セミダイブ!   作:小沼高希

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夕べが過ぎ、朝が来た 8

「うーん、こういうものか」

 

僕はXR端末をつけてあちこちを見ながらスキャンしていく。LIDAR併用で数分もすれば部屋全体をデータにすることができる。

 

「興味津々だね、ミドリちゃん」

 

「そりゃこういうところ一人ではなかなか来る機会がないので」

 

似たような目的で設計されて、内装とか雰囲気を似せたVR空間のワールドならそれなり以上には知識と経験があるのですが、やはりオリジナルというのは重要なのです。

 

僕が小学生の頃に色々男女のあれこれが反映された大規模な法改正の中で、風営法もかつてあった異性とかいう言葉をなくしつつバージョンアップされたのですが、まあともかくそういう施設です。店舗型性風俗特殊営業の4号営業ってやつです。

 

「でも綺麗ですね、ベッドやお風呂が大きい以外は普通のホテルとそう変わりないですし」

 

「遊びに来たりする人も多いからね、こういう場所は」

 

「……ユミナさんは、遊びに来るんですか?」

 

「知りたいの?」

 

ニヤリとした表情を見て、どうにも落ち着かなくなってしまう。

 

「ここはね、別に女性同士でも男性同士でも使いやすいって評判なんだよ。立地的に比較的しっかりしたお客さんも多いらしいし」

 

「そういうのってどこで聞くんですか?」

 

「働いている人と雑談したりするとわかるよ」

 

僕はちょっと驚く。そういうところの人に話しかけるって発想自体がそもそもなかった。でもそうだよな、そこで働いている人はかならずいるし、自分の仕事について話したい人は多い。

 

もちろんその中に機密とか仕事上言えないこととかもあるだろうけど、あくまで噂であったりとか一般論であったらユミナさん相手なら話してしまうというか話したい人もいるだろう。

 

「……なるほど」

 

「なに、緊張してるの?一度一緒に寝た仲でしょ?」

 

「……誘われても断りますからね」

 

「おや残念、別にウチも無理に襲おうとは思わないけど、シたくなったら言いなよ?」

 

「……そもそも、この身体でそういうことするのってなんか嫌なんですよ」

 

「あー、そういう……」

 

ユミナさんは多少ではあるが僕の抱えている面倒な状態というものを把握できたらしい。

 

「ともかく、一旦シャワー浴びてきな?疲れてるでしょ」

 

「ユミナさんのほうがそうじゃないですか?かなり動いていたし頭も使ったはずだし」

 

「ウチはバカだからさ、そんな頭使ってないよ」

 

「よく言うよ……」

 

わかりにくい方向で、直接成績には反映されないことも多いだろうけど、単純な情報処理とか知識の引き出し速度とかであれば僕と並んでいるし、分野によっては僕を超えている。アキさんについてはちょっと比較できる気がしないので保留。

 

「というかユミナさんは、そういうこと好きなんですか?」

 

「好きだよ、もちろん危ないのはわかっているけどね」

 

「……どういう方面ですか?」

 

ユミナさんの体力は女性の平均と比べるとそれなりに上の方だが、男性の分布の中でと考えると中の下とかになるのだろうか。

 

「色々。誰かと話して、肌を触れ合わせて、一晩を過ごすっていうのはどうしても心の中まで開くことになる人もいるし、そこであまり触れられたくなかったって後から気づくものを見せることもあるから」

 

「……詳しいですね」

 

「たぶんミドリくんが思ってるほどは経験がないけどね、それにさほら、まだウチまだ大学一年生だよ。そもそも経験できる時間がそんなにないから」

 

確かユミナさんは大学の近くに住んでいるはずだが、実家は関東圏じゃなかったっけ。でも直接そう聞いたのがいつだったか思い出せないな。

 

「……僕のことを話したら、ユミナさんのこと、教えてもらっていいですか?」

 

「いいよー、それなら早くさっぱりしてきな、汗かいたまま眠るのは嫌でしょ?」

 

「……そうですね」

 

ユミナさんのことを軽いなと思う側面もあるが、少なくとも物理的接触を伴わない似たような行為については僕もそれなりにやってはいる。

 

「……高級なやつだ」

 

備え付けのシャンプーは、僕も知っているブランド。昔はこういう場所のものには変なものを混ぜるとかいう噂があったが、今ではあまり聞かない。

 

別に、ユミナさんのことが嫌いなわけじゃない。一度割り切ってしまえば、楽しむことはできると思う。その関係を引きずらないようにできるかと聞かれるとわからないから、わかりやすい一線を超えたくはないという思いがある。

 

洗いながら、手で身体を触っていく。喉。鎖骨。胸。手首。骨盤。足首。どれも僕の場合は幸いにわかりにくかったり、隠しやすい場所だからいいものの、こうやって触れればそれが特定の性の特徴を示してしまうことが感じられる。

 

幸いにも肉体的にはきちんと性徴が出ているので、僕は自分の性別自体に迷いはない。もちろん社会的にその方向で扱われるのも仕方がないと思っている。

 

ただ、できればそうしてほしくないという思いがある。VR空間みたいにそれをそもそも気にしないコミュニティに入っていたい。そう考えるとユミナさんとアキさんとの関係は、かなり気楽だ。

 

アキさんはそもそも僕に性別というものがあるのかを意識しているか怪しい、というのは冗談としてもあまり気にしていないように見える。あるいはそう振る舞っているか。ユミナさんのほうは自分がそもそも中性というか男性に寄せているところもあって、そういう人だって形で受け入れてくれている。

 

わかってますよ、これが一般的なものじゃないってことは。そういう層の存在が認知されて、それなりに広まっているとしても、どうしても二つに分けて扱うのは便利ですし、僕だって間の微妙な存在として扱われるよりもそういう扱いをされることのほうがいいこともあります。

 

それでも、やっぱり心の中でどこか辛いところはあるんです。たぶんそれは志望校に行けなかったとか、思っていた職業に就けなかったとか、あるいは利き手を変えたり、言葉を直したり、慣れないところで暮らしたり、そういう時に浮かぶものに近いのだとは思います。

 

わがままだと言われればそうです。でも、その程度のことと言われるのは腹が立ちます。苦しんでいるのは自業自得だと言われれば、たぶん他の似たような例に比べればその通りなのかもしれません。

 

未成年どころか思春期という色々なものが発達途上で、容易に歪んでしまう時期を、VRというかなり濃いコミュニティで過ごした上で、相手の背景を知らず、言葉と触覚(ハプト)デバイス越しの振動と圧力で交流をしてきたわけですから。立入禁止と書かれた看板を無視して落とし穴に落ちた子供は、怒られても仕方がないとは思います。

 

「ミドリちゃん、大丈夫?」

 

ユミナさんの声で意識を戻す。シャワーが流しっぱなしになっていた。

 

「……うん、ごめん、すぐ出るね」

 

「起きてるならいいよ、ゆっくりしな」

 

その言葉に少しだけ落ち着きながら、僕は洗い残しがなかったかなとちゃんとしぶきを全身に当てた。

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