渋めの味がするなと思ったが、ハムと合わせるとこれがちょうどいい感じになる。

 

「やっぱりミドリちゃんはおいしいもの食べているといい顔をするよ」

 

「……そう、ですか」

 

ニコニコというか、少しニヤニヤが混じったような嬉しそうなユミナさんの顔を見るとなんて返すべきかわからなくなってしまう。素直に受け取るには僕の心はひねくれてしまっているのだ。

 

「そんな目を伏せているのも、ウチは好きだよ」

 

「趣味悪くないですか?」

 

思わず言って、少しアルコールで心拍数が上っているような状態でユミナさんを僕は見た。

 

「ほら、ウチは悪い女らしいから」

 

「……誰が言ったのかは知りませんけど、あまり間違っていない気がします」

 

視線を合わせるのに耐えきれず、僕はまた机の上の方に視線を下ろしてワインを一口飲んだ。

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