セミダイブ!   作:小沼高希

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栩栩然として学生也 10

疲れた身体をベッドの上に横にしながら、ヘッドセットの下でわたしは目を開ける。操作セットアップ用のシンプルな空間だ。

 

「さて、今日はどこに行こうかな……」

 

VR自体を趣味にしている人は、実はあまり多いわけではない。多くの人は何らかの趣味があって、その場所として仮想空間を使っているに過ぎない。

 

例えばいわゆるVRライブ。今でも現実の音楽ライブはあるが、そこまでたどり着けるアーティストはかつて以上に少ない。何よりかなりの費用がかかる。仮想空間であれば、その手間は相当少なくできる。

 

ただ、それでも人間の手は必要だ。原因不明な不具合をどうにかしたり、観客目線でリハーサルを見て問題を告げたりする人は、少なくともまだAIによって代替することはできていない。

 

そういう場所に手伝いに行く、というのはわたしの収入源の一つだ。厳密にはその報酬はチーフに渡って、チーフからプレゼントとして機材を貰っている事になっている。少し間違えると脱税とか改正犯収法とかに触りかねないらしいが、基本的にそういうことはないはずだ。

 

あるいは、交流をメインとした場所に遊びに行ってもいい。本家のConligoではユーザー名の変更には制限があるが、完全匿名のConligo派生サービスもあったりする。犯罪の温床になるとかで規制をかけようという動きもあったらしいが、匿名サービスを運営する団体の一つ、あらゆるメディアコンテンツを作るとも言われる明星文化集団が通信の秘匿と自由の観点から潰したらしい。東アジアのオンライン上ではこの過程で明星文化集団は英雄視されるようになった。

 

ただ、こういうサービスは基本的には自己責任だ。視覚と聴覚のみを使うVRでも、人間の心に消えない傷を残したり、思考の方向性を変えることは可能だ。その方法は先の戦争で洗練されてしまったし、色々と法律の文面上では規制があるとはいえ少し怪しい仮想世界のCMには用いられる程度には一般的となってしまった。わたしでも定期的に時間を取って確認しないと飲まれてしまう。

 

「……ああそうだ、そういう所に行くか」

 

ワールドを移動する時の落下するような感覚は、慣れてしまえば結構楽しい。着地したのは「Look in Yourself」と名前がつけられたワールド。基本的に一人で参加するための、体験型として分類されるものだ。

 

基本設計はウクライナの心理リハビリチームだが、複数の心理学の専門家が改良を加えている。実際の心理療法でも用いられるようなしっかりとしたものだが、これが無料で公開されているというのはかなり驚くべきことだと思う。以前日本語訳版のテスターとして呼ばれたことがあり、以降たまに訪れるようにしている。

 

「ようこそ、ソニドリさん」

 

柔らかい、しかし合成だとわかる声が暖色の揺れる空間に響く。

 

「こんにちは。ちょっと分析をお願いできる?」

 

「わかりました。先日利用規約が変更されたので、確認をお願いいたします」

 

そう言って出された画面に触れ、要約オプションを入れる。もちろん長い文章はそこに盛り込むべき情報があるから長くなっているのだが、全てを読み切れるほどわたし達は暇なわけでは無い。だから重要な部分とかを事前に教えてもらって、なんとかなっているのだ。

 

「いいよ、情報提供にも同意する」

 

「すみませんが、明示的な意思表明が必要になっております」

 

「はいはい」

 

わたしはそう言って表示されるボタンを押す。こういった情報は、色々なところで役に立つ。他の来訪者への対応に役立つかもしれないし、悪用すれば人間の意志を揺るがす広告になる。基本的にワールドの保持者にはほとんどの情報が渡されてしまうので、信用できないワールドに入らないぐらいしかわたし達には選択肢はない。ただ、特にEU圏だと日本とかと違ってここらの制限が多いのでそこまで心配はしなくていいだろう。

 

権限を要請されたので、あらゆるデータを渡すことにする。わたしの脳計測デバイスの能力では、わたしが何を考えているかまでを知ることはできない。ただ、無意識下の行動を取っていたりだとか、隠そうとしている感情があることぐらいは把握されてしまう。

 

「それでは、基礎テストを開始します。時間は十分ほどです」

 

「はーい」

 

基礎テストと言っても、出てくる画像のうち好きな方を選ぶだけだ。ただ、この過程で色々なことがわかってしまう。

 

例えば数学に関する画像が出てきたとしよう。それを押そうとした時、わたしの中には逡巡が生まれる。物理世界に残している大学の課題とか、あるいは最近授業でやった難しい問題の解き方がわかった時の喜びとか。これが意識されることは少ないけど、反応には結構しっかり現れるらしい。

 

そういう事を重ねていけば、どういう心理状態にあるかの見当がつけられていく。

 

口紅。ぼろぼろになった熊の人形。紙の新聞。踊っている二人。握手をする二人。

 

こういう自分の内面に関わるような作業をしている時、自分が演じている役割を忘れてしまう時がある。今この選択をしているのが()()()なのか()なのか、そもそもそういう風に切り分けていたかも曖昧になる。そういうふうにこの空間が作られてはいるのだが。

 

たぶん数百枚の画像を選び終えて、わたしは大きく息を吐いた。

 

「終わりです。お疲れ様でした」

 

「それで、結果はどうだった?」

 

「分析には少し時間がかかるので、その間に少しパズルをやってもらおうと思います」

 

「いつものね、わかった」

 

わたしはこの後の時間も分析の根拠になる事を知っている。写真を選ぶという行動と結果までの時間が短すぎると、人間は誤った学習をしてしまうというのが時間を空ける理由だ。

 

例えば赤い画像を多く選んだなと思っている時に、自分の気に食わない結果が出たとしよう。選んだ画像の色と結果には直接関係がなくとも、人間は無意識にこれらを結びつけてしまう。こういうバイアスの中には、VRが発展してデータを多く蓄積できるようになってから初めて見つかったものもある。

 

それがわかっていたところで特に意味はないのだが。では、ちょっとしたパズルを楽しもう。内容としては三次元の立体を回して、床にできる影の形を目標のものと一致させるというやつだ。これは初めてだな。前やった時はもう少しアクション系だったのに。

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