「案外新しくなってるんだな」
古めかしい雰囲気の漂う図書館の廊下を歩きながらかせくり氏が言う。デザインとか雰囲気からすると多分昭和か、下手するとそれ以前かもしれないような建物なのだが。このあたりの知識はちゃんと空間デザインするなら欲しいよな。いい本がここで見つかったりしないだろうか。
「そうなんですか?」
セキさんの不思議そうな声。新しくなっていると言われて塗装とかタイルとかの話かなと思ったが見ても良くわからない。建築系の方面にいるかせくり氏だからわかるものがあるのだろうか。
「耐震とかの工事がされているはずだ、まあ事前に少し調べたから知っているんだが」
「なるほど……」
そんな感じでぶらぶらと入れるところに入っていく。ツアーもあるのだが勝手に見るのもある程度ならいいらしい。もちろん立入禁止ってあるところには行きませんけどね。でもこういう一般人は入れないところに変な本があるっていうのをわたしは知っています。いや本当にここのとしょかんなら曰く付きのものとかありそうだからな。
階段を抜け、本棚の並ぶ空間へと足を踏み入れる。当然人文学と社会科学の本の量が一番ジャンルとしては多いのだが、それ以外のものもしっかりと並べられている。言語だったり産業だったり。こういう分野も社会の中にあるから、ということなのだろう。
「……悪くない」
跳華さんが見るのは美術系の本棚。デッサンとか配色とか、整理されながらも幅広い分野が並んでおり、背表紙もこの分野らしくカラフルだ。他のところだともう少し地味なんですけどね。
「どういう内容だ?」
「まあ基礎中心にしつつ解釈とかの方面が多いのはあくまで研究対象としてみているからとすれば納得。ただそれでもいろいろな領域を揃えているあたり、少しは分かる人が本選びをしているはず」
かせくり氏の質問に跳華さんは流暢に返す。あっ完全に調子戻ってきましたね。化けの皮が剥がれたって言ったほうがいいのかな。とはいえわたしとしてはこちらの跳華さんのほうが好きだ。話していて楽しいし、悪い大人って気がする。
そう言われてみてみると、確かに描く人向けというよりも分析する人とか依頼する人向けの本が多い気がする。本屋に行ったらこの手のコーナーを見ることが多いので、そこと比較するとある意味で品揃えは豊かだ。
「本がこんなにいっぱいある図書館は、初めてです」
目を輝かせているセキさんは、わたし達とやはり同類だ。知識があればそれを吸収したがるし、増やした手札で新しいことに挑戦したがるような。もちろんそれぞれ専門分野はあるし得手不得手はどうしようもないけど、それでも慣れないところに踏み出すことをそこまでためらわない。
いや、そう考えるとわたしはそこまでではないかもしれないな。大学の授業でやっているAIとかの話は一般教養のレベルだし、VRの技術とかについては見様見真似でなんとかやっているのに近い。跳華さんのようにプロとしてやっているわけでも、かせくり氏のように大学でしっかりと学んで仕事で経験を積んだわけでもない。
そう考えれば、僕はセキさん寄りということになる。社会人と学生というラインを引くのであれば、ね。
「ところでセキさんは、数学できるの?」
わたしはちょっと気になったので聞いてみる。一応この大学目指すのであれば試験範囲には入っているはずだ。とはいえ社会科学域の難易度ってどのくらいのものなんだろう。工学域については情報系で日本最難関との呼び声高いし数学とか情報の難易度は完全に危ないとされているが。
「……あまり得意では、ないかもしれないです」
「そっか」
そう言ってわたしが足を止めるのは数学のコーナー。ずらりと並ぶ多種多様な分野の本。タイトルを見てもどういう内容か把握できないものがほとんどだ。
「……あれ、ここって文系の図書館ですよね」
「今どき数学から逃げられる分野はないぞ」
かせくり氏が言う。まあそうだよね。わたしもあまり数学は得意とは言えないし計算とか証明とかは補助AIに頼りまくっていますがそれでも結局ある程度は理解しないとどうしようもない。
「見たところ、統計はやはり多いですね」
「調査が必要だから、だと思います」
わたしの呟きにセキさんが言う。ああそうか、アンケートとかをもとに適当に処理してとかあるけどあれって統計学だもんね。高校時代に少しだけやったのだがほとんど覚えていない。
「王道を中心に揃えてはいるが文系向けのもきちんと、と。今どきここまでしっかり蔵書を持つのも大変だろうに」
かせくり氏は一冊取り出して後付を確認していた。わたしも隣から覗き込む。知らない会社だ。比較的新しいやつでキャッチーなタイトルだったのもあって気になったのだろう。
「知ってる出版社ですか?」
「理工系の本では老舗で、学生時代はかなりお世話になった。今では絶版になってしまった名著も多いが……」
そう言いながら本を戻すかせくり氏。ああそうか、出版業界はもう何十年も大変だって聞きますからね。
「そういえば、時間は大丈夫なの?」
跳華さんに言われてわたしは急いでリストバンドを確認する。
「まだ大丈夫なはずです、もう少し見られるぐらいには」
「ならいいけど」
あとは閲覧室とかを見て、許可がないと開けられない扉を観察して、そんな形でぐるりと回って図書館をわたし達は出た。桜盃情報工科大学の図書館は専門性はあるんだけどここと比べるとどうして見劣りしてしまうな。
「いやぁいいものを見れた」
「ミドリさんは、こういうのが好きなんですか?」
わたしの言葉に、隣を歩くセキさんが聞いてくる。こういうのって何かと思ったが図書館か。
「んー、そうだね。雰囲気としても好きだし、何かを探す時にだいたいはそこにある、もしなくてもないってことが大きな情報になる……って考えたら、嬉しくない?」
「嬉しい、かはちょっとわからないです」
「おいソニド……じゃなかったミドリ、あまり変人的な事をいうなよ?概念同化機構ちゃんは真っ当な子なんだ、歪めるんじゃない」
跳華さんの声が後ろから聞こえる。
「手遅れだと思いますけど……」
わたしは多分余計な事を言ったらしく、セキさんに脇腹を肘で突かれ、跳華さんから頭をぺしりと叩かれた。おいかせくり氏、笑いをこらえるな。