セミダイブ!   作:小沼高希

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夕べが過ぎ、朝が来た 11

カン、カン、カンと響く音が足元からする。このあたりは負荷軽減のために音が消えるように設定されていているから、プレイヤーが直接鳴らすものしか響かない。

 

「忙しいみたいだね、ここは」

 

そう言って声をかけてくる、作業着を着た細身の黒いケモノ系アバターは見知らぬものだ。声も翻訳を通していて……性別不明。言語は英語。ボイスチェンジャーかな。落ち着いた声だ。

 

「どうも。いい景色ですね」

 

この巨大構造物「ノイマンの見果てぬ夢」は、動く工場と言ってもいい。各所から集められた素材は内部で加工され、そしてこの「ノイマンの見果てぬ夢」の部品となる。

 

そうやって自己を拡張し続け、そしてこの(week)の終わりが近づくと全てのパーツを再構成して宇宙船を作り上げる、と言う算段だ。

 

「観光者かい?」

 

「ええ。知り合いに序盤と中盤の手伝いに呼ばれて、今は暇を持て余しています」

 

「それはいい、ああ、自己紹介をしていなかったね」

 

そう言って相手は胸元のネームプレートを指で示す。英語の表示から少しずれて、日本語の翻訳が出てくる。Baltimore Gun Club──ボルチモア大砲クラブ。

 

「……ああ、そのクラン名は知っています」

 

このゲームの中で宇宙に行こうと言い始めたところの一つ。その名前は古いSF小説に登場する組織から取られている。読んだことはないけど。

 

「おや、それは光栄だ」

 

作業帽を取って、相手は優雅に一礼。私もカーテシーを返しておこう。ちなみに今のアバターはいつもの翡髪翠眼のもので、スカートは少し短めにして動きやすく作業に向いた形にしています。現実世界ではないので裾が巻き込まれる事故は起きません。

 

「私達の計画に、ここまで多くの人が手を貸してくれるとは思わなかったよ」

 

「初期からあなたはメンバーに?」

 

「そこまで初期というほどではないけどね、私が参加したのは一昨年からだし」

 

とはいえ古参にはなるだろう。このゲームがいつ発表されたかの正確な日時は忘れたが、そう昔ではないはずだ。

 

「それで、君の方は?」

 

「今回が最初、ルーキーもルーキーですよ」

 

「いや、それは羨ましい。最初の週で打ち上げを見れるとは」

 

「……相当苦労があったのでしょうね」

 

「ああ、爆発なんかもしょっちゅうさ」

 

聞けば相手はエンジンの開発を中心にやっていたらしい。このゲームのエンジンというのは色々と複雑で、実際には物理的干渉のバグめいた動作を使用するものが一般的のようだ。ただ、その振る舞い自体がそれなりに実際のロケットの火薬と似ているのでそのあたりはかなり参考になるのだとか。

 

「ところで、あなたはやることがないのですか?」

 

「エンジンの設計は完璧だよ、ここ数ヶ月手を加えてはいるが、たまたま完成したものを超えることができていない」

 

「ちょっと気になりますね」

 

「なるほど、なら見に行こうか」

 

どういう偶然か、わたしはこの計画の中でもそれなりに重要人物らしいっぽい人ととお近づきになれてしまった。向かうのは加工区画として作られているエリア。ここには一通りの加工システムが揃っているのでだいたいの事はできる。

 

「この世界の物理はなかなか面白くて、私の専門分野にも近かったのもあってね。物理学は習ったことがあるかい?」

 

「ある程度は」

 

「ニュートンの第三法則」

 

「作用にはそれと同じ力で逆向きの反作用が伴う、でしょうか?」

 

満足そうに相手は頷く。よかった物理をやっておいて。

 

「ただこの法則は、ゲーム内では、特にプレイヤーが関与すると成り立たなくなることがある」

 

そう言って、相手はその場にあったメタリックカラーの部品を手に取った。

 

「これを投げた時の反作用は、どうなる?」

 

そう言って投げられる部品を、僕は一瞬遅れながらもなんとか掴むことができた。

 

「本来は、あなたにかかるはずです」

 

「そう。ただ、このシステムはそこまで計算しているわけじゃない。かなり自由に動く物体の物理量を計算するのはかなり面倒でね、ゲーム開発においてはそれを再現すると違和感が生まれることも多い」

 

「どういうことです?」

 

「君は今、何を使ってプレイしている?」

 

「ヘッドセットと脳計測デバイス……あとは触覚(ハプト)デバイスですが」

 

「……なるほど、大変だな」

 

僅かな哀れみと尊敬の入り混じった様子で相手は言う。

 

「いえ特に動けないとかそういうことはないですよ?立って歩くより楽だから使っているだけです」

 

勘違いさせたようだ。基本的に脳計測デバイスは練習が必要な割には精度が低いので、体の動きや声だけでは制御できない筋ジストロフィーの患者とかが使う例がある。治療薬が出てきたと言っても数割は難治性筋ジストロフィーと呼ばれる薬が効きにくいものだし。

 

「ならどうして……」

 

「趣味、ですかね」

 

「なるほど趣味なら仕方がない、っと本題に戻ろう」

 

相手はさくっとわたしの手から部品を取る。

 

「投げるときに、普通は手にその反作用が生まれる。触覚デバイスでもある程度は再現できるが、普及率は高くないし違和感がどうしても生まれる。腕の位置まで制御できるモーションプラットフォームはさらに高価だしな」

 

「……そこの差異を利用する?」

 

わたしの言葉に、アバターが少し背筋が冷えるような狩人らしい笑顔を作った。

 

「その通り。つまりは宇宙船というのは、プレイヤーに月まで行くのに必要な衝撃(impulse)を吸収させることで加速を生むシステムだよ」

 

「なんかとても非人道的に聞こえるんですが」

 

「おおむね間違ってはいないさ。やってることは自らの靴の紐を引っ張り上げて泥沼から抜け出そうとする男爵のようなシステムだよ」

 

「男爵?」

 

「おや、ミュンヒハウゼン男爵はマイナーだったか」

 

「そう言われればわかりましたよ、翻訳をかけているのでbootstrapと訳してくれなかったんです」

 

確か原作だと髪を掴んでいたとかそういうどうでもいい小ネタはこの際置いておこう。

 

「ただ、思ったよりこの機体のエンジンになりたいという愚か者は多くてね。困ったものだよ」

 

「一度は宇宙に行きたいと思うのは、そうおかしなことではないのでは?」

 

わたしの言葉に、相手は首を振った。

 

「たとえそうでも部品のように詰められて物理的な肉体があればミンチどころか塵になりそうなほどの工程を受けて、なおかつ外を見ることもまともに操作することもできないんだ。私は御免だね」

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