セミダイブ!   作:小沼高希

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夕べが過ぎ、朝が来た 9

「……中学校に入って、VR端末を買ってもらったんですよ」

 

同じベッド。同じシーツの中。触れてはいないけど、確かにあるかすかな熱。

 

「前にミドリくんの部屋で見せてもらったやつ?」

 

「あれとは別のものです、脳計測デバイスもあの時はなかったし……」

 

そういう形で、ゆっくりと、僕は昔のことを話していく。

 

最初に入ったワールドを案内してくれた人。あちこちを一緒に巡った友人。みんな積極的に話しかけてくれていて、そこはとても過ごしやすい場所だった。

 

「アバターも自分で工夫して作ってみたりして、ワールドの作成も手伝わせてもらったりして……」

 

「楽しそう」

 

ユミナさんは、いつもとは違う柔らかい声で言う。

 

「楽しかったんですよ、楽しすぎたのかもしれませんが」

 

「……うん」

 

Euphilia(ユーフィリア)って場所があってですね、出会い系っていうのも微妙に違うんだけど……」

 

ああ懐かしの場所。()()()の青春。今思うとあそこで使っていたキギシとかイカルとかタオサって名前、ソニドリとそう離れていないよな。そしてこれは本名由来なので、かなり危ない名前を使っていたのかもしれない。当時の僕は結構呑気だったな。

 

「マッチングとかするの?」

 

「そんな感じかな、ただ基本的に匿名だし、期間限定の関係だけど」

 

「……そう」

 

「そこに中学三年生ぐらいから、高校受験始まるぐらいまでいたのかな」

 

そういう意味では、僕にとって受験はかなり大きな意識の切り替えのためのイベントだった、と思う。あれのおかげで一定期間距離を取ることができて、あの溺れるような多幸感(Euphoria)から抜け出せた。

 

「……結構いたね」

 

「かなり睡眠時間削ってたし、あまり良いことじゃなかったと思うけど」

 

「……楽しかったの?」

 

「依存性みたいなものがあったのかな。でも恋愛とかのおいしいところだけ経験できるって考えたら、やってみたい人は多いと思わない?」

 

「……わかるよ。少しだけかもしれないけど」

 

「よかった」

 

このあたりの価値観は本当に人それぞれだ。僕と一夜だけ過ごしてEuphilia(ユーフィリア)を辞めたって人もいたし、かなり足繁く通っていた人もいる。何より僕がかなり時間をそこで過ごしていたから。

 

「……でも、それって危なかったでしょ?」

 

「そうだね、もちろん匿名性とかはあったけど……一番怖かったのは、自分が変わることかな」

 

そう言いながらも、()()()()が微妙に切り離されたような感じがある。別に演じているつもりはなかったのに、一度割り切ってしまったらそれに慣れてしまった。

 

「ヘッドセットをつけている間は自分とは別の人を演じていて、そこで色々な話をして……そうして、少しだけ眠って、高校生としての生活に戻る。そういうことをしていたら、色々なものが崩れて、たぶん仮想世界の自分が物理世界に入ってきたのかな」

 

自分の服装を選べないことが面倒になった。誰かから自分の性別を前提として話を振られるたびに、一瞬だけ表情が固まった。仮想世界では、そういうことをされないのに。

 

「一度慣れた環境を、それもヘッドセットさえつければすぐ行ける場所を、捨てて日常生活を送るのがどんどん辛くなって……」

 

自分の身体が嫌いになっていた時期もあった。それについてはもう慣れつつあるけど、それでももし自分の体格が隠しきれないぐらいどちらかの性別に寄っているようなら、相当に辛かっただろうなとは予想はできる。

 

「ウチは、どっちでも……じゃないな、どれでも?どうでも?……ミドリさんのことが、好きだよ」

 

バイナリでもない。羅列式でもない。スペクトラムみたいな認識。それが多少ずれていても構わない言ってもらえるのは、本当に嬉しいことだ。

 

「……抱きしめるぐらいなら、いいですよ」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

ユミナさんの肌が、僕の背中に振れる。回される手が合わされるのは、お腹の部分。

 

「いい匂いだ」

 

「ここのボディーソープかシャンプーの匂いだと思いますが」

 

「そうかもね」

 

たぶん僕よりもしっかりとした体つきだ。筋肉があるのがわかる。

 

「じゃあ、おかえしにウチの話をしようか」

 

そう言って、ぽつりぽつりと、ユミナさんは僕の耳元でささやくように言う。

 

女子の中で一番背が高かったこと。中学生の頃まで喧嘩が好きだったこと。

 

「……意外ですね」

 

「そう?」

 

「ユミナさんって、もう少しおとなしい人かと」

 

「ウチが?」

 

笑う時に動く胸とお腹を背中から感じる。

 

「……そうかもね、でもあの時は手が出ちゃって、結局ウチも縫う怪我までしちゃって。実は触るとかすかに分かるぐらい、まだ痕があるんだよ」

 

「どこにですか?」

 

「右膝のところ。見たかったら、後で見せてあげるね」

 

誘惑するようなちょっと低めの声。何度やられてもこういうシチュエーションでぞわりとして心拍数が上ってしまうのは、もう条件付けがされてしまってどうしようもないことなのかもしれない。

 

「高校の頃になったら、自分のあり方っていうかこうしたいっていうのが固まった。かっこよくていいんだって。それに憧れてくれたり、好きだって言ってくれた人もいたし」

 

「……でしょうね」

 

ユミナさんは美人だ。どこまでそれが先天的なものか、あるいは化粧とか肌の手入れとかファッションセンスとかそういう後天的なものなのかはわからないけど、僕の見立てではかなり後者の割合が大きい気がする。

 

いえすっぴんも見たことありますがどことなく冴えなかったんですよ。そういう顔のほうが化粧乗りがいいという噂は聞きますけど。それでも、ユミナさんが刺さる人は少なくないだろうし、焦がれてしまう人も一定数はいるだろうなと理解はできる。

 

「でもさ、それはあくまでウチの目指しているところが好きってだけで、そういう努力をしていないウチを見てくれる人は少なくて」

 

「……そんなものですよ、素の自分なんてたいてい汚くて自分でもあまり見たくないものです」

 

「そういうのをちゃんと話せる相手がいないからさ、ウチにとってミドリさんは特別だよ」

 

「別にちゃんでも、くんでも、いいですからね」

 

「気分だよ気分、今はそう呼びたくないだけ」

 

なんともいい加減というか、自由な人だ。

 

「僕はユミナさんのそういうところが好きですよ」

 

なんとか噛まずに言い切って息を吐くと、ユミナさんが僕を抱きしめている腕に少しだけ力が入った気がした。

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