セキさんは新生活相談コーナーで色々な資料を相手に出させている。それにしても上手だな。そこまではっきり聞こえるわけではないが微妙な相手の発言を捉えて忘れていたか隠していたかはともかく出されていなかった情報を引き出している。
「ミドリ、ちょっといいか?」
覗き見をしていたわたしにそう声をかけてくるのはかせくり氏。
「なんです?」
「セキさんとの距離、近くないか?」
「……そうですかね?」
確かに遠くはない、とは思う。でも仲のいい同年代の知り合い同士の距離ってこんなものじゃないのかな。高校の頃は該当する人がいなくて、大学入ってからできた友人はもう一緒に寝たりした仲だけど。語弊がありすぎる。
「……少し、気をつけてもいいとは思うぞ」
「そうしておきます」
セキさんもとい概念同化機構さんの抱えている問題からそういうのは考えにくいんじゃないのか、と反論しようとしたがこの情報はわたしは知っていてもかせくり氏は知らないんだったな。
雑に言ってしまえば彼は学校で告白されているのだ。詳しい相手については知らないが、どうやら噛み合わないタイプだったらしい。それで断って、なんか人間関係が拗れたとか。
こういう話は別に物理世界に限ったことじゃない。仲の良かったグループが内部の色恋沙汰で崩壊するなんていうのは古今東西よく聞く話だ。特に外見も声も、場合によっては性格すら変えることのできる仮想空間においては関係を築くためのハードルが大きく下がる。
なので現実で出会った時に幻滅して、なんて話もよく聞くがたぶん当人にとっては笑い話では済まないんだろうな。今日のオフ会としての側面がある待ち合わせで三人とも真っ当な人だったのは幸いだった。跳華さんのイメージが最初異なっていたけど。
いやわたしだってこう、なんていうか格好よかったり可愛かったり綺麗だったりする人の方が好きなんですよ。あまりこれ表に出すのは今時は良くないですし、そういうのは努力でもどうにもならない要素もあるわけで。努力で何とかなるなら努力していないことを蔑んでいいわけじゃないけどね。
「結構長く話していますね」
跳華さんが呟く。確かにそうだ、とセキさんの方を見るとかなり書類が増えていた。
「なんか引越しスケジュールまで組んでるぞ」
かせくり氏の言うように、印刷されたカレンダーにアドバイザーがセキさんと話をしながら色々書き込んでいた。いやその、東京総合大学ってそう簡単に合格できる場所じゃないと思うんですけどね。
でも概念同化機構さんの知識とかはかなりしっかりあるようだし、模擬試験とかでかなり堅い点数取っているとかなら合格見越して動いてもいいのかもしれない。よくわからないけど。
「ごめんなさいっ、お待たせしました!」
セキさんはもらった書類を詰めるための紙袋までもらっていた。こういうのもらっても帰ってからちゃんと見ることは案外少ないのだがもらえるものはもらっておいていいだろう。
「そろそろ、オープンキャンパスも終わりの時間?」
跳華さんが腕時計を見て言った。あ、かわいいやつだ。細めの手首にフィットしている。
「……ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「えっなに、いいけど」
セキさんも気になったようで跳華さんがちょっと混乱していた。
「文字盤が見やすくていいな」
「かせくりさんは実用性以外に価値がないんですか?」
「あるが時計の場合は見やすさは大切だろう、それにある種のアクセサリーとしての側面があることぐらいわかるぞ」
セキさんの言葉に自信ありげにかせくり氏は返すが、わたし達三人からの視線はあまり暖かくはない。わかることとそれを尊重しているように振る舞うことには差があるのですよ。わたし達はともかく行動で移さないとわからない人は多いわけで。
「……かせくりさんって、仕事大変そうですね」
「コミュニケーション能力への皮肉か?幸い、俺の職場は実用性重視の人が多数派でな」
かせくり氏はセキさんへ鷹揚な調子で答えた。
「それは普通に羨ましい……」
凹むセキさん。かせくり氏と口喧嘩するにはまだ経験が足りないらしい。まあ修行すればあと数年もすれば対等にはなれると思いますよ。ならないほうがいいとかそういうことは言うまでもないがな。
「ま、色々な場所があるんだ。それぞれ楽な場所でやっていけばいい」
「……そうですね!」
「ところでセキさん、ちょっといい?」
わたしはかせくり氏にアイコンタクトをしてからセキさんに声をかける。
「何ですか?」
「成績ってどうなの?」
「ああ、ここに合格できるかってことですか?」
口調からして余裕綽々だ。半ば挑発的な域にまで入っている。
「うん」
「まあ来年度までにはなんとかなります!」
口調の元気さから一瞬騙されそうになった。そうだよな相手はあの東総大だぞ。
「あれもしかしてちょっとやばい?」
「……余裕の合格とは行かないと思います、しっかり勉強しないと」
「それじゃあ、そろそろVRは封じる感じ?」
「そんなことしませんが?」
跳華さんはちょっとびっくりしていた。僕も驚いた。
「このソニドリだって受験前は勉強に集中していたんだぞ?ちょっとそれは……」
慌てていうかせくり氏。なんだよこのって。否定しないけど。もう少し言い方があるだろうと思ったがこれでもオブラートに包んでくれているのかもしれない。
だってこう、かせくり氏はわたしの過去を完全に知らないわけではないわけで。大学入試が始まるまで承認欲求を拗らせて誰彼構わず誘惑して堕としていた過去とか言われたらちょっと危なかったな。
「……さすがに来年の夏休みまでに安全圏行けなかったらVRちょっとやめますが」
あれ、思った以上にセキさんのレベルが高いな。
「もしかして余裕の合格とはいかないって、今の学力で?」
「あ、はい。そうです」
わたしの質問にさくっと答えるセキさん。
「……なぁソニドリ、概念同化機構さんは何年生って言ったっけ?」
「多分高校二年生ですよ」
「やべぇな」
「やばいですね」
わたしとかせくり氏は大学受験組なのでどのくらいのものなのか見当がつく。跳華さんは美術系だからちょっと別だ。わたし達だって理系なのであまりはっきりとはわからないと言えばそうなのだが。