大学のオープンキャンパスには高校時代に何回か行ったことがあって、それとは別にわたしはなんともう数ヶ月も大学生をしている。
その経験から言わせてもらえば、オープンキャンパスのすべてが嘘だとは言わないが全てが真実であるわけではない。そもそも経験無しにわかることなんてほとんどないわけですからね。
「でも文系は本当にわからないんだよな……」
学食でかき揚げうどんを食べながらわたしは言う。なんと今日はオープンキャンパスということで学食がやっているのだ。ちなみに桜盃情報工科大学は夏休みの間コンビニも含めて閉じています。この違いが具体的に何に起因しているのかはよく知らない。
「一応跳華さんは文系でしたっけ?」
「……デザイン系の短大」
セキさんの質問に、ぼそりとクリームパスタを食べている跳華さんは言う。
「これ以上は本業になるからあまり言えない」
「あの……私普通に跳華さんの仕事の話知っていますけど」
そう言うのはセキさん。確かに念写師だってことは良く言ってますものね。
「でも、例えば具体的な契約の内容とか、ポートフォリオとか、そこまでは知らないでしょ」
「ポートフォリオ?」
首をかしげるセキさんの頭の中には出願の時に志望校に提出するやつが頭の中にあるのだろう。あそこらへんも大変だよな。アキさんみたいな実力だけでどうにかやってしまうタイプの人が入試でポートフォリオを要求されるとほぼゼロから作らないといけないわけで。
古い言い方だと内申書ってやつです。中学とか高校の生活を事細かに記録してこの人は宿題の提出率が悪いとか授業の課題の提出がギリギリだったとかグループワークで何もしていませんでしたとか書かれているやつ。ちなみにこれらの情報をAIに処理させるのは条約的にかなりまずいので人間がこつこつ手で作って、人間がこつこつ読むわけです。馬鹿らしい。
「……仕事の成果をまとめたやつ」
わたしも一応持ってますよ、ワールドの形ですが今まで作ったものとか独自に編み出したテクニックとかが置かれています。ちょっとした画廊とか小さな展示室みたいなのをモチーフにしているので空間自体も作品になっています。最近更新できてないな。
「跳華さんは一応本業としては企業所属のデザイナーだからな、そっちの方面での仕事の話だろう」
かせくり氏がフォローを入れる。
「ああ、ちゃんとした相手じゃないと取引しない組織ってまだありますからね」
小さく頷く跳華さん。特に国とか公の色々、とわたしは想像する。このあたりは本当に面倒というか、逆に面倒事を回避しようとみんながそれぞれ動いた結果全体としてもっと面倒になってしまった感じがある。
つまりは雑に言えば依頼とか契約の時に過去の実績がないとダメなようにしたわけです。ではどうやって実績を作ればいいのかということはあまり考えずに。結果として、僕の詳しいVRとかの分野の話ではありますが数社しか絡めないことになったわけです。新規参入は狭くなって、業界のルールを知らないとまずそういう募集があるところにまでたどり着けない。
もちろんその会社からさらに依頼を受けて、というのは比較的自由なので孫請けとかの形で経験を積める可能性はあるんですけどね。実際にそういう形の依頼を受けたことがありますし。あとはしっかりした依頼先だったら問題を起こしにくいし互いに事情をよくわかっているというメリットもあります。
そう考えると明星文化集団というのはすごいよな。一応は海外資本というか国際企業なのに日本国内の宣伝とか通信とかにかなり食い込んでいるし。これについては他の国でも同様なのでむしろ企業が国家を支配している時代だということかもしれない。
「みんな大変なんですね……」
セキさんの顔はあまり明るくない。まあ仕方がないよな。三人とも大学が終着点じゃないしそこでも辛いしその先も辛い、なんて話しかしていないわけで。
「ま、それでもなんとかなるよ。かせくりだって卒業できたんだ」
パスタを食べ終わっていた跳華さんが言う。
「俺は普通に悪くない成績だったが……」
「出席が危なかったんだろ?」
「否定はしない」
あ、跳華さんがちょっとづつエンジンかかってきた。いつもの感じになりつつある。これっていいことなのだろうか?
「あの……今日は、ありがとうございます」
セキさんは、少しだけうつむいて言った。
「私と違って夏休みじゃない人もいるのに、わざわざ来てもらって……」
「そういうことはあまり暗い顔で言うものじゃないよ」
跳華さんは少しだけ身を乗り出して、セキさんを見た。
「それは相手に遠慮を求める行為だ。自分では謙遜だと思っているかもしれないが、君の場合は悪く働きすぎる」
ああ、前に概念同化機構さんが言っていた恋愛系の話にも繋がるんだろうな。このかわいさは一般的な男性にも女性にも一定の好きになる層がいるだろう。
「君が悪いとは言わない。ただ、少し心がければ敵を作りにくくなるんじゃないか、とアドバイスはさせてもらうよ」
「……跳華さんは、そういう経験が」
「あるよ」
セキさんの質問に、跳華さんはぶっきらぼうに言って姿勢をもとに戻す。
「人間関係を積めば、あの時にああしておけばよかったなんていう後悔は山ほど生まれるさ。それを過去の自分に言ってもどこまで通じるかはわからないが、それでも、だ」
「跳華、君の眼の前にいるのは過去の君じゃないからな」
「わかってるよそのくらい」
ちょっとかせくり氏がたしなめるが、跳華さんの感情はあまり止まらないようで。
「次、どこ見に行きます?」
仕方がないから少し無理にでも話題転換をしてしまうか。キャンパスマップとタイムスケジュールをセキさんの前に出す。
ちょっとだけ苛ついたような視線が跳華さんからやってくるが睨み返しておく。こういうコミュニケーションはVRでは良くするが物理世界だとどうしても情報量が多くなってやりにくい。跳華さんが嫌うのもわかる。
あとたぶんこれ、VRをやっていない人同士だと直接的すぎて喧嘩になりますね。今は
「私は……これがいいです」
セキさんが指を置くのは、附属図書館見学の文字だった。